BATTALION

作者: 凄音キミ

崩壊スターレイルのホタルに影響を受けて書いた二次創作です。

一部設定・世界観等を参考にしておりますが、登場するキャラクター及びストーリー等は作者オリジナルのものであり、元作品である「崩壊スターレイル」とは一切の関連性がありません。予めご了承ください。

「消えゆく流星、煌めく決意」


 ――いまでも時折夢に見る。お父さんがあたしを置いて旅立ったあの日。「お父さん、必ず帰ってきてね!」って馬鹿みたいに泣きじゃくって。お父さんは、必死に脚にしがみつくあたしを笑いながら宥めてくれたけど、「お父さんはもう行かなくちゃ」って、「やらなきゃいけないことがあるんだ」って、そればかりで、決して、決して……「必ず帰ってくるからね、いい子で待っててね」とは言ってはくれなかった。いつも、「お父さんとの約束だぞ」って優しく微笑えみかけてくれるのに、その日は、その日だけは――


 車椅子に凭れる一人の少女の前を、一つ、また一つと星が流れゆく。空へと手を伸ばしてみても、決して触れることはできない。大きな窓越しに見えるその光景は、どこか現実味がなく、シアターでも鑑賞しているかのような気さえしてしまう。

「またか」

 ぽつりと少女は呟く。その目には涙が滲んでいた。

 ――生命体はなぜ眠るのか。一つの考えが少女の頭をよぎる。彼女は思う。それはきっと、夢の中でなら愛しい人に会えるからだ、と。たとえそれが、どれだけ辛い思い出の再現であったとしても、そこでなら、もう一度お父さんに会えるから。それはこの、お父さんのいない冷酷な現実よりもはるかに(優し)い夢だから。

 澄み渡った晴れ空に棚引く戦士(流星)()が、少しばかりの感傷を残して消えていく。お父さんの護った平和は、ものの数年で崩れ去ってしまった。――蝗害。それは、星穹をまたにかけ、数多の惑星、そこに生きとし生けるものすべてを呑み込み喰らい尽くす漆黒の波濤。

 誰かが言った。「災厄は、抗う術がないから“災厄”なんだ」って。また、誰かが言った。「人類は、始めから飛蝗(やつら)の餌となる運命なんだ」って。だけど、お父さんたちは諦めなかった。持てる技術のすべてを出し尽くして開発した生体連結駆動兵器。通称『S.A.M.』現状、飛蝗に対抗できる唯一の力。あの日お父さんは、それに乗って宇宙の彼方へと消えた。夥しい数の飛蝗の群れを引き連れて。……いまでもお父さんのしたことが正しかったのかはわからない。少なくともここ数年の間は平和が保たれていたわけだし、その間に態勢を整えることもできた。……目の前では、いまもこうして、故郷を守るために一人、また一人と飛び立っていく。まるで、お父さんのあとを追うように。お父さんのおかげで手にした束の間の平和。だけど、あたしとお母さんは――

「――お嬢様。またこちらにいらしたのですか」

「爺……」

 そう言って、少女は声のしたほうへ振り返る。少女の目線の先には、嗄れた老紳士が佇んでいた。この家に長年仕えてきた老紳士と少女は、少女が老紳士を実の祖父のように慕う間柄である。

「朝晩の冷えはお体に障るといつも言っておりますでしょうに」

「わかってる。でも、誰かのために飛び立つ彼らを見逃すことはあたしにはできないよ」

 老紳士は一つ深く息を吐いた。

「母君も大層心配しておいでですよ。『いつかブラン様も(わたくし)のもとを離れていってしまうのではないか』と」

 長い沈黙が、辺りを支配する。少女は目を伏せたまま、何も答えない。

「何も申されないのですね」

「爺、あたしは――」

「申さずともよい。すべて……すべてわかっておりますとも。なれば……なればこそ、お嬢さまをお止めせねばならんのです。ご主人――ノワール様を笑顔でお見送りになられた母君の苦渋の思いたるや。……おいたわしや、いまも心を痛めておられます。その心中は、ブラン様こそようくお分かりでしょう?」

 少女は相も変わらず口を噤んだまま、目を伏せっていた。それでも老紳士は構わず続ける。

「その上『ブラン様までも』となれば……いったい、どれほどの苦痛に苛まれるか……想像に難くない。差し出がましいようですがブラン様、いまのお母君を支えるものはあなただけなのですぞ。その唯一の支柱を失ってしまっては――」

「ごめん爺。それでもあたし、行かなくちゃ。どうしても護りたいものがあるから」

 少女は老紳士を一点に見据えると、左手を胸の前へ持っていき、拳をきゅっと握って言った。それから、少し俯いて続けた。

「……お母さんは、お父さんがいなくなってから変わってしまわれた。どこか保守的になって、あたしのことを何よりも優先するようになって。昔のお母さんだったらきっと、あたしが戦うことを誰よりも応援してくれたと思う。国民のことを第一に考え、時には大胆な決断も厭わなかったお母さんだったら……」

 少女は首を横に振って言った。

「ううん。きっと、いまでも心の奥底の部分では変わってないと思う。だから、だからこうして爺があたしを止めに来るんでしょう? それはお母さんの意思じゃない。それに、爺が自分の考え(・・・・・)他人(ひと)の考えを曲げようとする人じゃないってことくらい、あたしだってわかってる」少女は笑う。「いったい、何年一緒にいると思ってるの? 爺がそこまでしてくれるのは、それが“お父さんの遺志”だからでしょ?」

「さすがです、お嬢さま」老紳士は深々と頭を下げた。「そこまでわかっておいででしたら――」

「――ごめん。それがお父さんの遺志だって言うなら、なおのこと従うわけにはいかない。お父さんが護りたかったものは、一時の仮初の平和なんかじゃない。目の前に危機が差し迫っているっていうのに、それを黙って見過ごすことなんてあたしにはできない。あたしだって、お父さんと同じように最後まで戦いたい。何より、お父さんの頑張りを無駄にしたくない。――みんな、気づいてる。口には出さないけど、『戦況は劣勢だ』って。だけど、あたしにはそれを覆すだけの力がある。そうでしょ?」

「何を馬鹿なことをおっしゃいます。そのようなこと――」

「お父さんしか適合できなかった新型生体連結駆動兵器(S.A.M.)。もう一機あるのはわかってる。お父さんが高い適合率を示したのなら、おそらくその娘であるあたしも――」

「いったいどこでそのようなお話を……」

「そんなのはどうだっていい。いま、この惑星(ほし)は危機に瀕している。そして、あたしにはそれを救うだけの力がある。――重要なのはあたしの意志。そうでしょ? 爺」

 老紳士は何も答えない。

「あたしは、お父さんやお母さんに守られなければいけないほど弱い存在じゃないよ」

 老紳士は大きく頷きながら言った。

「ええ、ええ。重々承知しておりますとも。ブランお嬢さまを『弱い』と思ったことなど、一度もありません。お嬢さまはその身に燃えるような輝きを秘めておられる。あなた様の強さとはすなわち、誰にも負けない心の強さ。それは闇夜を照らし、天地開闢の礎ともなろうもの。……脚を悪くされてからも、一度たりとも歩くことを諦めなかった。ほんに……ほんに強いお方ですじゃ」

 少女は決意に満ちた目で老紳士を見つめて言う。

「少し卑怯かもしれないけど、あたしの一生に一度のお願い、ここで使わせてもらう。爺、私は自分の目の前で誰かが亡くなっていくのをただ指を咥えて見ていることなんてできない。――ううん。たとえそれがあたしの目の届く範囲じゃなくたって、この手で救える命があるなら救いたい。お父さんの頑張りを無駄にしないためにも。……ねえ、爺。あたしが小さい頃にお世話をした小鳥を覚えてる? 最近(いま)になってようやく理解できたの。『翼をもがれた小鳥は、こんな気持ちだったんだ』って。以前までのあたしは、勝手に想像して、わかった気でいた。でも、いざ自分が当事者になってみるとまるで違う。こんなにも……こんなにも辛くて苦しかったんだ。『もう一度、もう一度!』って、どれだけ願ってみても、その願いが叶うことはない。だって、一度失ってしまった翼は、二度と元には戻らないから。……だけど、幸運なことに私には新しい翼がある。もう一度羽撃(はばた)くためのS.A.M.(新しい翼)が。それが、どれだけ幸福(しあわせ)なことかわかる? 諦めかけていたモノがいま、あたしの眼前には垂れ下がっているの。あたしはそれに手を伸ばしたい。この手でしっかりと掴んで、もう二度と手放さない。自分の運命を誰かに縛られたりしたくない。あたしは、自分の意思で羽撃きたいの。もう一度、もう一度自分の体で自由に翔け回りたいの、この世界を。これは、あたしの“意志”でもあり“(ネガ)い”でもある。それを止める権利なんて誰にもない。たとえそれがお父さんであっても。そうでしょ? 爺」

「……いやはや、お嬢さまには敵いませんな。そこまでおっしゃられてしまっては……いったい誰が否定できますでしょうか。私めはアイリス家に仕える身。主様がお戻りになられぬいま、私めの心はいついかなるときもブランお嬢さまの御心(みこころ)とともに。お嬢さまが人としての道を違わぬかぎり、私は粉骨砕身の限りを尽くしてお嬢さまにお仕えする所存でございます。……しかし、お嬢さまがアレを本当にお使いになられるというのであれば、一つお伝えせねばならぬことがございます。アレは、いわば試験運用段階の未完成の技術。それゆえ、搭乗者の身体に多大なる負荷を及ぼします。それは、寿命(いのち)を蝕むほどに。……仮にお嬢さまが本当にこの星をお救いになられたとして、『誰かの犠牲の(もと)に成り立つ平和』など、果たして真の『平和』と言えるのでございましょうか。それこそ仮初の――虚飾の平和に過ぎないのでは?」

「あたしは誰かの“犠牲”になるつもりなんてない。……もしあたしが戦わなかったら……この惑星(ほし)が滅ぶことになってしまったら……そのときは、それこそお父さんの頑張りがただの『無駄な犠牲』になっちゃう。それだけは絶対に嫌。あたしは――あたしたちは“犠牲”になるんじゃない。親娘二代に渡って惑星(ほし)を救った“英雄”になるの」

崩壊スターレイルのホタルに影響を受けて書いた二次創作です。

一部設定・世界観等を参考にしておりますが、登場するキャラクター及びストーリー等は作者オリジナルのものであり、元作品である「崩壊スターレイル」とは一切の関連性がありません。予めご了承ください。