14 アンデッド迷宮(仮)
早朝、俺はいつも通りに起きて、まだ迷路のような教会本部の通路を確かめるように食堂へ向かった。
「あら、新しい人じゃない。こんなに早くどうしたの?」
昨日、夕食を配膳してくれたオバちゃんとバッタリと遭遇した。
「あ、おはよう御座います。私はルシエルって言います。今後お世話になりますので、宜しくお願いします」
「あらあら、礼儀正しいのね。本部の治癒士さんって色々大変だと思うけど頑張ってね」
「ははは。まぁ頑張ります。それと実は、朝食はいつも何時頃からなのかを聞いていなかったので、早く伺ったのと物体Xって、ご存知ですか?」
「いえ、知らないわ。それは一体何なの?」
「いえ、ご存じないのなら大丈夫です。あ、それと冒険者ギルドに行くにはどうしたらいいのでしょうか」
「あ~司祭様から下の方々は、外出許可を取らないと基本、外出を認められていませんよ」
「・・・やっぱりか。それで、朝食はいつ頃ですか?」
「そうね。普通はあと二時間ぐらい後からよ。ここの司祭様達は皆さん朝が遅いのよ」
「・・・なるほど。では、訓練場とかはありますか?」
「あると思うけど、私にはわからないわ」
「そうですか…分かりました。質問攻めにしてしまい、すみませんでした。後、お昼はお弁当をお願いしてもいいですか」
「それはいいけど、何処かに行くのかい?」
「まぁ仕事に行くだけですよ」
「そうかい。あんまり無理しちゃ駄目だよ」
「ははは。善処します」
こうして俺は部屋に戻ると、魔法の練習をしながら時間を潰して、漸く食事にありついてから用意してもらった弁当を鞄に入れて、グランハルトさんの部屋に向かった。
「来たか」
どうやら既にグランハルトさんが待っており、その横に今の俺よりも少し年上に見える青年が立っていた。
「おはよう御座います。お待たせしてしまったみたいですみません」
「ははは。大丈夫ですよ。どうせグラン様が時間の指定をしていなかったんでしょうし」
「そんなことは・・・」
「あるでしょうね。私の名前はジョルド。君の前任者だ」
「あ、すみません。ルシエルです。本日から後続の任に就きます。宜しくお願いします」
「まずはこれを受け取れ」
グランハルトさんが無理矢理会話に入り、俺に白いローブを渡してきた。
「そのローブは、教会本部の治癒士及び騎士、治癒士ギルドAランク以上の者に与えられる、瘴気を遮断する聖銀糸で編まれた特別なものだ」
「・・・高そうですね」
「白金貨10枚だ。そんなことよりもそれを纏う以上は、治癒士ギルドの権威を損ねるような馬鹿な真似はするなよ」
「承知しました」
「次に、これを渡しておく」
「このカードは?」
「これがあれば、私に一々許可を求めず外へ出られる。私は時間が無いのでこれを渡すが問題ごとなど絶対に起こしてくれるなよ。外に行って重病人や子供、ペット、何人たりともギルド本部に入れることは禁じる。誓えなければ渡さない」
「・・・誓います」
「よし。証人は私グランハルトとジョルドがなる」
簡単な宣言をするとカードが一瞬光った。
「今のは?」
「誓約だ。お前が約束を破った場合、カードが使用出来なくなる。そうなった場合、罰則が与えられるから気をつけろ」
「本当に止めておいた方がいいよ。教会の罰則は異常に重いから」
「分かりました」
「ジョルド、あとは任せた」
「了解です、グラン様。じゃあ私に付いて来て」
こうして俺が教会本部に訪れた時に、初めて乗った魔導エレベータに乗り地下へと移動した。
「此処から少し歩くと、売店が見えてくるよ」
ジョルドさんはそう言うと、前方の光に向かって歩き出した。
エレベータは青白く発光していて、戻ることも出来そうだと安堵しながらジョルドさんの後に次いで、光が零れる部屋に入った。
「驚いただろ」
少年のような笑みを浮かべたジョルドさんが、部屋を見渡しながらそう言った。
正にその通りだった。
ゲームで良く出てきそうな、剣や鎧が綺麗に飾られ、魔法書が所狭しと並べられていた。
「ここで迷宮から出てくる魔石をポイントと交換して、ポイントを貯めたらここにある全てのものと交換が出来るよ。此処でしか手に入らない魔法書とかも交換出来るんだ。この時間帯は人が居ないから、早速こっちの迷宮の扉を開けるよ」
開けた瞬間、今まで感じたことがないような、圧迫感に襲われた。
「ここからは既に迷宮だよ」
俺はオーラコートを詠唱して入った。
少し歩くとその先は階段になっていた。
「ここからは魔物が出るから、まぁ見てて」そうすると散歩に行くように歩いていき、現れたゾンビを前に、ジョルドさんは慣れた様に詠唱を開始した。
「聖なる治癒の御手よ、母なる大地の息吹よ、願わくば我が身と我が障害とならんとす、不浄なる存在を本来の歩む道へと戻し給え。ピュリフィケイション」
すると魔法がゾンビに飛んでいくと、それが当たったところから光が一気にゾンビへ拡がるとゾンビは消滅して小さな赤い魔石へと姿を変えた。
「これが今日から、ルシエル君の仕事となります。アンデッドは生者に群がりますので、ピュリフィケイションで倒してください」
「もしピュリフィケイションが使えなかったら、どうするつもりだったんですか?」
「実戦でピュリフィケイションを覚えてもらいました。ピュリフィケイションは一体ではなく、複数に聖の波動を与えるので、うまく倒してくださいね」
「じゃあ、この魔石を回収してきてね」
そう言って、ジョルドさんは迷宮から出て行った。
「臭いからってそんなに早く出て行かなくたっていいじゃないですか。・・・よし。安全に行こう」
俺は鞄から武器と防具を取り出して装備すると、ローブを纏い二度に渡る人生で、初めてのダンジョンアタックを開始した。
「中は結構明るいんだな」
迷宮化されているからか、魔道具で照らしているかのように迷宮内は明るかった。迷宮というよりは、擬似迷宮というか、訓練場に近いのでは?そう疑いたくなるような場所だったのだ。
「ただ、この腐敗臭だけはどうにかして欲しいけど。まぁ通常の人は臭すぎて無理だろうけど、物体Xを原液で飲み続けている俺は、余裕で我慢で出来るレベルだな」
「これってマッピングしながら行かないといけないのかな? ってゾンビ発見。しかも複数とか聞いてないぞ。神様、仏様、ご先祖様、力をお貸しください」
俺はゾンビを見据えて静かに詠唱を開始した。
「聖なる治癒の御手よ、母なる大地の息吹よ、願わくば我が身と我が障害とならんとす、不浄なる存在を本来の歩む道へと戻し給え。ピュリフィケイション」
「聖なる治癒の御手よ、母なる大地の息吹よ、願わくば我が身と我が障害とならんとす、不浄なる存在を本来の歩む道へと戻し給え。ピュリフィケイション」
「聖なる治癒の御手よ、母なる大地の息吹よ、願わくば我が身と我が障害とならんとす、不浄なる存在を本来の歩む道へと戻し給え。ピュリフィケイション」
但し、一度だけではなく三連発だった。
いやぁ~、もうリアルゾンビって怖すぎでしょ。無意識に詠唱を連発してたわ。
まぁゾンビを銃で撃つゲームでも最初はそうだし。これはゲームじゃないからな。
気がつけばゾンビの影はなくなっていて、魔石が四つ転がっていた。
「あれ三匹しか居なかったよな? テンパッてたからか? まぁいいや。何とか勝てたし」
こうして魔石を拾った俺は真っ先にステータス画面を開いた。
「?……レベルが上がってない? えっ? 何で?」
俺はその驚愕の事実に思わず二度見ではなく三度見をしてしまった。通常魔物を倒したらレベルが上がる。
レベル1なら魔物を倒せば、同じランクのゴブリンを一体倒しても上がると言われている。
「ちくしょう。もしかして本当に、此処は賢者か誰かが作った幻覚の訓練場か何かじゃないだろうな」
そう思った瞬間、俺は気がついた。
「これっていじめか? でも、これで月収二千万だったら、訓練場としてどんどん活用させてもらおう」
こうしてルシエルは、ブロドから貰った剣に、魔力を流してゾンビを斬ったり、ゾンビの頭を掴んでヒールを発動して、ゾンビを消滅させていく。
但し、「臭ッ!!」あまりの臭さに自分の手に浄化魔法を掛けて臭いを消した。
俺は階段があってもスルーして、迷宮の一階層を歩き回りながらゾンビを倒し、一階層を迷うことがないように、グルグルと回り迷わなくなると、脳内地図を頭に思い描く。
「しくじった。こんなことなら羊皮紙とインクとペンを持ってくればよかった」
一階層の広さは、大体三百メートル四方程で、道幅は五メートル近くあり、戦闘で動きを阻害されることはなかった。
ルシエルは浄化魔法を使い聖魔法の訓練をしながら、魔力量が厳しくなってくれば剣に魔力を注いで斬る。
剣に魔力を通しても、消費MPは斬る瞬間だけなのでMPは1~2の消費しかない。
こうしてブロドの全力の動きを避けれないだけで、捉えられるようになっていたルシエルにはゾンビの動きが遅く感じ、また幻覚と判断していたので、肩に力が入ることもなく本来の動きが出来るようになっていた。
そのため「もう迷うことはないな」と判断出来るまで歩き続けて、調子に乗って「二階層、二面に行きますか」と二階層に下りて行くのだった。
「二階層も明るいな。これで宝箱とか出てきたら新人歓迎会の異世界風味の肝試しなんだろうけど嫌がらせだもんな」
こうして二階層を回る探索を続けた。
「おお。ゾンビを従えるゾンビとか、こういう魔物も居るのか? あ、あっちは火の玉か? 何だっけウィル・オー・ウィスプ? それともウィル・オー・ザ・ウィスプだっけ?」
浄化魔法を掛けたり新たな魔物に魔力を流した剣の攻撃が効くか試してみることにした。
「うわっ、弱ッ」牽制のつもりで攻撃したら、火の玉は消滅してしまった。
こうして二階層も何もなく、迷うことはないと判断したところで「ご飯にしよう」
俺は三階層へと続く階段の前で、弁当と物体Xを出してご飯を食べ始めた。
「なんか空気が悪いから、浄化魔法とオーラコートを弁当にも掛けてと」
こうして食事をとっていても魔物はよって来なかった。
「何が「アンデッドは生者に群がりますので」だよ。絶対ジョルドさんも昔、前任の人に同じことされたんだろうな」
腹を満たし、物体Xを飲んだ俺は三階層に下りて同じように探索した。
ただ、骸骨の群れに遭遇した時だけは、かなり混乱してしまい浄化魔法を乱発してしまった。その為、魔力枯渇寸前まで追い込まれた事についての反省は必要だと思う。
その後は何とか立ち直り、三階層で修行して迷宮を出る際には自分にも浄化魔法を掛けて、アンデッド迷宮(仮)を脱出した。
この迷宮が本物で既に何人もの治癒士、神官、神官騎士、聖騎士までも死んでいるという事実をルシエルが知るのはずっと先のことだった。