VS 魔人族 前編
光輝達の目の前に現れた赤い髪の女魔人族は、冷ややかな笑みを口元に浮かべながら、驚きに目を見開く光輝達を観察するように見返した。
瞳の色は髪と同じ燃えるような赤色で、服装は艶のない黒一色のライダースーツのようなものを纏っている。体にピッタリと吸い付くようなデザインなので彼女の見事なボディラインが薄暗い迷宮の中でも丸分かりだった。しかも、胸元は大きく開いており、見事な双丘がこぼれ落ちそうになっている。また、前に垂れていた髪を、その特徴的な僅かに尖った耳にかける仕草が実に艶かしく、そんな場合ではないと分かっていながら幾人かの男子生徒の頬が赤く染まる。
「勇者はあんたでいいんだよね? そこのアホみたいにキラキラした鎧着ているあんたで」
「あ、アホ……う、煩い! 魔人族なんかにアホ呼ばわりされるいわれはないぞ! それより、なぜ魔人族がこんな所にいる!」
あまりと言えばあまりな物言いに軽くキレた光輝が、その勢いで驚愕から立ち直って魔人族の女に目的を問いただした。
しかし、魔人族の女は、煩そうに光輝の質問を無視すると心底面倒そうに言葉を続ける。
「はぁ~、こんなの絶対いらないだろうに……まぁ、命令だし仕方ないか……あんた、そう無闇にキラキラしたあんた。一応聞いておく。あたしらの側に来ないかい?」
「な、なに? 来ないかって……どう言う意味だ!」
「呑み込みが悪いね。そのまんまの意味だよ。勇者君を勧誘してんの。あたしら魔人族側に来ないかって。色々、優遇するよ?」
光輝達としては完全に予想外の言葉だったために、その意味を理解するのに少し時間がかかった。そして、その意味を呑み込むと、クラスメイト達は自然と光輝に注目し、光輝は、呆けた表情をキッと引き締め直すと魔人族の女を睨みつけた。
「断る! 人間族を……仲間達を……王国の人達を……裏切れなんて、よくもそんなことが言えたな! やはり、お前達魔人族は聞いていた通り邪悪な存在だ! わざわざ俺を勧誘しに来たようだが、一人でやって来るなんて愚かだったな! 多勢に無勢だ。投降しろ!」
光輝の言葉に、安心した表情をするクラスメイト達。光輝なら即行で断るだろうとは思っていたが、ほんの僅かに不安があったのは否定できない。もっとも、龍太郎や雫など幼馴染達は、欠片も心配していなかったようだが。
一方の、魔人族の女は、即行で断られたにもかかわらず「あっそ」と呟くのみで大して気にしていないようだ。むしろ、怒鳴り返す光輝の声を煩わしそうにしている。
「一応、お仲間も一緒でいいって上からは言われてるけど? それでも?」
「答えは同じだ! 何度言われても、裏切るつもりなんて一切ない!」
お仲間には相談せず代表して、やはり即行で光輝が答える。そんな勧誘を受けること自体が不愉快だとでも言うように、光輝は聖剣を起動させ光を纏わせた。これ以上の問答は無用。投降しないなら力づくでも! という意志を示す。
後ろで、永山や雫が内心で舌打ちしつつ、魔人族の女より周囲に最大限の警戒を行う。二人は、場合によっては一度、嘘をついて魔人族の女に迎合してでも場所を変えるべきだと考えていたのだが、その考えを光輝に伝える前に彼が怒り任せに答えを示してしまったので、仕方なく不測の事態に備えているのだ。
普通に考えて、いくら魔法に優れた魔人族とはいえ、こんな場所に一人で来るなんて考えられない。この階層の魔物を無傷で殲滅し、あまつさえその痕跡すら残さないなどもっと有り得ない。そんなことが出来るくらい魔人族が強いなら、はなから人間族は為すすべなく魔人族に蹂躙されていたはずだ。
それに、この階層に到達できるほどの人間族十五人を前にしても魔人族の女は全く焦っていない。戦闘の痕跡を隠蔽したことも考えれば最初に危惧した通り、ここで待ち伏せしていたのだと推測すべきで、だとしたら地の利は彼女の側にあると考えるのが妥当だ。何が起きても不思議ではない。
そんな二人の危機感は、直ぐに正しかったと証明された。
「そう。なら、もう用はないよ。あと、一応、言っておくけど……あんたの勧誘は最優先事項ってわけじゃないから、殺されないなんて甘いことは考えないことだね。ルトス、ハベル、エンキ。餌の時間だよ!」
魔人族の女が三つの名を呼ぶのと、バリンッ! という破砕音と共に、雫と永山が苦悶の声を上げて吹き飛ぶのは同時だった。
「ぐっ!?」
「がっ!?」
二人を吹き飛ばしたものの正体は不明。魔人族の女の号令と共に、突如、光輝達の左右の空間が揺らいだかと思うと、〝縮地〟もかくやという速度で〝何か〟が接近し、何の備えもせず光輝と魔人族の女のやり取りを見ていたクラスメイト達に襲いかかったのだ。
最初から、最大限の警戒網を敷いていた雫と永山はその奇襲に辛うじて気がつき、咄嗟に、狙われている生徒をかばって見えない敵に防御態勢を取ったのである。
雫は、スピードファイターであるため防御力は低い。そのため、揺らぐ空間に対して抜刀した剣と鞘を十字にクロスさせて衝撃の瞬間を見計らい自ら後方に飛ぶことで威力を殺そうとした。しかし、相手の攻撃力が想像の遥か上であったため、防御を崩され腹部を浅く裂かれた上に肺の空気を強制的に排出させられる程強く地面に叩きつけられた。
永山は、〝重格闘家〟という天職を持っており、格闘系天職の中でも特に防御に適性がある。〝身体強化〟の派生技能で〝身体硬化〟という技能とお馴染みの〝金剛〟を習得しており、両技能を重掛けした場合の耐久力は鋼鉄の盾よりも遥かに上だ。自らの巨体も合わせれば、その人間要塞とも言うべき防御を突破するのは至難と言っていい。
だが、その永山でさえ、〝何か〟の攻撃により防御を突破されて深々と両腕を切り裂かれ血飛沫を撒き散らしながら吹き飛び、たまたま後方にいた檜山達にぶつかって辛うじて地面への激突という追加ダメージを免れるという有様だった。
ガラスが割れるような破砕音は、鈴が雫の臨戦態勢に合わせて予め唱えておいた障壁魔法を、本能的な危機感に従って咄嗟に張ったものだ。場所は、パーティーの後方。そこに〝何か〟あると感じたわけではなく、何となく、雫と永山の位置からして自分は後方に障壁を展開するべきだと、これまた本能的、あるいは経験的に悟ったからだ。その行動は極めて正しかった。鈴の障壁がなければ、三つ目の空間の揺らめきは、容赦なく永山のパーティーメンバーを切り裂いていただろう。
だが、味方を見事に守った代償に、障壁破砕の衝撃をモロに浴びて鈴もまた後方へ吹き飛ばされた。運良く、すぐ後ろに恵里がいたため、受け止められて事なきを得たが、ほかの雫と永山を切り裂いた二つの揺らめきと同じく、三つ目の揺らめきも直ぐさま追撃に動き出したため、危機は未だ終わってはいない。
突然の襲撃に、反応しきれていないクラスメイト達を三つの揺らめきが切り裂かんと迫った、その瞬間、
「光の恩寵と加護をここに! 〝回天〟〝周天〟〝天絶〟!」
香織がほとんど無詠唱かと思うほどの詠唱省略で同時に三つの光系魔法を発動した。
一つは、切り裂かれて吹き飛び、地面に叩きつけられた雫と永山を即座に癒す光系中級回復魔法〝回天〟。複数の離れた場所にいる対象を同時に治癒する魔法だ。痛みに呻きながら何とか起き上がろうともがく二人に淡い白光が降り注ぎ、尋常でない速度で傷が塞がっていく。
次いで、少しでも気を逸らせば直ぐに見失いそうな姿なき揺らめく三つの存在に、雫達に降り注いだのと同じ淡い白光が降り注ぎ纏わりつく。すると、その光はふわりと広がって空間に光の輪郭が出現した。
光系の中級回復魔法〝周天〟。これは、いわゆるオートリジェネだ。回復量は小さいが一定時間ごとに回復魔法が自動で掛かる。この魔法は掛かっている間、魔力光が纏わりつくという特徴がある。香織は、その特性を利用し、回復効果を最小限にして正体不明の敵に使用することで間接的に姿を顕にしたのだ。
白光により現れた姿は、ライオンの頭部に竜のような手足と鋭い爪、蛇の尻尾と、鷲の翼を背中から生やす奇怪な魔物だった。命名するならやはりキメラだ。おそらく、迷彩の固有魔法を持っているのだろう。姿だけでなく気配も消せるのは相当厄介な能力ではあるが、行動中は完全には力を発揮出来ないようで、空間が揺らめいてしまうという欠点があるのは不幸中の幸いだ。
なにせ、クラスメイトの中でもトップクラスの近接戦闘能力を持つ雫と永山を一撃で行動不能に陥れたのだ。恐るべき敵である。この上、完全に姿を消せるとあっては、とても太刀打ち出来ない。今までの階層の魔物と比較すると明らかにこの階層の魔物のレベルを逸脱している。
そのキメラ三体は、纏わりつく光など知ったことかと追撃の爪牙を繰り出した。目標は、雫、永山、鈴の三人だ。だが、その爪牙が三人に届くことはなかった。なぜなら、三人の眼前にそれぞれ三枚ずつ光の盾が出現し、キメラの一撃で粉砕されながらも、微妙に角度をずらして設置していたために攻撃を間一髪のところで逸らしたからである。
光系の中級防御魔法〝天絶〟。〝光絶〟という光のシールドを発動する光系の初級防御魔法の上位版で、複数枚を一度に出す魔法だ。〝結界師〟である鈴などは、この魔法を応用して、壊される端から高速でシールドを補充し続け、弱く直ぐに破壊されるが突破に時間がかかる多重障壁という使い方をしたりする。この点、香織は、光属性全般に高い適性を持つものの、結界専門の鈴には及ばないため、そのような使い方は出来ない。精々、設置するシールドの微調整が出来る程度だ。
しかし、今回はそれが役に立った。鈴の強力な障壁が一撃で破壊された瞬間に、香織は、自分の障壁では役に立たないと悟り、攻撃をいなす方法を選択したのだ。もっとも、全く同じ攻撃が、予想通り来るとは限らないので、イチかバチかという賭けの要素が強かった。上手くいったのは幸運である。
攻撃をいなされた三体のキメラは、やや苛立ったように再度攻撃に移ろうとした。稼げた時間は一瞬。問題などないと。しかし、一瞬とはいえ、貴重な時間を稼げた事に変わりはない。その時間を光輝達が逃すはずはなかった。
「雫から離れろぉおお!!」
永山はいいのか? とツッコミを入れてはいけない。光輝は、怒りを多分に含ませた雄叫び上げながら〝縮地〟で一気に雫の近くにいたキメラに踏み込んだ。光輝の移動速度が焦点速度を超えて背後に残像を生み出す。振りかぶった聖剣が一刀のもとにキメラの首を跳ねんと輝きを増す。
同時に、龍太郎も永山を襲おうとしていたキメラへと空手の正拳突きの構えを取った。直接踏み込んで攻撃するより、篭手型アーティファクトの能力である衝撃波を飛ばしたほうが早いと判断したからだ。龍太郎から裂帛の気合が迸り、篭手に魔力が収束していく。
さらに、吹き飛ばされ鈴を受け止めていた恵里が片手を突き出し、鈴と同様、危機感から続けていた詠唱を完成させ、強力な炎系魔法を発動させた。〝海炎〟という名の炎系中級魔法は、文字通り、炎の津波を操る魔法で分類するなら範囲魔法だ。素早い敵でも、そう簡単には避けられはしない。
光輝の聖剣が壮絶な威力と早さをもって大上段から振り下ろされる。龍太郎の正拳突きが、これ以上ないほど美しいフォームから繰り出され、それにより凄絶な衝撃波が砲弾のごとく突き進む。恵里の死を運ぶ紅蓮の津波が目標を呑み込み灰塵にせんと迸った。
だが……
「「ルゥガァアアア!!」」
「グゥルゥオオオ!!」
一体どこに潜んでいたのか。光輝達の攻撃がまさに直撃しようかというその瞬間、三つの影が咆哮を上げながら光輝達へと襲いかかった。
「「ッ!?」」
突然の事態に光輝と龍太郎の背筋を悪寒が襲う。二体の影は、それぞれ光輝と龍太郎に猛烈な勢いで突進すると、手に持った金属のメイスを豪速をもって振り抜いた。
咄嗟に、光輝は剣の遠心力を利用して身を捻り、龍太郎は突き出した右手の代わりに引き絞った左腕をカチ上げて眼前まで迫っていたメイスを弾く。光輝はバランスを崩し地面をゴロゴロと転がり、龍太郎は、メイスを弾いた後の敵の拳撃による二撃目を受けて吹き飛ばされた。
光輝と龍太郎に不意を打ったのは、体長二メートル半程の見た目はブルタールに近い魔物だった。しかし、いわゆるオークやオーガと言われるRPGの魔物と同様に、ブルタールが豚のような体型であるのに対して、その魔物は随分とスマートな体型だ。まさに、ブルタールの体を極限まで鍛え直し引き絞ったような体型である。実際、先程の不意打ちからしても、膂力・移動速度共に、ブルタールの比ではなかった。
一方、恵里の方は直接攻撃を受けたわけではなかったが、受けた心理的衝撃の度合いはむしろ光輝達よりも強かった。なぜなら、押し寄せる炎の津波を、突如割り込んだ影が大口を開けたかと思うと一気に吸い込み始めたからだ。ヒュオオオ! という音と共に、みるみると広範囲に展開していた炎が一点へと収束し消えていく。その影が全ての炎を吸い込むのに十秒程度しか掛からなかった。
炎と熱気が消えた空間からは、体から六本の足を生やした亀のような魔物が姿を現した。背負う甲羅は、先程まで敵を灰に変えようと荒れ狂っていた炎と同じように真っ赤に染まっている。
と、次の瞬間、多足亀が炎を吸収しきって一度は閉じていた口を再びガパッと大きく開いた。同時に背中の甲羅が激しく輝き、開いた口の奥に赤い輝きが生まれる。まるで、エネルギーを集めて発射寸前のレーザー砲のようだ。
その様子を見た恵里が、表情に焦りを浮かべた。魔法を放ったばかりで対応する余裕がないからだ。だが、その焦りは、腕の中の親友がいつも通りの元気な声で吹き飛ばした。
「にゃめんな! 守護の光は重なりて 意志ある限り蘇る〝天絶〟!」
刹那、鈴達の前に十枚の光のシールドが重なるように出現した。そのシールドは全て、斜め四十五度に設置されており、シールドの出現と同時に、多足亀から放たれた超高熱の砲撃はシールドを粉砕しながらも上方へと逸らされていった。
それでも、継続して放たれる砲撃の威力は、先程のキメラの攻撃の上を行く壮絶なもので、一瞬にしてシールドを食い破っていく。鈴は、歯を食いしばりながら詠唱の通り次々と新たなシールドを構築していき、〝結界師〟の面目躍如というべきか、シールドの構築速度と多足亀の砲撃による破壊速度は拮抗し辛うじて逸らし続けることに成功した。
逸らされた砲撃は、激震と共に迷宮の天井に直撃し周囲を粉砕しながら赤熱化した鉱物を雨の如く撒き散らした。
「ちくしょう! 何だってんだ!」
「なんなんだよ、この魔物は!」
「くそ、とにかくやるぞ!」
そこまでの事態になってようやく檜山達や永山のパーティーが悪態を付きながらも混乱から抜け出し完全な戦闘態勢を整える。傷を負っていた雫や永山も完全に治癒されて、それぞれ眼前の見えるようになったキメラに攻撃を仕掛け始めた。
雫が、残像すら見えない超高速の世界に入る。風が破裂するようなヴォッ! という音を一瞬響かせて姿が消えたかと思えば、次の瞬間にはキメラの真後ろに現れて、これまたいつの間にか納刀していた剣を抜刀術の要領で抜き放った。
〝無拍子〟による予備動作のない移動と斬撃。姿すら見えないのは単純な移動速度というより、急激な緩急のついた動きに認識が追いつかないからだ。さらに、剣術の派生技能により斬撃速度と抜刀速度が重ねて上昇する。鞘走りを利用した素の剣速と合わせれば、普通の生物には認識すら叶わない神速の一閃となる。
先程受けた一撃のお返しとばかりに放たれたそれは八重樫流奥義が一〝断空〟。空間すら断つという名に相応しく、銀色の剣線のみが虚空に走ったかと思えば、次の瞬間には、キメラの蛇尾が半ばから断ち切られた。
「グゥルァアア!!」
怒りの咆哮を上げて振り向きざまに鋭い爪を振るうキメラ。しかし、その攻撃は虚しく空を切る。既に、雫は、反対側へと回り込んでいたからだ。そして、二の太刀を振るい今度はキメラの両翼を切り裂いた。
「くっ!」
速度で翻弄し着実にダメージを与えていく雫。しかし、雫の表情は晴れず、それどころか苦虫を噛み潰したような表情で思わず声を漏らした。それは、思惑が外れたことが原因だった。雫は、本当なら、最初の一撃でキメラの胴体を両断するつもりだったのだが、寸でのところで蛇尾が割って入り斬撃が届かなかったのだ。二太刀目も胴体を切り裂くつもりが、斬撃が届くより一瞬早く身を屈められて両翼を切り裂くに留まってしまった。
キメラは、雫の速さに付いてこられていない。しかし、全く対応できないというわけでもなかったのだ。姿が消せる上、かろうじてとは言え雫の本気の速さに対応してくる反応速度。本当に難敵である。さっさと倒して他の救援に向かいたい雫としては、厄介なことこの上なかった。
その後も、三太刀目、四太刀目と剣を振るい、キメラの体に無数の傷をつけていくが、どれも浅く致命傷には遠く及ばない。それどころか、キメラは徐々に雫の速度を捉え始めているようだった。雫の表情に焦りが生まれ始める。
さらに、雫にとって、いや、雫達にとって悪いことは続く。
「キュワァアア!!」
突然、部屋にそんな叫びが響いたかと思うと、雫の眼前で両翼と蛇尾を切断されていたキメラが赤黒い光に包まれて、みるみる内に傷を癒していったのだ。香織の〝周天〟は、ほとんど意味がないほどに効果を落としてあるので、いくら浅い傷といえどそう簡単に治ったりはしない。雫は目を見開き、癒されていくキメラに注意しながら叫び声の方をチラリと見やった。
すると、いつの間にか、高みの見物と洒落こんでいた魔人族の女の肩に双頭の白い鴉が止まっており、一方の頭が雫の方を、正確には、雫の眼前にいるキメラに向いていたのだ。
「回復役までいるって言うの!?」
難敵にやっとの思いで傷を与えてきたというのに、それを即座に癒される。唯でさえ時間が経てば経つほど順応されて勝機が遠のくというのに、後方には優秀な回復役が待機している。あまりの事態に、思わず雫が悲鳴を上げた。
見れば、雫だけでなく、他の場所でも同じように悲痛な叫びを上げる仲間達がいた。
光輝の方も、支援を受けつつブルタールモドキと戦っていたようで、ブルタールの胴体には肩から腰にかけて深々と切り裂かれた痕がついていたのだが、その傷も白鴉の一方の頭が見つめながら叫び声を上げることで、まるで逆再生でもしているかのように癒されていく。
龍太郎や永山の方も同じだ。龍太郎が相手取っていた二体目のブルタールモドキは腹部が破裂したように抉れていたり片腕が折れていたりしたようだが、雫が相手取っていたキメラを癒していた白鴉の頭が同じように鳴くとみるみる癒されていき、永山の相手だったキメラも陥没した肉体の一部が直ぐさま癒されていった。
「だいぶ厳しいみたいだね。どうする? やっぱり、あたしらの側についとく? 今なら未だ考えてもいいけど?」
光輝達の苦戦を、腕を組んで余裕の態度で見物していた魔人族の女が再び勧誘の言葉を光輝達にかけた。もっとも、答えなど分かっているとでも言うように、その表情は冷めたままだったが。そして、その予想は実に正しかった。
「ふざけるな! 俺達は脅しには屈しない! 俺達は絶対に負けはしない! それを証明してやる! 行くぞ〝限界突破〟!」
魔人族の女の言葉と態度に憤怒の表情を浮かべた光輝は、再びメイスを振り下ろしてきたブルタールモドキの一撃を聖剣で弾き返すと、一瞬の隙をついて〝限界突破〟を使用した。
神々しい光を纏った光輝は、これで終わらせると気合を入れ直し、魔人族の女に向かって突進した。
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