17 慢心、ボス部屋の脅威
「体調良し。魔力良し。装備良し」
いつも通り魔法の鍛錬を行い、朝食とあれを済ませてから、俺は気合を入れていた。
俺が名付けたアンデッド迷宮(仮)は臭い。
あれから考えたのだが、実は俺みたいに臭いニオイに耐えられて、探索が出来る祓魔師は少なかったのではないだろうか。
これが全ての新人がやってきた業務なら、最短で全クリしたら何か豪華な景品がもらえるのではなかろうか。
そう考えただけで、ただの願望ではあるもののワクワクしてしまい、いつもより早く目が覚めてしまったのだ。
昨日、手札は多いほうが良いと思って十日間で貯めた約9万Pの内、5万Pを使って、あまり上手くないが聖銀弓と銀矢二十本を購入して魔法の鞄に突っ込んだ。
現在、俺の魔法の鞄の中には、ブロドさんに貰った魔力の通り易い剣(ルシエルは気がついていないがミスリルの剣)と聖銀の片手剣、聖銀の短槍、物体Xが四樽、そして聖銀弓と銀矢が入った矢筒となっている。
「あとはこの弁当を突っ込んだら満杯だもんな。給料をもらったらこれより容量が多いものが、いくらするのかは分からないけど、新しいのを手に入れたいなぁ。では、行きますか」
俺はアンデッド迷宮(仮)に足を踏み入れた。
一つの階層で、体感10分~20分の探索を経て、十層ボス部屋の前で一旦休憩に入った。
「ジョルトさんは集団って言ってたからなぁ、敵の量にもよるけど最初に浄化魔法を放って、敵を倒したら徐々に剣と槍で倒していこう。危なくなったらまた浄化魔法を使う。うん、単純だけどソロだからこれでいい」
どうせ幻覚だし、どうせこの迷宮(仮)は新人の訓練所だからな。
こうして俺はボス部屋を舐めたまま、突っ込む前に一応ボス部屋に耳を当てた。しかし、音が鳴る様子はない。
「これって、誰が魔物とか出してるんだろう? あ、景気づけに、飲んでからいきますか」
俺は樽を出して物体Xを飲んで気合を入れる。
「しかし本当に魔物やアンデッドでも逃げるなんて凄いな物体X。それに幻覚なのにこの臭いに対応する幻覚魔物を作ってる人のクオリティーもハンパないな。さてと、行きますか」
十階層で、このボス部屋の扉を開いた俺は、魔物の本当の恐ろしさを知ることになる。
ギィィィイイイと錆びた鉄の扉を開けたような音が響く。気にせずに中を見ると、中は暗かった。
「こういう演出は、いらないんですけど」
俺は武器を構えて中に進む。すると、突然バァーンと凄い勢いで扉が閉まった。
ただ、この展開を想定していた俺は目の前から視線を外すことがなかった。
薄暗かった部屋は扉が閉まると同時に、今までの迷宮と同じぐらいの明かりが灯り魔物が一斉に姿を現した。
「おいおい、この数はさすがに予想外だぞ」
見渡す限りが魔物の大群だったのだ。
ボス部屋は大体三十メートル四方の広さで、その中に、ゾンビやスケルトンのナイトやアーチャー、ゴーストにウィルオーウィスプと、今まで戦ってきた敵が全て現れたのだった。
だけど、それだけなら大した問題じゃなかった。
油断はしているつもりはなかったが、気配も感じなかったために、完全に扉を背にした状態で前方を中心に左右180°、上空にゴーストと、火の玉が溢れていたが、それでも囲まれただけなのだ。
焦りはしたけど、大した問題じゃなかった、ここまでは焦りはあったけど、十分に何とかなる筈だった。
俺は直ぐに気を引き締めて、浄化魔法を詠唱した。
「聖なる治癒の御手よ、母なる大地の息吹よ、願わくば我が身と我が障害とならんとす、不浄なる存在を本来の歩む道へと戻し給え。ピュリフィケイション」
が、何も起こらなかった。
それどころか「魔力の抜ける感覚がない?」このことが混乱に拍車を掛けた。
この状況をいくらアンデッドの魔物でも見逃すことはなく、俺に向けて総攻撃を開始したのだ。
俺はこの世界に来て、初めて絶体絶命のピンチを迎えたのだった。
両手に持った剣と槍に、魔力を通しながら振り回す。型も何もない。
考えてもみて欲しい。今までは少数を武器で倒し、大群とは浄化魔法で戦ってきたのだ。
それが前後左右、そして上空からも魔法が使えない俺に向かって押し寄せてくるのだ。さすがにこれは幻覚でも怖すぎた。
「クソクソクソ、来るな」
子供が駄々を捏ねるように、俺は必死に剣と槍を振り回す。
「まさかの魔法封じの部屋なのかよ。くっそ〜、そんなに豪華景品を渡したくないのかよ。でも全ては俺の慢心だ。俺は物語の主人公でも天才でもない。情報収集が足りなかったんだ。完全に自業自得だ。お前は弱者だったろ。何を粋がってたんだよ。チクショ」
俺は自分自信の迂闊さに嫌悪しながら、両手に持った武器で必死に魔物を倒す。
「ちぃ、幻覚なのに痛い。これが異世界版の幻覚痛なのか? 痛い、誰だ!!俺を引っ掻いたのは…痛い、痛いって言ってるだろ。噛むんじゃねえよ。もう怒ったぞ」
俺は剣と槍に魔力を注ぎ振り回しながら、走り出した。
無傷では勝てなかった。でも、ブロド教官の鍛錬の方が痛いし、ずっと怖かった。
剣を振り「セイッ」ランスで攻撃を受けて「甘いわぁ」少しずつ俺は敵の数を減らす。
(これがボスステージかよ。これが現実だったら、恐怖で膝が笑って、詰んでたなぁ。)
ルシエルはこれが現実だとは思っておらず、ゲームオーバーにならないようにボス部屋をクリアして、豪華景品をGETする。そんな願望を力に変えて、目の前の敵に集中して両手の武器を振り回した。
どれくらいの時が経ったのかはわからなかった。受けた攻撃の全ては、優秀な防具のおかげで、あちこちに傷があるものの、軽度なものだった。
敵が倒しても倒しても湧いてきているかのように数が一向に減らなかった。それでも必死に走って囲まれないように倒してはスペースを作って走る。
こうして無限ではないか? そう思っていたアンデッドを全て倒しきると地面全体に魔石が覆いつくしていた。
「ハァハァハァ」
俺は立っているのもしんどいぐらいに疲弊していた。
体力も魔力も限界に近かった。今ブロド教官に「走れ!」と命令されれば走るだろうが少し走ったら前のめりに倒れる事は間違いない、そんな状態だった。
「それにしても、ブロド教官に師事させてもらっていたのは感謝だな。さてと面倒だけど魔石を拾って、此処から出たら回復魔法をかけ…?!」
俺は嫌な予感がして、前方に飛んで回転した。すると、ドォォォオオンと凄まじい何かが俺の居た場所に落ちた。
俺は天井から、自分が今までに向けられたことのない、凄まじい殺気を感じ天井を見上げた。
「おいおい、さっきのがボス戦じゃないのかよ。そんなに豪華特典なの? 治癒士ギルド本部って意外とケチなのか? それとも・・・やっぱり俺が弱いだけか……」
現れたのは、真っ白な法衣を着て、凄まじい魔力の内包している高価そうな杖を持ったアンデッドだった。それも王冠をつけていた。
「おいおい。何でワイト? ファンタジーの定番はレイスとかでしょ!!」
その言葉が気に障ったのかどうかは分からないが次の瞬間、杖に一気に魔力が集まり、高まったと感じると同時に、黒い光がワイトから放たれた。
黒い光の速さは今までの敵とは、明らかにレベルが違って…いや、違い過ぎていた。
あまりの予想外の速度に、俺は避けきることが出来ずに、少し右の太股に掠った。そう…掠っただけで焼けるような痛みが身体を駆け抜けた。
「クッ。【聖なる治癒の御手よ我が魔力を糧に彼のものを癒した給う ヒール】くそったれ、なんで俺の魔法は発動しないんだ。こっちだけに魔法縛りがあるとか、卑怯過ぎるだろ」
そう。俺の魔法は発動しなかった。
「ボスステージをクリアして、ボーナスをもらうまで死んでたまるかぁ」
もはや俺は完全に混乱してしまい、サラリーマン時代の賞与とボス部屋クリアの景品がごっちゃになっていた。
俺は闇魔法を放とうとするワイトに向かって、ランスに魔力を込めて全力で投げつけた。
すると魔法を放たずに、ワイトは大きく逃げた。近づくのも嫌、怖いと言っているように見えた。
俺はそれを見た瞬間、大きな賭けに出ることにした。