黒竜討伐?
その竜の体長は七メートル程。漆黒の鱗に全身を覆われ、長い前足には五本の鋭い爪がある。背中からは大きな翼が生えており、薄らと輝いて見えることから魔力で纏われているようだ。
空中で翼をはためかせる度に、翼の大きさからは考えられない程の風が渦巻く。だが、何より印象的なのは、夜闇に浮かぶ月の如き黄金の瞳だろう。爬虫類らしく縦に割れた瞳孔は、剣呑に細められていながら、なお美しさを感じさせる光を放っている。
その黄金の瞳が、空中よりハジメ達を睥睨していた。低い唸り声が、黒竜の喉から漏れ出している。
その圧倒的な迫力は、かつてライセン大峡谷の谷底で見たハイベリアの比ではない。ハイベリアも、一般的な認識では、厄介なことこの上ない高レベルの魔物であるが、目の前の黒竜に比べれば、まるで小鳥だ。その偉容は、まさに空の王者というに相応しい。
蛇に睨まれた蛙のごとく、愛子達は硬直してしまっている。特に、ウィルは真っ青な顔でガタガタと震えて今にも崩れ落ちそうだ。脳裏に、襲われた時の事がフラッシュバックしているのだろう。
ハジメも、川に一撃で支流を作ったという黒竜の残した爪痕を見ているので、それなりに強力な魔物だろうとは思っていたが、実際に目の前の黒竜から感じる魔力や威圧感は、想像の三段は上を行くと認識を改めた。奈落の魔物で言えば、ヒュドラには遠く及ばないが、九十層クラスの魔物と同等の力を持っていると感じるほどだ。
その黒竜は、ウィルの姿を確認するとギロリとその鋭い視線を向けた。そして、硬直する人間達を前に、おもむろに頭部を持ち上げ仰け反ると、鋭い牙の並ぶ顎門をガパッと開けてそこに魔力を集束しだした。
キュゥワァアアア!!
不思議な音色が夕焼けに染まり始めた山間に響き渡る。ハジメの脳裏に、川の一部と冒険者を消し飛ばしたというブレスが過ぎった。
「ッ! 退避しろ!」
ハジメは警告を発し、自らもその場から一足飛びで退避した。ユエやシアも付いて来ている。だが、そんなハジメの警告に反応できない者が多数、いや、この場合ほぼ全員と言っていいだろう。
愛子や生徒達、そしてウィルもその場に硬直したまま動けていない。愛子達は、あまりに突然の事態に体がついてこず、ウィルは恐怖に縛られて視線すら逸らせていなかった。
「チッィ!!」
「ハジメ!」
「ハジメさん!」
ハジメは、〝念話〟でユエとシアに指示を出しつつ、〝縮地〟で一気に元いた場所に戻り、愛子達と黒竜の間に割り込む。本来なら放って置くところだが、見捨てられるほど愛子に対しては悪い感情を持っていないし、何より、奇跡的に生きていたウィルを見捨てては何のためにここまで来たのか分からない。生きていたら連れ戻すのが引き受けた〝仕事〟なのだ。投げ出すわけには行かない。
ハジメは〝宝物庫〟から二メートル程の柩型の大盾を虚空に取り出し、左腕を突き出して接続、魔力を流して大盾の下部からガシュン! と杭を出現させる。そして、それを勢いよく地面に突き刺した。
直後、竜からレーザーの如き黒色のブレスが一直線に放たれた。音すら置き去りにして一瞬でハジメの大盾に到達したブレスは、轟音と共に衝撃と熱波を撒き散らし大盾の周囲の地面を融解させていく。
「ぐぅ! おぉおおお!!」
ハジメは、気迫を込めた雄叫びを上げてブレスの圧力に抗う。ハジメの体と一緒に、大盾はいつの間にか紅く光り輝いていた。ハジメの〝金剛〟である。だが、ブレスは余程の威力を持っているらしく、しばらく拮抗した後、その守りを突破して大盾に直撃した。
大盾は、それでもブレスに耐えた。ハジメの〝金剛〟すら突破する威力と熱に徐々にその表面を融解させていくが、壊れそうになるたびに、ハジメが〝錬成〟で即座に修復し、その突破を許さない。
固定のために地面に差し込んだ杭が圧力に負けて地面を抉りながら徐々に後退していく。ハジメは靴からスパイクを錬成し、再度、金剛を張り直してひたすら耐えた。大盾と連結した左腕を突き出し、更に右腕も添える。
ハジメが取り出した大盾は、タウル鉱石を主材にシュタル鉱石を挟んでアザンチウムで外側をコーティングしたものだ。錬成師であるハジメならば、仮にアザンチウムの耐久力を超える攻撃をされても、数秒でも耐えられるなら直ちに修復することができる。仮に突破されても、二層目のシュタル鉱石は魔力を注いだ分だけ強度を増す性質を持つので、ハジメの魔力ならまず突破はされない。
故に、アザンチウムの突破すら出来ていないブレスは大盾そのものを破壊する事は出来ないだろう。だが、その威力を持って大盾の使い手を吹き飛ばすことなら出来ないわけではないようだ。事実、人外の膂力を持つハジメですら徐々に押されている。地面には、差し込まれた大盾の杭とハジメの踏ん張る足で深々と抉られた痕がついていく。
このままでは、ハジメ自体は大盾と〝金剛〟がある上、耐久力も人外の領域なので大したダメージを受けないだろうが、ハジメという盾をなくした愛子達は、為すすべなくブレスの餌食となりこの世から塵一つ残さず消滅することになるだろう。
ハジメが、若干の焦りを覚えたとき、不意に背中に柔らかな感触が伝わった。チラリと肩越しに振り返れば、何と、愛子がハジメの背中に飛びついて必死に支えていた。どうやら、ハジメがブレスを防いでいる間に、正気を取り戻し、徐々に押されるハジメの支えになろうと飛び込んできたらしい。それを見て、生徒達やウィルもハジメを支えるため慌てて飛び出してきた。
ブレスは未だに続いている。周囲にあった川の水は熱波で蒸発し、川原の土や石は衝撃で吹き飛びひどい有様だ。ブレスの直撃を受けて、どれほどの時間が経ったのか。ハジメは、永遠に等しいほど長い時間だと感じているが、実際には十秒経ったか否かといったところだろう。歯を食いしばりながら、そんな事を考えていると、遂に、待望の声が聞こえた。
「〝禍天〟」
その魔法名が宣言された瞬間、黒竜の頭上に直径四メートル程の黒く渦巻く球体が現れる。見ているだけで吸い込まれそうな深い闇色のそれは、直後、落下すると押し潰すように黒竜を地面に叩きつけた。
「グゥルァアアア!?」
豪音と共に地べたに這い蹲らされた黒竜は、衝撃に悲鳴を上げながらブレスを中断する。しかし、渦巻く球体は、それだけでは足りないとでも言うように、なお消えることなく、黒竜に凄絶な圧力をかけ地面に陥没させていく。
〝禍天〟
それはユエの重力魔法だ。渦巻く重力球を作り出し、消費魔力に比例した超重力を以て対象を押し潰す。重力方向を変更することにも使える便利な魔法だ。
重力魔法は、自らにかける場合はさほど消費の激しいものではない。しかし、物、空間、他人にかける場合や重力球自体を攻撃手段とする場合は、今のところ、ユエでも最低でも十秒の準備時間と多大な魔力が必要になる。ユエ自身、まだ完全にマスターしたわけではないので、鍛錬していくことで発動時間や魔力消費を効率よくしていくことが出来るだろう。
地面に磔にされた空の王者は、苦しげに四肢を踏ん張り何とか襲いかかる圧力から逃れようとしている。が、直後、天からウサミミなびかせて「止めですぅ~!」と雄叫び上げるシアがドリュッケンと共に降ってきた。激発を利用し更に加速しながら大槌を振りかぶり、黒竜の頭部を狙って大上段に振り下ろす。
ドォガァアアア!!!
その衝撃は、今までの比ではない。インパクトの瞬間、轟音と共に地面が放射状に弾け飛び、爆撃でも受けたようにクレーターが出来上がる。それは、ハジメがドリュッケンに施した改造のせいだ。主材である圧縮されたアザンチウムに重力魔法を付与してある。ただし、無人偵察機のように重力を〝中和〟するものではなく、逆に〝加重〟する性質の鉱石だ。注いだ魔力に合わせて重量を増していく。今のドリュッケンは、まさしく○○トンハンマー! といった漫画のような性能なのだ。
故に、その超重量の一撃をまともに受けた者は深刻なダメージは免れないはずだ。そう、まともに受けていれば……
「グルァアア!!」
黒竜の咆哮と共に、ドリュッケンにより舞い上げられた粉塵の中から火炎弾が豪速でユエに迫った。ユエは、咄嗟に右に〝落ちる〟事で緊急回避する。だが、代わりに重力球の魔法が解けてしまった。
火炎弾の余波で晴れた粉塵の先には、地面にめり込むドリュッケンを紙一重のところで躱している黒竜の姿があった。直撃の瞬間、竜特有の膂力で何とか回避したらしい。黒竜は、拘束のなくなった体を鬱憤を晴らすように高速で一回転させドリュッケンを引き抜いたばかりのシアに大質量の尾を叩きつけた。
「あっぐぅ!!」
間一髪、シアはドリュッケンを盾にしつつ自ら跳ぶことで衝撃を殺すことに成功するが、同時に大きく吹き飛ばされてしまい、木々の向こう側へと消えていってしまった。
黒竜は、一回転の勢いのまま体勢を戻すと、黄金の瞳でギラリとハジメを……素通りして背後のウィルを睨みつけた。ハジメは、直ぐさま大盾を〝宝物庫〟に戻すと、ドンナー・シュラークを抜きざまに発砲する。轟音と共に幾条もの閃光が空を切り裂いて黒竜を襲った。回避など出来ようはずもない破壊の嵐の直撃を受けた黒竜はその場から吹き飛ばされ、地響きを立てながら後方の川へと叩きつけられ、盛大に水しぶきが上がった。
ハジメは、射線上にウィルがいるのはマズイと、自ら黒竜に突貫する。手元でドンナー・シュラークをガンスピンさせ空中リロードをしながら、再度連射し追い討ちをかける。しかし、黒竜は、川の水を吹き散らしながら咆哮と共に起き上がると、何と、ハジメを無視してウィルに向けて火炎弾を撃ち放った。
「ッ!」
ウィルが狙われないように、敢えて接近し怒涛の攻撃をして注意を引こうとしたのに、黒竜は、そんなハジメの思惑など知ったことではないと言わんばかりにウィルを狙い撃ちにする。
「ユエ!」
「んっ〝波城〟」
「ひっ!」と情けない悲鳴を上げながら身を竦めるウィルの前に、高密度の水の壁が出来上がる。飛来した火炎弾はユエの構築した城壁の如き水の壁に阻まれて霧散した。と、その時、生徒達が怒涛の展開にようやく我を取り戻したのか魔法の詠唱を始めた。加勢しようというのだろう。早々に発動した炎弾や風刃は弧を描いて黒竜に殺到する。
しかし……
「ゴォアアア!!」
竜の咆哮による衝撃だけであっさり吹き散らされてしまった。しかも、その咆哮の凄まじさと黄金の瞳に睨まれて、ウィル同様に「ひっ」と悲鳴を漏らして後退りし、女子生徒達に至っては尻餅までついている。
完全に戦力外だと判断したハジメは、愛子にこの場所から離れるよう声を張り上げた。逡巡する愛子。ハジメとて愛子の教え子である以上、強力な魔物を前に置いていっていいものかと、教師であろうとするが故の迷いを生じさせる。
その間に、周囲の川の水を吹き飛ばしながら黒竜は翼をはためかせて上空に上がろうとした。しかも、ご丁寧にウィルに向けて火炎弾を連射しながら。
ハジメも先程からレールガンを連射しているのだが、一向に注意を引けない。黒竜の竜鱗は、かつてのサソリモドキを彷彿とさせる硬度を誇っており、レールガンの直撃を受けても表面を薄く砕く程度の効果しかないようだ。
黒竜は執拗にウィルだけを狙っている。まるで、何かに操られてでもいるように。命令に忠実に従うロボットのようである。先程の重力による拘束のようにウィルの殺害を直接、邪魔するようなものでない限り他の一切は眼中にないのだろう。
ハジメは、そこまで執拗にウィルを狙う理由はわからなかったが、目標が定まっているなら好都合だと、ユエに指示を飛ばした。
「ユエ! ウィルの守りに専念しろ! こいつは俺がやる!」
「んっ、任せて!」
ユエは、ハジメの指示を聞くとウィルの方へ〝落ちる〟ことで急速に移動し、その前に立ちはだかった。チラリと後ろを振り返り、愛子と生徒達を見ると、こういう状況で碌に動けていない事に苛立ちをあらわにしつつ不機嫌そうな声で呟いた。
「……死にたくないなら、私の後ろに」
生徒達に関してはどうでもよかったが、愛子に関しては、ハジメもそれなりに気にかけている人物でもあるから一応、死なせないように声を掛けておく。ついでに、邪魔になるから余計なことはするなと釘を刺すのも忘れない。
生徒達は、ユエの冷たい言葉にも特に反応することなくほうほうの体で傍に寄って来た。周囲の水分を利用し、無詠唱で氷の城壁を築いていくユエの傍が一番安全と悟ったのだろう。
本来なら、彼等とてもう少し戦えるだけの実力は持っている。しかし、いくらハジメが生きていたと分かっても、あの日、ベヒモスやトラウムソルジャーに殺されかけ、ハジメの奈落落ちにより〝死〟というものを強く実感した彼等の心には未だトラウマが蔓延っていた。愛子について来たのも、勇者組のように迷宮の最前線に行くようなことは出来ないが、じっともしていられないという中途半端さの現れでもあったのだ。なので、黒竜に自分達の魔法が効かず、殺意がたっぷり含まれた咆哮を浴びせられ、すっかり心が萎縮してしまっていた。とても、戦える心理状態ではなかった。
ハジメは、ユエがいる以上、ウィルの安全は確保されたと信じて攻撃に集中する。黒竜は、空中に上がり、未だ、ユエが構築した防御壁の向こうにいるウィルを狙って防壁の破壊に集中している。しかし、火炎弾では、防壁を突破できないと悟ったのか再び仰け反り、口元に魔力を集束し始めた。
「はっ、ここまで無視されたのは初めてだ……なら、どうあっても無視できないようにしてやるよ!」
ハジメはドンナーをホルスターにしまうと、〝宝物庫〟からシュラーゲンを虚空に取り出した。即座に〝纏雷〟を発動し、三メートル近い凶悪なフォルムの兵器が紅いスパークを迸らせる。黒竜は、流石に、ハジメの次手がマズイものだと悟ったのか、その顎門の矛先をハジメに向けた。ハジメの思惑通り、無視出来なかったようだ。
死を撒き散らす黒竜のブレスが放たれたのと、ハジメのシュラーゲンが充填を終え撃ち放たれたのは同時だった。
共に極大の閃光。必滅の嵐。黒と紅の極光が両者の中間地点で激突する。衝突の瞬間、凄まじい衝撃波が発生し、周囲の木々を根元から薙ぎ倒した。威力だけなら、おそらく互角。しかし、二つの極光は、その性質故に拮抗することなく勝敗を明確に分ける。ブレスは継続性に優れた極光ではあるが、シュラーゲンのそれは、一点突破の貫通特化仕様だ。したがって、必然的にブレスの閃光を突破して、その力を黒竜に届かせた。
ブレスを放っていた黒竜の頭部が突然弾かれた様に仰け反る。ブレスを突き破ったシュタル鉱石製フルメタルジャケットの弾丸が黒竜の顎門を襲ったのだ。しかし、致命傷には程遠かった。ブレスの威力に軌道が捻じ曲げられたようで、鋭い牙を数本蒸発させながら、頭部の側面ギリギリを通過し、背後ではためく片翼を吹き飛ばすに止まった。
「グルァアアア!!」
痛みを感じているのか悲鳴を上げながら錐揉みして地に落ちる黒竜。ハジメは、ブレスを回避するために〝空力〟で空中に退避していたのを幸いに、更に空中で逆さまになって〝空力〟〝縮地〟を発動。超速を以て急降下し、仰向けになっている黒竜の腹に〝豪脚〟を叩き込んだ。
ズドンッ! と腹の底に響く衝撃音が轟き、黒竜の体がくの字に折れる。地面は、衝撃により放射状にひび割れた。黒竜が、悲鳴じみた咆哮を上げるがダメージは大きいとは言えないだろう。レールガンに耐える装甲なのだ。しかし、そんなこと想定済みのハジメは、更に追撃をかけるため大きく左の義手を振りかぶった。義手からはキィイイイイイ!!! という機械音が鳴っている。落下する前から発動しておいた〝振動粉砕〟だ。
ハジメは、大質量・高速で突っ込んで来た岩石をも一撃で粉砕した破壊の拳を、容赦なく黒竜の腹にぶち込んだ。
ドォグゥウウ!!
くぐもった音が響き、腹の鱗に亀裂が入る。衝撃を伝えることを目的とした攻撃なので内臓にも相当ダメージが入ったようだ、黒竜は再び苦悶の声を上げると口から盛大に吐血した。このままではまずいと思ったのか、黒竜は、片翼に爆発的な魔力を込めて暴風を巻き起こし、その場で仰向け状態から強引に元の体勢に戻った。ハジメは、再び、〝空力〟を使ってその場を退避する。置き土産を残して。
黒竜が、空中に逃れたハジメに黄金の瞳を向けた瞬間、その腹の下で大爆発が起きる。竜の巨体が、その衝撃で二メートルほど浮き上がったほどだ。ハジメの置き土産は〝手榴弾〟である。
「クゥワァアア!!」
同じ場所への更なる衝撃に、今度は悲鳴も上げられずくぐもった唸り声を上げることしか出来ない。耐えるように頭を垂れて蹲る黒竜の口元からはダラダラと血が流れ出している。心なしか、唸り声も弱ってきているようだ。
黒竜は、ハジメを脅威と認識したのか、ウィルから目を離しハジメに向けて顎門を開いて火炎弾を連射した。さながら対空砲火のように空中へ乱れ飛ぶ火炎弾。しかし、その炎はただの一撃もハジメに当たることはなかった。〝空力〟と〝縮地〟を併用し、縦横無尽に空を駆けるハジメは、いつしか残像すら背後に引き連れながら、ヒット&アウェイの要領で黒竜をフルボッコにしていく。
ドンナー・シュラークで爪、歯茎、眼、尻尾の付け根、尻という実に嫌らしい場所を中距離から銃撃したかと思えば、次の瞬間には接近して〝振動粉砕〟またはショットシェルの激発+〝豪腕〟のコンボで頭部や脇腹をメッタ打ちにした。
「クルゥ、グワッン!」
若干、いや、確実に黒竜の声に泣きが入り始めている。鱗のあちこちがひび割れ、口元からは大量の血が滴り落ちている。
「すげぇ……」
ハジメの戦闘をユエの後ろという安全圏から眺めていた玉井淳史が思わずと言った感じで呟く。言葉はなくても、他の生徒達や愛子も同意見のようで無言でコクコクと頷き、その圧倒的な戦闘から目を逸らせずにいた。ウィルに至っては、先程まで黒竜の偉容にガクブルしていたとは思えないほど目を輝かせて食い入るようにハジメを見つめている。
ちなみに、いつの間にかシアが戻ってきており参戦しようとしたのだが、ハジメの意図を察したユエが止めた為、今は、ユエの傍らで一緒に観戦している。初っ端からいいとこなしで吹き飛ばされたので、実は若干しょげている。
ハジメが、シュラーゲンやオルカン等で一気に片をつけないのは、愛子達に自分の戦闘力を見せつけるいい機会だと思ったからだ。黒竜は確かに頑丈さや一撃の威力は恐るべきものがあるのだが、冷静に戦えば図体がデカイから攻撃が当てやすい上、攻撃は単調なので、まさに〝当たらなければどうということはない〟を実践でき、ハジメにとってはまだまだ余裕のある相手だった。なので、愛子達と別れたあと、教会や国、勇者達に愛子から情報がいった場合でも安易に強硬手段に出ることが無いように、実力を示しておこうと思ったのだ。
そんなわけで、純然たるハジメの都合でフルボッコにされている哀れな黒竜だったが、実のところハジメは内心感心していた。あちこちひび割れているとはいえ、一応、未だ完全に砕けた鱗はないのである。実に大した耐久力だ。サソリモドキを思い出して、念のため、鱗に〝鉱物系鑑定〟を使ってみたが何の反応もなかったので錬成の対象にできるような鉱物ではないらしい。
そろそろ、自分の実力も十分に把握してくれただろうと考え、そろそろ止めを刺すべく、一瞬で黒竜の懐に潜り込むと、〝豪脚〟を以て蹴り上げ、再び仰向けに転がした。そして、動きが緩慢な黒竜の腹の上で〝宝物庫〟からパイルバンカーを取り出す。
ウィル達の方から、どよめきが聞こえてきたがスルーして、アンカーを射出し、アームで黒竜を固定する。そして、〝纏雷〟を発動した。パイルバンカーを選択したのは、ライセン大迷宮では、十全に威力を発揮出来なかったため、実戦の中で試しておきたかったからである。
内蔵されたアザンチウムコーティングの杭が激しく回転し始め、パイルバンカーが紅いスパークを放つ。このまま行けば、重さ四トンの杭が容赦なく黒竜を貫き絶命させるだろう。
だが、〝窮鼠猫を噛む〟という諺があるように、獣は手負いの時こそが一番注意しなければならない。それは黒竜も同じだった。
「グゥガァアアアア!!!」
黒竜の咆哮と共に、全方位に向けて凄絶な爆風が発生した。純粋な魔力のみの爆発だ。さらに、一瞬にして最大級の身体強化を行ったようで唯でさえ強靭な筋肉が爆発的な力を生み、パイルバンカーを固定するアンカーを地面ごと引き抜き、同時に盛り上がった筋肉がアームをこじ開けた。そして、ハジメを振り落とすように一瞬で反転する。
「うおっ!?」
思わずたたらを踏むハジメ。パイルバンカーの重さに引かれて、発射寸前だったパイルバンカーは、その矛先を天に向けて起動し、十全に加速させた杭を上空へと発射した。天へと昇る一条の光を尻目に、パイルバンカーを〝宝物庫〟にしまったハジメは、黒竜が最後の足掻きとウィルに爆進するのを確認した。
「ちっ、シア!」
「は、はいですぅ」
己の失態に舌打ちしながら、シアに呼びかけるハジメ。シアは、その意図を悟って、築かれた氷の城壁を足場に大きく上空へ跳躍すると、今度こそ外さないと気合を入れ直し、自由落下と、ショットシェルの激発の反動を利用して隕石のごとく黒竜へと落下した。
本来の黒竜なら、あるいは避けることも出来たかもしれないが、文字通り最後の足掻きであり余裕のなかった黒竜に、その鉄槌を躱すことは出来なかった。シアの、大上段に振りかぶった超重量のドリュッケンが、さらに魔力を注がれて重量を爆発的に増加させる。そして、狙い違わず黒竜の脳天に轟音を立てながら直撃した。
黒竜は、頭部を地面にめり込ませ、突進の勢いそのままに半ば倒立でもするように下半身を浮き上がらせ逆さまになると、一瞬の停滞のあと、ゆっくりと地響きを立てながら倒れ込んだ。
地面にめり込んだ黒竜の頭部からドリュッケンを退けるシアは、驚きに目を見張る。それもそのはずだ。黒竜の頭部は表面が砕け散り、大きくヒビが入っているものの、完全には砕けていなかったからだ。本当に恐るべき耐久力である。
ハジメが、黒竜の背後から近寄ってくる。ちょうど、上空に飛ばされたパイルバンカー用の杭がハジメと黒竜の間に突き立った。ハジメは、横たわる黒竜から気配が感知出来ることから未だ死んでいないと知り、ついで、ふとモットーの話していた竜人族を元にした諺を思い出した。〝竜の尻を蹴り飛ばす〟である。
ハジメは、地面に深々と突き刺さる杭を〝豪腕〟も利用して引き抜くと肩に担いで黒竜の尻尾の付け根の前に陣取った。そして、まるでやり投げの選手のような構えを取る。手には当然、パイルバンカーの杭だ。
全員が、ハジメのしようとしていることを察し、頬を引き攣らせた。鱗を割るのが面倒だからといって、
そして遂に、ハジメのパイルバンカーが黒竜の〝ピッー〟にズブリと音を立てて勢いよく突き刺さった。と、その瞬間、
〝アッーーーーーなのじゃああああーーーーー!!!〟
くわっと目を見開いた黒竜が悲痛な絶叫を上げて目を覚ました。本当なら、半分ほどめり込んだ杭に、更に鉄拳をかましてぶち抜いてやろうと考えていたハジメだが、明らかに黒竜が発したと思われる悲鳴に、流石に驚愕し、思わず握った拳を解いてしまった。
〝お尻がぁ~、妾のお尻がぁ~〟
黒竜の悲しげで、切なげで、それでいて何処か興奮したような声音に全員が「一体何事!?」と度肝を抜かれ、黒竜を凝視したまま硬直する。
どうやら、ただの竜退治とはいかないようだった。
いつも読んで下さり有難うございます
感想・意見・誤字脱字報告も有難うございます
え~、ハジメの新たな食料を期待しておられた方々、期待を裏切ってすみません。実は、新ヒロインでした
不憫+正統
クーデレ+妖艶
残念+元気っ娘
のじゃ+〇〇
よければ、新ハーレムメンバーの属性を予想してみて下さい
次回は、火曜日の18時更新予定です