26 新たな通り名〔聖変〕を得る。
教皇様のお付きの侍女に分かるところまで送ってもらい、お礼を言って分かれた後に食堂に向けて歩き出した。
「結構人がいるなぁ 」と学食を思い出しながら並んでいると声を掛けられた。
「ルシエル君、食事を受け取ったらあちらの席に来てくれ 」
振り返る前から声で、誰から声が掛かったのか、直ぐに分かった。
「ルミナ様お疲れ様です。伺わせていただきます 」
俺は振り向き、挨拶をして簡潔に答えた。
「うむ 」
その光景を見ていた人たちからは、やはり面白く思われていないようで絡まれはしないけど、ネチネチした視線を浴びせられ、ずっと眺められているので気も滅入る。
「こんばんは。今日も山盛りでお願いします。あ、それと今日のお弁当も美味しかったですよ 」
「あらルシエル君ありがとう。じゃあ大盛りね 」
そう言って手渡された食事は、並んでいた人の軽く五倍以上あり、何人かがリアル二度見をして、笑いそうになったが視線を更に集めそうだったので、速やかに移動した。
「皆さんが全員揃っているのは、珍しいですね 」
「ああ。実はイリマシア帝国とルーブルク王国と聖シュルール協和国の国境線でいざこざがあってな。仕方なく、我が戦乙女聖騎士と神官騎士隊で、周辺を回ってくることになった 」
「ということは? 」
「うむ。明日から暫らくは悪いが訓練は中止だ。無論、訓練場に入って馬術・・・乗馬の練習をしてくれて構わない 」
言い直しましたよね?ルミナさんてたまに失礼ですよね。そう言いたいけど、俺はそれを言えない。
「了解しました。皆さんも強いのは分かっていますが、怪我の無いよう気をつけて行って来てください 」
「まぁ、うちらが居なくなったあと、大変なのはルシエルだと思うよ 」
マルルカさんが不安なことを言ってくる。
「……?」
「そうやぁ。あんたぁ、うちらと一緒によくおるさかい、あんまり良く思われてないやろ? 」
ガネットさんが追い討ちを掛けてくる。
「まぁ確かに…… 」
俺は教会本部に来てから、ジョルドさんとグランハルトさん、ヤンバスさん以外の男性と喋ったことが無い。
「いつも殺気まみれ 」
ベアリーチェさん、それは怖すぎます。
「ご臨終 」
キャッシーさんは、飛躍しすぎです。
「いやいや、殺気なんて送られてませんよ。死んでもいませんし 」
『はぁ~ 』
えっ?何で全員がそんなに深い溜息を?
「もうちょっと気配が読めるように、特訓した方がいいです 」
リプネアさんがアドバイスをくれた。
「……まぁ、その方がルシエルさんらしいですわ 」
エリザベスさんが鈍感?の俺をフォローしてくれたのか?
「死んだら拝んであげます 」
へぇ?俺って死ぬの確定なんですか?クイーナさん?
「敵討ちはしてやろう 」
マイラさん?物騒ですよ。あれ?それとも本当にマズいのか?敵討ちではなく、護衛では駄目ですか?
「ルシエル、頑張って逃げるのよ 」
ルーシィーさんがファイティングポーズをとった。
「何処に逃げるんですかぁ 」
俺は何処に逃げれば?
「そうね~迷宮にいれば入って来れないからいいんじゃない? 」
ルーシィーさん、それはいつも通りですけど?
「お前達、無責任なことを言うな 」
そうです。ルミナさんアドバイスをください。あ、目線を逸らされた。
「そうだ。ルシエルだって、タマがついているんだ。自分のタマぐらい守れるだろ 」
サランさんのおっさん発言が飛び出たけど、玉に命ですか?
「サランさん、貴女のお部屋はあんなに乙女チックなのに、なんで発言がいつも下品な、酒場の親父口調なんですの? 」
「う、うるせぇ。お嬢様口調な癖に、ズボラな性格のエリザベスに言われたくない 」
「まぁまぁ、二人とも落ち着いて。自爆しているわよ 」
ここで俺が居ることに気がつき、二人は顔を赤くして座って、お互いに睨みを利かす。触らぬ神に祟りなしだ。俺はスルーを決め込んだ。
「まぁそういう訳だが、帰ってきた時にヘタレていたら問答無用に鍛え直すから、精進しておくように 」
「了解したであります 」
俺は、何にも解決していない問題を抱えながら、ルミナさんの言葉を胸に手を当てて、言葉を振り絞った。
この後、食事を摂り、談笑しながら、各々が自分の部屋に戻っていった。
俺はおばちゃんのところに行き、大量の食事を用意しておいて欲しいと頼み込んだ。
それから俺は、あれをもらう為に、冒険者ギルドに来ていた。
「こんばんわ 」
声を掛けると、ウエイトレスの女性が前とは違っていたのでマスターを呼んでもらった。
「……一月できっかり来るってことは、本当にあれを飲みきったのか?」
マスターは驚愕の表情を浮かべて俺に問うてきた。
「当然です。あ、ちょっと遠征に出るんで、十樽をお願いします。」
「……なぁあんた、メラトニから来た治癒士だろ?」
すると何故かマスターがこちらを探るように聞いてきた。もしかして暗殺?俺はビクビクしながら返答した。
「……ええ。早いもので一ヶ月になります。」
「なぁ、あんた此処では…聖都では治癒士として活動しないのか? 」
どうやら暗殺ではなかったようです。でもこの伺うような視線、何処かであった気がするのは何故だ?
「いや~、今は教会本部で仕事を受けているんで、冒険者ギルドで暮らすのは無理なんですよね 」
「……そうか。分かった。あれを準備するから、待っててくれ。」
暗い顔をして厨房に消えていった。
「あの表情、すげぇ~気になります。」
そういえば今日は随分静かなんだな。そう思っていると怪我人?が、地下の訓練場に運ばれていくのが見えた。
「すみません 」
他に客も少ないので、ウエイトレスを呼ぶ。
「ご注文でしょうか? 」
「いえ、一月ぶりに外に出てきたんですけど、怪我人が地下に運ばれて行くようですし、何かあったんですか? 」
「ええ。最近、魔物が活発に活動しているのもあるんですけど、高位の魔物が現れて冒険者達がだいぶ苦戦しているようです 」
「なるほど。マスターが暗かったのはその為ですか 」
「ええ。マスターも知り合いが何人も怪我を負っていますからね 」
「治癒院はなんて言ってるんですか? 」
治癒されればそこまで酷くなければ治るでしょうに?
「皆、怪我が酷くて、あんな金貨何十枚も払えませんよ。冒険者達なんて奴隷になれとでも仰りたいのですか? 」
え?俺って今、初対面のこの人が、これほど怒ることを何か失礼なことを言ったか?ん?金貨に奴隷?もしかして聖都なのに?そんなことが、頭をグルグル回る。あ、まず否定しておこう。
「えっ? 誰もそんなことを言ってませんよ 」
「ミリーニャ!止めるんだ 」
そこにマスターが助けに来てくれた。
「でもマスター、この人が治癒院に相談って……」
だから、その目は俺にはご褒美じゃありません。
「それで、アンタなら、いくらで引き受けてくれるんだ?」
「そうですね~。一人銀貨一枚、教会に所属する教皇様、戦乙女聖騎士隊、私が困ったことになったら、出来る限り力になること。不愉快な通り名を改めること、で手を打ちましょう 」
「・・・じゃあ、駆けつけ一杯で気合を入れてくれ 」
ドォンと置かれたジョッキを、俺は受け取って飲み始めた。
「グビッ、グビッ、グビッ、グビッ、プ~。行きますか。あ、まずはそこにある樽を全ていただきます。」
厨房の横にあった、あれが入った樽をマスターに確認してから魔法袋に入れた。
「それはまさか・・・。いや、付いて来てくれ 」
魔法袋に驚いたのか?俺は教会の白ローブ纏うと、地下へと向かった。
そこはさながら、野戦病院と化していた。
地下に向かった俺のことを見たものは殺気を向けてきた。
いや、これは俺に向けてのものではなくこの白いローブが殺気の対象なのだろう。
だからちょっとした事で、暴動が起きる。
「何しにきやがった。金の亡者 」
「手前等なんて、地獄に落ちろ 」
「出て行けぇ~ 」
「殺せ 」
うん。物騒だね。怖すぎてもうちょっとで、ちびりそう。
「静かにしろ、馬鹿ヤローども~!!」
酒場のマスターが大声を上げた。
静まる訓練場。
「こいつは、いや、この御方はあのメラトニの都市伝説として知られる治癒士のドMゾンビ様なんだぞ。今から一人銀貨一枚で助けてくれるというのに、文句を言うなら、そいつらが帰れ 」
「ゾンビ治癒士?」
「え、なかなかイケメンなのに、ドMなの? 」
「治癒士のドMゾンビってただの都市伝説じゃなかったのかよ 」
「銀貨一枚って、物語の賢者様みたいじゃない 」
「おい、しっかりしろ、ゾンビ様なら、まだ助かるかもしれないぞ。」
「頑張れ、ゾンビ様、早く治療を 」
ゾンビ、ゾンビとゾンビコールが上がる。
糞、あのマスター俺の通り名をゾンビにしやがって。待てよ、此処は初めが肝心だ。俺は気合を入れて声を出した。
「私は、他の治癒院の仕事を取るつもりはありません。今日はたまたま物体Xを飲みに来たのです。ですから、毎回治療することは出来ませんし、他の治癒院が高いといって、暴動や衝突はしないでください 」
俺は回りが理解しているかを確認する。
「一人銀貨一枚、教会に所属する教皇様、戦乙女聖騎士隊、私が困ったことになったら、出来る限り力になること。不愉快な通り名を改めること、特にゾンビ、ドMは禁止で、じゃないと治療しません。分かったら治癒を始めますよ。あ、重傷者をまとめてください 」
すると直ぐに怪我を負ったものが集められる。
そして俺は半年は掛かると思われていた聖属性魔法のレベルがⅧになっていたことに感謝しながら、言葉を紡いだ。
【聖なる治癒の御手よ、母なる大地の息吹よ、我願うは魔力を糧として、天使の息吹なりて、万物の宿りし全ての者を癒し給え エリアハイヒール。】
言葉を紡いだ瞬間に、ごっそりと魔力を奪われたが魔力制御を維持して治れと念じた。
半径三メートル内に居た者を、青白い光が覆い身体が発光すると、傷が巻き戻しのように塞がり、骨折で曲がった腕もどういう原理かは分からないが治っていった。
「ふぅ~。じゃあ次に行きましょう。」
「あ、ああ。おい次のやつ等だ急げ。」
俺は休憩を挟みながら後二度のエリアハイヒールで傷を癒していった。
残念なことに、傷は治せても、潰れきってしまった目や、切断されてしまった部位は治すことは出来なかった。
それでも懸命に治療する俺に文句を言ったり、詰め寄って来るものはいなかった。
治療が終わり、静かになったところでは、俺の通り名が、密かに決められようとしていた。
「ドMとゾンビは使ったら駄目なんだよな? 」
「嫌だって、言っていたからね 」
「でも、それだと賢者とかになるぜ?彼は治癒士だろ? 」
「どうするか。勝てないと分かっているのに、戦うってことは戦闘が好きなんだろ? 」
「だったら、治癒士の戦闘狂か?」
「語呂が悪いなぁ。だったら安価で人助けするから、安価の治癒士はどうだ? 」
「それって、治癒士ギルドに絶対叩かれるぞ 」
「ドMゾンビがしっくり来ているから、変えるのが難しいな 」
「じゃあ立派な人だから、聖人様とか? 」
「まだ若いんだから、それは重たすぎるだろ 」
「だったら、あれを飲むぐらいだから、変人治癒士でどうだ? 」
「ドMとかとあんまり変わらないぜ 」
「だったら聖人みたいだけど、変人でもあるから聖変の治癒士は? 」
「「それだ! 」」
「でも、やっぱりドMゾンビが一番語呂がいいのよね 」
「「確かに 」」
全てを治療した俺は〔ドM〕コールと〔ゾンビ〕コールを浴びて、額に青筋を立てながら治療費をもらって、魔力枯渇寸前だったので、物体Xを煽ると今度は〔聖変〕コールを浴びることになって、冒険者ギルドを出た。
こうして新たな通り名が加わった俺は、ベッドに飛び込むと、涙で枕を濡らし、冒険者達に文句が言えるように頑張って鍛えることを、珍しく出ていた月に誓った。