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好感度

「えー! 武藤くん、剣道部入ったのー? 意外ー! 運動部に入るとは思わなかったー!」

 朝の教室。大きな声で騒いでいるのは、紅谷麻未べにやあさみだ。

「……じゃあ入るなら何部だと思ったんだ」

「なんだと思う?」

 聞き返してきやがった。

 小首をかしげて、ぱちぱちの睫毛とくりくりの大きな瞳で正面からまっすぐに見つめてくる紅谷。ふわふわのツインテールがぴょこっと揺れる。

 こういう、眼力めぢからの強い人間は苦手だ。つい目を逸らす。

「なんでなんで? ねーなんで剣道部?」

 そんな俺にお構いなく、彼女は質問を続けてくる。

「倉に誘われたんだ」

「えっ 武藤くんって竜之信と仲良かったっけ? うわー! チェック漏れてた!」

 コミュ障であり、自分のことを話したり詮索されたりすることが苦手な俺には、彼女の質問攻撃習性はツライ。少しげんなりする。

 なんでそんなに他人に興味があるのだろう? わからない。

 俺が興味があるのは、今野さんだけだ。

 今野さんのことなら観察する。色々知りたいと思う。

 なぜって、好きだからだ。

 ここまで考えて、ふと思い当たる。


 あれ? つまり?

 もしかして。


 紅谷は、俺のことを好きだとか?


 紅谷の顔を見直す。

 ギャル系の派手な容姿だ。俺にはよくわからないが、化粧もしているかもしれない。

 はっきり言って趣味ではない。俺は今野さんのような、純朴そうでぽわっとした、可愛いけど美形過ぎない、安心するタイプがいいんだ。

 そう思いながら、チーズ入りオムレツを食べる今野さんのふにゃっとした幸せそうな顔を思い浮かべる。

 たまらん。癒される。

 やはり紅谷はないな。

 身の程をわきまえず偉そうに何を言うと言われるかもしれないけど、今の俺はスーパーイケメンだ。女子に対して、付き合いたいかどうか有りか無しかを言う資格があるはずだ。たぶん。ないのか?

 しかし、女子に好かれること自体は悪い気分じゃない。俺は今野さんにしか興味がないけど、仕方ないなあ……。やれやれ……。俺を巡って二人が争うような事態がないことを祈ろう……。


 ……争う?


 まさか、紅谷はただの今野さんの友人というポジションではなく、ライバルではないだろうな?


 今後、今野さんと俺の未来に紅谷がなんらかの障害となったら困るな……?

 俺がしっかりしていればいいことなのか? いや、お邪魔ライバルポジションとは、その程度でどうにかなるほどやわではないのではないか。

 悩む俺の回りで、「どしたのー?」と紅谷は騒ぎ続けた。



「今日もまたおかずにチーズ入りオムレツ~? ワンパすぎない? ホントに料理の練習しているの?」

「しているよ~。オムレツ以外は日替わりだし! でも、好きなものを作った方が楽しいじゃない。これは毎日のお昼の楽しみなの。それにね、このチーズ入りオムレツもどんどんレベルアップしているんだよ!」

「どこが?」

「このとろり具合と、卵の柔らかさ、かつ気温と湿度が上がってきた今の季節のお弁当でも腐らないバランス! 職人技ですよ!」

「へ、へえ……そうなんだ……。じゃあ! わけてよ!」

「わあ、あげるけどそんなにたくさんはダメ~!」

 昼休み。紅谷と今野さんのじゃれ合いを見ながら、もりもりと弁当を食べる俺と宗形と羽原。

 今野さんは今日も可愛いな。わけのわからない力説をするところも可愛い。

「可愛いよなあ、今野さん」

 やばい、脳内の声が漏れた!?

 いや違う、今のは宗形の声だ。俺じゃない。良かった。

 ……。

 いや! 良くない!

 宗形が、今野さんを、可愛いだと?

 さーっと血の気が引く気がした。

 宗形の今野さんに対する好感度が……上がっている……?

 悪い予感に震えていると、のんきに紅谷が聞いてきた。

「食べたいよねえ? チーズオムレツ」

 ね?という紅谷の目配せに、もちろんだとも!と反射的に飛びつこうとする俺を、「紅谷に関わってはいけない」という意識が邪魔をする。うつむき目を泳がせながら、「うん……まあ……」と歯切れ悪くごにょごにょとつぶやくだけだ。我ながら挙動不審気味すぎる。

 そんな俺の横で、宗形がさわやかに答える。

「出来るなら是非ご馳走になりたいな。本当に美味しそうだとずっと思っていたし」

「えっ? わ、わかった、明日、みんなの分も作ってくる」

 頬を染めて恥ずかしそうにかつ嬉しそうに返事をする今野さん。

 しまった。紅谷を意識しすぎるあまり、いい場面を宗形にとられた気がする。

 まずい。まずいぞこれは。

 いや、チーズオムレツは美味しそうだ。食べられるのか。やったー。ラッキー!

 いやいやいや! それどころじゃなくて!

 俺の思考は、いつも通り無駄に混乱と混沌で渦を巻いているのだった。



 正直、宗形が今野さんを狙ったら、俺に勝ち目はない。

 イケメン度も運動神経も学業成績も今のところひけをとらないと思っているが、明確かつ越えられないコミュ力のステータス差がある。

 とりあえず、宗形の本心を知りたい。

 俺はその日のうちになんとか宗形と二人きりのシチュエーションを作り、苦労して会話をそちらへ持っていった。苦労の過程はあまりにぐだぐだかつみっともないので、ここでははしょる。

「もしかして宗形は、今野さんのこと、好きなのかなーって……」

 驚いた顔をする宗形。

「? 嫌いじゃないよ? もちろん」

「い、いや、恋愛……たい……しょうとして……」

「恋愛対象? いやそんなことはないよ」

「だって……」声が小さくなる。「可愛いって……言っていたから……」

 放課後の、人の通りの少ない階段。なのに、世界中に聞かれているような気がした。

「? 可愛いだろ? 今野さん」

「可愛いと思うなら、好きだろ?」

「なんで好きか好きじゃないかだけなんだよ……。好きってもっと段階があるだろ?」

 返ってきた言葉に、俺は驚いた。

 好きに、段階?

 そんなことは、考えたことがなかった。

 好きな女、知り合い、そして家族。俺の中での女性の区分は、これだけだった。

「あのグループ、レベル高いよなー。紅谷さんもめちゃくちゃ可愛いし、羽原さんはモデル系美女だし」

「えっ。紅谷も?」

「可愛いじゃん、めちゃくちゃ。美少女だよ。黙っていれば(笑)」

「俺は、派手だなあとしか……」

「なんだそれ」

 女性に縁がなかったことは、俺の世界を狭めていたのかもしれないなあと少し思った。



 次の日の昼休み。今野さんは、黄色で埋まった大きな容器を見せてきた。

「じゃじゃーん! はい! 今野印のチーズ入りオムレツです☆」

「い、いやいくらなんでも作りすぎだよ……。この間の芋まみれ弁当より酷いよ……」

 さすがに紅谷もひいていた。

 何リットルあるんだ、この容器。たまに今野さんて豪快なところがあるよなあ。

「作っているうちに楽しくなってきちゃって! 失敗を見越して、たくさん材料を買ってきておいてよかった」

 今野さんはひたすらにこにこしている。

「こんなにたくさんのチーズオムレツなんて幸せー! 食べてくれる人もいるなんて幸せ!」

「まあ、本人が幸せなら良いんじゃない? ご相伴にあずかりましょ」

 羽原がクールにまとめながら、箸を出す。

 皆が一通りとった後で、俺も一切れ貰った。

 いつもストーキングで見ていたチーズ入りオムレツが、今、俺の手の中にある。ようやく味わうことが出来る。ついにこの日が来たのだ!

「うん! 美味しい! 前に貰ったときより確実に上手になっている気がする」

「本当? 美鳥ちゃん。嬉しいな! じゃんじゃん食べてね!」

「じゃあもう一切れ……って、武藤くん、ペース早くない?」

 俺は、今野さんお手製のチーズいりオムレツのあまりの美味さと憧れの味に触れた感動に、つい我を忘れてむさぼり食べていた。

 しまった。

「い、いや、これは……。運動部に入ったから、タンパク質が大事なんだよ」

 口の端にチーズをつけたまま言い訳をする。

「へーそうか! なるほど!」

「適当に言っただけだ……!」

 納得してメモしようとする紅谷を、慌ててとめる俺。

「そんなことメモしてどうするんだ?」

 オムレツをほおばりながら、宗形が聞く。

「ふふ! どんな小さな事でも記録とるよ~! イケメンチェックは私の人生だから!」

「おっかけが趣味だものね。若手イケメン俳優からジャ○ーズから。イケメンでさえあれば、誰でも」

「言い方がちょっとひどいぞ☆ 美鳥☆」


 そうだったのか。

 つまり紅谷は、俺がイケメンだからいろいろ聞いてきただけなのか。好きだからとかではなくて。

 可愛いと思うことと恋愛感情はそのまま連動しないと学んだように、かっこいいと思うことと恋愛感情は連動しないのだろうか?

「誰のデータを持っているんだ? 教えてくれよ」

「もちろんキミ、宗形くんのデータはあるよ! 武藤くんも。あとは白椿王子、古波鮫委員長、竜之信にー」

 順当だな。

「宗形くんは身長180cmジャスト、体重が」

「待て待て待て! そんなことまで知っているのか?」

 さすがの宗形も驚いている。 


 その情報量に、俺は確信した。

 そうか。

 紅谷は、ライバルキャラではなく、今野さんに男子生徒の情報を与えるポジションのキャラクターだ。

 良かった。俺のいつもの独り相撲で、余計な気を回す必要なんてなかったんだ。

 そう、ただ情報を……。

 あれ?

 つまり、紅谷に対して悪印象を与えると、それがそのまま今野さんに伝わる可能性がある……?

 自分のここのところの怪しい言動を思い出して、冷や汗をかく。

 取り返しが付かないような状況にはなってないよな……?

「ムトーのことは、なんて書いてあるんだ?」

 気軽に聞く宗形に、紅谷は答える。


「残念系イケメン?」


 取り返せるのかな、俺。

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