海に消えた剣と恋
長岡更紗様主催『長岡ブッ刺せ企画』参加作品となります。
ジャンル: ①異世界恋愛
要素: ①泣ける ②胸苦しい ④別れ ⑫ちゅー ⑬切ない
展開: ④恋人同士or好きなのに敵対する展開。
タグ:騎士・女騎士・ほろ苦い・悲恋・葛藤・懊悩・別れ・すれ違い
普段書かないジャンルに挑戦してみました。
刺さりますように!
「フォミノ!」
「レブラ。遅かったな」
海にせり出した崖の上。
赤髪の女騎士レブラの怒声をあざ笑うように、青髪の騎士フォミノはにこやかに手を振る。
「屋敷にいたお前の仲間は全て捕らえた! 何故こんな馬鹿な事をした!」
「こんな事?」
怒りに震えるレブラが、間合いを詰めて斬りかかる。
大上段からの攻撃を、フォミノは剣を滑らせるようにしていなす。
「反乱などと何を血迷った! お前と私は里を追われ、この国に拾われた! その恩義を忘れたのか!」
怒りの声と共に力任せに剣を振るうレブラ。
フォミノはその一つ一つを丁寧に捌く。
「恩義? くくっ、馬鹿な事を」
「何!?」
からかうような言葉に動揺した一瞬、レブラは斬撃を弾かれ、数歩間合いを開ける。
「俺達は所詮異種族。信頼などされてはいなかった」
「そんな事はない! 私もお前も騎士として認められ、頼られていた!」
再び斬りかかるレブラ。
しかしフォミノは薄笑いを消さない。
「その信頼とやらの結果、俺達はあちらの戦場こちらの戦場と好きに使われた」
「ち、違う! そんな事、そんな事は……!」
「しかも相当の戦果を挙げたにも関わらず、未だに俺達を将軍職に就かせない。これが差別でなくて何だ?」
「くっ、それは……」
レブラの勢いが弱まり、フォミノが攻勢に転じる。
受け止めた剣がかみ合い、鍔迫り合いの形になる。
「俺につけレブラ。こんな差別だらけの中で奴らのために戦う必要などない」
「わ、私に国を裏切れと言うのか!?」
「そうだ。今お前が捕らえさせた奴らなど、元々当てにしてはいない。軽く国への不満を煽っただけで裏切るような奴らだ。だがお前は違う」
「何!?」
「お前は同胞だ。同じ血の流れる、この国で二人きりの仲間だ。お前とならどこまでも戦える。王を倒し、貴族を廃し、全てを支配しようではないか」
「……」
言葉と共に押し込まれる剣。
それをレブラは強く、強く弾き返した。
「……フォミノ、お前は私よりはるかに頭がいい。お前の言っている事も真実なのだろう」
「……」
「だけど私はこの国の人達が好きだ! 縁もゆかりもない私達にパンをくれたイェーナおばちゃん! 住み込みの仕事を紹介してくれたセラドンおじさん! 騎士としての道を示してくれたヒース伯爵! 私達の忠誠を受け取ってくださったヒーザー陛下! みんなみんな大好きだ!」
「……」
「そのみんなをお前と一緒に守っていきたいんだ! 私はお前といられるなら、どんな戦場でも戦える! 罰なら一緒に受ける! だからフォミノ! 剣を納めてくれ!」
必死の言葉。祈るように見つめるレブラ。
しかしフォミノは剣を手放す様子はない。
「……ならば仕方ないな」
「!」
フォミノの凄まじい殺気に、レブラは剣を構え直す。
今までの打ち合いが本気でない事は、レブラにはわかっていた。
だからこそ、まだ説得の目があるかもと期待していたのだ。
だがフォミノが本気になった。
こうなっては手加減などできない。
すれば死ぬ。
それだけは明らかだった。
「俺とてお前を失いたくはないからな。脚を切り落とし、永遠に俺の側で愛でてやろう」
「……フォミノ!」
「安心しろ。奴らを奴隷とすれば、お前に何の不自由もさせん」
「っ!」
地面を蹴ったフォミノが猛然と迫る。
勢いに乗った一撃を払うも、その勢いのまま一回転した剣が再びレブラを襲う。
半歩引いてかわすとフォミノは瞬時に剣を引き、刺突を繰り出した。
紙一重でかわし、レブラは胴への一撃を振るう。
しかし無理な体勢からの攻撃は簡単に剣で止められた。
(強い……! だが何故だ!? 何故当たらない!?)
フォミノの強さは、レブラが誰よりも知っていた。
木剣での模擬戦では、五分が怪しい勝率だった。
勝った時も、腕や脚を掠めた攻撃がアザを作ったものだった。
それが掠りもしないのは、明らかに不自然だった。
(何を狙っている……!?)
火花を散らす斬撃。
それは騎士として、剣を振るう者として、この上なく充実した時間。
これが不本意な命のやりとりではなく、純粋な勝負であったなら。
「レブラ様! こちらは全て捕らえました!」
「加勢いたし……!?」
レブラに屋敷の制圧を任されていた兵士達が、二人の戦う裏庭に流れ込んできた。
しかし二人の鬼気迫る戦いに、割って入れる者などいなかった。
「!」
これまでの鋭さとは一転、ふわりとした上段からの斬り下ろし。
反射的に弾いたレブラの手には軽い感触。
(剣を、手放した!?)
そのまま両手を広げて間合いを詰めてくるフォミノ。
(組み打ちか!)
すかさず剣を引き、牽制のために腰だめに構える。
こうすれば間合いで劣るフォミノは引くしかない。
はずだった。
「え」
ずぶり。
濡れた音を立てて、レブラの剣先はフォミノの腹に吸い込まれた。
「フォ、フォミノ……?」
「……これで、いい。これで、お前が、反乱を鎮めた、英雄だ……」
「な、何を言って……?」
更に一歩踏み込むフォミノ。
剣先が背から生えた。
「……国を、害そうとする、ダニどもは、あらかたこれで、潰えた、だろう……。この手柄で、お前は、将軍だ……。危険な、任務は、もうない……」
「まさかフォミノ、お前……!」
「……これで、いい……。同胞を、斬ってまで、見せた、お前の忠誠を、疑える、者など、いない……。お前は、この国で、幸せに……」
「ふざけるな! フォミノ! おま、ん……!?」
真意を知り、怒るレブラの唇を、フォミノが優しくふさいだ。
永遠のような刹那。
信じられないものを見る目で、レブラは離れていくフォミノの顔を見つめた。
「……フォミノ……?」
「……これくらいの、餞別は、いいだろう……? では、な……」
腹に剣を生やしたまま。
それでも愛する者の幸せを心から願う笑顔で。
フォミノは海へと落ちていった。
「……うそ……。嘘だろ、フォミノ……。うそ……」
がくりと膝をつくレブラ。
しかし遠巻きに見ていた兵士達には、激闘の末に敵の首魁を討ち果たしたようにしか見えなかった。
湧き上がる歓声。
荒れ狂う称賛。
レブラには何も聞こえなかった。
何も見えなかった。
ただただ、フォミノの笑顔と声だけが、何度も何度も繰り返されるだけだった……。
この反乱阻止の功績で、レブラは将軍となった。
その後も国のために意欲的に働き、国王からも騎士団からも、そして庶民からも信頼され、愛された。
歴代最高の将軍と称えられた彼女の、唯一の欠点を挙げるとするならば、数多の求愛を一切受け付けなかった事だろうか。
人々は知らない。
ごく稀に見せる、己の半身を失ったような悲しげな表情の理由も、彼女の恋が愛用の剣と共に海に消えた事も……。
読了ありがとうございます!
普段はハッピーなエンドしか書いてないので、なかなかに難しかったです。
ちなみにこれ、とある昔話をベースに書いてます。
分かった人は僕と握手!
長岡様の琴線に掠りでもすればありがたいです!