女神降臨?
ウルの町。北に山脈地帯、西にウルディア湖を持つ資源豊富なこの町は、現在、つい昨夜までは存在しなかった〝外壁〟に囲まれて、異様な雰囲気に包まれていた。
この〝外壁〟はハジメが即行で作ったものだ。魔力駆動二輪で、整地ではなく〝外壁〟を錬成しながら町の外周を走行して作成したのである。
もっとも、壁の高さは、ハジメの錬成範囲が半径四メートル位で限界なので、それほど高くはない。大型の魔物なら、よじ登ることは容易だろう。一応、万一に備えてないよりはマシだろう程度の気持ちで作成したので問題はない。そもそも、壁に取り付かせるつもりなどハジメにはないのだから。
町の住人達には、既に数万単位の魔物の大群が迫っている事が伝えられている。魔物の移動速度を考えると、夕方になる前くらいには先陣が到着するだろうと。
当然、住人はパニックになった。町長を始めとする町の顔役たちに罵詈雑言を浴びせる者、泣いて崩れ落ちる者、隣にいる者と抱きしめ合う者、我先にと逃げ出そうとした者同士でぶつかり、罵り合って喧嘩を始める者。明日には、故郷が滅び、留まれば自分達の命も奪われると知って冷静でいられるものなどそうはいない。彼等の行動も仕方のないことだ。
だが、そんな彼等に心を取り戻させた者がいた。愛子だ。ようやく町に戻り、事情説明を受けた護衛騎士達を従えて、高台から声を張り上げる〝豊穣の女神〟。恐れるものなどないと言わんばかりの凛とした姿と、元から高かった知名度により、人々は一先ずの冷静さを取り戻した。畑山愛子、ある意味、勇者より勇者をしている。
冷静さを取り戻した人々は、二つに分かれた。すなわち、故郷は捨てられない、場合によっては町と運命を共にするという居残り組と、当初の予定通り、救援が駆けつけるまで逃げ延びる避難組だ。
居残り組の中でも女子供だけは避難させるというものも多くいる。愛子の魔物を撃退するという言葉を信じて、手伝えることは何かないだろうかと居残りを決意した男手と万一に備えて避難する妻子供などだ。深夜をとうに過ぎた時間にもかかわらず、町は煌々とした光に包まれ、いたる所で抱きしめ合い別れに涙する人々の姿が見られた。
避難組は、夜が明ける前には荷物をまとめて町を出た。現在は、日も高く上がり、せっせと戦いの準備をしている者と仮眠をとっている者とに分かれている。居残り組の多くは、〝豊穣の女神〟一行が何とかしてくれると信じてはいるが、それでも、自分達の町は自分達で守るのだ! 出来ることをするのだ! という気概に満ちていた。
ハジメは、すっかり人が少なくなり、それでもいつも以上の活気があるような気がする町を背後に即席の城壁に腰掛けて、どこを見るわけでもなくその眼差しを遠くに向けていた。傍らには、当然の如くユエとシアがいる。何かを考えているハジメの傍に、二人はただ静かに寄り添っていた。
そこへ愛子と生徒達、ティオ、ウィル、デビッド達数人の護衛騎士がやって来た。愛子達の接近に気がついているだろうに、振り返らないハジメにデビッド達が眉を釣り上げるが、それより早く愛子が声をかける。
「南雲君、準備はどうですか? 何か、必要なものはありますか?」
「いや、問題ねぇよ、先生」
やはり振り返らずに簡潔に答えるハジメ。その態度に我慢しきれなかったようでデビッドが食ってかかる。
「おい、貴様。愛子が…自分の恩師が声をかけているというのに何だその態度は。本来なら、貴様の持つアーティファクト類の事や、大群を撃退する方法についても詳細を聞かねばならんところを見逃してやっているのは、愛子が頼み込んできたからだぞ? 少しは……」
「デビッドさん。少し静かにしていてもらえますか?」
「うっ……承知した……」
しかし、愛子に〝黙れ〟と言われるとシュンとした様子で口を閉じる。その姿は、まるで忠犬だ。亜人族でもないのに、犬耳と犬尻尾が幻視できる。今は、飼い主に怒られてシュンと垂れ下がっているようだ。
「南雲君。黒ローブの男のことですが……」
どうやら、それが本題のようだ。愛子の言葉に苦悩がにじみ出ている。
「正体を確かめたいんだろ? 見つけても、殺さないでくれってか?」
「……はい。どうしても確かめなければなりません。その……南雲君には、無茶なことばかりを……」
「取り敢えず、連れて来てやる」
「え?」
「黒ローブを先生のもとへ。先生は先生の思う通りに……俺も、そうする」
「南雲君……ありがとうございます」
愛子は、ハジメの予想外に協力的な態度に少し驚いたようだが、未だ振り向かないハジメの様子から、ハジメ自身にも思うところが多々あるのだろうと、その厚意を有り難く受け取ることにした。つくづく自分は無力だなぁと内心溜息をつきながら、愛子は苦笑いしつつ礼を言うのだった。
愛子の話が終わったのを見計らって、今度は、ティオが前に進み出てハジメに声をかけた。
「ふむ、よいかな。妾もご主……ゴホンッ! お主に話が……というより頼みがあるのじゃが、聞いてもらえるかの?」
「? …………………………………………………………ティオか」
「お、お主、まさか妾の存在を忘れておったんじゃ……はぁはぁ、こういうのもあるのじゃな……」
聞き覚えなのない声に、思わず肩越しに振り返ったハジメは、黒地にさりげなく金の刺繍が入っている着物に酷似した衣服を大きく着崩して、白く滑らかな肩と魅惑的な双丘の谷間、そして膝上まで捲れた裾から覗く脚線美を惜しげもなく晒した黒髪金眼の美女に、一瞬、訝しそうな目を向けて、「ああそういえば」と思い出したように名前を呼んだ。
明らかに、存在そのものを忘却されていたティオは、怒るどころかむしろ、頬を染めて若干息を荒げている。彼女の言う〝こういうの〟とは何なのか、聞かない方が身のためだろう。
「んっ、んっ! えっとじゃな、お主は、この戦いが終わったらウィル坊を送り届けて、また旅に出るのじゃろ?」
「ああ、そうだ」
「うむ、頼みというのはそれでな……妾も同行させてほし…」
「断る」
「……ハァハァ。よ、予想通りの即答。流石、ご主……コホンッ! もちろん、タダでとは言わん! これよりお主を〝ご主人様〟と呼び、妾の全てを捧げよう! 身も心も全てじゃ! どうzy」
「帰れ。むしろ土に還れ」
両手を広げ、恍惚の表情でハジメの奴隷宣言をするティオに、ハジメは汚物を見るような眼差しを向け、ばっさりと切り捨てた。それにまたゾクゾクしたように体を震わせるティオ。頬が薔薇色に染まっている。どこからどう見ても変態だった。周囲の者達も、ドン引きしている。特に、竜人族に強い憧れと敬意を持っていたユエの表情は、全ての感情が抜け落ちたような能面顔になっている。
「そんな……酷いのじゃ……妾をこんな体にしたのはご主人様じゃろうに……責任とって欲しいのじゃ!」
全員の視線が「えっ!?」というようにハジメを見る。流石に、とんでもない濡れ衣を着せられそうなのに放置する訳にもいかず、きっちり向き直ると青筋を浮かべながらティオを睨むハジメ。どういうことかと視線で問う。
「あぅ、またそんな汚物を見るような目で……ハァハァ……ごくりっ……その、ほら、妾強いじゃろ?」
ハジメの視線にまた体を震わせながら、ハジメの奴隷宣言という突飛な発想にたどり着いた思考過程を説明し始めるティオ。
「里でも、妾は一、二を争うくらいでな、特に耐久力は群を抜いておった。じゃから、他者に組み伏せられることも、痛みらしい痛みを感じることも、今の今までなかったのじゃ」
近くにティオが竜人族と知らない護衛騎士達がいるので、その辺りを省略してポツポツと語るティオ。
「それがじゃ、ご主人様と戦って、初めてボッコボッコにされた挙句、組み伏せられ、痛みと敗北を一度に味わったのじゃ。そう、あの体の芯まで響く拳! 嫌らしいところばかり責める衝撃! 体中が痛みで満たされて……ハァハァ」
一人盛り上がるティオだったが、彼女を竜人族と知らない騎士達は、一様に犯罪者でも見るかのような視線をハジメに向けている。客観的に聞けば、完全に婦女暴行である。「こんな可憐なご婦人に暴行を働いたのか!」とざわつく騎士達。あからさまに糾弾しないのは、被害者たるティオの様子に悲痛さがないからだろう。むしろ、嬉しそうなので正義感の強い騎士達もどうしたものかと困惑している。
「……つまり、ハジメが新しい扉を開いちゃった?」
「その通りじゃ! 妾の体はもう、ご主人様なしではダメなのじゃ!」
「……きめぇ」
ユエが、嫌なものを見たと表情を歪ませながら、既に尊敬の欠片もない声音で要約すると、ティオが同意の声を張り上げる。思わず、本音を漏らすハジメ。完全にドン引きしていた。
「それにのう……」
ティオが、突然、今までの変態じみた様子とは異なり、両手をムッチリした自分のお尻に当てて恥じらうようにモジモジし始める。
「……妾の初めても奪われてしもうたし」
その言葉に、全員の顔がバッと音を立ててハジメに向けられた。ハジメは頬を引き攣らせながら「そんな事していない」と首を振る。
「妾、自分より強い男しか伴侶として認めないと決めておったのじゃ……じゃが、里にはそんな相手おらんしの……敗北して、組み伏せられて……初めてじゃったのに……いきなりお尻でなんて……しかもあんなに激しく……もうお嫁に行けないのじゃ……じゃからご主人様よ。責任とって欲しいのじゃ」
お尻を抑えながら潤んだ瞳をハジメに向けるティオ。騎士達が、「こいつやっぱり唯の犯罪者だ!」という目を向けつつも、「いきなり尻を襲った」という話に戦慄の表情を浮かべる。愛子達は事の真相を知っているにもかかわらず、責めるような目でハジメを睨んでいた。両隣のユエとシアですら、「あれはちょっと」という表情で視線を逸らしている。迫り来る大群を前に、ハジメは四面楚歌の状況に追い込まれた。
「お、お前、色々やる事あるだろ? その為に、里を出てきたって言ってたじゃねぇか」
ユエ達にまで視線を逸らされてしまい、苦し紛れに〝竜人族の調査〟とやらはどうしたと返すハジメ。
「うむ。問題ない。ご主人様の傍にいる方が絶対効率いいからの。まさに、一石二鳥じゃ……ほら、旅中では色々あるじゃろ? イラっとしたときは妾で発散していいんじゃよ? ちょっと強めでもいいんじゃよ? ご主人様にとっていい事づくしじゃろ?」
「変態が傍にいる時点でデメリットしかねぇよ」
ティオが縋り、ハジメがばっさり切り捨てる。それに護衛隊の騎士達が憤り、女子生徒達が蛆虫を見る目をハジメに向け、男子生徒は複雑ながら異世界の女性と縁のあるハジメに嫉妬し、愛子が不純異性交遊について滔滔と説教を始め、何故かウィルが尊敬の眼差しをハジメに向ける。そんなカオスな状況が、大群が迫っているにもかかわらず繰り広げられ、ハジメがウンザリし始めたとき、遂にそれは来た。
「! ……来たか」
ハジメが突然、北の山脈地帯の方角へ視線を向ける。眼を細めて遠くを見る素振りを見せた。肉眼で捉えられる位置にはまだ来ていないが、ハジメの〝魔眼石〟には無人偵察機からの映像がはっきりと見えていた。
それは、大地を埋め尽くす魔物の群れだ。ブルタールのような人型の魔物の他に、体長三、四メートルはありそうな黒い狼型の魔物、足が六本生えているトカゲ型の魔物、背中に剣山を生やしたパイソン型の魔物、四本の鎌をもったカマキリ型の魔物、体のいたるところから無数の触手を生やした巨大な蜘蛛型の魔物、二本角を生やした真っ白な大蛇など実にバリエーション豊かな魔物が、大地を鳴動させ土埃を巻き上げながら猛烈な勢いで進軍している。その数は、山で確認した時よりも更に増えているようだ。五万あるいは六万に届こうかという大群である。
更に、大群の上空には飛行型の魔物もいる。敢えて例えるならプテラノドンだろうか。何十体というプテラノドンモドキの中に一際大きな個体がいる、その個体の上には薄らと人影のようなものも見えた。おそらく、黒ローブの男。愛子は信じたくないという風だったが、十中八九、清水幸利だ。
「……ハジメ」
「ハジメさん」
ハジメの雰囲気の変化から来るべき時が来たと悟るユエとシアが、ハジメに呼びかける。ハジメは視線を二人に戻すと一つ頷き、そして後ろで緊張に顔を強ばらせている愛子達に視線を向けた。
「来たぞ。予定よりかなり早いが、到達まで三十分ってところだ。数は五万強。複数の魔物の混成だ」
魔物の数を聞き、更に増加していることに顔を青ざめさせる愛子達。不安そうに顔を見合わせる彼女達に、ハジメは壁の上に飛び上がりながら肩越しに不敵な笑みを見せた。
「そんな顔するなよ、先生。たかだか数万増えたくらい何の問題もない。予定通り、万一に備えて戦える者は〝壁際〟で待機させてくれ。まぁ、出番はないと思うけどな」
何の気負いもなく、任せてくれというハジメに、愛子は少し眩しいものを見るように目を細めた。
「わかりました……君をここに立たせた先生が言う事ではないかもしれませんが……どうか無事で……」
愛子はそう言うと、護衛騎士達が「ハジメに任せていいのか」「今からでもやはり避難すべきだ」という言葉に応対しながら、町中に知らせを運ぶべく駆け戻っていった。生徒達も、一度ハジメを複雑そうな目で見ると愛子を追いかけて走っていく。残ったのは、ハジメ達以外には、ウィルとティオだけだ。
ウィルは、ティオに何かを語りかけると、ハジメに頭を下げて愛子達を追いかけていった。疑問顔を向けるハジメにティオが苦笑いしながら答える。
「今回の出来事を妾が力を尽くして見事乗り切ったのなら、冒険者達の事、少なくともウィル坊は許すという話じゃ……そういうわけで助太刀させてもらうからの。何、魔力なら大分回復しておるし竜化せんでも妾の炎と風は中々のものじゃぞ?」
竜人族は、教会などから半端者と呼ばれるように、亜人族に分類されながらも、魔物と同様に魔力を直接操ることができる。その為、天才であるユエのように全属性無詠唱無魔法陣というわけにはいかないが、適性のある属性に関しては、ユエと同様に無詠唱で行使できるらしい。
自己主張の激しい胸を殊更強調しながら胸を張るティオに、ハジメは無言で魔晶石の指輪を投げてよこした。疑問顔のティオだったが、それが神結晶を加工した魔力タンクと理解すると大きく目を見開き、ハジメに震える声と潤む瞳を向けた。
「ご主人様……戦いの前にプロポーズとは……妾、もちろん、返事は……」
「ちげぇよ。貸してやるから、せいぜい砲台の役目を果たせって意味だ。あとで絶対に返せよ。ってか今の、どっかの誰かさんとボケが被ってなかったか?」
「……なるほど、これが黒歴史」
思考パターンが変態と同じであることに嫌そうな顔で肩を落とすユエ。ハジメの否定を華麗にスルーして指輪をニヨニヨしながら眺めるティオを極力無視していると、遂に、肉眼でも魔物の大群を捉えることができるようになった。〝壁際〟に続々と弓や魔法陣を携えた者達が集まってくる。大地が地響きを伝え始め、遠くに砂埃と魔物の咆哮が聞こえ始めると、そこかしこで神に祈りを捧げる者や、今にも死にそうな顔で生唾を飲み込む者が増え始めた。
それを見て、ハジメは前に出る。錬成で、地面を盛り上げながら即席の演説台を作成する。人々の不安を和らげようと思ったわけではなく、単純にパニックになってフレンドリーファイアなんてされたら堪ったものではないからだ。
突然、壁の外で土台の上に登り、迫り来る魔物に背を向けて自分達を睥睨する白髪眼帯の少年に困惑したような視線が集まる。
ハジメは、全員の視線が自分に集まったことを確認すると、すぅと息を吸い天まで届けと言わんばかりに声を張り上げた。
「聞け! ウルの町の勇敢なる者達よ! 私達の勝利は既に確定している!」
いきなり何を言い出すのだと、隣り合う者同士で顔を見合わせる住人達。ハジメは、彼等の混乱を尻目に言葉を続ける。
「なぜなら、私達には女神が付いているからだ! そう、皆も知っている〝豊穣の女神〟愛子様だ!」
その言葉に、皆が口々に愛子様? 豊穣の女神様? とざわつき始めた。護衛騎士達を従えて後方で人々の誘導を手伝っていた愛子がギョッとしたようにハジメを見た。
「我らの傍に愛子様がいる限り、敗北はありえない! 愛子様こそ! 我ら人類の味方にして〝豊穣〟と〝勝利〟をもたらす、天が遣わした現人神である! 私は、愛子様の剣にして盾、彼女の皆を守りたいという思いに応えやって来た! 見よ! これが、愛子様により教え導かれた私の力である!」
ハジメはそう言うと、虚空にシュラーゲンを取り出し、銃身からアンカーを地面に打ち込んで固定した。そして膝立ちになって構えると、町の人々が注目する中、些か先行しているプテラノドンモドキの魔物に照準を合わせ……引き金を引いた。
紅いスパークを放っていたシュラーゲンから、極大の閃光が撃ち手の殺意と共に一瞬で空を駆け抜け、数キロ離れたプテラノドンモドキの一体を木っ端微塵に撃ち砕き、余波だけで周囲の数体の翼を粉砕して地へと堕とした。
ハジメは、そのまま第二射三射と発砲を続け、空の魔物を駆逐していく。そして、わざと狙いを外して、慌てたように後方に下がろうとしている比較的巨大なプテラノドンモドキを、その上に乗っている黒ローブごと余波で吹き飛ばした。黒ローブは宙に吹き飛ばされて、ジタバタしながら落ちていった。
魔物をどうにかするまで、黒ローブに愛子を引き合わせる暇はないので、取り敢えず一番早い逃げ足を奪っておこうという腹だ。撃ち落としたと聞いたら愛子が怒りそうだが、流石に、怪我をしないように気を遣うつもりなど毛頭ない。なるべく、離れている内に撃ち落としたので愛子は気がついていないだろう。
空の魔物を駆逐し終わったハジメは、悠然と振り返った。そこには、唖然として口を開きっぱなしにしている人々の姿があった。
「愛子様、万歳!」
ハジメが、最後の締めに愛子を讃える言葉を張り上げた。すると、次の瞬間……
「「「「「「愛子様、万歳! 愛子様、万歳! 愛子様、万歳! 愛子様、万歳!」」」」」」
「「「「「「女神様、万歳! 女神様、万歳! 女神様、万歳! 女神様、万歳!」」」」」」
ウルの町に、今までの様な二つ名としてではない、本当の女神が誕生した。どうやら、不安や恐怖も吹き飛んだようで、町の人々は皆一様に、希望に目を輝かせ愛子を女神として讃える雄叫びを上げた。遠くで、愛子が顔を真っ赤にしてぷるぷると震えている。その瞳は真っ直ぐにハジメに向けられており、小さな口が「ど・う・い・う・こ・と・で・す・か!」と動いている。
ハジメは、しれっとして再び魔物の大群に向き直った。ハジメが、ここまで愛子を前面に押し出したのは、もちろん理由がある。
一つは、この先、ハジメの活躍により教会や国が動いたとき、彼等がハジメに害をなそうとすれば、愛子は確実に彼等とぶつかるだろうが、その時、〝豊穣の女神〟の発言権は強い方がいいというものだ。
町の危急を
二つ目は単純に、大きな力を見せても人々に恐怖や敵意を持たれにくくするためだ。一個人が振るう力であっても、それが自分達の支持する女神様のもたらしたものと思えば、不思議と恐怖は安心に、敵意は好意に変わるものである。教会などから追われるようになっても、協力的な人がいる……といいなというものだ。
三つ目としては単純に、自分を矢面に立たせたのだから〝南雲ハジメの先生〟なら諸共に矢面に立って見せろという意思表示である。
もっとも一番の理由は、単に町の住民にパニックになって下手なことをされたくなかっただけなので、咄嗟に思いついた程度の手である。後で、愛子に色々言われそうだが、愛子自身にもメリットはあるし、彼女自身の選択の結果でもあるので大目に見てもらうか……事が終わればトンズラすればいい。
ハジメは、背後から町の人々の魔物の咆哮にも負けない愛子コールと、愛子自身の突き刺さるような視線と、「何だよ、あいつ結構分かっているじゃないか」と笑みを浮かべている護衛騎士達の視線をヒシヒシと感じながら、〝宝物庫〟からメツェライを二門取り出し両肩に担いで、前に進み出る。
右にはいつも通りユエが、左にはハジメが貸与えたオルカンを担ぐシアが、更にその隣には、魔晶石の指輪をうっとり見つめるティオが並び立った。地平線には、プテラノドンモドキが落とされたことなどまるで関係ないと言う様に、一心不乱に突っ込んでくる魔物達が視界を埋め尽くしている。
ハジメは、ユエを見た。ユエもハジメを見つめ返しコクリと静かに頷く。ハジメは、シアを見た。シアは、ウサミミをピンッと伸ばし自信満々に頷く。その隣のティオは……置いておこう。
ハジメは、視線を大群に戻すと笑みを浮かべながら、何の気負いもなく呟いた。
「じゃあ、やるか」
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次回は、木曜日の18時更新予定です