誕生日
紅谷のイケメン調査メモに、「残念系」と雑に分類されてしまっていた俺、武藤蒼馬。
せっかくイケメンになれてもこれだ。他にどんなことが書かれているのかは、恐ろしくて聞けなかった。今野さんに流出する前に、少しはまともな情報にしなければならないな。それとも既に知られているのだろうか?
クラスではぎりぎりなんとかまだ「無口でクールなイケメン」ポジションをキープしているが、そろそろずり落ちそうで怖い。虚像にしがみつくなんて無意味なことかもしれないけど、出来る限りちやほやされたい。
最近俺は、だて眼鏡をかけ始めた。挙動不審な目線を少しでも誤魔化せないかと思ったからだ。
久々の眼鏡の感覚。リアル世界では、視力矯正という目的の他に、「ここ! ここに目! あるから!」とばかりにしょぼい目の存在をアピールするためにかけていたという事実を思い出すと、ちょっと切ない。
「やだ、似合う……!」
「かっこいいよね……!」
聞こえてくる女子の評判も上々だ。度の入っていないレンズを光らせながらほくそ笑む。
イケ眼鏡枠には古波鮫委員長という先人がいるが、彼は銀縁、俺は黒のプラフレームだから差別化は出来ているだろう。キャラかぶりはギャルゲーマーの魂が許さない(キリッ)。
6月も下旬となった午後の教室。
窓の外には、どんよりとした空が広がっている。
俺は自分の席から、いつも通り横目でちらちらと今野さんを観察していた。
「むーしーあーつーいー。クーラー解禁まだー?」
椅子にだらしなく座って、下敷きで風を自分に送る紅谷。今日はそのふわふわの茶髪をサイドでひとつにまとめている。
羽原も今日は珍しく髪の毛をくくっている。白いうなじが色っぽくて、ちょっとどきっとする。
今野さんはいつも通りのボブカットだ。髪をいじりながら、ため息をつく彼女。
「美鳥ちゃんの髪はいつもさらさらでいいなあ~。湿度で髪が爆発しちゃって大変なんだよ」
「まっすぐ過ぎてつまらないわよ。クセをつけたアレンジが難しいもの」
「贅沢者~」
今野さんの髪は湿度に弱いのか。そんなにひどいことになっているようには見えないけれど。とりあえず、「今野さん可愛いメモ」に記録する。
スマホから目をあげたところで、振り向いた羽原と目が合った。
しまった。観察しているのがばれたか?
彼女はそのままじっとこちらを見ている。
羽原に見つめられるのは苦手だ。リアル世界にもいた彼女は、本当の俺を知っているような気がしてしまう。お前の姿はそれではない、もっとしょぼくれていただろうと見透かされている気がする。
あの、同じ空間にいながら、自分と縁のない世界にいた、笑っている彼女の姿が脳裏に浮かぶ。
俺は慌てて眼鏡のずれを直すフリをしながら、手で羽原の視線を遮った。
「ソーマ! 一筆お願い出来る~?」
放課後、部活に行く支度をしていると、紅谷と羽原がやってきて小さなカードを渡してきた。
「なにを?」
なんだそのやたら馴れ馴れしい呼び方は、と思いつつ、スカラップにカットされたパステルカラーのカードをしげしげと眺める俺。
「璃子の誕生日おめでとうカードだよ☆」
「最初は私たちだけで良いかな?と思ったけど、やっぱりたくさんの人に書いて貰おうかと思って」
羽原が説明を加え、お願いね、と俺の後ろの席の宗形にも一枚渡す。
って。誕生日って。
「今野さん、もうすぐ誕生日なのか?」
「そう。明日。だから、明日の朝回収するから、家で書いてきてくれると助かる」
明日!?
おいおいおい!
「誕生日」なんて重要なイベント、もっと早く知りたかったよ!
今すぐ早急に準備をしないと!
部活をサボることも考えたが、倉に見つかって逃げ損ねた。(ふぁっきゅー倉!)
だが、全く身の入ってない様子を先輩に叱られ、「そ……それどころじゃなくて……」とぐずぐずしていたら、何か大変な心配事を抱えていると勘違いした倉にかばわれ、結局早退することになった。(さんきゅー倉!)
今野さんに、最高の誕生日プレゼントを用意しなければならない。いったい何が良いのか。
選択肢! 選択肢をくれ! 三択なら俺のギャルゲー経験値をもってすれば外すことはない!
神よ! 俺に選択肢を!
脳内で叫ぶも、答えはどこからもこなかった。
俺はプレイヤーキャラ側ではないのだ。選択肢は、今野さんにしか与えられないのだ。自分でどうにかするしかない。
頭の中のギャルゲーメモリーから、出来る限りのロマンチックシチュエーションを探る。
子供の頃の約束のアイテムを……。そんなものはない!
思い出の場所に連れて行く……。そんな場所はない!
そうだ、花だ! 花束……ってどこでそんなの渡すんだよ!
焦りながら、駅ビルの女性向けフロアに駆け込んだ。
周囲にはおそらく”可愛い”だろうものがたくさん並んでいる。
あまりに膨大すぎて脳が処理できない。ゲームのアイテム屋に並んでいる程度の数なら、「これは誰々用だろう」とヒロイン達に合わせて推測して選択出来るのに。
なにかプレゼントのヒントはなかったか。
今野さんの挙動を思い出す。「今野さん可愛いメモ」を起動する。
彼女の趣味はなんだ。彼女は何が好きなんだ。
料理が好き……つまり、キッチンで使うアイテムか!
ポーズを決めつつ手渡しながら、「これで俺のために料理を作ってくれよ☆☆」とイケメンスマイル&ウインクで完璧か!
「素敵! ありがとう! やっぱり武藤くん本命で行くしかないな☆」
……いや、実際そこまで仲良くもないよな。単なるクラスメイトの男子から、いきなり調理道具はキモくないか? それとも、イケメンなら許されるのか? どうなんだ? 相変わらずイケメン歴が浅いことがわざわいして、このあたりの判断がまだつかない俺だ。
でも実際に俺は彼女の手料理を食べたことがあるわけだし、それ関連なら……。
「究極で至高の、伝説のチーズ入りオムレツのレシピだよ!」(withイケメンスマイル)
「最高! 璃子、感激! 武藤ルート決定☆」
って、そんないかにもゲームアイテムみたいなものもないだろ!!
たまごやチーズの形をしたストラップとかなら、あまり重たくなくていいだろうか? でもそれではネタ度が高くて、俺の好意を伝えるには弱いかもしれない。
羽原が宗形にもカードを渡していたことを思い出す。
俺は、宗形たちを出し抜きたいんだ。さりげなく、気が利いていて、今野さんを理解していて、女の子を女の子として扱うプレゼントがいい。
お世辞じゃなくて、「ありがとう」って言って貰いたい。
知恵熱が出そうだ。
こんなに人の気持ちを考えたのは初めてかもしれない。
ふらふらと店内を回っていると、アクセサリーのコーナーにいた。
付き合ってもいないのに、指輪なんてあげたらおかしいかな。ギャルゲーの主人公ならキモがられることはない気がするけど、乙女ゲーの男どもはどうしてるんだろう? イケメンならアクセサリーのひとつやふたつ、女友達にもあげることが出来るのだろうか?
ネックレス、指輪と見て、ヘアアクセサリーの棚が目に止まった。
「湿度で髪が爆発しちゃって大変なんだよ」
そうだ。今野さんはそう言っていた。髪の毛! 髪の毛をとめるやつがいい。
どれがいいかな。女の子はやっぱりリボンだ。
赤いリボンがついた髪留めを手に取り、今野さんがつけているところを想像する。
うん、これだ。これがいい。絶対似合う。
「武藤くん?」
知っている声がして振り返ると、見なれた美人がいた。
「羽原さん!? なんでここに」
「誕生日プレゼントを探して。……もしかして、武藤くんも?」
「えっ ちが……いや……ちがくないか……」
手にリボンを持って否定しても、余計怪しい。観念して認める。
なぜ学校の最寄り駅で買い物をしてしまったのか。あまりに焦っていて、知り合いに会う可能性を考えていなかった。
「ふうん。優しいんだ。……赤い……リボンのヘアクリップ?」
ただでさえ苦手な羽原のまなざしに、査定されているようでドキドキする。
「いいんじゃない?」
「だ、だよな、今野さんに似合うよな。じゃ、じゃあ俺、会計してくるから」
羽原の反応にちょっとほっとしたのち、俺は逃げるようにその場を離れた。
「イケメンでスペックも高いのに、どういう人生を歩んできたのかなぜか色々と不器用な男の子が、慣れない中、一生懸命に女の子らしいと思うものを選んだって感じがたまらないって人もいるだろうし」
去る背中にぼそっと何か言われた気もしたけれど、よく聞こえなかった。
今野さんにプレゼントを渡す計画を夜通しかけて綿密に緻密に立てたものの、そうそうことは上手く運ばず、もう下駄箱にでもこっそり入れておこうかとストーカー気質が炸裂しそうになったが、羽原が気を利かせてくれて、放課後になんとか今野さんと二人きりになれた。羽原に買い物を見られてしまったことが、いい方に働いた。
「今野さん、た、誕生日……」
「あっカードありがとうね! 美鳥ちゃんたちから貰ったよ」
「あ、うん。でも、こ、これも……」
プレゼントを押しつけるように渡して、反応も確かめずに去った。何をやっているんだ。
それでも次の日登校して、今野さんの頭にリボンを見つけると、天にも昇る心地になった。こちらを見て微笑んでくれた今野さんは、天使としか言いようがなかった。
宗形を始めとするイケメンたちは、結局、カード計画に参加しただけだったようだ。肩すかしを食らったような気分でもあるが、彼らと今野さんの交流はまだあまり進んでいないのだろう。これは確実に一歩リード出来たのではないだろうか。
一人で廊下を歩いている羽原を見つけ、呼び止めて小さな包みを渡した。
「これ。羽原さんに。助かったから」
「助かった? ああ……。大変ね。武藤くんファンの女の子に見つからないように女友達にプレゼントを渡すのも」
単に人前でプレゼントを渡すのは恥ずかしかっただけなのだが、そう言われて、自分で女子ファンを減らす行動をしかけていたことに気付いて冷や汗をかく。不特定多数にちやほやされることと恋愛の両立は、俺の手に余るのかもしれない。
小袋の中身の小さな紺色のリボンのついたヘアゴムを確認した羽原は、あきれた顔をした。
「このグログランリボンとデザイン……璃子にあげたのとほとんど同じじゃない?」
「大きさも色も違うし、ゴムだし」
俺でもアホだと思うが、バカのひとつ覚えのように似たようなものを買ってしまったのだ。せっかく必死で好きな女の子のために考えたのに、他の女の子にもあげてどうするんだ。
でももう、女の子へのプレゼントを考える力は使い切ってしまって、これっぽっちも残っていなかった。
羽原は、髪をまとめてつかんでみせながら「使わせて貰うわ、ありがとう」と言った。
ちらりと見えた首筋に、またどきりとする。
「本当は私も、最近、誕生日だったの」
熱い。暑い。夏が来る。