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00 prologue

 

『ステータス オープン』俺がそう念じると、目の前には青白く枠組みをした半透明のホログラムウィンドウが立ち上がった。

 ウィンドウには、まるでゲーム? そんなことを言いたくなる、ステータス画面が映し出されていた。



 名前:設定されていません

 JOB :設定されていません

 年齢:15

 LV :1 (身体レベル)

 HP :200(生命力)MP :50(魔力量)

 STR :20(筋力)VIT :20(耐久力)DEX :20(器用さ)AGI :20(素早さ)

 INT :20(知力、理解力)MGI :20(魔力)RMG :20(耐魔) 

 SP :100(スキル、ステータスポイント)

【スキル】

 なし

【称号】

 運命を変えたもの(全ステータス+10)


「まるでゲームじゃないか。ははっ」

 男は力なく笑った。



 何故自分がこんな小説のプロローグにでも書かれていそうな場所にいるのか、男はそのことを思い返しながら、己のステータスを呆然と眺めるのだった。



 事の発端は、男が命を落としたところから始まる。

 男の死に、何か特別な意味があったわけではない。



「納期ですが、来週の水曜日になります。社長、今後とも宜しくお願いします」

 男はオフィスソリューションを担当する営業だった。


「こちらこそ。ああそうだ、商品を納品する水曜日にも顔を出すんだろ?」

 気の良さそうな社長と呼ばれる男が親しみを感じさせる言葉を営業の男に掛けた。


「勿論です」

 男はニッコリと笑いながら頷き答えた。


「そうか。じゃあ来週、一応来る前に連絡を携帯に入れてくれ」

「承知しました」

 その会話を最後に営業の男は社長室を出た。


「よし。これで今月もノルマ達成したぞ。これで昇進じゃー!」

 男はホクホク顔で呟いた。


 半年の予算を達成した男はようやく、主任から係長への昇進が確定したのだった。


  今の心理状態は、人目が無ければスキップしていたであろう。

 そんな絶好の気分だった。


 だが、男の幸せな時間は、男が乗ったエレベータのように、急激に不幸へと下降し加速していく。



 ビルの出口に向かって歩き出した男は、途中で自分の革靴の紐が解けていることに気がつき靴紐を結び直した。

 そして男はビルを出た。その次の瞬間だった。

 パァーン。

 そんな乾いた銃声のような音が男の耳に響いた。


「うぉ」

 驚いた直後に男の左胸に鋭く焼けるような痛みが走り男は膝を突いた。


「さっきの音で吃驚したからか? 心臓とか、俺まだ三十代になったばかりなんだが?」

 数秒が経つと先程までの痛みが嘘のように消えた。


「さっきの音は何だよ。何かが破裂でもしたのか? あ~あ、これって絶対に膝が汚れちゃっただろうな」

 そう呟きながら、周りの目があることに男は気がついて立ち上がろうとしたが、中々足に力が入らなかった。


「あれ? ヤバい。 もしかしてさっきの拍子にまさかのぎっくり腰か? 力が入らないって聞いたことがあるし。あれ? それにしては痛みがないぞ?」

 男があたふたしていると、周りの人がこちらを見ながら「救急車、救急車! 」そう叫んでいる声が聞こえた。


 (何だ? もしかしてさっきの音って・・・ああなるほど。あれは本当に銃声だったのか)


 男は察した。それと同時に急激に身体が冷たくなっていくのを感じた。


「なるほど。でも、俺は昇進する男だぜ? 今まで頑張ってきたんだ、だから俺はこんなところで死なんぞ!」

 男は己を奮い立たせた。


 しかし、男は膝立ちから動けないまま、そっとその意識を手放した。


 男はコンビニ強盗が逃げる際に、追ってきた店員に向けて威嚇発砲したその銃弾によって倒れたのだ。


 コンビニ強盗は威嚇射撃のつもりだった。そこへビルから男が現れて威嚇したはずの銃弾が左胸を直撃してしまったのだった。


 強盗は銃弾が当たってしまったことで、良心の呵責に耐え切れず、数時間後に警察に出頭した。



 昇進する。

 それだけが男の生を支えていた。


 男には、死んでいられるか! 

 そんな強い意志があった。


 昇進してあの子をデートに誘う。

 これだけが男の原動力であった。


 だからだろうか? その強い意志で、男は意識を取り戻した。



 本人はそう思っていた。

 普通に目覚めたからだ。

 しかし、目覚めた場所が普通ではなかったし、おかしなことばかりが起こっていた。


 男が起きた場所は何もない真っ白な空間だった。

 そこで男は一人ポツンと横たわっていたのだ。


 おかしな点はまだある。

 男はスーツだったはずなのに、見慣れない服を着ていた。

 それこそ、いつの時代? そう首を傾げるようなものだった。


 撃たれたことで病院にいるのなら病院着か寝間着のはずだ。

 しかし現在着ている服は、少しごわっとしたそんな造りの服だった。


 それ以外にもおかしいと思った点がある。


 身体に変わった点が一切ないのだ。


 そう。撃たれたはずの左胸にも一切の傷がなかったのだ。


 男は混乱しながらも思考を止めずに考え続ける。


 ここはいったいどこなのか? どんな場所なのか? そしてこの服はいったい誰が着せたのか?

 様々なことが頭に浮かんでは必死にそれを打ち消し他の可能性を探る。




 男はアラサーのサラリーマンだった。


 結婚はせず独身であったが、別に彼女はいたこともあるし友人も多かった。


 しかし、近年は仕事が多忙となり、別れや疎遠となることが増えていき、男は出世してから恋愛相手またその延長で結婚相手を探そうと考えていた。


 男がそう考えてから、少しずつ行動が変わっていった。


 特にこの一年は周囲が驚くほどの努力をしてきた。


 そしてようやく努力に結果が比例してきたのだ。



 話は変わるが男の趣味は読書だった。


 小学生から読書を始め、中・高と合わせると読破した書籍は数千冊となっていた。


 大学に入ってからも携帯小説を読み始め、その次はラノベにはまってしまい、気がつけばライトなオタクになっていた。


 まぁオタクと言ってもラノベとアニメを欠かさずに見るその程度だった。


 だから生活に支障をきたすといったレベルのものではなかった。


 ここ最近は昇進することに全力投球で、それらの趣味は封印していた。


「まさかこの展開は?」

 男は考えたくなかった。


 しかし現実は無情だ。


 《不運な魂よ、転生をさせてやる》


 そんな声が頭に響いた。


「元の世界に戻してくれませんか?」

 男はノータイムで返答した。


 《既に死んだ肉体がある世界には戻せない》


 やはり死んだのか。

「……それで、どんな世界に行くのですか?」


 《ガルダルディアという星。地球と同じ水と大地の惑星だ》


「それでは今の世界と一緒ですか?」

 男は恐る恐る尋ねた。


 《魔法があり魔物がいる、そんな世界だ》


「一般人には無理です。確かにそういう小説やアニメがありますし、昔から知っていました。それを望んだことも昔は多少なりにはありました。ですが、現在の私はいい歳をした大人です。私は冒険を楽しめないと思います」


 《不運な魂よ、お前と同じ境遇の魂があと9ある。さっさとしないとこのまま転生させるぞ? それが嫌なら説明を聞け》

 その言葉に男はビクッとして、本気でビビった。


「すみませんでした。お願いします」

 男は、直ぐに見えない何かに頭を下げた。

 男は神様? がまさかそんなに直ぐに脅してくるとは想定外のことだったのだ。



 《お前が思い描いているように、お前が転生するのは剣と魔法 魔物がいる世界だ。そこへ転生させるだけだ。あとはこちらで何も干渉はしない。次にステータスオープンと念じてステータスを開け》



『ステータス オープン』

 男は命じられたまま、そう念じるとステータスが出てきた。


 名前:設定されていません。

 JOB :設定されていません。

 年齢:15

 LV :1 (身体レベル)

 HP :200(生命力)MP :50(魔力量)

 STR :20(筋力) VIT :20(耐久力) DEX :20(器用さ) AGI :20(素早さ)

 INT :20(知力、理解力) MGI:20(魔力) RMG :20(耐魔) 

 SP :100(スキル、ステータスポイント)

【スキル】

 なし

【称号】

 運命を変えたもの(全ステータス+10)


「まるでゲームじゃないか。ははっ」

 男は力なく笑った。


 何も無かった男の目の前に突如としてホログラムウィンドウが出現した。そこに自分のステータスらしきものが表示されているのだ。

(ファンタジーだ。……あれ? 若返っている。これはサービスなのか?)



 切り替えの早さが営業だった男の強みであった。

 そのため既に男はこの状況に腹を括っていた。


 《設定のリミットは一時間だ。種族、年齢は決めさせてもらった。残りは自分で決めるがいい。名前のみで家名はない。ガルダルディアの基礎知識を頭に送る。これから一時間後にお前をガルダルディアに自動転送させる。では不運な魂よ 次の人生が幸福であるように願っている》


 ピロン。そんな音が鳴った。次に機械的アナウンスが聞こえた。


【運命神の加護(SP取得増加)を獲得しました】


「あ、ありがとうございぅぅうぎゃあああああ」

 お礼を言おうとしたら、機械音が頭に響くと同時に脳の許容範囲を超える様々な知識が頭に植えつけられたそんな感覚と激痛が男に襲いかかった。


 その痛みといえば尋常ではなく、鈍器で頭を殴られたような鈍い痛みだった。


 男が叫ぶこと一分弱。


 体感ではもっと長い時間を転げ回った気がしたが、ステータス内にあるタイムリミットを示した時計には、残り時間が59分07秒と書かれていた。


「はぁ、はぁ、はぁ。今の痛みは尋常じゃなかったぞ」

 男はまるで麻酔も無いままに頭を鈍器で殴られた後、無理矢理尖った何かで穿り返された、そんな痛みを感じた。


「それで得たのがこの基礎知識か。頭はまだ痛いが時間がないからどんどん進めるか」


 男が得た知識はガルダルディアの現存する国や国ごとの気候、種族、大陸共通の一般通貨と一般的識字能力などだった。


 男は一度深呼吸をしてから仕方なくキャラクタークリエイトを敢行することにした。





 キャラクタークリエイトでは、初期アバターが俺の顔を弄って欧州人のような、彫が深くなって茶髪で目の色は緋色だった。


 名前は……あれ名前が思い出せない? なんでだ?……ならMMOで使用していたミカエルとルシファーを合わせた名前で使用していたルシエルにするか。

 身長は10cm伸ばして185cm にして、髪の色は茶から銀にして、瞳は……緋色から薄い紫にする。

 もらった知識では銀髪も紫の瞳も珍しくないなら一番に似合うしこれでいいだろう。


 残り時間は53分か。

 知識は……うん。言語に関しても読み書きはできる。

 これなら大丈夫だ。

 それに成人が15歳なら直ぐに仕事をするってことだな。

 それにしてもこれが本当は全部夢ならいいのに。

 俺はゲーム感覚でキャラクタークリエイトをしている。

 そんな気さえしてる。


「それで送られる場所は平原、森、迷宮で比較的町に近い場所。但し運に左右されるんだな。スキルはレベルがあって最高がⅩか。スキル取得はSPか努力で取得可能ね」


 俺は思考した。

 これだけだと分からないことが多過ぎて運の要素がかなり強い。

 スキルは攻撃、防御、魔法、補助、生産、生活、研究、テイマーがあるのか。

 目の前のステータス画面を触りながら設定の穴を探すが、検索システムはないし隠し画面もない。地道に探すしかないみたいだ。


 まずは運だな。博打もそうだが、仕事でも担当の顧客を掴むのは相性もあるが、そもそも運が無いと撃たれた俺みたいに人生が急に終わることもあるしな。

 そう思いながら必要そうなスキルのSPを計算していく。


 補助→能力値→運→幸運、強運、激運、豪運、悪運、覇運、天運と出たが、覇運は100Pで天運に関しては500Pと問題外だった。

 ここはとりあえず強運10Pを候補に入れておこう。


 次に必要なのは魔法だな。

 魔法→魔法特性→光、聖、火、水、風、土、雷、闇、時空間。四属性が10P 聖20P 雷30P 光と闇が50P、時空間は100Pだった。


 さらに魔法に必要な要素だが、魔法→詠唱→詠唱短縮、詠唱破棄、無詠唱、魔法陣詠唱が出てきた。


 しかし足りない。これは非常にマズい。

 何が? と問われれば当然SPが、だ。

 圧倒的に足りなさすぎるのだ。


 何も最初からチートなど望んではいない。


 そうなれば良いけど現実だからだ。


 回復魔法と補助魔法が使用可能な聖属性を20Pで取得するとして、詠唱破棄20P、無詠唱30P、魔法陣詠唱30Pと、これらは現時点で選んだら完全にマズいことになると直感でそう思った。


 生活→料理などが並んでいるし生産も鍛冶など普通スキルのみだった。


 攻撃スキルに関しても特別なスキルはなかった。


 そして落とし穴はある。スキルを選んでも武器がない可能性だ。 


 どこからのスタートか分からないが、剣は持っていなければ剣術スキルは意味が無い。


 そこまで考えてから俺は無難な体術スキルを5Pで取得することにした。


 ……この白い空間で戦闘スキルだけを取って自分の能力を上げる。

 そんなやつは長くは生き残れなさそうだな。

 そんなことを考えながら文章を読み、抜け道や強奪系、コピー系のスキルを探したが無かったので、迷いながらも繰り返しシミュレーションを重ねてスキルを取得した。


 それが熟練度鑑定20P、体術5P、豪運50P、聖属性魔法適性20P、魔力制御5Pだった。



 残り時間は後18分ある。そうして不備が無いかを見返す。するとJOBの選択肢に目がいく。

 触ってみるとある画面が表示された。

 〔職業を設定してください〕


 そう書かれた下に様々な職業が載っていた。


「これって自分で設定しないといけなかったんだな。見直さないといけないとか完全にトラップじゃないのか?」


 そう思いながらも職業を見ていく。


 剣士、魔法使い、治癒士、盗賊、商人…………色々あった中で、治癒士を選択した。


 剣士や魔法使いを選ぶ方が良かったかも知れない。

 ただ回復魔法を剣士や魔法使いでは使えないかも知れないし、魔法を習得することができないかも知れないので念には念を入れたのだ。


 残り9分42秒完了……ボタンを押す前に、各スキルを見直し、取りたいまたは努力で取れそうなスキルを頭に入れながら見ていく。


 残り3分強で完了を選択すると銀貨三枚を持って俺は草原に立っていた。


 見渡す限り本当にそこは何もなく、遠くまで見通すことのできるそんな平原だった。



「……まさかの時は金なりですか?」

 ルシエルは空を見上げて呟いた。


 そして昂ぶった精神を落ち着けるため、ゆっくりと深呼吸した。


 落ち着いたところで次に、辺りを見回してみることにした。

 すると結構な距離はありそうだが、遠くに街の外壁のようなものが見えた。


 この距離から見てあの大きさであれば大きな街かもしれない。


 俺は街っぽいものがしっかり見えていたことに安堵しつつ、周囲を警戒しながら街へ向けて進むことした。







 《これで十の魂を送った 約束は守ったぞ》


 《確かに これで少しは世界が変われば面白いのですがねぇ》


 《凡庸な魂しか送っておらん。余程適応能力が高い者でなければ、暮らすこともままならず困難な状況に陥るだろう》


 《まぁ私も貴方も干渉はできませんので、もらった魂を眺めるだけ眺めて彼らが死んだらまた賭けか交換を致しましょう》


 《……気が向けばな。ではな》

 一つの光が消えた。


 《あ~今回は面白くならないかなぁ》

 そう呟くともう一つの光も消えた。


 運命の神が、異界の主神に、男の魂を含んだ10の魂を渡した。


 運命の神は、異界の主神と賭けをして負け、凡庸で危険な思想がない10の魂を譲渡した。


 最後の男の魂にのみ、運命神は加護を与えた。


 ルシエルは死ぬ運命だったし、その通りの運命を辿ったが、あまりの意志の強さで死ぬことに抵抗してみせて1分でもと長く現世にしがみついた。


 そのことにより運がいいのか悪いのか、10の魂に選ばれたのだ。


 だから運命神は男に加護を渡した。その行く末を見守れるようにしてから異界神に魂を渡したのだ。


 これがどういう結果をもたらすかは運命神もガルダルディアの主神も分からない。


 こうして地球からルシエルを含めた10の魂が、ガルダルディアに転生するのであった。


 名前:ルシエル

 JOB :治癒士

 年齢:15

 LV :1

 HP :200 MP:50 

 STR :20 VIT:20 DEX:20 AGI:20

 INT :20 MGI:20 RMG:20 SP :0

 魔力適性:聖

【スキル】

 熟練度鑑定- 豪運ー 体術Ⅰ 魔力制御Ⅰ

【称号】

 運命を変えたもの(全ステータス+10)

 運命神の加護(SP取得量増加)


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