13 ギルド本部での仕事とは?
長い廊下を抜けて新しい建物に入ると、そこから更に階段を上り漸く角部屋で止まった。
「こちらがルミナ様の私室でございます。では、私はこれで失礼します」
「案内ありがとう御座いました」
送ってきてくれたグランハルトさんの従者の方に、お礼を言ってから俺は深呼吸をした。
どうも女性の部屋を訪れると、軽く緊張してしまうんだよなぁ。
もう一度深呼吸をしてノックをすることにした。
扉をノックしてから俺は訪問を告げた。
「ルミナ様、先程お会いしたルシエルです。早速、お伺いさせていただきました」
すると中から「入ってきていいぞ」と声がしたので、扉を開くとシンプルな普通の部屋だった。
そのことに一瞬驚いたが、先程の拷問及び取り調べ部屋はグランハルトさんの趣味だったんだと納得してから入室した。
「どうかしたのか?」
態度に出ていたのか、怪訝な表情で問われてしまった。
「先程グランハルト殿といた部屋から、ルミナ様の部屋に来たので…そのギャップに唖然としてしまいました」
俺は軽く笑みを浮かべて肩をすくめてせた。
「ふふふ。なるほど。あの部屋の後なら、しょうがないか」
どうやら誤解が解けたのか、笑ってくれた。
「私がここに……この教会本部に来た理由をご存知だったのですか?」
「ああ。だから話が手短になるように、グランハルト殿に釘を刺しておいた」
「なるほど。今回も、メラトニでの時も本当にありがとうございました」
「よい。礼は既に先程受け取っている。それと私は肩苦しいのは苦手なのだ。楽にしてくれ」
いやいや、その堅苦しい言葉遣いの方が俺は苦手です。心の中で話しかけながら、以前、会った時には気が付かなかったけれど、この人はきっと治癒士ではない…そう感じた。
「お言葉に甘えます。ところで……」
そこまで言うと、手で遮られた。
「まずは茶でも入れよう。そこらのイスにでも腰を掛けていてくれ」
「あ、はい。ありがとう御座います」
部屋の造りは、十畳程の部屋が二つ並んでいる間取りだった。
(結構殺風景だなぁ~。)
「殺風景だろ?」
かなり早くお茶を運んできたルミナさんに声を掛けられて吃驚した。
「すみません」
「いやいい。此処は書類仕事と寝る為だけの場所で、大半は此処にはいないからな」
「そういえば、メラトニでお会いしてから一週後にヒールを習得出来ました。御礼を言おうとルミナ様の所在をギルドで尋ねたら、既に本部へ戻られたと聞いたので、驚きました」
「私の仕事は、結構各地を転々と移動することがあるんだ。それより今回はグランハルトに召喚されたのか?それとも異動か?」
「今回は、教皇様の名で手紙を頂き異動になりました」
「フルーナ様からとは、ルシエル君は相当優秀なようだな」
「う~ん、それはちょっと違うと思います。実は・・・」
俺はメラトニでの出来事を、簡単に説明していった。
そして、先程のグランハルトさんとの会話までを話しきった。
「うむ。なるほど確かに」
頷きながら、ルミナさんは思案顔になって俺に質問をする。
「それで、これからどうするのだ?」
「うーん……そうですね。実は異動をして来たものの結局自分が何をしたらいいのか、全く分からないんですよね」
「自分のことだろう。何を暢気に・・・そういえば、先程グランハルト殿が呼んだと言っていたな」
「はい。教皇様の名前でグランハルトさんが呼び出したようです」
「であれば、ルシエル君の仕事は少し危険が伴うかもしれない」
「…本当ですか?」
「ああ。ただ、出世を見込めるのは間違いないがな」
「魔法の腕を研きながら、旅をしたくなってきました。何処か安全で聖魔法を必要とされて……安全な場所ところはないですか?」
「諦めろ。ピュリフィケイションという浄化魔法を知っているか?」
「あ、はい。それはもう使えるようになりました」
「・・・そうか。それならば、少しは安全にレベルを上げたり、司祭になれる場所だ」
「剣で斬られたり、槍を刺されたり、いきなり現れて投げられたり……それよりも安全な場所なら、頑張れそうな気がします」
「それはどんな地獄だ?・・・まぁいい。実はこのギルド本部の旧館の地下にある、創設者達を祀った墓地が、数十年前に迷宮化してしまったのだ」
「迷宮ですか?」
「ああ。迷宮とは「魔力が溜まりやすい場所に魔力が溜まり続け、生きている人の怨念や欲望を吸収して、宝や魔物を生み出す冒険者には一攫千金を夢見れる欲望の巣でしたよね」驚いたな。君は無知だったはずだが?」
「勉強しました。一応今なら街や村に名前があることも分かりますよ」
「クックック。そういえば、そうだったな。話を戻すが迷宮から魔物が這い上がって来ないように、見張りをしながら、魔物を間引きしていく、そんな仕事をすることになるだろう」
「・・・ちなみに、どんな魔物が出るんですか?」
「墓場らしく、スケルトンやゾンビ、ゴーストといったアンデッド系の魔物しか出てこない。ピュリフィケイションを使用すると、一気に消滅して魔石だけを残すから、給金とは別に小遣い稼ぎが出来るのだが、やりたいものがいないのだ」
「だから外部から、人を引っ張ってくるんですか?」
「ああ。普通の治癒士は戦闘訓練などもしないし、現存する治癒士の大半は金で成り上がったものたちだ」
「・・・何か、メリットはないんですか?」
「あるぞ。迷宮で拾ったものは自分のものとなるし、魔石は販売できる。誰にも文句は言われないし奪い取ることもない」
「おお。強くなれる環境が此処にもあった」
「運が良ければ宝も手に入るし、魔石を売って治癒士ギルド本部限定の最上級魔法書を買うことも出来るぞ」
「ゾンビって噛まれたら、ゾンビ化するなんてことはないですか?」
「どんな与太話だそれは? 毒にはなるだろうがゾンビ化するなんて聞いたことがないぞ」
「それを聞いて安心しました。……本当に」
「デメリットとしては迷宮は非常に臭い。只々臭い。迷宮の匂いは服に染み付くから、人に近寄ると嫌な顔をされるぞ」
「えっ? そんなのは、全然問題ないですよ」
そう。物体Xを飲んだ後はいつもそんな感じだったし、ブロド教官は近寄ろうとすると「クセェ」って言って姿を消して殴ってくるし。あれ…なんか目から汗が出てくる。
「・・・本当に大丈夫か?」
「大丈夫です」
俺には絶好の機会だし。
「まぁ決めるのは、グランハルト殿だけどな」
「そうですね」
「おや、悪いがそろそろ時間だ」
「あ、何だか長い時間、お邪魔してしまいました」
「いやいい。誰かいるか」
声を上げると数秒後に声が聞こえた。
「御用でしょうか?」
「うむ。ルシエル殿をグランハルト殿のところまで連れて行ってくれ」
「畏まりました。それでは参りましょう」
「本日はありがとう御座いました。一つ気になっていたんですが、ルミナ様って治癒士じゃないですよね?」
「気が付いていたのか?」
「ええ、まぁ何となくですけどね」
「私の職業は聖騎士だ」
「格好良いですね」
「ふふふ。まぁな」
「では、また機会がありましたらお伺いいたします」
「その時は頼む」
こうして俺は部屋を出た。
「貴方は一体何者なのですか?」
ルミナさんの部屋を出てから少し歩くと、ルミナさんのお付の人にそう声を掛けられた。
「何者って、どういう意味ですか?」
「普段ルミナ様は笑われませんし、誰かとこんなに長く雑談される方ではありません」
「なるほど。でしたら私はルミナ様から見て、拾った迷い犬みたいなものでしょうか」
「迷い犬?」
「ええ。二年程前に治癒士となった日、田舎から身分証明書を持たずに出てきてしまいまして、メラトニの街に入れずに居たところを、治癒ギルドまで案内してくださったのがルミナ様だったのです」
「なるほど。・・・貴方ってまだ十七歳なの?」
「はい。十七の若輩者です。ですから、本部に異動してきた私を見かけて声を掛けてくれたんですよ」
「そういうことか。あ、私はルミナ様のお付きみたいなもので、ルーシィよ」
「私はルシエルと言います」
「何か分からないことがあったら、頼りなさい」
「それはありがとう御座います。宜しくお願いします」
「それでなんで本部に・・・・」
こうして本部に異動してきた表向きの情報で会話し、聖属性魔法のスキルレベルを話すと「ルシエルって凄いのね」褒められたところで、どうやら着いたようだ。
「あ、ここがグランハルト様の部屋よ。じゃあ私は行くわね」
「ルーシィさん、ありがとう御座いました」
「いいわ。じゃあまた、会いましょう」
そう言って、彼女はルミナ様の私室の方へと戻っていった。
コンコンコン
「先程、お会いしていたルシエルです」
「あ・・・入ってくれ」
あ、って声がしたのは何ですか? もしかして、もう忘れられてた?
「失礼します」
俺は頭を切り替えて、ドアノブを回し中に入ると書類に埋もれそうな顔の青いグランハルトさんがそこに居た。
「先程はお時間を頂き、ありがとう御座いました。ルミナ様とお会いしてきました」
「うむ。あ、これが御主への辞令だ。読んだら御主の部屋に案内しよう」
辞令
聖シュルール教会治癒士ギルド本部、除霊戦闘部隊に配属。
現在Aランクであることを考慮し、助祭及び祓魔師の兼任職務を命ずる。
「これはいったい?」
「ルシエル殿には、明日からあるところでアンデッドを祓う仕事をしてもらう。給金は一月毎で金貨二十枚となっている」
「へっ? 金貨二十枚?」
月収二千万円? 天国か?
「そうだ。明日は引継ぎの日となるので本日は早く眠るように。ああ、その前に食堂と部屋を案内させよう」
「訓練場と冒険者ギルドまでの道を案内していただける方も、お願いしたいのですが?」
「・・・今日は、食堂と部屋にのみ案内させる」
こうして食堂と自室へ案内された後、グランハルトさんやルミナさんの部屋と同じ造りの部屋で、荷物の整理をした。
その後、筋トレをしてから食堂に向かい「まだ食べるんですか?」と呆れられながらも食事を摂り、自室へ戻ると魔法の鞄から樽を取り出し、残り少なくなった物体Xをコップに移し替えて飲み、魔法訓練をしてから眠りに就くのだった。