15 ボタンの掛け違い 囁かれる都市伝説
迷宮の出口に歩いていくと浄化魔法「ピュリフィケイション」をいきなりを掛けられた。
「何をするんですか? いたずらですか?」
ちょっとイラっとしたんですけど。
「ああ、ちゃんと生きていましたか。初日に迷宮へ潜って半日も帰って来ないので、ゾンビになってしまったのかと思いましたよ」
この人は俺を騙そうと嫌われる覚悟で、演技しているのか。
俺は優しくジョルドさんの肩を叩いてあげた。
「何その表情!? 俺は分かってるよ。みたいな顔は!」
「あら嫌だ。ジョルドさんてば,、エスパー?」
「あの、エスパーってなんですか?」
異世界では通じませんでした。
「コホン。私はこれでも、冒険者ギルドで武術のスキルを磨いてきましたから、(本物の)魔物がどれくらい危険かは分かっています」
「あ~あ、そう言えばそんな報告を聞いていました」
「慢心をすると命がいくつあっても足りないということも理解してます」
「それでも実戦は初めてでしたよね?いかにゾンビ(本物)といえど結構大変だったでしょ?」
「あれぐらいなら遅れを取ることはありませんよ。迷宮も明るかったですし」
「へぇ~ルシエル君は結構強いんですね。私なんて最初の三ヶ月はまともに(二層へ)進めませんでしたよ」
「まぁ、そこそこ戦えるつもりですし、大丈夫ですよ。明日からも少しずつ進んで(三層よりも下へ)行きますよ」
「おお。頼もしいですね」
「あ、そうだ。この魔石(幻覚を作る石)は何処に持ち込めば良いんですか? 冒険者ギルドですか?」
「いや、あそこの店で買い取ってもらってください」
「ああやっぱり。それはそうですよね。冒険者ギルドには(石は売れないだろうし、こんな訓練場があるなんて知られたくない)マズいですよね」と売店のカウンターに目を向けた。
「そうです。(もし治癒士ギルドの本部に迷宮があるなんて知れたら大問題になりますからね。)いや~ルシエル君は、状況判断が早くて助かります」
「いえいえ。ここで魔石をポイントと交換すればいいんですね」
「あ、ジョルドさん。新人さんはご無事でしたか」
朝はいなかったカウンターに妙齢の女性がいた。
「大丈夫でしたよ」
「心配いただきありがとう御座います。僕はああいうのに少しは(ホラー映画やゲームで)耐性があるので大丈夫ですよ」
「それは凄いですね」
ニコニコ褒めてくれる。なんだろうちょっと嬉しい。
「ここで今日の魔石を渡してください」
愛想が良いのは、お仕事ですもんね。
知ってました。
「はい」
ドンっと置かれた背嚢の音に、少し?吃驚した表情で見つめるジョルドさんと女性。
「ではすみませんが、これの買取をお願いします」
「凄い。本当にたくさんあるじゃないですか。あまり無理しちゃ駄目ですよ。命は一つしかないんですから」
「そうですね。わかりました」
「では、カードを渡してください」
「カード? カードって治癒士のギルドカードですか?」
「はっ!?今日グラン様から貰ったカードの方ですよ」
おっジョルドさんが復活した。
「ああ、なるほど」そう言われてカードを渡す。
「全部で4216Pになります。初日にして異常な戦果ですね。これだけの稼ぎを見るのは、だいぶ久しぶりです。さて、何か買っていかれますか?」
「売っているものが分からないので、なんとも言えませんね」
「そうですね。ここにあるものは全て買えますよ。一番高いのは魔法書で最上級が1,000,000Pになります。魔法書の最高位で現在管理している最上級の魔法書ですよ」
「ははは。買えるのは遠い未来ですね」
「あとはポーション類とか状態異常を防ぐものとかだね」
「そうなんですね。あ、そうだ。あちらの武器は?」
「あちらの武器はアンデッドにダメージを与えられる銀や聖銀で鍛えられた物よ。全てドワーフさんたちの手で作られているの」
「いくらですか?」
「一つ2,500Pよ」
「はっ?なんでそんなに安いんですか?! 原価絶対に割っているでしょ」
「そうは言ってもね。ここは神官騎士さんや聖騎士さんは来ないし、治癒士さんたちは武器を扱えないから買わないし、教会の誓約で転売も出来なくなっているから需要がないのよ」
「・・・それでも安すぎませんか?」
「そんなの武器を使いながら、魔法なんて詠唱出来ないでしょ? それに囲まれたら素人だとゾンビに食べられちゃうわよ」
えっ?出来るんですけど?あれ?ブロド教官は出来るのが普通だと言って斬りつけてきたよな?
「・・・なるほど。これら在庫ってたくさんあるんですか?」
「山のようにあるわ。最初は200,000Pで販売されていたらしいのに今じゃ倉庫を埋める不良在庫よ」
これって久しぶりに豪運が本領発揮してくれたんじゃないですか?
「剣と槍を両方貰いたいです」
そう。それなら買わない手はない。
「まぁ。本当に今回の新人君は変な子だね。う~ん。今回は初回だしおまけで4,000Pにしてあげる。だから死んじゃ駄目だよ」
「明日からもっと稼ぎますよ。私はルシエルと言います。これからこちらで頑張っていきますので、宜しくお願いします」
「はい。私はカトレアよ。宜しくね。そうだ。ジョルドさんも今日までお疲れ様でした」
「えっ?あ、はい」
どうしたんだろうか?先程からジョルドさんが元気がない気がする。
もしかして俺が幻覚迷宮を初日で見切ったことに対してショックを受けているのか?
それともカトレアさんと接点がなくなるからか?
仕方がない今日はそっとしておこう。
こうして祓魔師としての仕事?を無事に終えた。
さすがに迷宮の行き方、帰り方、冒険者ギルドの場所だけは元気のないジョルドさんに聞いた。
そして先に戻ることを伝えて、エレベーターに乗り込んだ。
一旦エレベーターで上がり、今度はインフォメーションのあるところに下りて、ローブを鞄にしまうと冒険者ギルドに直行した。
「やっぱり結構近いところにあるんだな」走って一分もしないところにあった冒険者ギルドに入った。
受付・・・ではなく食堂に向かう。
「本当に造りが一緒だな」と食堂に到着した。
「こんばんは」とメラトニの冒険者ギルドではいなかったウエイトレスに声を掛けた。
「いらっしゃいませ。ご注文ですか?」
「はい。物体Xを原液でタルでください」
その瞬間、ガヤガヤと騒がしかった冒険者ギルドが静まり返った。
「……あ、あの、もう一度ご注文いいですか?」
「あ、はい。物体Xを原液でタルでください」
すると厨房から物体Xを持った男性が現れ「飲んでみろ」ドンっとテーブルに置いた。
「もしかして駆けつけ一杯ってやつですか? まぁいいですけど」
いつも通りグビグビっと飲んでいく。
後ろの方では「化けもんだ」
「味覚障害」
「あれって噂のドM治癒士じゃないか?」
「それは都市伝説だろ」
という声が囁かれているが全部聞こえていますよ。
「プハァ~。ご馳走様です。それじゃあ樽で用意してもらえますか?」
「わ、分かった。悪用しないならいいんだ」
「あ、そうだ。物体Xってなんで液体なのに液体Xじゃなくて物体Xって言うんですかね?」
「さ、さぁ。あれを入れる樽はあるか?」
「中身が入っているのじゃないとありませんけど……」
「こちらで用意するとなると悪いが一樽で銀貨一枚だぞ」
「じゃあ今日は三樽でお願いします」
「わ、分かった」
「三樽って言ってたぞ」
「化けもんだ」
「魔族?」
「魔族どころか魔物だって逃げ出す臭いだろあれは」
「どういう生活をしてたらあれをあんな平然と飲めるんだ」
「もしかしてとても貧しい生活を・・・」
全部聞こえてるけど、さっきチラ見したら皆めっちゃ強そうだった。
しかも装備も良さげなものを持っていたから絡まれないように、反論もしないで目を合わせないで帰ろう。
ルシエルはメラトニの時のように自分にとってホームみたいな場所が出来ないとすぐに察した。
しかし、物体Xを飲み干したルシエルをあるものは味覚障害、またあるものは賢者を目指して苦行を行なうもの、またあるものは勇者と影で囁くようになる。
そしてルシエルが、一月に一度訪れると皆が暖かい眼で見守るようになるのはまた別のお話。
「・・・三樽準備が出来たぞ」
苦い顔をしたマスターが三樽を運んで来てくれた。
「ありがとう御座います。じゃあ来月も三樽お願いしますね」
俺は、今日の夕食に何を食べようかと考えながらギルド本部に帰還するのだった。