94 ハッチ族の移動
朝食を摂ってから出発して、俺達は未開の森にやってきていた。
「フォレノワール、入ってもらえるか?」
扉をイメージし、隠者の鍵に魔力を込めて鍵を回した。
そこには扉が現れ、中には厩舎が現れた。
昨日、お試しで使用してみた時はさすがに驚いた。
従魔達がストレスを溜めない様に色々と設計していたらしく、食事や睡眠、運動にマッサージルームまで完備されていた。
フォレノワール達も最初こそ吃驚していたが、中に入っても問題ないことが分かると徐々に寛ぎ始めた。
ただフォレノワールだけは、この厩舎に入るのを嫌がった。
そして今回もやはり拒んでいた。
「……そうすると今回は一緒に来てもらうことになるけど、勝手に動かないと誓えるか?」
フォレノワールは頷く。
「頭の良い馬ですな」
「もしかするとバトルフォースの亜種かも知れないニャ」
ライオネルが感心して、ケティがそう言った瞬簡にケティへ向けてフォレノワールが前足脚を上げた。
「落ち着けフォレノワール。ケティ、フォレノワールに魔物扱いしたことを謝ってくれ」
さすがに焦る。
フォレノワールは魔物扱いされることを嫌う。
普通の馬はこんなに反応を示すことはない。
しかしフォレノワールはそれを異常に嫌うのだ。
「悪気はなかったニャ。許して欲しいニャ」
「ブルルルゥ」
ケティが頭を下げると、仕方ないわね! そう言って許したように見えた。
今後も同じようなことあるかも知れないから、事前に報告することにした。
「俺がフォレノワールを連れていくことを不満に思う者が居るかもしれないが、彼女の索敵能力はかなり優れている。それはイエニスに来る時にも証明されている。きっと邪魔にはならないから安心してくれ」
『はい』
異論は出なかったが、それは口から出なかっただけだと感じていた。
俺はフォレノワールに信頼を勝ち取れ、そう小声で声を掛けて森に入った。
未開の森に来たメンバーは前回と一緒で、それにハッチ族のハニール殿を入れた布陣となった。
ミルフィーネ達エルフを連れてくるのは、かなり迷ったのだが、ケティはそれを強く望み、ライオネルが責任を持つことで同行を許可した。
まずはハニール殿の案内で、ハッチ族の集落へと向かう。
「それでは報告をしてまいりますので、暫らくお待ちください」
ハニール殿とその従者達が上空の巣に向かって飛んでいくのを見送り、ミルフィーネ達に声を掛ける。
「森を案内する……レーシーだっけ? 今回は現れないのか? それと精霊の声は?」
「今回はレーシーや精霊様からのお声はまだありませんわ」
代表してリシアンが答える。
彼女とクレシアは奴隷解除をされたくないと言い張り、今回はミルフィーネと妖精や精霊を監視したいと申し出てきた。
俺はそれについて好きにしてくれと告げた。
「わかった。何かあれば伝えてくれ」
今回の編成は三つのグループに分かれる。
俺とライオネル、ケティ、ハニール殿、ドランとミルフィーネの移植部隊。
ポーラ、リシアン、ヤルボ隊の資財調達部隊。
ケフィン隊とクレシアの索敵部隊だ。
正直、魔石のことは頭にあったのだが、初心に戻って命を大事に行動することにした。
何事も急いては事を仕損じる。
ことわざがあるぐらいだから、一つ一つのことを順番に進めていくことにしたのだ。
「賢者様、許可が下りました。本日の移植の木を選びましたら、この集落の三割、四十人が移動させていただきますが、大丈夫ですよね?」
ハニール殿は嬉しそうに報告をしてくれたが、人数の話はしていなかったので、事後報告だった。
「人数に関しては大丈夫ですが、事前に告げている通り安全ではありませんよ?」
「ええ。そこで治癒士ギルドの地下に巣を作ることを了承していただきたい」
元よりそのつもりだったし、そう伝えたつもりだったが、仮に断れば何処に巣を作るつもりだったのだろうか?
「利益さえ損なわなければ問題はありません。人数が増えていくことは予定に組み込まれていますから、安心して移動していただいでも大丈夫です。ただ里帰りが頻繁に出来る環境ではないことはしっかりと伝えておいてください」
安全が確保出来る環境は整えないといけないが、それをどう整備していくかは決まっていない。
願わくは、全てのハッチ族に移動をお願いしたいと思っている。
だが、それは無理なことを分かっている。
この森からイエニスに向かうのは比較的若い世代だけなのだ。
生まれてからこの森で暮らしてきた者達は、ここで生活をしたいと思っているものも多くいた。
若い世代を連れて行くことに責任を感じながら、絶対に成功させると意気込んで俺達は行動を再開させる。
ハッチ族が木を選択、ミルフィーネが木に語りかけ、ドランが土を掘り、俺が魔法袋に収集する。
フォレノワールが反応するとケフィン隊が動き、ケティとライオネルのどちらかが同行する。
そしてフォレノワールの索敵能力が証明され、皆から優秀だと認められた。
それ以外のイベントは特にないまま、肩透かしされた感じだったが、無事に今回の目的である果樹や花の採取まで終わった。
「よし、それではハッチ族の方は狭いと思いますが、馬車に乗ってください」
ハッチ族には馬車に乗ってもらいイエニスの街へ向けて出発した。
生産や商品の売買については契約をしたから、ハッチ族を俺が連れて来たことに関して、何も問題はない。
ただ甘い蜜には色々な虫が寄ってくるものだ、ハチミツだけに。
そんな親父ギャグが頭を過ぎると横から声が上がる。
「今回はまだ夕暮れ前だからいやな視線は感じないニャ」
「この状況が長く続けば良いな」
「それで明日からはどうされるんですか?」
「明日からは魔石の確保で迷宮に潜る。一応半日を予定しているけど、迷宮を踏破したことにより、魔物が少なくなっている場合もあるから、その時はまた泊り込みだ」
「良いですな。それではナーリアに食事の用意を忘れないように伝えねば」
「今回は地図もあるし、ルシエル様も戦えたら戦ってみると良いニャ」
「まぁ機会があればな」
イエニスへと向かう道中、そんな話をするのだった。
誰も口に出さなかった水の精霊について思い出したことがあった。
前回未開の森へと来た時、本来なら来る事は出来なかったと言っていたことを思い出した。
今回の接触がなかったのも、そう簡単に会えるものではないと考えたのだが、結局答えは見つからないままイエニスに到着した。
馬車ごと地下一階に移動させていた。
これでハッチ族がいると直ぐにばれることはないだろう。
「ハッチ族の皆さんお疲れ様でした。ここは地下一階層ですが、これから地下三階層へと移動しますので、ついて来ていただけますか?」
ハッチ族はいきなりの地下に空があることに驚き、中には騙されたのではないか? と疑う人までいた。
「皆のもの地下三階層に行けば驚くぞ」
そうハニール殿が言ってくれたおかげで、何とか誘導に従ってくれた。
「ここが皆さんの職場と居住区になります」
地下三階に訪れた俺はそう告げた。
一人一人を見るが放心状態だった。
地下に擬似太陽があり、畑があったら普通はこうなるか。
「これから果樹を移植して、畑には計画的に種を蒔いて、皆さんが安心して働ける環境を一緒に作っていきましょう。」
これから果樹の移植することを想像して、自分達のオアシスが出来ると思ったハッチ族は団結した。
そして俺の呼び名は賢者様のままで、声を揃えて一斉に口を開いた。
『賢者様、どうぞハッチ族を宜しくお願いします』
「はい。頑張っていきましょう」
和やかムードのまま、ここから移植が始まっていった。
ドランが移植して、ミルフィーネが木々に精霊魔法を掛けて状態を維持する。
森の土ごと多めに魔法袋に入れてきていたので、スムーズに木の移植が終わるとドランは自分の工房に戻っていった。
「……ドランはこれだけの仕事をこなしているのに、あれだけの魔石じゃモチベーションは上がらないだろうな」
本日未開の森で魔物を倒して得た魔石の七割をドランに渡したが、三桁に届かない魔石でドランが満足するとは思えなかった。
「お爺が言葉を発しないで工房に向かうのは機嫌が良いとき」
俺の呟きに反応したのではポーラだったが、こちらは不満そうだった。
「ポーラとリシアンが開発したいものは大げさなものが多過ぎる。まずは万人に便利だと思われるものを考えてみろ」
「承りましたわ」
リシアンが俺の後ろから急に現れるとポーラと一緒にポーラの工房に向かっていった。
「あの二人は良い友人関係が築けそうだな」
喜ぶハッチ族を見ながら、今後必要になってくる魔石を、明日の迷宮で確保したいと思った。
翌日、炎龍がいた迷心の迷宮へと向かったのだが、ここで俺は初めての邪神の影に触れることになる。
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