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水着イベント/前編

「なにそれー! もー! 宗形くんおもしろーい」

 夏休みも近づいた土曜の昼過ぎ、場所はシャレオツなハワイアンカフェ。俺は宗形と共に、よく知らない女の子ふたりと対峙していた。

 いわゆるダブルデート的なやつ……のようだ。

 宗形曰く、

「1対1だと重いだろ? だから複数で出かける方がいいんだけど、顔面偏差値が同じくらいのやつじゃないとまた盛り上がりに問題があってさあ」

 らしい。よくわからない。

 女子達はそれなりに可愛い。見目がよい男女2対2で談話。はたから見れば、もう、リア充としかいいようがない状況だろう。リアル世界の自分が、苦虫を噛み潰したような表情で睨んでくるのが見えるようだ。

 でも、知らない女の子と何を話して良いのかわからない。

 彼女らの話も、特に面白くもない。もっとギャルゲーの女の子達みたいに、つっこみがいのある漫才みたいなボケた話をずっとしたりして俺を楽しませてくれないかなあ。キャラが立ってないんだよ、キャラが。

 そうやって上手く会話に入り込めないまま、俺は、皆でシェアしたパンケーキの上にもったりと鎮座した甘ったるいクリームを眺めていた。俺には持てあますな。クリームも、女の子も。

 ここにいるのが、今野さんだったら良かったのに。


 別れ際、女の子の一人がこう言った。

「武藤くんてさ~、観賞用だね」

 期待はずれというニュアンスがありありと感じられる口調と表情に、カチンとくる。

 俺だってお前らといて別に楽しくなかったぞ!

 しかしそれは口には出さずに、引きつった笑顔で去っていく女の子たちを見送った。空気を読んだわけではなくて、小心者だからだ。

「なんか無理矢理付き合わせたみたいでごめんな?」

「いやそんなことは」

 宗形に謝られると、それはそれで申し訳ない。実際、興味があって来たわけだし。そして、場を盛り上げることには全く役に立たなかったわけだし。

「ムトーも俺が必要なときには呼んでくれよ! 利用してくれ!」

 ああ。本当に宗形は良い奴だ。



 それから2週間後。

 俺たちは、海にいた。

 海だ。夏の海。夏休みに、海。ひきこもりゲームオタをやっていた身として、もうリアルでは何年も縁のなかった場所だ。

 混雑具合はそこそこ、うるさい音楽もかかっていない、まったりとした海。横にいるのは、宗形と倉。そして、まだ着替えから戻ってきていないが、紅谷と羽原と今野さんも一緒に来ている。

 こーこーせーが、男女3対3で海。

 なんだこのリア充度は。誰かに爆発させられなくても、この自分の中で処理を仕切れない感情で自発的に爆発しそうだ。

 今野さんとの初めてのおでかけが、まさかの水着イベント。

 宗形を利用して、今野さんたちとダブルデート的なものをしようとした結果がこれだ。俺には宗形のリア充思考は手に負えなかった。

「ようし、泳ぐぞー!」 

 倉はそう言って張り切って準備運動をしている。女の子たちはどうでもいいのだろうか。

 それにしても、部活でもよく見ているけど、上半身の筋肉の発達の仕方がかっこよすぎて、男でも惚れそうだ。

「ちょっとー。ソーマ。水着ギャルたちが到着前に、男の裸に夢中ですかー?」

「い、いや違う!」

 振り返ると、貝殻の柄(流行りらしい)のビキニに身を包んだ紅谷がそこにいた。今まで気付かなかったが、結構胸もあるし、足とかちょっと太めでえろい。俺は、初めて紅谷にどきっとした。

「待ったかな?」

 その後ろには羽原。ラッシュガード的なものを着て、上半身は全て隠れている。その下からモデルのようなすらっとした長い足を晒しているが、相変わらず綺麗すぎていまいち性を感じさせない。

「遅くてごめんね~!」

 さらにその後ろには……今野さんだ。胸元がフリルで飾られた小花柄の女の子らしいビキニに、白いパーカーを羽織っている。細めの身体。完全幼児体型かと思いきや、慎ましく主張する胸とくびれ。白い肌。

 可愛い。天使だ……! 

 天使が海に降臨した!! 天使発生警報!! 

 ドキドキが俺のキャパを超えて爆発しそうなので、倉の背筋に目をやる。落ち着く。もう一度横目でちらっと今野さんを見る。またドキドキしすぎて、吐きそうになる。倉の背筋を見る。落ち着く。倉が俺に気付く。

 何をやってるんだ俺は。

 

 波打ち際で、今野さんと羽原がはしゃいでいる。それを眺めている、レジャーシートに体育座りをしている、荷物番の俺。

 このくらいの距離がちょうどいいな。ぼんやりと見ているだけで何時間でも過ごせそうだ。

 幸せだ。

「紅谷ちゃんは?」

 宗形が帰ってきた。髪も睫毛もなにもかも濡れて、まさに水もしたたるいい男状態だ。

「飲み物を買いに行くと言っていたけど……。そういえば遅いな」

「心配だな。ムトー、探してきてくれないか? 倉はどっか遠くまで泳ぎにいっちゃったし、俺、今ちょっと疲れててさ。荷物番交代!」

 宗形と倉が泳ぎでひと勝負して女子にキャーキャー言われていたのも見ていたので、宗形の頼みに従うことにする。

 海の家もろくにないビーチで、売店までは距離があるが、紅谷はすぐに見つかった。

 ただ……チャラい男に絡まれていた。

「私、連れいるし! ほんとめーわくなんですけど!」

「こんな可愛い子をほっとくやつなんてどーでもいいじゃん~」

 なんてわかりやすいシチュエーションなんだ。

 プリン金髪にサングラスをのせた、アロハシャツ姿の日焼けした男。絶対に関わりたくない人種だ。

 どうしよう。宗形を呼んでくるか。

 そんなことを思っていると、チャラ男が紅谷の肩をつかんだ。

 まずい。いったん帰っている場合じゃない。とりあえず止めなきゃ。

 近づき、おそるおそる声をかける。

「あの……」

「ソーマ!」

 嬉しそうな声をあげる紅谷。

「こいつが連れか……!……よ……」

 チャラ男は威勢良く声を荒げながらガンをつけてきたが、一瞬でトーンダウンした。

「……ちっ……」

 去っていく。なんだったんだ。

「あ、ありがとう、ソーマ! 助かったー! しつこくってさ~!」

「いや……。ていうか何も言っていないのに……」

「そりゃソーマがカッコイイからだよ! イケメンだし、身体も鍛えてあるし~。敵わないって思われたんだね~」

 そう言って紅谷は、いつもなら制服をひっぱってくるところだろうが、俺の二の腕に直接手を添えてきた。肌と肌の感覚にどきっとする。顔を見ると、言葉の軽さに反して、本当にほっとしているようだった。

 やばい。紅谷が可愛いぞ。


 女子三人組が、ちらちらとこちらを見ながら小声で話している。

「へえ……武藤くんが……」

「良かったね~……」

 紅谷メモの俺情報は、無事に良い方向にアップデートされたようだ。俺自身は特に何もやっていないのにな。

「武藤くんてさー、観賞用だよねー」

 あの女の子たちの言葉が、頭の中でリフレインする。イケメンは、鑑賞用だけではなく、強い武器にもなるのだぞと言ってやりたかった。

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