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01 治癒士ギルド

 空は快晴で歩く道も街道なので歩きやすくなっている。


「結構な距離だとは思っていたけど……本当に遠いな。 さっきから遠目にだけど魔物が見えるから怖すぎる。 本当に無手で異世界に送るなんてことは止めて欲しい。 唯一の救いはこの拾った石が投げやすそうってことだけだな。 はぁ~、俺はこの世界でちゃんと生きていけるのか? あ~超怖い」


 俺は独りごちながら、気持ちを切らさないように歩き続ける。

 小説の主人公のようにチートも無ければ勇気もない。

 襲われたら定番のゴブリンにだって負ける気がする。


 現在、俺の頭にあるのは生き残る。

 唯一それだけだった。


 周囲を確認しながら街まで残り三百メートル程となり、漸く人影が見えてきたことに安堵しながら、ゆっくりとそれでいて早歩きで門らしき場所へと向かう。


「しかし立派な外壁だな。これだけ立派なら中も結構綺麗なんだろうな」


 俺はそんなことを口に出しながら、前世では見られなかった、ごつごつした外壁を眺めながら城門へと近づいていった。


 街に入るには身分証が必要らしいが、何とか入れるように神に祈りながら順番を待った。


「身分証明書を提示しろ」

 槍を持った門兵からそう言われた。

 背は俺より少し低いが、腕の太さは三回り程違う。

 あの丸太のような腕で殴られたら俺は一発で沈むだろう。


 そんな感想を抱きながら言葉を紡ぐ。

「私の住んでいた所は小さい村だったのですが、成人して直ぐに働きに行けと村を出されてしまいまして、身分証明書がありません。治癒院で本日から下働きをさせてもらおうと思い、街までやって来たんです」

 俺は演技を交えながらそう門兵に告げた。

「何? 治癒院だと? しばし待て」


 あれ? なんかやっちゃった? 貰った知識を活かしたつもりだったのに、これって余計な墓穴を掘ってしまったのか?

 俺は不安に駆られた。逃げるか? いや、逃げたら人生を詰んでしまいそうだ。


 そんなことを考えていると、先程の門兵と一緒に女性が現れた。


 その女性は透き通るような肩まで伸びた金髪に、真っ白いローブを纏った美しく凛とした雰囲気を醸し出しており、しばしの間見とれてしまった。


「貴方が治癒院志望の者ですか?」


「はい。成人したところで聖魔法の適性とJOBが治癒士だったので、この街で修行したくてやってきました」


「いいでしょう。ではまず、治癒士ギルドで身分証明書を発行しますから付いて来なさい」

 それだけ告げると女性は先を歩き出した。


 俺は門兵にお礼を言ってから彼女は何者なのか?そんなことを疑問に思いながらも、歩くスピードが早い彼女を必死で追い掛け、質問をしてみた。


「あのぉ、通行料とかは取られないんですか?」


 彼女は笑いながら教えてくれた。

「治癒士に通行料が必要なのは帝国だけだよ」と。




 その他にも理由があって、どうやらこの国には治癒士の総本山があるらしく、職業が治癒士というだけで、待遇がとても良いのだと教えてくれた。

 追加情報としては、聖属性魔法の適性が無ければ先程の件が嘘となって牢屋に入れられる。だから虚偽の申告をする人はいないらしい。 



 この国に転生したってことは、早速豪運が仕事をしてくれて、豪運という存在と実力を俺に発揮して見せたのではないか?そう感じた俺はニヤケながらも、彼女の後を必死で追った。


 綺麗な石畳の道を歩いていると、前世で行きたかったとある国の街並に似ているような気がした。そのことに感動しながらも、案内してくれる彼女を待たすことは出来ず、気持ちを切り替えて歩みを早めた。


 そうこうしていると一軒の大きな建物の前で彼女は止まった。


「此処が聖シュルール教会メラトニ支部の治癒士ギルドよ」

 そう言って中に入ってからこちらへ振り向いて口を開いた。

「ようこそ。治癒士ギルドへ」

 そう言って歓迎してくれた。


 あ~なんか嬉しい。

「ありがとう御座います」

 照れくさかったが、きちんとお礼を告げた。



「ルミナ様、如何されましたか?」

 そんな声が受付から掛けられた。声の主は妙齢の美人で少し妖艶な女性だった。


 いやちょっと待て。 その前に案内してくれたこの女性、様付けで呼ばれていなかったか? この案内してくれた人ってお偉いさんなのか? たしかルミナさんって言ったよな?



「この子が村の成人の儀で職業が治癒士になったらしいのだ。その確認を治癒士ギルドでしてから身分証明書を作ってもらおうかと思ってな」

 カウンターに移動しながらルミナさんが受付さんに説明していく。

「あ~あ、なるほど。それでは改めましていらっしゃいませ。治癒士ギルドへ、ようこそ。こちらが治癒士の手続きに必要な書類です。ご記入くださいませ」


 案内されたカウンターで俺は羊皮紙を渡された。


 紙には名前、種族、年齢、出身地と書いてあったが、出身地以外を埋めて無知な道化を演じることにした。


「この出身地のところですけど、村ってだけでは駄目ですかね? 村に名前があったのも知らなかったんですけど?」


「はっ? あ、コホン。まぁ分からないのでしたら、それでいいでしょう」

 一瞬だがこの受付嬢……何言ってんの? そんな顔をしていたよな? 一瞬だから見間違いか?


 今は何事もなかったかのように、受付嬢の笑顔が展開されている。

 先程、俺が記入した紙を持って受付さんは後ろの部屋に消えて行った。


「あれ? 村では村ってだけで、通じていたんですけど? ここは街ですよね?」

 そう言ってルミナと呼ばれた女性に聞くと溜息を吐かれた。


「君は無知だな」

 そう言って呆れられた。


 その冷たい目は、俺へのご褒美にはなりません。ただただ、怖いだけです。

「これから勉強していきます」

 頭を下げると再度溜息を吐かれた。


 程なくして受付さんが戻ってきた。

「これに魔力を流してください」


 そう言いながら一枚のカードを渡された。


 ……魔力制御のスキルを取っておいて良かった。そのおかげでスキルの使い方が分かるのだ。


 魔力だと思われるものをカードに流す。するとカードが発光して文字が浮かび上がった。


 治癒士ギルドメラトニ支部所属 Gランク治癒士 ルシエル



「ではカードを」

 そう言われて返却した。渡したカードを持って、また受付さんは奥の部屋に消えていった。


「あれは何をしているのですか?」


「ああ、君のカードを記録しているのだ。そうすれば世界中、何処の治癒士ギルドでも使用出来るからな」

「なるほど」

 そう答えたものの、何処でも使える意味があるのか? 旅をすることが前提にあるのが気になる。


 まぁその辺は追々聞けばいいかな。そんな風に考えていた。



 そこへ受付さんが戻ってきて、カードを返却された。

「お待たせしました。間違いなく治癒士ではありますね。魔法適性も聖があり魔力制御もありました」


「じゃあ問題はないな 」

 そうルミナさんが口を開いたが、この流れはマズい。だから俺は敢えて自分の恥を晒す。


「すみません。 私は聖属性魔法を使用したことがないので、魔法をまだ使用できません」

 正直に告げた。


「どういうことだ?」

 少し威圧感が強いのですが、ルミナ様?


「あの何か問題ですか? 魔法書とかは読んだことがありませんし、村でも初めての治癒士だったので、おかしいところがあれば教えてもらいたいのですが?」


「ハァ~そういえば君は無知だったな」


 ルミナさんはそれを信じてくれた。先程の無知さが役に立ったよ。何だろう……目から汗が出そう。


「あの~登録は出来ましたし、何処かで下働きじゃ駄目なのでしょうか?」

 それを聞いたルミナさんが口を開いた。


「ここで三択だ。一つスパルタ、一つ借金、一つ下働きだ」

 あのルミナさん? さっきから威圧感が出ていますよ?


「違いを、もう少し詳しく教えていただけますか?」


「ふむ。スパルタの場合は、治癒魔法を覚えるまで勉強しながら、魔力枯渇になるまで魔法を詠唱する。寝て魔力が回復したらまた同じことを繰り返すだけだ。借金の場合は、治癒専門はないので一般学校に入学して、三年間学校で学びながら魔法を覚えることになる。但し、治癒士ギルドに借金をするために金貨十枚を返納しなければならない。最後に下働きだが、一年ほど雑用をしながら空いた時間で聖属性魔法を覚える方法だ」



 一つ目は死なないけど時間が短く精神的に辛いやつ。

 二つ目は奨学金だな。これが結構辛いのは前世の経験があるから知っている。

 三つ目の雑用は・・・空き時間があるかも分からない。でもこれが通常なら一番確実だと思う。



 いや待てよ。スパルタでも先が見える俺には耐えられるはずだぞ。そうだよ。何のために熟練度鑑定を取ったんだ? これさえあれば精神的には其処まで追い詰められないはずだ。


 此処は気合で何とかなるはずだしな。俺は治癒士の卵から治癒士見習いに昇進するんだ。そう昇進する。その思いが心に活力を生んだ。


「スパルタコースで、宜しくお願いします。私は時間を濃く使っていきたいので」

 俺は考えをまとめてからそう言って頭を下げた。


 はぁ~。その溜息は受付さんから聞こえてきた。顔を上げた俺に口を開く。

「ルミナ様、後はこちらでお任せください。じゃあ君はこっちに付いて来て」


 受付さんはカウンターから出て歩き出した。そんな受付さんを直ぐには追わず、一度きちんとルミナさんに向き直り、お礼を告げた。


「色々ありがとう御座いました、ルミナ様?」


「様はなくても構わない。頑張りなさい、ルシエル君。期待している」

 彼女はそう言って見送ってくれた。


 その凛とした佇まいと美しく惹き付けられるその笑顔が、脳内に記憶されたのは言うまでも無い。


 俺は待っていてくれた受付さんに謝りながら後を追っていった。



「この部屋で魔法書を読みながら練習しなさい。朝と晩は食事を持ってきます。それから魔力が枯渇したら、きっと立っていられなくなると思うから、そこのベッドで休みなさい。起きたらまた練習よ。それを繰り返しなさい」

 そう言って受付さんは部屋を出て行った。


「あ、受付さんの名前を聞いてないし挨拶もしていなかった。くっ、社会人の基本だぞ。本当にしっかりしろよ、俺」

 頭を叩きながら部屋に入った。


 部屋の中はワンルームとなっていて、トイレもあったのだが時代劇で出てくるような蓋を置くタイプで、紙ではなく、ゴワゴワした何かの切れ端みたいなものだった。


 風呂は当然なかった。さらに窓も無く、時間の変化が分からないことで苦痛になりそうだった。


 この環境が気の滅入る原因になっているのでは?

 そう思いながらも、魔法書と魔法の教本に向き合うこととした。


 俺にとってこの環境が熟練度を上げるのにベストな状況であった。

 それを後になり気が付くことになる。


 命の危険は無く、食事も用意してもらえ誰にも邪魔されない空間は、集中するのにもってこいの場所だったからだ。



「気合だ。十日以内に魔法を覚えてやる。ルシエルお前なら出来る」


 下働きから治癒士見習いになるための目標と計画を立てた俺は、自分にそう言い聞かせ暗示を掛けた。


 こうしてルシエルの回復魔法の修練が開始されたのだった。


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