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22 初めての乗馬、不安になったらまず鍛錬

 主がいなくなった訓練場に二人と一頭の馬がやってきた。

 まぁ俺なんだが。

「それにしても、ヤンバスさんがこちらに来て良かったんですか?」

「ええ。私の管理している厩舎は、戦乙女聖騎士隊の皆様が乗られる馬達と、要人の方々をお迎えする時に馬車を曳く馬達だけなので、現在は厩舎に数頭しかおりませんから 」

「そうですか。それではこちらの馬を紹介してもらえますか 」

「ええ。この馬はフォレノワールです 」

 フォレノワールってケーキであったような、黒い森って意味だった気がする。

「フォレノワール、初めましてルシエルです。私は馬に乗ったことがないので指導してください 」と頭を下げると「ルシエル様、何をしているんですか! 」と吃驚された。

「えっ?馬は頭がいいから人の言っていることが分かるんですよね?」

「そうですけど、いきなり頭を下げるなんて下僕にしてくださいって言っているようなものですよ 」

「・・・マジですか? 」

「マジは分からないですけど本当のことですよ。この子は頭が特にいいので大丈夫ですが気をつけてください 」

「すみません。宜しくお願いします 」


 こうして一歩目から間違えてしまった俺は、ヤンバスさんの言うことを絶対に守る決意をして指示を受ける。

「まずは正面に立って横にいき声を掛けながら優しく触ってください。いきなり乗ろうとすれば馬も吃驚しますので 」

「はい 」俺は言われた通り正面から横に移動して脇腹を触る。

「暖かいですね 」

「ええ。人よりも暖かいです。現在鞍が着いていますが、背中を押して乗る合図を行なってください 」

「はい 」俺はグッグッと押してみる。と反応はなかった。

「はい。嫌がられてもいないので大丈夫でしょう。跨ってください 」

「えっいきなりですか? 」

「今、準備してもらいましたよね? 」

「分かりました 」俺は地を蹴って鞍に跨った。

「はい。いいですよ。では 上体をあげていって足を開いた状態で垂直を維持してください 」

「は、はい。あのヤンバスさんかなり高いんですけど? 」

「最初は誰が乗ってもそう思うので、大丈夫ですよ。そのうち慣れてきます 」

「あの鐙はないんでしょうか? 」

「鐙って何でしょうか? 」

「足を置く場所というか足場を作る道具なんですけど?」

「う~ん。聞いたことがありませんね。何処かの名産品なんですか? 」

「あ~いえ、そういう話を昔聞いたことがあったので、お聞きしてみたんです。大丈夫です。」

「お役に立てずにすみません。そうしましたら、実際に駆けさせてみましょう。膝を馬体に挟むようにして軸がブレない様にしてください。軸がブレると馬も乗っている側も辛いですから 」

 その瞬間、前世を思い出していた。趣味で乗っていた単車に乗るように、ニーグリップを思い出しながら、姿勢を維持する。しかしこの高さは怖いものがあるな。股間の辺りがヒンヤリとするぞ。

「手綱を振ると進めの合図、引けば止まれの合図となります。曲がる時は曲がる方を引いてください 」

「分かりました 」

 俺は軽く手綱振った。するとフォレノワールは軽く駆け始めた。


「はい。いいですね。そのペースでこの訓練場を一周してきてください」

「行ってきます 」

 パッコパッコパッコパッコと小気味良いリズムで、フォレノワールが駆けると、あっという間に端まで来てしまったので、右手を少しずつ引いて曲がる方へと促すと曲がってくれた。


「ありがとう 」とお礼を言って走り、また端まで来て曲がって、ヤンバスさんのいる場所の手前でゆっくりと両手に持った手綱を引くと止まってくれた。


「はい。素晴らしいです。初めてとは思えませんでしたよ 」

「いえ、フォレノワールが頭が良かっただけです。それにお尻と膝が長時間乗っていたら、凄いことになりそうです 」

「なりますとも。尻は皮が向けますし、膝は普段使っていない筋肉をずっと使うわけですからね。まぁ治癒士様なら問題はないのではないですか? 」

 言われて気がつく。ヒールが使えるだけでも十分チートなのだと。

「もう少し行って来ていいですか? 」

「ええ。フォレノワールも走り足りないでしょうから。ただ、無理に速度は上げないでくださいね 」

「ええ。わかっています 」


 こうして何度か休憩を挟んで乗馬しているといつの間にか結構な時間が経っていて戦乙女聖騎士隊が帰ってきた。

「初心者にしては随分と様になっているではないか 」とルミナさんに声を掛けられた。

「そうですか?それは嬉しいですけど、この子が頭が良いんですよ。きっと暴れ馬だったら背中に跨った瞬間に下ろされる自信があります 」

「くっくっく。なるほど。今日はこれで訓練が終わる。また来週の訓練の参加を待っているぞ 」

「あ、はい。こちらこそ宜しくお願いします 」

 こうして戦乙女聖騎士隊の訓練と初めての乗馬が終了した。


 俺は空気の読める男だ・・・と思う。なので夕食の時間は、戦乙女聖騎士隊皆様とズラすことにした。

 まぁそれは表向きな件で、今日って全く鍛錬してないよな。と熟練度鑑定を行なえば馬術に熟練度は入っていたが、ほぼ全ての項目が伸びていなかったのだ。

「此処まで伸びてないとは思わなかった。超不安だ。いや、もしかしてこれが普通の生活なんだろうか? 」

 そう思いもしたが、「でも戦乙女聖騎士隊並みの人に襲われたら死ぬし、やっぱり努力はしないとな。不安になったらまず鍛錬だ 」

 こうして十階層に行って帰ってきてから、夕食を摂り就寝した。


 翌日からまた迷宮の攻略をスタートさせた。

「十六階層は六階層から罠があったから罠があるんでしょうね 」

 オーラコート、エリアバリアを使い万が一に備えながら、罠を探して地図を描き魔物を蹴散らす。

「背嚢がないだけで、非常に動きやすくなったんだけど、これは教皇様には感謝だな。」

 魔法の袋は実は手で触れなくても、足で踏んでも良いことが分かった。

「これが地球にあったら皆が手品師になれそうだな 」

 そんな陳腐な考えを浮かべながら、罠を発見して警戒しながら踏むとビィイイイと警報がなって前後左右から魔物が押し寄せてきた。

「なるほど。こういう罠もあるのか 」と頷きながら浄化魔法を発動して四方のうちの一つを潰してそちらに逃げる。

 そして寄って来た魔物を浄化魔法と剣で一体ずつ倒す。

 この戦闘方法は朝の食堂でエリザベスさんからルミナさんの伝言で出来ないことをすれば変な癖がつくので止めた方がいいとのアドバイスをもらったからだ。


 エリザベスさんとリプネアさんが双剣の使い手であることから彼女達に師事することになったのだ。

「ルミナ様からのご命令ですので、でもこれは貸し1つですわ 」と言われた。

 貸しに利子がつかないことを祈りつつ、俺は頭を下げた。


 きちんと斬れば直ぐに消滅するアンデッド達。この造りが雑なのが次のボス戦への布石になっているんだろうな。と思いながら十六階層の地図を完成させて昼食にした。

 お弁当を食べながら「物体Xってどれぐらいの魔物まで避けられるんだろな。」

 そんなことを考えたながら十七階層まで探索を終えると十階層のボス部屋に出口から入って全滅させて、入り口から入って全滅させて、出口から入って全滅させて帰還した。


 その翌日は十八階層、十九階層を探索して帰り、また、その翌日に二十階層の探索を終えた。

「此処がボス部屋ですか。うん。凄い嫌な予感がバリバリする 」

 直ぐに直行することはせずに帰還した。

 そして売店で待機していたカトレアさんに「階層主部屋でしたっけ?あれ二十階層は何が出るんですかね? 」とストレートに聞いてみた。

「分からないわ。私は迷宮に入ったことがないの。でも、もしかすると、この前みたいに迷宮で命を落とした治癒士ギルドの関係者かも知れないわ 」

 と哀しそうな顔していた。これが演技なのだから凄すぎる。妙齢の女性で美人で色香があり生まれる世界が違ったら彼女は女優でも食べるのに困らなかっただろう。

「なるほど。貴重なご意見ありがとう御座います。何か必要になるものってありますかね? 」

「行くっていうなら止められない。でも、止めておいたほうがいいわ。どんな罠があるかも分からないもの 」

「まだ行きませんよ。もうちょっと基礎を磨かないといけないので 」

「そう。これは迷宮に限ってのことだけじゃないけれど、体力、魔力を回復するポーションは必須よ。あとは他の迷宮での話を総合すると、食事を持っていっていた方が生き残る確率が上がるらしいわ 」

 これは攻略のヒントなんですね。分かります。

「それじゃあ回復力の高いポーション類をお願いします 」

 こうしてポーションを買い込み、次の日から二日間、十層のボス部屋を行き来して、休憩を挟みながら魔法で、剣で、魔物を倒して戦闘。一対多でも慌てないように精神を鍛える作業を行なった。


 そして二回目の戦乙女聖騎士隊の訓練が始まる。


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