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ゲームスタート/後編

 「真の出会いイベントをこなした」と思い込んだ途端、なんだか今野さんとの「イベント」が起こりやすくなった。やっぱり俺は、「まだ出会っていないキャラ」扱いだったのだろうか。


 今も、お箸を忘れてへこんでいた今野さんに割り箸を進呈した俺だった。たまたまコンビニの店員さんが間違えて2セット入れたものだ。ついている。

 相変わらずのコミュ障っぷりが災いして「こ、これ…」と突き出すような感じになって、思い返すと少しいたたまれない気持ちが湧かなくもないが、今野さんからもらった感謝の言葉を思えば押さえ込むことが出来る。きちんと知り合いになる前に箸突き出しをやったら本当に不審者扱いだっただろうが、俺たちはもう「出会った」のだ。


 俺のスマホには、今や彼女の連絡先が入っている。まだあの”出会いの日”に彼女から来た「お疲れ様。今後ともよろしくね」なメールに返信しただけで、大した活躍はしていないが、0と1では大違いだ。

 俺はもう恋愛未経験者じゃない。手を握ったり(握手だけど)、抱き寄せたり(ぶつかっただけみたいな感じだったけど)したのだ! その点では、他のイケメンたちから後れを取っていない(と信じている)。


 

 今日は、久しぶりに教室で昼飯を食べることにした。ここしばらくは、今野さんや宗形を避けて食べられる場所を探すなんて無意味なことをわざわざしていた。他のイケメンたちと同じラインに立てたと思ったら、そんな自分の行動がアホらしくなったのだ。

 自分の分の箸を割ったところで、背中をつつく指の感触に振り返ると、宗形の笑顔があった。

「ここで食べるんだ?」

 そう言って机にパンを広げ出す。今日は学食じゃないらしい。

 背中に視線を感じながら食べるのもなんだな、と思い、俺はあきらめて椅子ごと後ろに向いた。宗形は、「勝った」というような笑みを浮かべている。ちょっと悔しい。

 ここで、今まで疑問に思っていたことを聞くことにした。


「なんで俺のことを誘うんだ?」


 宗形は一瞬驚いたような顔をしたが、

「みんなと仲良くなりたいから。ムトーはせっかく席も近いし」

 そうあっけらかんと言う。

 みんなとか。そうか。

「でも……俺」なんと言おう。「そんなに態度、良くないじゃないか」

 あまりオブラートに包めなかったが、宗形は笑って返す。

「俺、空気読めないからさ」

 嘘だ。

「あ、あと、イケメンは一人でいるより、二人セットでいた方が女子が声を掛けやすくなるんだぜ?」

 彼の追加発言に、まさに俺たちに声を掛けようとしていたらしい女子グループが固まる。

「なんだそれ……」

「だから、俺は今以上にモテるためにムトーを利用しようとしているんだ」

 ニコニコとそのたれ目イケメンスマイルを振りまく。

 イケメンの作法はわからん。

 イケメン歴が15年になる頃には、俺もこんな域に達するのだろうか。30歳かあ……。


「やだもお、璃子~!」


 紅谷の甲高い笑い声に思わず目が向く。どうやら今野の弁当に何かあったようだ。

 くそ、この向きじゃ見えない。前を向かないと。

 俺はさりげなく見ようとしたつもりだったが、端から見れば今野さん達を気にしていることがバレバレだったらしい。宗形が立ち上がって、パンを手に彼女らの元へつかつかと向かった。

「俺たちも一緒に食べていい?」

 そう俺を指しながら言い、今野・羽原・紅谷の三人娘のグループの視線が、俺に集まる。

 そうして棚ぼた的に、初めて今野さんと一緒に昼食を取れることになった。

「ねえねえ、私たちも一緒にいい?」「いいよね!」

 さらにさきほど俺と宗形に声を掛け損ねた女子たちが集まってきて、人数が一気に膨らんだ。

 気が付けば俺は、あの冬の日に眺めていたような、教室で一番大きなグループの中でご飯を食べていた。

 羽原の顔を見る。笑っている。

 彼女は、あのときもこうやって笑っていて……。

「……!」

 記憶を元に浮かべた情景に、誰かが彼女の名を呼ぶ言葉が混じった。

 でも、ウバラとかミドリとかいう響きには、どうしても聞こえなかった。



「いい思い出が出来た……」

 しみじみと思う、風呂上がりの俺@自室。実にいい日だった。

 緊張して昼食の味はしなかったが、どうせ食べ飽きたいつものコンビニ弁当だ、かまわない。

 ごろりとベッドに寝転び、昼休みの出来事を反芻する。自身の進歩と成長を確認する。


 あれ。でも。


 はたと気付く。

 今日あった色々は、宗形のおかげだったり。コンビニ店員さんのおかげだったり。そんな感じだったり。したりしなかったり?


 たまたま運が良かっただけ……?


 俺は……怪しく箸を突き出したり、失礼な質問を宗形にしただけ……?


 冷や汗が俺の額をつたう。

 いやいやいや! 意固地になって皆を避けていたら、今日もまたどっかの校舎の隅で寂しく一人飯だったんだ。その運命を最初に断ち切ったのは、俺だ。俺自身の意志と行動だ! そうだ! たぶん!

 

 せっかく珍しく前向きになっているのだから、このテンションを失う前に何かしておきたい。

 そうだ、「やり直し高校生活」でやりたいことをリストアップしよう。

 机に向かい、ノートを一枚破る。


 ・女の子と付き合う

 ・友達を10人以上作る

 ・親友を作る

 ・部活に入る

 ・何かひとつでも、学校のイベントに参加する


 出来るだろうか。

 いや、俺には能力が備わっている。あとはやる気だけだ。

 始めよう。青春を。

 決意を固め、紙を眺め直す。

 ペンをもう一度手に取る。ペン先は少し躊躇したのち、「女の子」に取り消し線を引いた。


 ・今野さんと付き合う

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