08 歓迎会と動き出す闇
冒険者ギルドに派遣された俺の生活は少しは変わると思っていた。
戦闘訓練をいつも通り行い、冒険者に無償で魔法を掛ける。
「……いつも通りでしたね」
「それはそうだろ。ルシエルの仕事は治すことだからな。それに戦闘訓練だってしたいだろ?」
「それは勿論です。少しでも生存率を上げないといけませんから」
「だったら一年頑張れよ。そうしたら低レベルの盗賊と遭遇しても生き残れるぞ」
「お言葉に甘えます」
「じゃあ晩飯にするか」
「はい」
俺はブロド教官とグルガーが仕切る食堂に移動した。
「我等が冒険者ギルドの治癒士様のお出ましだ」
食堂に入るとそんな声が聞こえてきて、俺は拍手で出迎えられた。
「えっ?」確認するとギルド職員の非番である筈の皆さんと、顔見知りの冒険者達だった。
「何を驚いている。冒険者ギルドに派遣されたってことは臨時職員になるってことだ。歓迎会だってするさ」
そう言ってブロド教官はワッハッハと豪快に笑った。
「まぁ席に着け」と厨房から出てきたグルガーさんの手にはなみなみとジョッキに注がれた物体Xがあった。
「あのぉ、やっぱりそれ飲むんですか?」
「当然だろ?」
「分かりましたよ」俺はジョッキを受け取ると一気に流し込んだ。
それを見て「スゲェー」とか「やっぱりドMだ」中には「味覚障害に加えて、嗅覚もぶっ壊れてんじゃねぇか?」
そんな声が冒険者達からは上がった。
そんな訳無いだろと言いたかったが、一気に呷った反動で声を出すことが出来なかった。
「そうそう。ルシエル、お前は酒は禁止だからな」
「なんでですか?」気持ち悪い口の中を我慢して聞く。
「これの効能が強くなり過ぎて明日起きられなくなるからだ?」
「そんな~」と歓迎会の席でお酒が飲めない理不尽さに嘆く。
(あ、こちらの世界に来てからお酒を飲んだことが無かったなぁ)と思い返していると「その分、これと料理のおかわりはいくらでもあるからな」
「流石に、それはもう入りませんよ?」
「なんだ、ちゃんと不味いって感じるのか」
「だったら何で飲んでいるんだ?」
「やっぱりドMなのよ」とヒソヒソ話していますが、冒険者の皆さん? 全て聞こえていますよ?
「よし。じゃあルシエル一言何か言え」
「あ、はい。一年間お世話になりました。そしてこれからは臨時職員として少しでも冒険者の皆さんの生存率が上がるように努力していきます。それでは乾杯」
「「「「「「「「乾杯~!!」」」」」」」」
こうして俺の歓迎会は行なわれた。
「なぁルシエル、一つ聞きたいことがあったんだが」と言いずらそうに聞いてきたのは、この間助けたBランクのバサンさんだ。
「なんでしょうか?」
「お前って男色か?」
「ゴホッゴホッ、いきなり何を聞くんですか!!俺はドノーマルです。普通に女の子が好きですよ」
「おう。それは安心したぜ。お前がブロドさんとばっかりいるし、美人受付ともそんなに接触してなかったからな」
「はぁ~。色恋も大事ですけど、命が軽いこの世の中です。この一年間は生存率を上げるために、それどころではなかったんですよ」
「かぁ~。若いのに達観し過ぎだぜ。若いんだからもっとスカッとすることも大事だぜ」
「そうなんですけどね。今は慣れてきましたけど、俺が住んでいたところは武器を持ち歩いている人もいなかったんで、街に来てから半年ぐらいはビビッて生活していました」
「はっはっは。あれを飲む勇気があるのに冒険者にビビッてるとか、お前アンバランスだな」
「いやいや、あれは飲んでも死にはしないですけど、この街に来た当初は冒険者に絡まれたら、死ぬ未来しか想像が出来ませんでしたから」
「ブロドさんに向かっていくゾンビのようなお前に絡む冒険者は、この街にはいないと思うけどな。まぁ何かあれば頼ってくれ」
「ありがとう御座います」
「それでバザン、ルシエル君って男色だった?」とバザンさんとパーティーを組んでいるセキロスさんと口数の少ないバスラさんが声を掛けてくれた。
「はぁ~。僕は女性が好きですよ」
「溜息を吐くと幸せまで一緒に逃げちゃうぞ」
「誰のせいですか」
「ははは。じゃあ今度、夜の遊びが出来るところに連れて行ってあげよう」
「この街ってそういうお店あるんですか?」
「お~喰いつくね。あるよ。まぁルシエル君の場合、結構目立つから変装でもしないとあっという間に、噂が拡がりそうだけどね」
「……やっぱり考えさせてください」
落ち込む俺を見て、三人は爆笑しながらエールを呷っていた。
こうして俺の歓迎会は深夜近くまで続いた。
翌朝起きた俺は、新しく覚えられる魔法と詠唱を試していた。
中級回復魔法ミドルヒールはヒールの約三倍の回復量が見込め、消費魔力は1.5倍だった。
初級全体回復魔法エリアヒールは自分から半径二メートル以内に一定のヒールによる回復量となり、通常のヒールの方が現在は効果が高く消費量はヒールの三倍だった。
初級結界魔法アタックバリアは物理攻撃に対してダメージを軽減するもので、マジックバリアは魔法のダメージを軽減するものだった。消費はどちらも10だった。
中級結界魔法エリアバリアは俺の半径二メートルにいる人を対象にアタックバリアとマジックバリアを展開するもので魔物等を遮断するものではなかった。
「それにしても朝からとんでもなくきついぞ。エリアバリア一回で一気に30もMP削られるとか、もっと使い勝手を良く出来ないのか?」
俺は瞑想をしながら、魔法について考えることが多くなっていった。
ルシエルが魔法の考察をしていた頃、メラトニのある治療院では怒鳴り声が響いていた。
「貴様等、これは一体どういうことだ? 収入も奴隷にした数も、例年の半分以下とはどういうことだ!!」
白いローブの上から宝飾を身に付けて、腹がでっぷりと出た中年の男が怒鳴り散らす。
「申し訳有りません。ですが、ご主人様、その件に関しては、以前申し上げた通り冒険者ギルドに出入りしている治癒士が関係しております」
代表して一人の男が前に出て、頭を下げながら答える。
「ならなんで対策をしていなかった。この無能共が」ガァン。カランカラン。
装飾の施された高そうなコップを男に投げつけた。
それを男は避けることをせずに額で受けると額から血が流れ始めた。
男はゆっくりと話し始める。
「言い訳になりますが、対象の治癒士は冒険者ギルドから出たのが、一年間で四回だけです。接触も出来ませんでした」
「だったら冒険者ギルドに行けばいいであろう」
「・・・それが彼は冒険者ギルドのマスターと昼夜問わずに模擬戦闘をしています。さらに睡眠時には高ランクの冒険者が部屋の前で待機している為に一切手が出せません」
「糞が。冒険者ギルドもその治癒士も忌々しい。何でそんな奴が現れたのだ。早急になんとかせねばならん。おい! 傘下の治癒院に召集を掛けろ」
「はっ」男は部屋を出て行った。
こうして冒険者ギルドの治癒士ルシエルを邪魔だと思う者達がついに現れ始めたのだった。