31 順調に進む探索と聖都シュルールの異変
人はそんなに早く成長しない。どんなに強く望んでもだ。
物語の主人公でさえも前に進むために努力して、自分の弱さと葛藤し、世間に揉まれて様々なことを経験して、乗り越えていくことで成長していく。
そこに少しの幸運が加わることで、物語りは一気に進んだり、主人公がパワーアップして、今まで苦戦していた強敵にも普通に勝てるようになっていく。
俺は、この一月を掛けて、階層が広くなった三十一階層~四十層の探索を終了した。
先程語った、物語の主人公達のサクセスストーリーだけど、豪運先生が付いている俺はそれとはと少し異なっている気がする。
今までの地図を書いてきたおかげか、脳内でも地図が浮かぶような気がしてきた俺はこの一月に起こった様々な豪運を思い返していた。
俺ではなく、迷宮の罠に掛かってくれて罠を教えてくれる魔物。無いだろうと思っていた宝箱を発見して、罠じゃないのかと不安になりながら、開くと出てきたのは現存しない最上級の魔法書。
死神を思わせる、空中に浮かぶ黒いローブを纏った、骸骨幽霊のレイスとの戦闘も、苦戦すると思っていたが、簡単に勝ててしまうから驚きだ。
「まさか闇魔法が俺のオーラコートと精神耐性が上がっていることで、全く効き目がなくて、笑うように近寄って来たところを、バッサリ斬ったら瞬殺とか、開発者(教皇様)になんか申し訳ない。」
物体Xを飲み続けたことにより幻覚も精神支配もされずに、レイスから放たれた黒い光に身体が包まれたが弾けた。
レイスは不気味な笑顔をみせると、スーっと近寄ってきたから驚いた。魔法を放つわけでも、警戒しながらでもなくゆっくりと近づいてきたのだ。
斬った瞬間、直ぐに煙になったことから、レイスの心情は分からなかったけど、そんな馬鹿な!!的な感じだったんではないかなと想像してしまった。
「一月で十階層も進んだら自分が強くなったって過信するよな。それに出てくる敵が予想できるだけに、本気でしんどい 」
ここが教皇様の作ったシナリオの山場だということだ。だったら出てくるの五十年前の聖騎士と神官騎士の指揮官と考えて間違いないだろう。
「ここで進んだら瞬殺されそうだしな。冒険者ギルドにでも行って、アンデッドの情報でも集めるかな 」
俺は嫌な予感が払拭出来なかったので、今回の四十階層のボス攻略は諦めた。
「おかえりなさい 」
迷宮から出た俺を待っていたのは、カトレアさんの優しい笑みだった。あの衝撃の事実を知った俺はいつも通り帰還して物体Xを飲んだ経緯を説明した。
「あらら、そうなの?また変な噂が飛ばなくて良かったわね 」
そんな不吉なことを言われてからは、元の関係に戻れている。
「ただいまです。四十階層までついに辿りつきましたよ 」
「・・・本当に凄いわ。どんな魔物が出るの? 」
「ええ。レイスや死霊騎士、ミイラにグールですね。まあ代わり映えはしませんよ 」
「・・・ルシエル君って、常識がないとか言われたことない? 」
「・・・ありますね。ルミナ様なんか、会ってから十五分後には言われましたよ 」
「そう。ワイトも非常に強力な魔物だけど、レイスって言ったら、危険度Aランクオーバーの魔物なのよ? 」
「知ってますよ。でも、何か闇魔法って全然効かないんですよね。精神耐性もそうですが、状態異常に掛かり難い体質なのかも知れませんけど。」
「・・・あれのおかげ? 」
「はい。飲み続けたことで色々言われて来ましたけど、感謝してますよ 」
「あれを飲むって相当な苦行でしょうしね 」
「ははは。なんだか悲しくなってきたので冒険者ギルドにでも顔を出しに言ってきます 」
「そうそう。戦乙女聖騎士隊が遠征から戻ったわよ。報告だけして直ぐに聖シュルールの各街にまた遠征に出かけたけど 」
「えっ?あのなんだかルミナ様の隊だけ、異様に忙しくないですか? 」
「ええ。でも、もう直ぐよ。膿を出し切らないと、傷は治らないから。ルシエル君も何かあったら言ってね 」
「……?!了解です!!」
カトリナさんの凍てつくような笑みは、ブロド教官のあのボタクーリとあった時の事を連想させる程の威圧感があった。
俺は、冒険者ギルドに向かった。
冒険者ギルドに入ろうとするとガッと後ろからローブを掴まれた。
「はっ?」
振り返っても何もいない。
「気のせいか?」
そう思って、今度こそギルドの中に進もうとして、ローブを掴む獣人の小さな女の子に気がついた。
「・・・ローブは放してね。俺に何か用があるのかな?」
女の子は涙を溜めたその顔で何度も頷く。
「う~ん。よし。一旦冒険者ギルドに行かせてもらってもいいかい? 」
女の子は迷いながらも頷いた。
「冒険者ギルドへようこそ聖変様。大変お待ちしていました 」
「へっ?」
屈強な男達に掴まれて、俺は地下へと連れて行かれた。
「聖変様が来てくれたぞ 」
「えっ?あれって治癒士のドMゾンビ様じゃないの? 」
「バカヤローそれは封印された名前だ。今は聖変様か聖変の騎士様だ 」
「助かるぞ。おいしっかりしろ 」
「聖変様、お急ぎください 」
「おい、街からも怪我人を連れて来い 」
「聖変に噛み付いたらお前等、問答無用でランク落としてやるからな 」
何だかもの凄いことになっていた。
「えっと怪我人が多いですね?えっと、あ、マスター、そこの小さい獣人さんにギルド前で助けを求められたんで、話を聞いて置いてください。もしかすると護衛も頼むかもしれませんから 」
「ちゃんと整列をしろって、えっ?ああ。ちっこい嬢ちゃん相手は俺には無理だから、ミルティー、聖変様を外で捕まえた嗅覚の鋭い嬢ちゃんの話を聞いてやれ 」
「分かりました。聖変様、あちらから治療をお願いします 」
「分かりました 」
こうして状況が飲み込めないまま、俺は冒険者ギルドにいる多くの怪我人を治癒していくのだった。
三度のエリアハイヒールと休憩を挟んで、キュア、リカバー、ディスペルを使って治療していく。
三十分程で治療は終了した。
あ、そうだ。これだけ居るなら、いけるかも。そう思って、一つのお願いをすることにした。
「今回、私はアンデッドに対して調べごとしに来たんですけど、ちょっと調べてもらって「よし。頭の良いやつ等はアンデッドについて調べろ。今日は聖変様を逃がさないから防衛だ 」」
『おう 』
こうして治療した全員が一斉に階段を駆け上がって行き、残されたのは数人の職員とマスター、獣人の女の子だけだった。
「聖変様、申し訳ありませんがこの子と一緒にスラム街まで急いで行って頂いても宜しいですか?」
こうしてまた理解が出来ない状況が追加されて、この聖都で何が起こっているのか、皆目検討がつかないまま、俺は流され、何人もの護衛を引き連れてスラム街に向かった。