閑話4 戦乙女聖騎士隊隊長ルミナ
私の名は、ルミナリア・アークス・フランシスク
ある国の伯爵家の次女として、この世に生を受けた。
蝶よ花よと育てられて、九歳で御父様の派閥で、格上の侯爵家の嫡子と許嫁となった。
その頃の私は、礼儀作法や国のあり方を学ぶ以外は、本を読むことが好きな大人しい子供だったと思う。
子供から大人に変わる成人の義は、一般的に十五歳に受けることになるが貴族は違う。
早いうちから教育の方向性を決めるからだ。
こうして私の人生が大きく変化することになった、成人祭が始まった。
主神クライヤ様に祈り職業を選定していただく義で私は聖騎士を引いた。
聖騎士は光、聖の両方、もしくは片方の属性魔法の適正があり、ステータスの各種パラメーターが大きく上昇する。
一般の職業となる戦士や治癒士、魔法士の更に上の職業なのだ。
本来であれば初級職のⅥで王、皇、巫女が選択の義を行なって成れる、いや、もしかしたら更に一段階の昇格が必要とされている程の高い職業だった。
しかし、私は喜べなかった。私は現実を知っていたから。
喜んだ風にみせる両親は、心の中で泣いてくれただろうか?
翌日、父に許嫁が解消された件を聞き、父と母は必要以上に私に構わなくなった。
聖騎士は十五歳で国の騎士となるか、聖シュルールの教会本部の聖騎士になるかを選択を迫られるが私に選択権はなかった。
侯爵家に泥を塗った私を聖騎士にすることなどありえなかったのだ。
礼儀作法が武術訓練に変わり、手芸や絵画の時間は馬術になり、読む本は物語から魔法書へと変わった。
こうして十四歳で家を出されて、私は聖シュルールの聖騎士隊に配属になった。
英雄、勇者、巫女、賢者、聖騎士の物語を昔から読んできた。
高潔とまではいかないが、高い志を持ち、人々の為に尽力する。
そんな物語に出てくるように聖騎士として、私は廃嫡されたとしても両親のように気高く生きようと思っていた。
しかし、教会の現実はずさんなものだった。
賄賂が罷り通り、金の亡者と言われるように金で力を手に入れ気に入らないものを潰す。
そんな魑魅魍魎の住まう伏魔殿だった。
私は恐ろしさのあまり泣いた。
しかし、聖騎士の立場は治癒士達と比べれば、遥かに上で神官騎士よりも高かった。
私は訓練で己を磨こうと誓った。そして十ヵ月後に成人の義を迎えて私は神から特別な目を賜った。
私はこの目に魔力が見えることから、魔色の目と名付けた。
人の魔力の適性が分かり、そのものの性格が分かる。
この目は特別な色を持ったりすることもなく人からばれる事もなかった。
こうして私はこの目に慣れるために必死に喰らいついて訓練に明けくれた。
そして十八歳の時に聖騎士の隊長であるカトリーヌ・フレナ様に呼び出された。
「付いて来なさい 」
「はっ 」
そして連れて来られたのは教皇様の部屋だった。
「カトリーヌ、本当に御主が退くのか?」
「はい。聖騎士の不正は、隊長である私がとらなくてはなりません 」
「しかし、あやつらは迷宮に送ったぞ 」
「それだけでは教会の膿を一掃することが叶いません 」
「・・・。」
私は話を聞きながら、カトリーヌ様の進退が掛かっていることに驚愕していました。
私のルミナリアですが、教会に来た時に名前をルミナに改名しました。
同じ名前がある場合はそのままのときもありますが、教会に入るときに名字は無くなります。
まぁ私は廃嫡されたので無くなりましたが。
カトリーヌ様は現在聖騎士と神官騎士の両方を併せた騎士隊のトップに君臨している方だったからだ。
司教様と同等なので、その権限は上から数えた方が遥かに早い。
それだけの功績をあげて、新たな名字を教皇様から拝命されるのだ。
そのカトリーヌ様がまさか退任されるなんて、私の頭の中は混乱していた。
「それで、お願い事が御座います 」
「なんじゃ?大抵の事は許そう 」
「ありがとう御座います。現在の神官騎士と聖騎士を八つに分けていただきたいのです 」
「・・・どうしてじゃ? 」
「はい。膿を出し切るには私が背後から動く必要があります。そして膿は自分の手を汚さずに侵食してきます 」
「ふむ 」
「八つに分けるのは影で動ける人数が少ないのと、彼女ルミナのように優秀な人材が、同じ職業でただ年が上だけの者に顎で使われるのをなくしたいからです 」
「・・・して、どのようにすればいいのじゃ 」
「はい。信頼している神官騎士を三名、聖騎士で三名の選出はもう済んでおります。」
「・・・先程八つに分けると言っていなかったか?」
「ええ。実力で隊長の座を勝ち取る方が周りを納得させやすいではありませんか? 」
「もしや 」
「はい。トーナメントをします。全ての審判を私がして不正をさせません。さらに、先程選出するうちの二部隊が証拠がないだけの真っ黒なものです 」
「そんなことをすれば教会の存続に関わるぞ 」
「はい。ですから、私が身命をとして膿を出し切ります 」
「・・・いいだろう 」
「最後に、このルミナが隊長に成ったら彼女の隊は全て女性で編制させてください 」
「うむ。いいじゃろう。期待しておるぞ 」
「はっ 」
こうして私は混乱したまま教皇様の部屋を出た。
「どういうことでしょう?いくらなんでも私はトーナメントを勝ち残れませんよ? 」
「ふふふ。そんな訳がないだろ。ルミナ本気でやっていい。いや、これが出来なければ聖騎士に、この教会の存続が危うくなるから本気でやれ 」
「私は・・・。」
「分かっている。その優しさも、その臆病さも、その目のことも、だから命令だ。隊長になれ 」
「目のことがどうして? 」
「私が配属された時にルミナと同じ目を持つ方がいた。魔力の色と波動が見えて先読みして攻撃をしたり、魔法を避けたりその動きに酷似していた。それに使いすぎると魔力枯渇に似た症状になることもな 」
「その方は? 」
「もういない。金の亡者に他の騎士たちと一緒に道連れにされた 」
「そう・・ですか 」
「ルミナ、頼む。教会を高潔とまではいけないかも知れないが、良いものに出来る様に力を貸してくれ 」
「おやめください。分かりました。全力で頑張ってみます 」
頭を下げたカトリーヌ様の高潔さに見事にやられてしまった。
この一月後、私は戦乙女聖騎士隊の隊長として、聖騎士隊から五人を隊に入れて各地を回り、三年後、聖騎士隊が十人になったころ、メラトニの街で臆病なのに力強く輝く魔力の波動を出す少年と出会うのだった。
私の名はルミナ、栄えある聖シュルール教会の聖騎士四番隊戦乙女聖騎士隊の隊長だ。
主な任務は、教会の敵、人であれ魔物であれ、教会関係者であれ、殲滅及び取り締まることである。
カトリーヌ隊長・・・現在はカトレア様であるが、教会内外の経理と交渉ごとを進めているらしい。
少し前にお会いした時は、騎士長だった頃よりも柔らかく女性らしく成られていた。
私は以前のカトリーヌ様を見習い、高圧的な喋り方をしているつもりなのだが上手く出来ない時のほうが多い。
各地を転々としては教会に戻り、カトレア様に情報を渡しているがどうも不正を見破るのに足りない資料があるらしい。
「これで迷宮を踏破出切る様な子が現れればいいんだけれど 」
そんなことをぼやいて居られた。
確か現在カトレア様が信頼している、堅物で有名なグランハルト殿が担当している案件で、治癒士を祓魔師に任命し、迷宮から魔物が出て来ないようにするのが主な仕事だったはずだ。
「カトレア様、私達が迷宮を攻略いたしましょう 」
私はカトレア様の憂いが無くなる様に進言した。
「ルミナ、それは駄目よ。私はおろか、あなた達が行っても無理よ。」
「カトレア様、あなたらしくもない。迷宮などは、今までも何度か踏破しております 」
「ここは不死の迷宮なの。所謂アンデッドしか出ない迷宮なのよ 」
アンデッド……生きていないのに動く魔物。確か非常に臭かったはずだ。
「・・・大丈夫です。きっと踏破出来ます 」
「今から、五十年以上に前に出来た迷宮が、未だ踏破されていないのよ?当時の聖騎士や、神官騎士は、今の胡坐を掻いている様な偽者ではなくて、本物だったのよ?それに不死属性は闇魔法を使ってくるの 」
「・・・錯乱状態になったり、するのでしょうか? 」
「ええ。当時の記録でも、同士討ちで命を落とした騎士がたくさんいるの。だから闇魔法ものともしないで、不死属性を倒せる者でもいない限り難しいのよ。」
「そうですか。そんな勇者の様なものが・・・。それほどのこととは知らず、申し訳ありません 」
「いいのよ。そういえば今度メラトニから新しい祓魔師が来るのよ 」
「メラトニからですか?あそこは以前、と言っても二年ほど前になりますが、祓魔師になれるようなものは、居ませんでしたが? 」
「その子は何か変わっていてね、治癒院で働かないで冒険者ギルドでずっと鍛錬しているんですって 」
「・・・神の力をもらってその力を使わずに冒険者に憧れるなど、一体メラトニ支部は何をしていのですか? 」
「それがその子、登録して一年で聖属性魔法のスキルがⅤになった、治癒士としては天才とか異端児とか呼ばれているのよ。その他にも色々酷い通り名があるみたいなの 」
「・・・その治癒士ですが、ひょろっと長くて、優男の様な風貌ですか? 」
「そこまでは知らないわ。でも治癒士ギルドに登録した時は、ヒールさえ使えなかったって報告があったわ 」
「・・・私は、その治癒士を知っています 」
「そうなの?!どういう子だか分かる? 」
「とても澄んだ魔力の波動をしていたと思います。臆病な感じもしましたが、力強さも感じました 」
「ルミナが、そこまで褒めるのは珍しいわね 」
「・・・事実を言ったまでです。」
「その子が何とかいい子でありますように 」
「私が探りましょうか? 」
「そうね。グランハルトが担当だから、来たら貴女にも教えるわ 」
「承知しました 」
このときより半年の時が流れた。
「では、それぞれ昼食をとっておけ 」
『はい 』
私は私室に向かった。
今後の遠征日程は出ていないものの、最近また帝国が軍事強化を行なっていることから、私の隊が出動することになるかもしれない。
そんなことを考えていると魔通玉が光り、私は魔通玉を手に持つと声が聞こえてきた。
これは魔道具で魔力を読み込ませた相手と離すことが出切る大変素晴らしいものだ。
《彼が到着したわ 》
《彼とは? 》
《以前話したメラトニの子よ 》
《ああ。グランハルト殿のところへ? 》
《ええ 》
《分かりました。コンタクトを取ります 》
《宜しくね 》
こうして私は急いでグランハルト殿のところへ向かった。
グランハルト殿の姿を見つけ一緒に歩いてくる青年を見て驚いた。ヒョロッとしていた体躯は、冒険者のように厚くなっていて、神官騎士のグランハルト殿と並んでも遜色が無かった。
私は驚きつつも、魔力の波動があの時と変わっていないことに気がつき安堵しながら声を掛けた。
「おや?君はメラトニの街で治癒士ギルドに誘導してあげた確か・・・ルイエス君じゃなかったか?」
「あ、お久しぶりです。ルミナ様。あと私の名前はルシエルです。それにしても結構体格が変わったのに、良く私だと直ぐに分かりましたね。」
どうやら名前を間違えていたらしい。・・・まぁ大丈夫そうだな。
「魔力の波動が澄んでいるから、覚えていたのだ 」
あ、しまった。迂闊にも魔力が視認できることを教えてしまった。
「メラトニではお世話になりました。何とかこの二年で駆け出しの治療は出来るようになりました 」
ルシエル君は、私が魔力を視認出来る事に対して、まったく興味を示さなかった。何故だか負けた気がする。
「そうかそうか。あ、今は時間がないので、あとで私の部屋にきなさい 」
そう伝えるとグランハルト殿のみが聞こえる声を混ぜて声を掛けた。
「グランハルト殿、(カトレナ様が彼に興味を示しています。)後で、彼を私の私室まで誰かに案内させてください 」
「・・・はい 」
グランハルト殿は表情を固くしたが、彼は演技がヘタらしい。こうして彼が来るのを私室で待つことにした。
部屋に行く前に「エリザベス、午後の訓練に私とそうですね、ルーシィーでいいでしょう。私達は遅れて参加します。あなた達だけで訓練を始めていなさい 」
「畏まりましたわ 」
エリザベスはそう言って訓練場に向かった。
「ルミナ様、どなたか来られるのですか?」
「ええ。少し前に会った知人というほど親しくは無いがな 」
湯を沸かし、茶の用意が終わった頃にノックがした。
「ルミナ様、先程お会いした、ルシエルです。早速、お伺いさせていただきました 」
そう声が掛かり入室を許可した。無知だったのにノックが出来る様になっていて、成長を思わせたが入室するなり部屋を見て固まったようだった。
「どうかしたのか?」
「先程、グランハルト殿といた部屋から、ルミナ様の部屋に来たので、そのギャップが凄かったもので 」
それなら納得だ。彼が連れて行かれたのはきっと尋問室だからな。
「ふふふ。なるほど。あの後なら、しょうがないか 」
「私がここに、この教会本部に来た理由を、ご存知だったのですか? 」
む?迂闊だったか?ここは隠さなくてもいいだろう。
「ああ。だから手短になるように、グランハルト殿に釘を刺しておいた 」
「なるほど。今回こともメラトニでの時も、本当にありがとうございました 」
完全に警戒心が無いところは変わっていないな。
「よい。礼は既に先程、受け取っている。それと私は、肩苦しいのは苦手なのだ。楽にしてくれ 」
「お言葉に甘えます。ところで…」
茶を入れるために沸かした湯が冷めるので、待ったをかけた。
「まずは、茶でも入れよう。そこらのイスに、腰を掛けていてくれ 」
「あ、はい。ありがとう御座います 」
柔和な笑みを浮かべて彼はイスに座った。
(結構殺風景だなぁ~。)そう思われているように感じてそのまま口にしてみる。
「殺風景だろ。」
「すみません 」
図星か。まぁお世辞にも女性の部屋ではないからな。私はついつい言い訳をしてしまった。
「いやいい。此処は、書類仕事と寝る為だけの場所で、大半は此処にはいないからな 」
「そう言えば、メラトニでお会いしてから、一週後で、ヒールが習得出来たので、御礼を言おうと、ギルドに聞いたら、本部に戻られたと聞いたので驚きました 」
「私の仕事は、結構各地を転々と移動することがあるんだ。それより今回はグランハルトに召喚されたのか?それとも異動か? 」
「今回は、教皇様の名で。異動になりました 」
なるほど。カトレア様は最初から知っておられたのだな。
「フルーナ様からとは、ルシエル君は相当優秀なようだな 」
「う~ん、それはちょっと違うと思います。実は・・・ 」
彼は教会が世間から、どう思われているのかを治癒士としてではなく一般的な目から教えてくれた。
「うむ。なるほど確かに。それで、これからどうするのだ? 」
彼なら不正には関わらないだろうが、騙され易そうで、今後が心配だ。
「うーん。そうですね。実は異動をして来たものの、自分が何をしたらいいのか、全く分からないんですよね 」
無知は相変わらず、いやここは無頓着と言ったほうが良いな。
「自分のことだろう。何を暢気に・・・そういえば、先程グランハルト殿が呼んだと言っていたな 」
「はい。教皇様の名前で、グランハルトさんが呼び出したようです 」
「だったら、ルシエル君の仕事は、少し危険が伴うかもしれない 」
「本当ですか? 」
「ああ。ただ、出世を見込めるのは間違いないがな 」
こうして私は彼に迷宮での注意点を教えていった。勿論臭いこともだ。
「えっ?そんなのは、全然大丈夫ですよ 」
だが、そんなことは関係ないと言った感じで、やる気が漲っていた。
彼が部屋を出て行くとカトレア様に連絡をした。
《対象が帰りました 》
《それでどうだった? 》
《そうですね。抜けているところがありますが、概ね人格的にも問題はありません 》
《・・・彼は迷宮でやっていけそう? 》
《ええ。あれはかなり近接格闘を行なってきた騎士みたいな感じの印象を受けました 》
《そうなの?面白いわね 》
《はい。それに既に浄化魔法が使えるほどの腕前でした 》
《じゃあ聖属性を2年で、Ⅶまであげたってこと? 》
《ええ。相当な努力家なのでしょうか? 》
《分かったわ。きっと明日会うことになるからこちらでも判断するわ 》
《はい。宜しくお願いします 》
《何かあったら助けてあげなさい 》
《分かりました 》
《・・・珍しいわね 》
《何がでしょうか? 》
《わからないならいいわ。ではルミナ、訓練頑張ってね 》
《ありがとう御座います 》
私は通信を切った。
「あれほど鍛えている治癒士がいるのだから、私たち聖騎士も頑張らないとな 」
こうして私ルミナと治癒士ルシエルの二度目の邂逅は私のやる気に火をつけて終わった。
私、戦乙女聖騎士隊のルミナは、部下のルーシィーとクイーナと食堂に来ていた。
目的は治癒士のルシエル君と会う為だ。色恋とは違う。
昨日、カトレア様から連絡が入り、十数年ぶりに十階層の主部屋で主を倒したらしい。
勿論それをしたのはルシエル君だった。しかしカトレア様が言うには随分と無茶な攻略をしたらしい。
その話を聞いて、力になって欲しいと言われたのだった。
だからこうして、彼がいつも訪れる時間を待っていた。
「ルミナ様、食堂に行かないんですか?」
「さすがに立っているだけは・・・。」
ルーシィ-とクイーナはルシエルのことを知らないから仕方が無い。
そう考えているとルシエルがやってきた。
「ルシエル 」
ルーシィーが声を掛けたので私はしょうがないなぁと言いながら食堂に向かう。
「おはよう御座います。ルミナ様、ルーシィーさん。あと初めまして、おはよう御座います。ルシエルです 」
「おはようルシエル君 」
「おはよう 」
「おはよう御座います。私はルミナ様の部隊に配属されているクイーナと言います 」
「改めておはよう御座います。クイーナさん。皆さんも朝食ですか? 」
「ああ。私たちはいつも朝の訓練を終えてから朝食にしているからな 」
「そうなんですね。私はいつもより少し遅めなんでお会いしたんですね 」
「それはそうと経った十日で戦果を挙げたと聞いたぞ 」
「あ~その話ですか。もう昨日から反省しっぱなしですよ 」
「ふむ。良ければ話を聞こう。一緒に朝食にしないか? 」
「はい。是非お願いします 」
うむ。ルシエルと同じ年と一つ下なら、ルシエルも話しやすいだろ。
こうして私たちはルシエルに昨日何があったのかを聞くことになった。
「十階層までは攻略が異様に順調だったと聞いていたが? 」
「はい。お恥ずかしい話ですが、二年間冒険者ギルドで鍛えていたので、迷宮に入った後も何とかなりました 」
「魔物とは初めて戦ったのか? 」
「ええ。これまではずっと訓練をしてましたから 」
「それで反省する点は別に無さそうよ? 」
「最初は緊張してたんですけど、サクサク進めますし浄化魔法だけじゃなく、剣や槍に魔力を流すと魔物が斬ったり、突いたりする感触もなくて倒せたんです 」
「・・・剣と槍のランクは? 」
「昨日の件があって上がったのでⅡになりました 」
「・・・先程、剣や槍と言っていたが、毎日武器を変えて挑んでいるのか? 」
「えっ?そんな面倒なことはしていませんよ。今は手数が欲しくて左に短槍、右に片手剣です 」
「・・・そうか。続けてくれ 」
「はい。一応、十日掛けて十階層までの探索を終えて、少数なら剣と槍で、大群なら浄化魔法で戦っていたので、階層主がいるであろうところにも魔物の大群が出ると聞いていましたが気負わずに行きました。
情報どおり中にはたくさんの数え切れないアンデッドが居たんですが、何とかなると思って戦いを開始して、魔法が使えないことが分かりました。僕は焦りました。そこからは剣と槍を振り回すように攻撃して、戦い続けました。
それで噛まれたり、引っ掻かれたりしましたが、何とか全ての魔物を倒すことが出来ました 」
「さぞかし大変だっただろう?傷はポーションで回復できたのか? 」
「あ~そういえばポーションがあれば少しは楽だったかもしれません 」
「はっ? 」
「ははは。そこまでダメージを一度も受けなかったんで、ポーションとかは持って行かなかったんですよね 」
「・・・ポーションを進められたりは? 」
「しましたけど、結構高いからいらないかなって思って。それで今度はそこにワイトが出てきてたことで、吃驚しましたよ 」
「・・・そこで盾を出したのか?それで結界魔法も使っているだろうから、何とかなったわけか 」
「・・・いやぁ~結界魔法を使うこともなかったんで、ボス部屋に入って囲まれた時はきつかったです。正直、メラトニの冒険者ギルドで、斬ったり突かれたりした痛みが無ければ諦めていたかもしれません。
それにワイトが出てくると分かっていたら…魔法が使えないと分かっていれば、もう少しは肉弾戦で効率よくいけたと思ったんですけどね 」
「・・・なるほど。階層主がいると分かっていながら、回復薬も持たず事前に結界魔法も掛けずか……良く勝てたな 」
「そうですね。まさか前日に買った弓が、攻略の糸口になるとは思いませんでしたからね 」
「それにしても十日で十階層まで進むとはな。しっかり休みはとっているのか?それに訓練だって必要だろ 」
「えっ?休憩はいりませんよ。迷宮も早く進みたいですし、それに訓練ってゾンビとかを毎日斬っていますから、大丈夫ですよ。あ、魔法の基礎鍛錬は続けています 。」
「・・・ちなみに剣と槍の戦闘スタイルはいつからだ?」
「迷宮に入った日からですね 」
私はこのルシエル君を見て漸く分かった。彼には人としての常識が欠落していることに。私は思わず口を開いていた。いや、私だけでなくルーシィーとクイーナもだ。
「・・・君は一体何をやっている? 」
「貴方って死にたがりなの? 」
「馬鹿ですね。運が良かっただけです。普通なら死んでいますよ 」
「あ~折角無知から卒業していたと思えば、今度は向こう見ずな行動をとるようになっていたとは 」
「一応、昨日から半日は一人で反省会をしたので、その辺で勘弁してください。もう私の精神はボロボロです 」
精神がボロボロでも、その根本を変えないと死ぬぞ。私がそう言おうした時、ルーシィーが口を開く。
「それで貴方は如何したいのよ? 」
「強くなるためにメラトニの街に戻って修行し直したい 」
彼は陰った目で遠くを見つめてそう呟く。だが、
「治癒士は原則、辞令が下りない限り本部からの異動は認められていません 」
そう。そんなに簡単に認められない。それにカトレア様から言われたことでもあるし、訓練に参加させるか。
「鍛えたいということなら、手伝えると思うぞ 」
「えっ?本当ですか? 」
「ああ。治癒士にはきついと思うが、聖騎士の訓練に参加がさせてあげることは出来る。但し、個別に指導することはないがな 」
「・・・探索に支障が出なければお願いしてもいいですか? 」
「うむ。では週に一度、火の日の集中訓練を行なう 」
「はい。宜しくお願いします 」
こうしてルシエルの我が戦乙女聖騎士隊の訓練に参加することが決まった。
私達はルシエル食事を終えると訓練所に向かった。
その途中で、ルーシィーが口を開いた。
「彼を訓練に参加させて良かったんでしょうか? 」
「大丈夫だ。治癒士だから、我等聖騎士よりも格段に弱い、ステータスも低い。此処に来た時のレベルは1だったらしいが、少しは強くなっているだろうし 」
「それでも訓練についてこれないと思います 」
「そうだろうな。でも報告書では彼は二年間一日も休まずに武術訓練を続けていたらしい。我が聖騎士隊が現在少数精鋭でありながら一番強いのは努力してきたからだ。
そんな努力出来るやつは残念ながら、教会本部には少数しかいない。無論一度訓練させて、それだけの男なら捨て置く。いいな? 」
「「はっ 」」
こうして、戦乙女聖騎士隊のほかの連中にも話を通して訓練日を迎えた。
ルシエルは根本が自分にしか興味がないのか、それとも鈍いのか、聖騎士を女扱いする治癒士がいるとは夢にも思わなかった。
隊のみんなもそうだ。化け物扱いされることもある私達に攻撃するのを躊躇う男がいるとはな。
こうして、女扱いされたことが嬉しかったのか、皆はルシエルを好意的に受け取った。
自分より実力が高いことを知りながら、上辺でいうのではなく本心からそれを言われて私も驚いたが、悪い気はしなかった。
ルシエルは治癒士としては、強い方なのだろう。それは間違いない。
しかし、私達と比べる格段に弱い。が、彼はこのスタイルにするのは何か意味があるのか?
なかったので、盾と剣で構えさせると、中々様になっていた。スキルレベルⅡでこれなら、彼の師匠は相当な武人だったようだ。
太刀筋も悪くない。が、彼は戦闘センスは高くなかった。ということはそれだけ努力してきたのだろう。
だが訓練とはいえ、大きな隙を作るとはまだまだだな。私は剣を振ろうとした場所に拳を突き出した。
その瞬間、彼は笑った。そう笑ったのだ。拳が当たった瞬間に彼が青白い光を浴びて剣を振り終え戻すのが見えた。
これを狙ってやったのか?治癒士が?そもそも剣を振りながら、動きながら詠唱出切るなんて、どれだけの努力をしてきたんだか頭が下がる。
仕方ない。私も彼の矜持に答えよう。
「見事!」
私は彼の後ろに全力で回り首筋に手刀を打ち込むと彼はそのまま気絶した。
「よし。みんな見ていたな。これが基本属性で魔法士に並ぶ前衛のステータスが低い治癒士だ。私達はステータスが高く、スキルのレベルも上がりやすいから努力はするが、努力以上のことはしていない。
残念なことに他の神官騎士や聖騎士は努力もしていない。彼はあの迷宮を十日で十階層の主を倒した逸材だ。迷宮がある限り、カトレア様が復帰されることはないだろう。だから私達で彼を鍛える。
異論があるものは?いないな。では訓練を再開せよ 」
早朝訓練を終えて、食事を摂ってから、訓練を再開した。
ルシエルの結界魔法がベテランの治癒士並みの均一のとれた結界で、かなりの固さを保ちまさかの配属が早かった方が負けるとは誰も予想していなかっただけにルシエルの評価は上がった。
順調にきていた訓練も残すところ演習だけだったが、此処でハプニングが発生した。
「さあ諸君、これから近郊の森、荒野までと回り魔物退治に向かう。各自の馬を用意して集合してくれ 」
『はい(?…はい?)』
変な声を出したルシエルに私は少し嫌な予感がした。
「何か分からないことがあったか? 」
「ええ。というか今まで馬に乗った経験がありません 」
「・・・さすがにそれは想定外だった 」
完全に失念していた。彼は村人だったはずだ。それならば馬を見たことがあっても、触ったり乗ったりしないことはある。
だが、普通の治癒士は若くてもそれなりの金を稼ぎ馬を保持するものも多い。更にこれだけ騎士のような体躯をしていて、馬に乗ったことがないなんてな。
まぁこれは私のうっかりミスだ。
「仕方がない。ルシエル君は厩舎を管理している者達に馬の乗り方を聞いて練習していくれ。さすがに演習へ行くから外の目があるからな 」
「なんかすみません 」
「いや。こちらも考えていなかったわけだからな。それでは此処を馬術訓練で使うといい。私達も演習が終われば、ここに戻ってくるからな 」
「わかりました。気をつけて行って来てください 」
「そうだな。厩舎に案内しよう。では、各自移動 」
こうして私達は演習に向かい彼は馬術練習をすることになった。
演習に向かう途中で、彼の此処に至るまでの経緯を話しながら行くと、口々からあの教会の評判を落としている最大の原因の治癒士の中に異端児がいたことを喜ぶ声だった。
こうして彼をおいて遠征を向かうまで私達は彼を鍛えていくのだった。
そしていつも遠征に向かう時はまばらな拍手なのだが、今回に限っては、街が一つとなり頑張れと言ってくれていた。
これはカトレア様が出陣される時よりも凄まじいものだった。
そしてその中にはゾンビ、ドM、聖変の治癒士と声が聞こえてきた。
私は彼の魔力を探すと、遠めだがしっかりと見送りに来ていた。
私は皆に彼の仕業だということを教えると、皆、納得していた。
この聖都で、現在一番人気の治癒士が仕掛けてくれたサプライズに、私達は心が軽くなり気分が高揚して、身体に力が漲ってくるのを感じながら国境を目指した。