09 メラトニの街 最大治癒院長ボタクーリ登場
治癒士ギルドは聖魔法が扱える人材を輩出し、一人でも多くの人を救うために時の賢者が創設に尽力した。
当初、治療にはお布施という形で対価が支払われていた。
これはお金だけでなく、野菜や果物、生活必需品でも気持ちのこもったものであれば何でも良かった。
しかし、創設者達がこの世を去った後から、徐々に治癒士達の考え方が変わっていった。
治癒士達は命を救う魔法を掛けたのに、救えなかったら恨まれたり、罵倒されたりする事に強い憤りを感じて、治癒士ギルドへのストライキを掛けたのだ。
こうして代金は治癒士の裁量で個人個人が決めることになり、ギルドは余程目に余る時以外は口を出さず、魔法書の売り上げとランクに応じたお布施を納めさせるだけの弱い存在になっていった。
お布施に関しては維持費とギルド職員の給料として使われ、治癒院の設立や孤児院の運営などもすることは無くなった。
こうして金の亡者と呼ばれる治癒士達の原型が出来て、その勢いは加速していった。
「そういう理由だから、今後ギルドを出る時は護衛をつけさせてもらう」
「・・・まさか知らないうちに、人から恨まれているとは思いませんでした」
「そうだろうな。だが、それ以上にお前には多くの味方がいるだろ。俺達冒険者ギルドや冒険者達、その家族達からは感謝されている。そうした積み重ねで今に至っているんだから、どっこいどっこいだろ?」
「まぁ悪いことをしているつもりも無いので、別にいいんですが、だったらもっと鍛錬をしないといけませんね」
「・・・やっぱりルシエルの思考は、他の治癒士とは良い意味でズレてるな」
「俺は俺ですから。でも一体その情報は、何処から出てきたんですか?」
「それはこの街の住人や冒険者、お前以外の治癒士に頭にきている連中だよ」
「へぇ~住民の人もですか」
「ああ。これから怪我をした一般人も治療させることが条件だったけどな」
「はっ?」
「当たり前だろ。世の中に無償で情報を売る奴はいないもんだ」
「はぁ~。治療するのは良いですけど、護衛もお願いしますよ」
「おう。そこら辺は任せておけ」
「それで、俺が誰に恨まれているかってわかりますか?」
「ああ。治癒院を経営していて、高い治療代を請求していた者たちだ。その中でも、この街の最大の治癒院の長であるボタクーリが目の敵にしているらしいぞ」
「街の最大権力者って大学病院の理事長が、一介の新人医師を目の敵にするとかと同じく、
「ダイガクビョーイン? ってなんだ? それにしても、どんだけにどんだけって意味がわからなかったんだが?」
「ぐはっ」
オヤジギャグを冷静に返された。
「おいおい大丈夫か?」
「え、ええ。それにしても治癒院関係での味方はいないんでしょうか?」
「表立って味方するものはいなくても、応援している者はいると思うぞ。法外な値段を請求しないで、良心的な価格を提示するところや、金額提示を先にするところなんかは大丈夫だろう」
「ちなみに俺の評判ってどうなんですか?」
「腕も良く、親身になってくれると冒険者達からは概ね良好だ。住民からも何度か冒険者ギルドで治療したいという要望はあった」
「もしかして俺、既に住民の方を治療してますか?」
「ああ。気がついたか?そいつ等は高額な金額を請求されること無く、一律銀貨一枚で治療してくれたと話が広まっていたぞ」
「えっ? 銀貨一枚ですよ? 高くないですか?」
「・・・お前には常識を教えろって、ナナエラ達に頼んでいたんだが、もう少し常識を学んだほうがいいぞ」
「いやいや、治癒士としても二年目に入ったばかりのヒヨッコですよ?」
俺は治癒士としてのスキルもそうだが、学ぶ場所としては最高の場所にいた。
ナナエラさんが教える魔物大全書を使った勉強。
ガルバさんの解体によって養われる目。
ミリーナさんが教える野草大全書を使った勉強。
それ以外にも様々なジャンルの詳しい本が冒険者ギルドには所蔵してある。
また優秀でなくては、受付は勿論のこと、冒険者ギルドの職員にはなれない。全職員が一般よりも優秀な人材の集まりだったのだ。
更に娯楽の少ないこの世界で、読書は俺にとって憩いの時間ということもあり、一年で様々な知識を学んでいった。
戦闘訓練が目立つ俺だったが、ビビリな性格の為、治療を求めてくる厳つい冒険者に対して失敗したら殺されるかも知れない……
その思いからヒールを詠唱しながら、イメージトレーニングも欠かさなかった。
この世界に来て半年が経過したころには冒険者を怖がることはなくなったが、俺に驕りは無かった。
いや、したたかに冒険者達や人々を救っていたら、この世界でも安全に生活出来るのでは? その思いから必死に努力した結果が今に至った。
そして最大の要因となったのが、冒険者ギルドでの待遇だった。前世ではテレビに映る医師達みたいに、睡眠時間も碌にとれずに過労死してしまう。
そんな状況に陥ることもなかったので、今の生活が辛くもなんともなかったのだ。
「そうだったな。良し。うちの臨時職員の生存率をあげる為に、今日から色んな武器を使えるように訓練してやろう」
「いや、張り切らないでください。そして引っ張らないで、ねぇ聞いてます? ブロド教官? ブロドきょーかーん」
首をそして服を掴まれ訓練場のある地下に消えていく、そんないつもの俺を見て、職員や冒険者達は俺を暖かい眼で見送っていたのだった。
そんな日が続いたある日、体術と歩行術を集中して鍛錬しながら、今日もブロド教官にボコボコにされているといきなり高圧的に声を掛けられた。
「お前がギルドの治癒士か?」
(誰だ?)そう考えていると「おい聞いてんのか?ひょろ長」
言葉を発したのは、お腹が丸く出た男と体格の良い傭兵みたいな二人組みの片方だった。
「どなたですか? アポイントも無く、さらに恫喝するなんて、そんな野蛮人に知り合いはいませんが? 」
貴重な時間を潰されることが心底嫌いだった俺は、教官や近くに冒険者の皆さんが集まって来てくれたので、強気に対応することにした。
「生意気な小僧だ。それにこの私を知らないとは無知な奴だ。よく聞け、私こそこのメラトニの街の最大の治癒院の長であるボタクーリだ」
「ボッタクリ?」
「ボタクーリだ。生意気な小僧が…私が命じる、貴様は冒険者ギルドでの治療を直ぐに止めろ。そうすれば私の治療院で雇ってやる。それを言いに来てやった」
「無理ですね。治癒士ギルドから派遣されてるから断れない。まぁ断れても断りますけどね」
「おい貴様。ボタクーリ様の御慈悲を突っぱねると……」
そこまで言うと、その傭兵は冒険者達の殺気で、言葉を続けられなくなった。
「慈悲って言うのは恫喝したり、職場を無くそうとすることには当てはまりませんよ。一度言葉の意味を勉強し直された方がいいですよ?」
凄い睨まれてますね。
外出するときは護衛を頼んだ方が良さそうだ。
「お前が冒険者ギルドに来てからというもの、日々我々の治癒院の客が少なくなっているのだ」
「営業努力はしてますか? 治癒院は人を救う場所ですが、評判が悪いところに行きたがる患者はいないと思いますよ?」
「小僧、私の治癒院が評判が悪いとでも言うのか!!」
「誰もそんなことは言っていませんよ。ただ、私が患者なら親身になってくれたり、処置が早かったり、値段設定が明確であったり、そんな当たり前のところに行くと思いますが?」
「はっ、この私に説教でもしているつもりか?」
「はっ? 今日まで名前すら知らなかった人に、何で説教しなくちゃいけないんですか? 思い当たる節でもあるんですか?」
「このくそガキが、新米である治癒士の貴様なんぞ、直ぐにでも潰せるんだぞ」
ボタクーリは額に血管が浮き出てるけど、少し煽りすぎたか?
「だったら、大先輩治癒士の貴方のところでは治療に、一体どれくらいの怪我で、どれくらいの金額を貰っているんですか?それと使用する魔法は何ですか?」
「聞いて驚け、私を含めて、私の治癒院では上級回復魔法のハイヒールを使えるのだ。それも金貨30枚という破格の値段だ。」
一回三千万円っで破格なのか?
「それじゃあ、骨折とかの患者には何の魔法を?」
「ハイヒールに決まっているだろう」
「ミドルヒールでも治るのに?」
「今更そんな低レベルな魔法を使って何になる」
「多くの人に使えて、多くの患者を救うことが出来ると思いますが?」
「違う。金にならない仕事をして、何になるかと聞いているのだ」
「はぁ~。ハイヒールが唱えられるなら、腕は確かなのでしょ? それでも患者が来ないなら、自分の経営に問題があるとは考えないんですか?」
「くっくっく。小僧が分かった口を利く。もう怒ったぞ。おい、お前達、こいつを殺せ」
そう言われても彼らは動かない、いや動けないのだ。
俺と敵対したことで、周りの冒険者達が動いたらどうなるかを分かりやすく威圧しているからだ。
俺に向けられていなくても分かる程に凄い威圧だ。
ただ、俺の隣のブロド教官からはもの凄い殺気が出ている。
「冒険者ギルドのブロドだ。ボタクーリ殿、貴方の治癒院の経営状況から何から、どんな悪どい事をしているか、全てを隅々まで調べてやろうか?」
威圧したブロド教官の恫喝にボタクーリは震え出した。
「ヒィイイ」
そして悲鳴を上げて一目散に出口へと走り去っていった。
「お~凄い。殺気で追っ払うなんて、ブロド教官はやっぱり凄いですね。あ、皆さん今回はどうもお騒がせしました」
俺は頭を下げた。
「それにしても、あれが黒幕ですか?」
「いや、奴は金が大好きで治療したあと法外な値段を吹っかけては借金奴隷にしたりするただの悪党だ」
「何でそんなことがまかり通るんですかね?って、法律もないから駄目なんですね」
「まぁそうだ。しかもやつ等の中には、治療した後にしか金額の提示せず、治療はしたのに金を支払わない。
そう言って逆に嵌めるケースも多いという。
そんな詐欺まがいな行為でも治療している以上は、逆に無銭治療をさせたとして訴えられかねない」
「この問題は根が深そうですね」
「ああ。うちに来たのが、常識知らずのお前で良かったよ」
「それだと褒められているのか、貶められているのか判断に迷います」
「そうか? 治癒士の常識に囚われていない奴でよかったって事だ」
「まぁ必要とされているってことは嬉しく思いますけど、今後、警戒したほうがいいですかね?」
「対応は冒険者ギルドに任せておけ。目を光らせることに関しては一流な奴が揃っているからな」
「宜しくお願いします。じゃあ鍛錬の続きをお願いします」
「おう」
こうして俺はメラトニの街で最大の治癒院であるボタクーリを見て、治癒士ギルド、治癒院、治癒士について、よく考えるようになるのだった。
一方その頃、冒険者ギルドから逃げ出したボタクーリは、私室で傭兵二名と奴隷長に当り散らしていた。
「あ~腹立たしい。この私を馬鹿にしおって、あの小僧め、ただでは済まさんぞ。おい、貴様等は小僧のどんな些細な情報でも構わん。徹底的に探りを入れろ」
「それは良いんだけどよ、ボタクーリの旦那。あれを脅したり、嵌めたりするのは、少し厳しいぞ? 何せ冒険者ギルドから完全に囲われちまってる。あれだと手が出せねえ」
「そんなことは貴様に言われんでも分かっておるわ。黙って指示に従え」
「へいへい。ただこれだけは言っておくが、あれを殺しても、真っ先に疑われるのは旦那だ。今回の件で、たとえ旦那が白でも冒険者達は旦那を疑ってくるぜ」
「分かっておると言っているだろう」
「まぁまぁ。朗報って訳じゃないが、確か治癒ギルドの派遣は最長で一年だったはずだぜ。だからあの餓鬼が、来年この街を離れないといけない、そんな状況を作り出せばいいと思うぜ」
「馬鹿モン。そんなに待てるか。それにしてもあの小僧、なんであんなケチな冒険者ギルドで働いているのだ? おい。お前は冒険者ギルドと治癒士ギルドの両面からあの小僧を探れ」
「はい。ご主人様」男たちはボタクーリの私室を出て行った。
「治癒士ギルドの長に、あの小僧を任期中に飛ばすことが出来るか聞いてみるか。ただいくら金を積んでも冒険者ギルドが納得しなければそれは不可能だ。何か手はないのか」
ボタクーリは思案し続けるのだった。