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●の世界へ

 夏休みが終わり、秋が来た。


 あれから今野さんとの仲に大きな進展はないまま、以前と変わらない学校生活を送っている俺、武藤蒼馬むとうそうま15歳。

 今日もいつものように、倉竜之信くらりゅうのしんと部活に向かう。

「お、武藤。テストの結果じゃないか? あれ」

 倉が指さす方を見ると、前期期末テストの順位表が貼りだされていた。その前にいる、生徒たちのかたまりに近づく。

 自分の順位を見て頭を抱えている倉を横に、自分の名前を探す。

 全250人中、1位は古波鮫こはざめ。眼鏡な委員長キャラとして当然だろう。

 そしてなんとなんと、続いて2位が俺だった。宗形むなかたがその下の3位だ。優秀すぎるな、俺。さすがすぎるな、俺。宗形より上だったことも気分が良い。やっぱり宗形より俺の方がメイン攻略キャラなんじゃないのか?

 にやつきながら、さらに知り合いの名前を探す。羽原は5位で……お、183位に紅谷がいる。

 今野さんはどこだろう?

「やったー! 68位!」

 タイミング良く、当人の声がした。

「えーちょっと璃子ずるいー。成績上げすぎだよー」

「へへー。勉強しちゃいました!」

「ま、まあ美鳥に比べたら私も璃子もどっちもどっちっていうか?」

「120番くらい離されているのに? 私と璃子の差は60番くらいなのに?」

「美鳥~!!」

 いつもの3人娘がコントをしていた。

 それにしても今野さんは、自分が把握していたよりもかなり成績がよい。正直なところ、100位付近だと思って、そのあたりばかり見ていた。

 春には英語のミニテストで赤点を取っていたのになあ。それ以外の教科の成績がよほどいいのか? いや、彼女自身の言うとおり、頑張って勉強をしているのだろうな。

 と、振り向いた今野さんと目があった。

「あ、ソーマくん、倉くん、今日も部活? 頑張ってね!」

 先に俺の名前が呼ばれただけで、なんでこんなに気持ちが良いのだろう。

 思わず口元を緩ませていると、倉が、

「今度、練習試合があるから、武藤に誘ってもらって見学にくるといい」

 さわやかに言った。

「なにそれ~! もう、倉くん、自分で誘うのはダメっていうのを律儀に守っていて偉すぎる~(笑)」

 今野さんは大ウケだ。しまった、くだらない優越感に浸っている間に、倉に良い場面を取られた。俺がちゃんと誘いたかったのに。

「……というわけで、日曜、良かったら。……みんなで」

 3人娘が揃っているところで今野さんだけを招待するのも変かと思い、まとめて声を掛けた。

「うん! ぜひ!」

 今野さんの笑顔。これさえあれば、俺は生きていける。



 あっという間に試合当日になった。

 緊張の面持ちで道場に向かっていると、謎の女の子達に呼び止められた。

「あの……これ、良かったら使って下さい」

 そう言いながら、それぞれがスポーツドリンクやタオルを渡してくる。

「試合は観られないけれど……応援しています! 頑張って下さいね!」

「え……? あ、うん……」

 気圧されながら答える俺。

「やったー!成功!」「相変わらず無口でクール!」とはしゃぎながら去っていく女の子たちの背中を、ぼーっと見送る。

 あれは……俺のファンか。

 どこからか練習試合だと聞きつけたのか。これが、差し入れか。

 慣れない経験に、上手く反応ができなかった。

 棒立ちの俺に、今野さんと紅谷、羽原の三人娘がかけよってきた。

「来たよ~☆」

 ダブルピースであざと可愛いポーズを決める紅谷。

「中に入れない女の子たちに、恨まれないといいんだけど」

「そんな怖いこと言わないでよ美鳥!」

 紅谷と羽原の会話をよそに、今野さんがなにやら包みを俺に差し出してきた。

「これ、お弁当。作ってきたの。良かったら食べて」

「うわ、ありがとう!」

 手作り弁当の差し入れなんて、本当に嬉しい。これにはナチュラルにお礼の言葉が出てきた。部活を続けていて良かった。

 ただ、今野さんのもう一方の手には、もうひとつ別の包みがあった。

「はい、倉くんにも……ってそれどうしたの?」

「差し入れだと言われた」

 気付くと、倉が、ひくほど大量のタオルとスポーツドリンクと何かの包みを抱えて横に立っていた。彼のファンの女の子たちからだろう。俺の何倍だ? マジでこいつは剣道部のアイドルだなあ。

「あ、もしかしてお弁当とか迷惑かな……? だったらこっちで処理するから」

「いや、俺はいくらでも食べられるから大丈夫だ。もし無理そうだったら、武藤に協力させる」

「お、おう」

 急にふられて、微妙な返事をしてしまう俺。慌ててつけくわえる。

「いや俺も、今野さんのお弁当ならいくらでも食べられるから」

「ふふっ。二人とも無理しないでね?」

 相変わらず、今野さんのヒロイン的スルースキルが発動していた。



 控え室で、深呼吸をする。

 緊張がとまらない。今野さんに良いところを見せるべく、練習を積んできたのに。

 ここ最近は特に気合いを入れて、家でも素振りや踏み込みをひたすら続けた。そういう繰り返し動作は、実は嫌いじゃないし。

 あとは……今の俺に天から与えられた運動神経と、ヒーロー力を信じるんだ。

 貰ったお弁当を見つめながら、もう一度深呼吸する。

「武藤はもう着替え終わったのか。ってもう食べてるのか?」

「い、いや、味見だよ味見!」

 つい我慢しきれずにつまみ食いしているところを、倉に見つかった。

「美味い?」

 美味いなんてもんじゃない。特に、お弁当に最適化されたチーズ入りオムレツは、もう神の域に差し掛かっていると言っていいだろう。

 今野さんの探求力に感服する。彼女の努力を思う。

 ……俺も、頑張ろう。

 気合いを入れ直し、面と竹刀を持つ。

「おい、武藤。そのピアス、外せよ」

「……あ」

 すっかり忘れていた。俺の耳には謎のピアスがついているんだ。その軟骨部分についた、留め具もなにもないピアスのようなものを触りながら、

「これは……。外そうとしてみたことがあるけど、無理なんだよ」

「もしかして今まで面をつけてるときも、いつもつけてたのか? 出っ張ってなさそうだから、面をつけても痛くないのか。ていうか外せないってどうやってつけたんだ?」

「……覚えてない」

「え?」

 そう言うしかなかった。この世界で目覚めたときには、すでについていたのだから。

「うーん、危ないんだけど。まあ教師とかに見つからないようにしろよ」

 今野さんにせっかく観に来てもらっているのに、試合放棄なんてことになったらたまらない。

 少しでも髪の毛で隠して誤魔化す。


「一本!」

 歓声があがる。

 あがりまくった割には、簡単に綺麗な一本を取れた。さすが俺。初心者と思えないぞ、俺。

 今野さんが、俺の大好きな例の「すごい!」の顔で見てくれていることを確認する。よし!よしよし! もう一本さくっととって二本先取で勝利だ!

 相手の他校の選手は完全に焦っていて、無意味に踏み込みまくってくる。ふふん、そんなものが俺に通用するか。さらに、崩れまくりの姿勢で振り回してくる。そんなのが決まるか……あれ?

 相手の竹刀が俺の耳のあたりに当たり、面が押されてピアスに強い衝撃が加わった。




 ここは……?

 視界がぼんやりとしている。

 ああ、眼鏡がずれているんだ。

 眼鏡が? 度は入っていないから、かけてもかけなくても変わらないはずなのに?

 大体、面をつけるときに邪魔だから外したはずだ。

 自分の身体をよく見ると、胴着ではなく制服を着ていた。

 眼鏡を直し、周囲を見回す。見なれた学校の教室。

 そして……ちょっとギャルゲーっぽい派手な制服が浮いている、フツーの顔の生徒たち。

「どうしたんだ、武藤? 大丈夫か? 急に倒れて」

 この声は、木南だ。俺のリアル世界での数少ない友達、木南一彦。

 そして、その顔は。

 見て、絶望する。

 慣れ親しんだ顔だ。でも。

 自分の顔を確かめる勇気はない。起き上がり、外に出る。

「おい! 武藤!」

 ここから一刻も早く逃げ出したい。

 入り口にある、「3年」の文字が目の端に入る。

 見たくない情報を直視しないようにしながら、廊下を走り抜ける。階段を駆け下りていると、踊り場に、変わらない美貌の女生徒がいた。

「うば……らっ!」

 きょとんとしている彼女の袖をつかむ。

「羽原!」

 彼女の顔色が恐怖のものに変わり、俺の腕を払う。

 当然だ。今の俺は、彼女にとっては、ただの「よく知らないクラスメイト」だ。そんな男に突然すがりつかれたのだから。

 体勢を崩し、壁にぶつかり、耳を打つ。頭がくらくらする。

 遠のく意識の中、男子生徒の声が聞こえた。

「ウバラって?」


「……くん! ソーマくん!」

 目を開けると、心配そうな今野さんの顔がそこにあった。

 俺は、道場の隅にひかれたマットの上に横たわっていた。

「良かった~。気がついた……」

 安堵の表情で、両手で俺の手を握りしめる今野さん。その柔らかい手を握り返す。

「良かった……良かった……今野さんがいてくれて……」

「……ソーマくん?」

 今野さんのいる世界。

 こらえきれずに一筋の涙を流した俺を、彼女は不思議そうに見つめていた。

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