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異端認定

 赤銅色の世界に再び足を踏み入れて一日半。


 ハジメ達は、砂埃を盛大に巻き上げつつ魔力駆動四輪を駆りながら一路【アンカジ公国】を目指していた。本来の目的地は、【ハルツィナ樹海】ではあるのだが、香織が、再生魔法を使えば【アンカジ公国】のオアシスを元に戻せるのかもしれない、是非試してみたいと提案したためだ。


 再生魔法は、文字通り、あらゆるものを〝元に戻す〟という効果がある。なので、回復魔法による浄化の効かない汚染されたオアシスでも、元に戻せるはずと踏んだ。


 ちょうど通り道であるし、前回は名物のフルーツを食する暇もなかったことから、ハジメ達も特に反対する理由はなく、香織の提案に乗ることにした。


 そして、現在、アンカジの入場門が見え始めたところなのだが、何やら前回来た時と違って随分と行列が出来ていた。大きな荷馬車が数多く並んでおり、雰囲気からして、どうも商人の行列のようだ。


「随分と大規模な隊商だな……」

「……ん、時間かかりそう」

「多分、物資を運び込んでいるんじゃないかな?」


 香織の推測通り、長蛇の列を作っているのは、【アンカジ公国】が【ハイリヒ王国】に救援依頼をし、要請に応えてやって来た救援物資運搬部隊に便乗した商人達である。王国側の救援部隊は、当然の如く先に通されており、今見えている隊商も、よほどアコギな商売でもしない限り、アンカジ側は全て受け入れているようだ。


 何せ、水源がやられてしまったので、既に収穫して備蓄していたもの以外、作物類も安全のため廃棄処分にする必要があり、水以外に食料も大量に必要としていたのだ。相手を選んでいる余裕はないのである。


 ハジメは、吹き荒ぶ砂と砂漠の暑さに辟易した様子で順番待ちをする隊商を尻目に、四輪を操作して直接入場門まで突入した。順番待ちする気ゼロである。


 突然、脇を走り抜けていく黒い物体に隊商の人達がギョッとしたように身を竦めた。「すわっ、魔物か!?」などと内心で叫んでいることだろう。それは、門番も同じようで砂煙を上げながら接近してくる四輪に武器を構えて警戒心と恐怖を織り交ぜた険しい視線を向けている。


 しかし、にわかに騒がしくなった門前を訝しんで奥の詰所から現れた他の兵士が四輪を目にした途端、何かに気がついたようにハッと目を見開き、誰何と警告を発する同僚を諌めて、武器も持たずに出迎えに進み出てきた。更に、他の兵士に指示して伝令に走らせたようである。


 ハジメ達は、門前まで来ると周囲の注目を無視して四輪から降車した。周囲の人々は、いつも通り、ユエ達の美貌に目を奪われ、次いで、〝宝物庫〟に収納されて消えたように見える四輪に瞠目している。


「ああ、やはり使徒様方でしたか。戻って来られたのですね」


 兵士は、香織の姿を見るとホッと胸をなで下ろした。おそらく、ビィズを連れてきた時か、ハジメ達が【グリューエン大火山】に〝静因石〟を取りに行く時に四輪を見たことがあったのだろう。


 そして、それが、〝神の使徒〟の一人としてアンカジで知れ渡っている香織の乗り物であると認識していたようだ。概ね間違ってはいないので特に訂正はしないハジメ達。知名度は香織が一番なので、代表して前に出る。


「はい。実は、オアシスを浄化できるかもしれない術を手に入れたので試しに来ました。領主様に話を通しておきたいのですが……」

「オアシスを!? それは本当ですかっ!?」

「は、はい。あくまで可能性が高いというだけですが……」

「いえ、流石は使徒様です。と、こんなところで失礼しました。既に、領主様には伝令を送りました。入れ違いになってもいけませんから、待合室にご案内します。使徒様の来訪が伝われば、領主様も直ぐにやって来られるでしょう」


 やはり、国を救ってもらったという認識なのか兵士のハジメ達を見る目には多大な敬意の色が見て取れる。VIPに対する待遇だ。ハジメ達は、好奇の視線を向けてくる商人達を尻目に、門番の案内を受けて再び【アンカジ公国】に足を踏み入れた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 領主であるランズィが息せき切ってやって来たのは、ハジメ達が待合室にやって来て十五分くらいだった。随分と早い到着である。それだけ、ランズィ達にとってハジメ達の存在は重要なのだろう。


「久しい……というほどでもないか。無事なようで何よりだ、ハジメ殿。ティオ殿に〝静因石〟を託して戻って来なかった時は本当に心配したぞ。貴殿は、既に我が公国の救世主なのだからな。礼の一つもしておらんのに勝手に死なれては困る」

「一介の冒険者に何言ってるんだよ。でもまぁ、この通りピンピンしてる。ありがとよ。それより領主、どうやら救援も無事に受けられているようだな」

「ああ。備蓄した食料と、ユエ殿が作ってくれた貯水池のおかげで十分に時間を稼げた。王国から援助の他、商人達のおかげで何とか民を飢えさせずに済んでいる」


 そう言って、少し頬がこけたランズィは穏やかに笑った。アンカジを救うため連日東奔西走していたのだろう。疲労がにじみ出ているが、その分成果は出ているようで、表情を見る限りアンカジは十分に回せていけているようだ。


「領主様。オアシスの浄化は……」

「使徒殿……いや、香織殿。オアシスは相変わらずだ。新鮮な地下水のおかげで、少しずつ自然浄化は出来ているようだが……中々進まん。このペースだと完全に浄化されるまで少なくとも半年、土壌に染み込んだ分の浄化も考えると一年は掛かると計算されておる」


 少し、憂鬱そうにそう語るランズィに、香織が今すぐ浄化できる可能性があると伝える。それを聞いたランズィの反応は劇的だった。掴みかからんばかりの勢いで「マジで!?」と唾を飛ばして確認するランズィに、香織は完全にドン引きしながらコクコクと頷く。ハジメの影に隠れる香織を見て、取り乱したと咳払いしつつ居住まいを正したランズィは、早速、浄化を頼んできた。


 元よりそのつもりだと頷き、ハジメ達一行はランズィに先導されオアシスへと向かった。


 オアシスには、全くと言っていいほど人気がない。普段は憩いの場所として大勢の人々で賑わっているのだが……そのことを思い出し、ランズィが無表情ながらも何処か寂しそうな雰囲気を漂わせている。


 オアシスの畔に立って再生魔法を行使するのは香織だ。


 再生魔法を入手したものの、相変わらずハジメとシアは適性が皆無だった。もっとも、シアの場合、まともに発動できなくてもオートリジェネのような自動回復効果があるらしく、また、意識すれば傷や魔力、体力や精神力の回復も段違いに早くなるらしい。どんどん超人化していくシア。身体強化のレベルや体重操作の熟練度も上がっているようなので、自動回復装置付きの重戦車のようになって来ている。


 一番適性が高かったのは香織で、次がティオ、その次がユエだった。ユエの場合、相変わらず、自前の固有魔法〝自動再生〟があるせいか、任意で行使する回復作用のある魔法は苦手なようだ。反対に、〝治癒師〟である香織は、回復と〝再生〟に通じるものがあるようで一際高い適性を持っており、より広範囲に効率的に行使出来るようだ。もっとも、詠唱も陣も必要な時点で、ユエの方が実戦では使えるのが悲しいところである。


 香織が詠唱を始める。長い詠唱だ。エリセン滞在中に修練して最初は七分もかかっていた魔法を今では三分に縮めている。たった一週間でそれなのだから、十二分にチートである。しかし、ユエ達がバグキャラとも言うべき存在なので、霞んでしまうのだ。本人は、既に割り切っているようだが。


 静謐さと、どこか荘厳さを感じさせる詠唱に、ランズィと彼の部下達が息を呑む。決して邪魔をしてはならない神聖な儀式のように感じたのだ。緊張感が場を支配する中、いよいよ香織の再生魔法が発動する。


「――〝絶象〟」


 瞑目したままアーティファクトの白杖を突き出し呟かれた魔法名。


 次の瞬間、前方に蛍火のような淡い光が発生し、スっと流れるようにオアシスの中央へと落ちた。すると、オアシス全体が輝きだし、淡い光の粒子が湧き上がって天へと登っていく。それは、まるでこの世の悪いものが浄化され天へと召されていくような神秘的で心に迫る光景だった。


 誰もがその光景に息をするのも忘れて見蕩れる。術の効果が終わり、オアシスを覆った神秘の輝きが空に溶けるように消えた後も、ランズィ達は、しばらく余韻に浸るように言葉もなく佇んでいた。


 少し疲れた様子で肩を揺らす香織を支えつつ、ハジメがランズィを促す。ハッと我を取り戻したランズィは、部下に命じて水質の調査をさせた。部下の男性が慌てて検知の魔法を使いオアシスを調べる。固唾を呑んで見守るランズィ達に、検知を終えた男は信じられないといった表情でゆっくりと振り返り、ポロリとこぼすように結果を報告した。


「……戻っています」

「……もう一度言ってくれ」


 ランズィの再確認の言葉に部下の男は、息を吸って、今度ははっきりと告げた。


「オアシスに異常なし! 元のオアシスです! 完全に浄化されています!」


 その瞬間、ランズィの部下達が一斉に歓声を上げた。手に持った書類やら荷物やらを宙に放り出して互いに抱き合ったり肩を叩きあって喜びをあらわにしている。ランズィも深く息を吐きながら感じ入ったように目を瞑り天を仰いでいた。


「あとは、土壌の再生だな……領主、作物は全て廃棄したのか?」

「……いや、一箇所にまとめてあるだけだ。廃棄処理にまわす人手も時間も惜しかったのでな……まさか……それも?」

「ユエとティオも加われば、いけるんじゃないか? どうだ?」

「……ん、問題ない」

「うむ。せっかく丹精込めて作ったのじゃ。全て捨てるのは不憫じゃしの。任せるが良い」


 ハジメ達の言葉に、本当に土壌も作物も復活するのだと実感し、ランズィは、胸に手を当てると、人目もはばからず深々と頭を下げた。領主がすることではないが、そうせずにはいられないほどランズィの感謝の念は深かったのだ。公国への深い愛情が、そのまま感謝の念に転化したようなものだ。


 ランズィからの礼を受けながら、早速、ハジメ達は農地地帯の方へ移動しようとした。


 だが、不意に感じた不穏な気配にその歩を止められる。視線を巡らせば、遠目に何やら殺気立った集団が肩で風を切りながら迫ってくる様子が見えた。アンカジ公国の兵士とは異なる装いの兵士が隊列を組んで一直線に向かってくる。ハジメが〝遠見〟で確認してみれば、どうやらこの町の聖教教会関係者と神殿騎士の集団のようだった。


 ハジメ達の傍までやって来た彼等は、すぐさま、ハジメ達を半円状に包囲した。そして、神殿騎士達の合間から白い豪奢な法衣を来た初老の男が進み出てきた。


 物騒な雰囲気に、ランズィが咄嗟に男とハジメ達の間に割って入る。


「ゼンゲン公……こちらへ。彼等は危険だ」

「フォルビン司教、これは一体何事か。彼等が危険? 二度に渡り、我が公国を救った英雄ですぞ? 彼等への無礼は、アンカジの領主として見逃せませんな」


 フォルビン司教と呼ばれた初老の男は、馬鹿にするようにランズィの言葉を鼻で笑った。


「ふん、英雄? 言葉を慎みたまえ。彼等は、既に異端者認定を受けている。不用意な言葉は、貴公自身の首を絞めることになりますぞ」

「異端者認定……だと? 馬鹿な、私は何も聞いていない」


 ハジメに対する〝異端者認定〟という言葉に、ランズィが息を呑んだ。ランズィとて、聖教教会の信者だ。その意味の重さは重々承知している。それ故に、何かの間違いでは? と信じられない思いでフォルビン司教に返した。


「当然でしょうな。今朝方、届いたばかりの知らせだ。このタイミングで異端者の方からやって来るとは……クク、何とも絶妙なタイミングだと思わんかね? きっと、神が私に告げておられるのだ。神敵を滅ぼせとな……これで私も中央に……」


 最後のセリフは声が小さく聞こえなかったが、どうやらハジメが異端者認定を受けたことは本当らしいと理解し、思わず、背後のハジメを振り返るランズィ。


 しかし、当のハジメは、特に焦りも驚愕もなく、来るべき時が来たかと予想でもしていたように肩を竦めるのみだった。そして、視線で「どうするんだ?」とランズィに問いかけている。


 ハジメの視線を受けて眉間に皺を寄せるランズィに、如何にも調子に乗った様子のフォルビン司教がニヤニヤと嗤いながら口を開いた。


「さぁ、私は、これから神敵を討伐せねばならん。相当凶悪な男だという話だが、果たして神殿騎士百人を相手に、どこまで抗えるものか見ものですな。……さぁさぁ、ゼンゲン公よ、そこを退くのだ。よもや我ら教会と事を構える気ではないだろう?」


 ランズィは瞑目する。そして、ハジメの力や性格、その他あらゆる情報を考察して何となく異端者認定を受けた理由を察した。自らが管理できない巨大な力を教会は許さなかったのだろうと。


 しかし、ハジメ達の力の大きさを思えば、自殺行為に等しいその決定に、魔人族と相対する前に、ハジメ一行と戦争でもする気なのかと中央上層部の者達の正気を疑った。そして、どうにもキナ臭いと思いつつ、一番重要なことに思いを巡らせた。


 それは、ハジメ達がアンカジを救ってくれたということ。毒に侵され倒れた民を癒し、生命線というべき水を用意し、オアシスに潜む怪物を討伐し、今再び戻って公国の象徴たるオアシスすら浄化してくれた。


 この莫大な恩義に、どう報いるべきか頭を悩ましていたのはついさっきのことだ。ランズィは目を見開くと、ちょうどいい機会ではないかと口元に笑みを浮かべた。そして、黙り込んだランズィにイライラした様子のフォルビン司祭に領主たる威厳をもって、その鋭い眼光を真っ向からぶつけ、アンカジ公国領主の答えを叩きつけた。


「断る」

「……今、何といった?」


 全く予想外の言葉に、フォルビン司教の表情が面白いほど間抜け顔になる。そんなフォルビン司教の様子に、内心、聖教教会の決定に逆らうなど有り得ないことなのだから当然だろうなと苦笑いしながら、ランズィは、揺るがぬ決意で言葉を繰り返した。


「断ると言った。彼等は救国の英雄。例え、聖教教会であろうと彼等に仇なすことは私が許さん」

「なっ、なっ、き、貴様! 正気か! 教会に逆らう事がどういうことかわからんわけではないだろう! 異端者の烙印を押されたいのか!」


 ランズィの言葉に、驚愕の余り言葉を詰まらせながら怒声をあげるフォルビン司教。周囲の神殿騎士達も困惑したように顔を見合わせている。


「フォルビン司教。中央は、彼等の偉業を知らないのではないか? 彼は、この猛毒に襲われ滅亡の危機に瀕した公国を救ったのだぞ? 報告によれば、勇者一行も、ウルの町も彼に救われているというではないか……そんな相手に異端者認定? その決定の方が正気とは思えんよ。故に、ランズィ・フォウワード・ゼンゲンは、この異端者認定に異議とアンカジを救ったという新たな事実を加味しての再考を申し立てる」

「だ、黙れ! 決定事項だ! これは神のご意志だ! 逆らうことは許されん! 公よ、これ以上、その異端者を庇うのであれば、貴様も、いやアンカジそのものを異端認定することになるぞ! それでもよいのかっ!」


 どこか狂的な光を瞳に宿しながら、フォルビン司教は、とても聖職者とは思えない雰囲気で喚きたてた。それを冷めた目で見つめるランズィに、いつの間にか傍らまでやって来ていたハジメが、意外そうな表情で問いかける。


「……おい、いいのか? 王国と教会の両方と事を構えることになるぞ。領主として、その判断はどうなんだ?」


 ランズィは、ハジメの言葉には答えず事の成り行きを見守っていた部下達に視線を向けた。ハジメも、誘われるように視線を向けると、二人の視線に気がついた部下達は一瞬瞑目した後、覚悟を決めたように決然とした表情を見せた。瞳はギラリと輝いている。明らかに、「殺るなら殺ったるでぇ!」という表情だ。


 その意志をフォルビン司教も読み取ったようで、更に激高し顔を真っ赤にして最後の警告を突きつけた。


「いいのだな? 公よ、貴様はここで終わることになるぞ。いや、貴様だけではない。貴様の部下も、それに与する者も全員終わる。神罰を受け尽く滅びるのだ」

「このアンカジに、自らを救ってくれた英雄を売るような恥知らずはいない。神罰? 私が信仰する神は、そんな恥知らずをこそ裁くお方だと思っていたのだが? 司教殿の信仰する神とは異なるのかね?」


 ランズィの言葉に、怒りを通り越してしまったのか無表情になったフォルビン司教は、片手を上げて神殿騎士達に攻撃の合図を送ろうとした。


 と、その時、ヒュ! と音を立てて何かが飛来し、一人の神殿騎士のヘルメットにカン! と音を立ててぶつかった。足元を見れば、そこにあるのは小石だった。神殿騎士には何のダメージもないが、なぜこんなものが? と首を捻る。しかし、そんな疑問も束の間、石は次々と飛来し、神殿騎士達の甲冑に音を立ててぶつかっていった。


 何事かと石が飛来して来る方を見てみれば、いつの間にかアンカジの住民達が大勢集まり、神殿騎士達を包囲していた。


 彼等は、オアシスから発生した神秘的な光と、慌ただしく駆けていく神殿騎士達を見て、何事かと野次馬根性で追いかけて来た人々だ。


 彼等は、神殿騎士が、自分達を献身的に治療してくれた〝神の使徒〟たる香織や、特効薬である〝静因石〟を大迷宮に挑んでまで採ってきてくれたハジメ達を取り囲み、それを敬愛する領主が庇っている姿を見て、「教会のやつら乱心でもしたのか!」と憤慨し、敵意もあらわに少しでも力になろうと投石を始めたのである。


「やめよ! アンカジの民よ! 奴らは異端者認定を受けた神敵である! やつらの討伐は神の意志である!」


 フォルビンが、殺気立つ住民達の誤解を解こうと大声で叫ぶ。彼等はまだ、ハジメ達が異端者認定を受けていることを知らないだけで、司教たる自分が教えてやれば直ぐに静まるだろうと、フォルビンは思っていた。


 実際、聖教教会司教の言葉に、住民達は困惑をあらわにして顔を見合わせ、投石の手を止めた。


 そこへ、今度はランズィの言葉が、威厳と共に放たれる。


「我が愛すべき公国民達よ。聞け! 彼等は、たった今、我らのオアシスを浄化してくれた! 我らのオアシスが彼等の尽力で戻ってきたのだ! そして、汚染された土地も! 作物も! 全て浄化してくれるという! 彼等は、我らのアンカジを取り戻してくれたのだ! この場で多くは語れん。故に、己の心で判断せよ! 救国の英雄を、このまま殺させるか、守るか。……私は、守ることにした!」


 フォルビン司教は、「そんな言葉で、教会の威光に逆らうわけがない」と嘲笑混じりの笑みをランズィに向けようとして、次の瞬間、その表情を凍てつかせた。


カンッ! カンッ! カンッ! カンッ! カンッ! カンッ! カンッ! カンッ!


 住民達の意思が投石という形をもって示されたからだ。


「なっ、なっ……」


 再び言葉を詰まらせたフォルビン司教に住民達の言葉が叩きつけられた。


「ふざけるな! 俺達の恩人を殺らせるかよ!」

「教会は何もしてくれなかったじゃない! なのに、助けてくれた使徒様を害そうなんて正気じゃないわ!」

「何が異端者だ! お前らの方がよほど異端者だろうが!」

「きっと、異端者認定なんて何かの間違いよ!」

「香織様を守れ!」

「領主様に続け!」

「香織様、貴女にこの身を捧げますぅ!」

「おい、誰かビィズ会長を呼べ! 〝香織様にご奉仕し隊〟を出してもらうんだ!」


 どうやら、住民達はランズィと香織に深い敬愛の念を持っているらしい。信仰心を押しのけて、目の前のランズィと香織一行を守ろうと気勢をあげた。いや、きっと信仰心自体は変わらないのだろう。ただ、自分達の信仰する神が、自分達を救ってくれた〝神の使徒〟である香織を害すはずがないと信じているようだ。要するに、信仰心がフォルビン司教への信頼を上回ったということだろう。元々、信頼があったのかはわからないが……


 事態を知った住民達が、続々と集まってくる。彼等一人一人の力は当然のごとく神殿騎士には全く及ばないが、際限なく湧き上がる怒りと敵意にフォルビン司教や助祭、神殿騎士達はたじろいだ様に後退った。


「司教殿、これがアンカジの意思だ。先程の申し立て……聞いてはもらえませんかな?」

「ぬっ、ぐぅ……ただで済むとは思わないことだっ」


 歯軋りしながら最後にハジメ達を煮え滾った眼で睨みつけると、フォルビン司教は踵を返した。その後を、神殿騎士達が慌てて付いていく。フォルビン司教は激情を少しでも発散しようとしているかのように、大きな足音を立てながら教会の方へと消えていった。


「……本当によかったのか? 今更だが、俺達のことは放っておいても良かったんだぞ?」


 当事者なのに、最後まで蚊帳の外に置かれていたハジメがランズィに困ったような表情でそう告げる。香織達も、自分達のせいでアンカジが、今度は王国や教会からの危機にさらされるのでは心配顔だ。


 だが、そんなハジメ達に、ランズィは何でもないように涼しい表情で答えた。


「なに、これは〝アンカジの意思〟だ。この公国に住む者で貴殿等に感謝していない者などおらん。そんな相手を、一方的な理由で殺させたとあっては……それこそ、私の方が〝アンカジの意思〟に殺されてしまうだろう。愛すべき国でクーデターなど考えたくもないぞ」

「別に、あの程度の連中に殺されたりはしないが……」


 ランズィの言葉に、頬を掻きながらハジメがそう言うと、ランズィは我が意を得たりと笑った。


「そうだろうな。つまり君達は、教会よりも怖い存在ということだ。救国の英雄だからというのもあるがね、半分は、君達を敵に回さないためだ。信じられないような魔法をいくつも使い、未知の化け物をいとも簡単に屠り、大迷宮すらたった数日で攻略して戻ってくる。教会の威光をそよ風のように受け流し、百人の神殿騎士を歯牙にもかけない。万群を正面から叩き潰し、勇者すら追い詰めた魔物を瞬殺したという報告も入っている……いや、実に恐ろしい。父から領主を継いで結構な年月が経つが、その中でも一、二を争う英断だったと自負しているよ」


 ハジメとしては、ランズィが自分達を教会に引き渡したとしても敵対認定するつもりはなかったのだが、ランズィは万一の可能性も考えて、教会とハジメ達を天秤にかけ後者をとったのだろう。確かに、国のためとは言え、教会の威光に逆らう行為なのだ。英断と言っても過言ではないだろう。


 ハジメは、覚悟していた教会の異端認定とその結果の衝突が、いきなり自分達以外の人々によって回避されたことに何とも言えない曖昧な笑みを浮かべた。そして、わらわらと自分達の安否を気遣って集まってくるアンカジの人々と、それにオロオロしつつも嬉しそうに笑う香織達を見て、これも愛子先生が言っていた〝寂しい生き方〟をしなかった結果なのかと、そんなことを思うのだった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 教会との騒動から三日。


 農作地帯と作物の汚染を浄化したハジメ達は、輝きを取り戻したオアシスを少し高台にある場所から眺めていた。


 視線の先、キラキラと輝く湖面の周りには、笑顔と活気を取り戻した多くの人々が集っている。湖畔の草地に寝そべり、水際ではしゃぐ子供を見守る夫婦、桟橋から釣り糸を垂らす少年達、湖面に浮かべたボートで愛を語らい合う恋人達。訪れている人達は様々だが、皆一様に、笑顔で満ち満ちていた。


 ハジメ達は、今日、アンカジを発つ。当初は、汚染場所の再生さえすれば、特産のフルーツでも買ってさっさと出発するつもりだったのだが、領主一家や領主館の人々、そしてアンカジの住民達に何かと引き止められて、結局、余分に二日も過ごしてしまった。


 アンカジにおけるハジメ達への歓迎ぶりは凄まじく、放っておけば出発時に見送りパレードまでしそうな勢いだったので、ランズィに頼んで何とか抑えてもらったほどだ。見送りは領主館で終わらせてもらい、ハジメ達は、自分達だけで門近くまで来て、最後にオアシスを眺めているのである。


「なぁ、そろそろ目立つから、着替えるか、せめて上から何か羽織ってくれよ」


 ハジメは、そろそろ門に向かおうと踵を返しつつ、傍にいるユエ達にそんなことを言った。


「……ん? 飽きた?」

「え? そうなの? ハジメくん」

「いや、ユエ、香織よ。ご主人様の目はそう言っておらん。単に目立たぬようにという事じゃろう」

「まぁ、門を通るのにこの格好はないですからね~」


 シアがその場でくるりと華麗にターンを決めながら〝この格好〟と言ったのは、いわゆるベリーダンスで着るような衣装だった。チョリ・トップスを着てへそ出し、下はハーレムパンツやヤードスカートだ。非常に扇情的で、ちっちゃなおへそが眩しい。この衣装を着て踊られたりしたら目が釘付けになること請け合いだ。


 アンカジにおけるドレス衣装らしい。領主の奥方からプレゼントされたユエ達がこれを着てハジメに披露したとき、ハジメの目が一瞬、野獣になった。どうやら、ハジメはこういう衣装に非常に弱かったらしい。何せ、ユエだけでなくシアやティオ、香織にまで思わず目が釘付けになったのだから。


 今まで、ユエ以外には碌な反応をしてこなかったハジメである。味をしめたシア達は、基本的に一日中その格好でハジメに侍るようになった。当然、そうなればユエも脱ぐわけにいかず、常に、ハジメの理性を崩壊させるような衣装で魅惑的に迫った。


 結局、出発間際の今になっても、全員、エロティックな衣装のままなのである。ハジメの意外な性癖が明らかになって、その点をガンガンと積極的に突かれながら、どこか嬉しくも疲れた表情をするハジメは、どうやって、普通の服を着させようか悩みながら門に向かうのだった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 そして、アンカジを出発して二日。


 そろそろホルアドに通じる街道に差し掛かる頃、四輪を走らせるハジメ達は、賊らしき連中に襲われている隊商と遭遇した。


 そこで、ハジメと香織は、意外すぎる人物と再会することになった。





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次回は、木曜日の18時更新予定です。

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