クリスマス
クリスマスシーズンがやってきた。
町中が浮かれた空気で満ちている。
俺も、今野さんとイルミネーションを見ながら二人きりでデート……なんてことを妄想したけど、彼女には先約があった。羽原主催のクリスマスパーティーだ。
幸い、俺も参加することになった。紅谷はもちろん、倉も来るそうだ。
他に呼びたい人がいるかと聞かれたので、一彦の名を上げた。
「マジで!? 女の子と一緒にクリスマス会!? ああ……武藤……お前、マジいいやつ!」
感激した一彦にすがりつかれているところを見たクラスの女子たちが、きゃーきゃー騒いだ。
「でも、木南くんじゃなくて、宗形くんや倉くんとの組み合わせの方が美しかったのに……!」
何を言ってるんだよ、女子!
で、その宗形は、クリスマスは女の子とデートらしい。
「お前、本命出来たのか?」
「誰が相手は一人だなんて言ったよ。クリスマス前後はほぼ全時間予定埋まってるから」
さすがだった。
「宗形って最近、なんか吹っ切れたような……」
「まあね」
ウィンクされてしまった。男にされてもな。
でも実際宗形は、俺とのあのゴミ捨て場での会話のあと、自分を束縛していたものを脱ぎ捨てたのか、包容力も取っつきやすさも全てが大きくレベルアップしていた。
ザ・抱かれたい男って感じだ。まだ16歳だけど。
「……俺はさ、今野さんのこと好きなんだよ」
なんとなくぽろっとこぼしてしまった。
「知ってる」
「いつからだよ!」
宗形はただ笑っていた。
「頑張れ、王子様」
羽原の家はとてもでかかった。お嬢様か。
出された食事もとても豪華だった。お嬢様か。
マジで勝ち組なんだな、羽原って。
俺は家も家族もリアルと変わっていなかったけれど、羽原の場合はどうなんだろう?
今野さんは、クリスマスらしい赤いシンプルなワンピースを着ていた。ありえないほど可愛い。そして俺があげたリボンを髪につけていた。天にも昇るほど嬉しい。ああ、神様! ハレルヤ!
みんなで、一彦が持ってきたパーティーゲームで遊んで盛り上がる。
「ソーマってゲーム上手いんだね~☆」
「紅谷さんもなかなかじゃん」
4本しかないコントローラーを倉に譲りながら、ふと思い出したことがあって、一彦にこっそり耳打ちをする。
「そういえばずいぶん前に言ってたDSPは? いや別に良いんだけどさ」
「DSP?」
一彦はきょとんとしている。
「俺に持ってきてくれるって話」
「そんな約束したっけ?」
「おい、一彦、お前なあ……」
なんかこの世界の一彦は、ふわふわして忘れっぽい。
それでいて性格が変わっている風でもないので、調子が狂う。
大丈夫かな、こいつ。なにか病気じゃないだろうな。
「飲み物、ぜんぜん足りなかったね。ごめん」
羽原が中身の少なくなったペットボトルを手にして言うと、今野さんがすっくと立ち上がった。
「私、コンビニの場所知ってるし、買いに行ってくる」
「あ……! 付いて行くよ! 重たいだろうし!」
慌てて俺もコートを掴んだ。
閑静な住宅街を二人で歩く。
イルミネーションで飾り付けられた邸宅が並ぶ。
「あ……」
今野さんが空を見上げる。
予報になかった雪が、はらはらと降り出した。
すごい。フィクションみたいだ。
静かに雪が舞い、周囲の控えめな青いLEDライトがちらちらと光る。
とてもロマンチックだ。
「なんかすごくロマンチックだね」
俺が思っていることが、今野さんの口から聞こえた。
通じ合っているようで嬉しい。
「メリークリスマス」
改めて言う。
「メリークリスマス」
今野さんも妙にかしこまって返してきた。
いい雰囲気だ。このままムードに流されてしまいたい。
「あのさ」一度口にしたことがある言葉は、とても出やすくなっていた。「俺は今野さんのこと、好きなんだけど」
言った。
ついに言った。
「……ありがとう」
今野さんは真剣な面持ちでそれだけ答えたあと、地面に目を落として何か考えていた。
刹那のようにも永遠のようにも思えた時間ののち、彼女は顔を上げてまっすぐこちらを見て、
「私も、すごく、ソーマくんのこと、気になるよ」
一言ずつ確認するように言った。
雪はしんしんと降り積もる。
こういうシーンでは抱きしめたりなんてするものかなとも思ったけど、勇気が出なかったし、手に持ってる2リットルのペットボトル2本も邪魔だった。
ただずっと、コートの肩が少しずつ白くなるのもかまわず、二人で見つめ合っていた。
春が来た。今野さんは俺の分のお弁当も作ってくるようになった。
夏が来た。たくさんデートをした。
秋が来た。手を握るようになった。
冬が来た。初めてキスをした。
季節は巡って、思い出をいっぱい重ねて、俺は今野さんと本当の恋人同士になった。
進路を相談し合って、一緒の塾に通い、見事に同じ大学に受かった。
これで卒業後も一緒だ。
この先の未来、永遠に共にありたい。そう強く願った。
卒業式が終わり、皆で写真を撮りあった。
俺と璃子のチェキには、皆の冷やかしの言葉がたくさん書き込まれた。
高校生活が終わるんだなあとしみじみと感じる。
うん。とても充実していた。
校舎を見上げながら感慨に耽る。
剣道部も大会で勝てたし。友達もたくさん出来たし。文化祭で大きな企画もやった。
理想的な青春だった。やれば出来るじゃないか、俺。
そのとき、急に目の前が揺れる感覚がして、俺は大きく体勢を崩した。
「うわっ……!」
「きゃっ……!」
はずみで、近くにいた羽原を押し倒すような形になってしまった。
彼女の制服の上衣は大きくめくれ上がり、下着まで見えそうだ。
「ご、ごめ……」
いまさら正ヒロイン以外とのラッキースケベなんていらないぞ!
そう思いながら慌てて立ち上がろうとして、彼女のおへそのあたりの光るものに目を奪われた。
見たことがある。
俺の耳にあるものと同じだ。
ぐにゃりと世界が歪んでいく。
景色が壊れていく。
「終わりだよ、ソーマくん」
璃子の呼び方で、羽原が言う。
その言葉と同時に、校舎が崩落した。