30 教皇様と三度目の謁見交渉と物体X
迷宮から帰ってくるとカトレアさんから先に声を掛けられた。
「お帰りなさい。その顔は・・・まず生きて帰ってくれてありがとう 」
「そんな止めてくださいよ。いつもお世話になっているカトレアさんに頭を下げられると胃が痛みます。」
「ふふふ。そうなの? 」
「そのいたずらっ子のような目は止めてください。じゃあ先にポイント化をお願いします 」
「もう。もう少しからかわせて欲しいわ 」
そう言いながらもカードを受け取って魔石をカトリナさんの袋に移す。そうカトリナさんは俺よりも高性能の魔法の袋でいつもP換算をしてくれているのだ。
「今回は本当に凄いわ。426,549Pよ 」
「中々でしたね。それにしても今回は本気と書いてマジでマズかったです。エリアハイヒールが無ければ死んでましたね 」
「・・・その若さでエリアハイヒールって、ルシエル君って年齢を偽ってない? 」
「……えっ?十五歳で登録した時はヒールも使えませんでしたけど? 」
「もしくは変なお薬とかに手を染めてない?」
「そんなわけ・・・あ?!」
「教皇様の前で綺麗さっぱり懺悔しましょうね 」
俺は腕をガッチリと固められる。
「望むところです。私も気になっていたので、カトレアさん今回も教皇様のところまでお願いします 」
「あら?なんかアグレッシブルね。ついに三十階層のボスも倒したからなの? 」
「いえ。今回ばかりは二年以上飲んできているものが何か分かればと期待しています 」
「……私が思っていた展開と違う 」
「二年間の謎が解けそうですからね 」
「なんだかテンションもいつもより高い気がするわ。もしかして本当に死にそうになったの?」
「ははは。流されたから吃驚しましたよ。まぁ今回は運が非常に味方をしてくれてノーダメージだったんですけど、アンデットに聖魔法が効くのが本当に実感できました。そうでなければ、今回も死に掛けたかもしれなかったんです 」
「ルシエル君、死ぬなんて縁起でもないことは言わないの 」
「言葉のあやです。すみません 」
「それでは行きましょうか 」
俺達は歩きながらも話を続ける。
「それで今回はどんな魔物だったの? 」
「ワイトが三体と死霊騎士が五体が現れて本当に死ぬかと思いました。何とかエリアハイヒールが使えるⅧになっていたので、助かりましたが、そのうちアンデッドドラゴンとかデュラハンとか獣系のアンデッドが出て来そうで怖いですよ 」
「なるほどね。あとデュラハンは妖精で、分類的にはアンデッドじゃないから、聖魔法は効かないわよ 」
「……本当ですか?!フラグが立ちませんように 」
「フラグって何? 」
「気にしないでください 」
「そういえば何を飲んでいるんですか? 」
「冒険者ギルドにある物体Xという凄く臭くて不味いものです。時の賢者様が冒険者の為に作ったと言われているんですが知っていますか? 」
「聞いたことがありませんね。それは有名なものなの? 」
「はい。これを飲み続けるだけで通り名が付くぐらいですから 」
「・・・それは随分強烈そうね。それにしても・・・教皇様カトレアです 」
「うむ。入ってよいぞ 」
「はっ 」
こうして俺は教皇様と三度目の謁見交渉が始まろうとしていた。
カトレアさんと俺が膝をつき頭を垂れると教皇様から声が掛かった。
「本日の件は三十階層の主についてかな? 」
「はっ。三十階層の主を倒したとのことです 」
「うむ。大儀じゃ。それにしても一人で三十層まで到達するとは、よもや妾とて予想だにしていなかったことよ 」
「ありがとう御座います。これも頂いた装備や道具の結果です 」
「ほほう。しかしそれだけではなさそうじゃ。御主は魔力も高いと聞いておる 」
「そのことでご報告が御座います。どうやら彼は物体Xという賢者が作ったといわれているものを飲んでいるらしいのです 」
「こちらです」
俺は魔法袋から物体Xが入った樽を取り出した 。
「?!直ぐにしまいなさい 」
「・・・うっ、これは毒か? 」
あれ?そんなにくさいか?カトレアさんだけでなく、侍女の皆さんも顔をしかめているぞ?
「いえ、冒険者ギルドで取り扱われている賢者様が作り出した魔道具で、魔力を流すと出てきます。冒険者の間では魔物も寄り付かないものと言われています 」
「そんなものがあったのか?待てよ・・・それの正式名称はなんじゃ? 」
「私は物体Xと聞いています。初心者の冒険者が必ず飲ませられようとするものです 」
「・・・もしかすると、それは物体Xではなくて、冒険者の潜在能力を覚醒させるために、色々な薬草、龍の心臓、精霊の水、世界樹の根などを混ぜ合わせて開発された丸薬を、いつでも同じものが用意出来る様に開発した魔道具が何故か液体になってしまうために、改名したものだったはずじゃ。いや、それならそれは物体Xか。丸薬だった時の名称は、あまりの不味さから、開発した本人が神の嘆きと命名したものだったはずじゃ。確かそう文献に書いてあったはずじゃ 」
チートアイテムなのは間違いない。それにしても変なものが無くてよかった。
「その神の嘆きを液体にした物体Xを飲んでるのが活躍出来ている源かもしれません。確かに不味すぎて、神もが嘆く程の味で、味覚と嗅覚が飲んでから一時間は壊れたままで、少量の毒も入っていますが、身体の免疫力で十分解毒出来て、毒は蓄積しないので問題ないと教わりました。これを朝、昼、夜の三食の前後にジョッキで原液を飲んでいます。もう飲み始めて二年半ですが、これのおかげでもあるかもしれませんね。」
物体Xをしまった魔法袋を軽く叩いた。
「……それを本当に飲んでいるのですか? 」
「はい。命が軽く失われる世界です。出来ることはしておかないと不安だったんです。リスクなしで、ただ飲むだけで、強く慣れるなら飲みますよ。あ、これを飲むことで通り名が出来たり可愛そうな目で見られることを除けばですがね。」
あれ言っていて少し悲しくなってきたぞ。
「分かったのじゃ。御主の努力とその苦行がそこまでの成長させたのだな 」
「・・・ルシエル君って凄いわ。」あれ?素に戻ってますよカトレアさん。
「うむ。それなら問題ないじゃろう。それより賢者は味や臭いを如何するか考えていな過ぎるな 」
全くです。
「さて、今回の魔物は何じゃった? 」
「はい。ワイト三体と骸骨騎士が五体です。走り回ってエリアハイヒールで倒せました 」
「ほう。その若さでそこまでとは、御主なら大司教までいつか昇ってこれるかもな 」
「頑張ります 」
「それでは出してくれ 」
俺は拾ったアイテムを全て出していって、侍女さんに渡していった。
いつも通り、侍女に渡したアイテムを見ていくと、急に呟きが聞こえて声が掛かった。
「これはあの三人娘の・・・今日はもうよい。褒美はカトレアに渡すから、攻略を頑張ってくれ。」
その声は少し硬く、暗い感じがした。これはどうやら面識があった設定のようだった。
それから教皇様はの部屋から出されて、俺は久しぶりに食堂に向かうことにした。
「あ、お姉さん、お久しぶり。今日も大盛りで夕食をお願いします。」
俺は世辞を混ぜながらオバちゃんにそう話しかけた。
「あの騎士様、どれぐらい量を御所望でしょうか?」
異様に固い話し方に俺の頭には?が浮かんだ?
「その喋り方は如何したんですか?私はルシエルですよ? 」
そう周りを確認してヒソヒソっと喋るとオバちゃんが固まり、その顔が氷解するように柔らかくなっていった。
「まぁまぁルシエル君だったのかい。髪を結ってるし、鎧を着込んでいるし、全然誰だかわからなかったよ。直ぐに用意するよ 」
その後、結構慌しく厨房が動き出して「お待たせ。一杯食べて力つけなよ 」といつものより少し多めの出来たての食事が用意された。
「美味しそうです。いい仕事してますね 」
「うれしいこと言ってくれて。みんなにも言っておくよ 」
「ありがとう御座います。またお願いしますね 」
俺は席に着きながら、あんなに緊張しないといけないほどここの給仕はたいへんなのか?そう思いながら熱々の食事を食べるのだった。
「ご馳走様。明日の朝も寄りますよ 」
「じゃあ明日はたくさん用意しておくよ 」
「ええ。お願いします 」
こうしてオバちゃんと会話をして俺は自室に戻った。
「嫌がらせはないし、俺が此処にいないことは皆が知っているんだろうな。教会本部で武力行使は無理だし、かと言って教皇様と何度も謁見しているから、表立って衝突することも出来ないだろうからな 」
俺はそんなことを考えながら、久しぶりに魔法書を読み返したり、魔法の基礎鍛錬に集中して一段落した所で、眠りに就いた。
翌朝、ボリューミーな食事を摂って、弁当を持たされて、迷宮に進む際に、この時間では珍しくカトレアさんがいた。
「カトレアさん、おはようございます 」
「おはよう。ルシエル君これを教皇様が…… 」
そう言って渡されたのは一枚の羊皮紙だった。
「これは? 」
「神の嘆き、物体Xの効能が記されたものらしいわ 」
神の嘆き及び物体Xの詳細が書かれていた。
「結構たくさん書いてありますけど、まぁいいか。じゃあ迷宮に行ってきます 」
「頑張ってね。何か困ったことがあれば相談にのるから 」
「……?はい。宜しくお願いします 」
珍しくカトレアさんの目に同情が見え隠れしたのは気のせいか?
俺はそんなことを思いながら迷宮に駆け出した。
一階層から二十階層までの魔物を倒して回り、就寝する前にもらった紙を読んでショックを受けた。
これは神の嘆き及び物体Xの文献を記したものをそのまま載せたものである。
人の三大欲求の睡眠欲、食欲、性欲は教会関係の職業である騎士職、治癒士を含めた神官職は薄くなる傾向にある。
私が造ったこれが、神の嘆きと渋々命名しなければならなかったことは大変遺憾であるが、これはこの世界で彼等不当に扱われないように、そして人として生きる喜びを失わないための治療薬だ。
効能は食欲増進、性欲向上、自律神経の活性化であるが、副産物として様々な状態異常に耐性をつけること、また眠っている細胞を活性化させて各種ステータスが上がり易くなることもわかった。
教会に置こうとしたら、あまりの臭さで批判が相次ぎ、教会にはふさわしくないとまで言われる始末。
私はやるせなかった。そこに冒険者ギルド本部のマスターであるクライオスが、その効能に目をつけて新人に飲ませることにした。
こうして私の研究は冒険者ギルドで役立てることになった。
私はいつか教会にも置ける治療薬の開発に全力を注ぐことにしようと思う。
教会で賢者様が御作りになられた治療薬は毎回異臭を放ったことから、治療薬が完成することはなかったらしいです。
読み終えた俺は合点がいった。カトレアさんのあの同情の目は不能者として見られたためではなかったのか。と。
そして気がついてしまった、女性と会話をすることも出来るし、興味はあるがムラムラすることがなかったことに。
「俺、迷宮クリアしたら、誰かと恋愛するんだ 」疲れていた身体から何かのエネルギーが出た俺は、この後三十階層まで進んで漸くショックから立ち直った。
翌日から三十一階層を探索しながら、死霊騎士隊と戦闘と行うことになった。ちなみに浄化魔法一撃で消えるので、無理をせずに、数を徐々に増やしていきながら、迷宮訓練場で訓練を開始した。