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冒険者らしいお仕事



 ブルックの町から中立商業都市フューレンまでは馬車で約六日の距離である。


 日の出前に出発し、日が沈む前に野営の準備に入る。それを繰り返すこと三回目。ハジメ達は、フューレンまで三日の位置まで来ていた。道程はあと半分である。ここまで特に何事もなく順調に進んで来た。ハジメ達は、隊の後方を預かっているのだが実にのどかなものである。


 この日も、特に何もないまま野営の準備となった。冒険者達の食事関係は自腹である。周囲を警戒しながらの食事なので、商隊の人々としては一緒に食べても落ち着かないのだろう。別々に食べるのは暗黙のルールになっているようだ。そして、冒険者達も任務中は酷く簡易な食事で済ませてしまう。ある程度凝った食事を準備すると、それだけで荷物が増えて、いざという時邪魔になるからなのだという。代わりに、町に着いて報酬をもらったら即行で美味いものを腹一杯食うのがセオリーなのだとか。


 そんな話を、この二日の食事の時間にハジメ達は他の冒険者達から聞いていた。ハジメ達が用意した豪勢なシチューモドキをふかふかのパンを浸して食べながら。


「カッーー、うめぇ! ホント、美味いわぁ~、流石シアちゃん! もう、亜人とか関係ないから俺の嫁にならない?」

「ガツッガツッ、ゴクンッ、ぷはっ、てめぇ、何抜け駆けしてやがる! シアちゃんは俺の嫁!」

「はっ、お前みたいな小汚いブ男が何言ってんだ? 身の程を弁えろ。ところでシアちゃん、町についたら一緒に食事でもどう? もちろん、俺のおごりで」

「な、なら、俺はユエちゃんだ! ユエちゃん、俺と食事に!」

「ユエちゃんのスプーン……ハァハァ」


 うまうまとシアが調理したシチューモドキを次々と胃に収めていく冒険者達。初日に、彼等が干し肉やカンパンのような携帯食をもそもそ食べている横で、普通に〝宝物庫〟から取り出した食器と材料を使い料理を始めたハジメ達。いい匂いを漂わせる料理に自然と視線が吸い寄せられ、ハジメ達が熱々の食事をハフハフしながら食べる頃には、全冒険者が涎を滝のように流しながら血走った目で凝視するという事態になり、物凄く居心地が悪くなったシアが、お裾分けを提案した結果、今の状態になった。


 当初、飢えた犬の如き彼等を前に、ハジメは平然と飯を食っていた。もちろん、お裾分けするつもりなど皆無である。しかし、野営時の食事当番をシアが受け持つようになってから、外で美味い食事にありつくにはシアを頼る必要がある。ハジメもユエも、作れないわけではないが、どうしても大味なものになってしまうのだ。ハジメは男料理ゆえに、ユエは元王族らしく経験がないために。なので、美味い飯を作ってくれるシアに、お裾分けを提案されては、流石のハジメも断りづらかった。


 それからというもの、冒険者達がこぞって食事の時間にはハイエナの如く群がってくるのだが、最初は恐縮していた彼等も次第に調子に乗り始め、ことある毎にシアとユエを軽く口説くようになったのである。


 ぎゃーぎゃー騒ぐ冒険者達に、ハジメは無言で〝威圧〟を発動。熱々のシチューモドキで体の芯まで温まったはずなのに、一瞬で芯まで冷えた冒険者達は、青ざめた表情でガクブルし始める。ハジメは、口の中の肉をゴクリと飲み込むと、シチューモドキに向けていた視線をゆっくり上げ囁くように、されどやたら響く声でポツリとこぼした。


「で? 腹の中のもん、ぶちまけたいヤツは誰だ?」

「「「「「調子に乗ってすんませんっしたー」」」」」


 見事なハモリとシンクロした土下座で即座に謝罪する冒険者達。彼等のほとんどは、ハジメよりも年上でベテランの冒険者なのだが、そのような威厳は皆無だった。ハジメから受ける威圧が半端ないというのもあるが、ブルックの町での所業を知っているのでハジメに逆らおうという者はいないのである。


「もう、ハジメさん。せっかくの食事の時間なんですから、少し騒ぐくらいいいじゃないですか。そ、それに、誰がなんと言おうと、わ、私はハジメさんのものですよ?」

「そんなことはどうでもいい」

「はぅ!?」


 はにかみながら、さりげなくハジメにアピールするシアだったが、ハジメの一言でばっさり切られる。


「……ハジメ」

「ん? ……何だよユエ」


 咎めるようなユエの視線に、ハジメは少し怯む。ユエは、人差し指をピッとハジメにつきつけると「……メッ!」とした。要するに、以前約束したように、もう少しシアに優しくしろという事だろう。ハジメとしては、未だシアに対して恋情を抱いていないので、身内への配慮程度でいいだろうと思っていたのだが……ユエ的にアウトらしい。


「ハジメさん! そんな態度取るなら、〝上手に焼けた〟串焼き肉あげませんよぉ!」


 そして、最近、更にへこたれなくなったシア。ハジメのツンな発言にも大抵はビクともしない。衝撃を受けても直ぐに復活して強気・積極的なアプローチを繰り返すようになった。


「……だから何故そのネタを知って……いや、何でもない。わかったから、さっさとその肉を寄越せ」

「ふふ、食べたいですか? で、では、あ~ん」

「……」


 シアが頬を染めながら上手に焼けた串焼き肉を、ハジメの口元に差し出す。食べさせたいらしい。ハジメは、チラッとユエを見る。ユエは、いそいそと串焼き肉を手に取って何やら待機している。おそらく、シアの「あ~ん」の後に、自分もするつもりなのだろう。


 冒険者達の視線を感じながら、ハジメは溜息を吐くとシアに向き直り口を開けた。シアの表情が喜色に染まる。


「あ~ん」

「……」


 差し出された肉をパクッと加えると無言で咀嚼するハジメ。シアは、ほわぁ~んとした表情でハジメを見つめている。と、今度は反対側から串焼き肉が差し出された。


「……あ~ん」

「……」


 再びパクッ。無言で咀嚼。また、反対側からシアが「あ~ん」パクっ。ユエが「あ~ん」パクッ。


 本人の主観はさておき、客観的にその様子を見せつけられている男達の心の声は見事に一致しているだろう。すなわち「頼むから爆発して下さい!!」である。内心でも敬語のあたりが彼等とハジメの力関係を如実に示しており何とも虚しいが。



 それから二日。残す道程があと一日に迫った頃、遂にのどかな旅路を壊す無粋な襲撃者が現れた。


 最初にそれに気がついたのはシアだ。街道沿いの森の方へウサミミを向けピコピコと動かすと、のほほんとした表情を一気に引き締めて警告を発した。


「敵襲です! 数は百以上! 森の中から来ます!」


 その警告を聞いて、冒険者達の間に一気に緊張が走る。現在通っている街道は、森に隣接してはいるが其処まで危険な場所ではない。何せ、大陸一の商業都市へのルートなのだ。道中の安全は、それなりに確保されている。なので、魔物に遭遇する話はよく聞くが、せいぜい二十体前後、多くても四十体くらいが限度のはずなのだ。


「くそっ、百以上だと? 最近、襲われた話を聞かなかったのは勢力を溜め込んでいたからなのか? ったく、街道の異変くらい調査しとけよ!」


 護衛隊のリーダーであるガリティマは、そう悪態をつきながら苦い表情をする。商隊の護衛は、全部で十五人。ユエとシアを入れても十七人だ。この人数で、商隊を無傷で守りきるのはかなり難しい。単純に物量で押し切られるからだ。


 ちなみに、温厚の代名詞である兎人族であるシアを自然と戦力に勘定しているのは、ブルックの町で「シアちゃんの奴隷になり隊」の一部過激派による行動にキレたシアが、その拳一つで湧き出る変態達を吹き飛ばしたという出来事が、畏怖と共に冒険者達に知れ渡っているからである。


 ガリティマが、いっそ隊の大部分を足止めにして商隊だけでも逃がそうかと考え始めた時、その考えを遮るように提案の声が上がった。


「迷ってんなら、俺らが殺ろうか?」

「えっ?」


 まるでちょっと買い物に行ってこようかとでも言うような気軽い口調で、信じられない提案をしたのは、他の誰でもないハジメである。ガリティマは、ハジメの提案の意味を掴みあぐねて、つい間抜けな声で聞き返した。


「だから、なんなら俺らが殲滅しちまうけど? って言ってんだよ」

「い、いや、それは確かに、このままでは商隊を無傷で守るのは難しいのだが……えっと、出来るのか? このあたりに出現する魔物はそれほど強いわけではないが、数が……」

「数なんて問題ない。すぐ終わらせる。ユエがな」


 ハジメはそう言って、すぐ横に佇むユエの肩にポンッと手を置いた。ユエも、特に気負った様子も見せずに、そんな仕事ベリーイージーですと言わんばかりに、「ん…」と返事をした。


 ガリティマは少し逡巡する。一応、彼も噂でユエが類希な魔法の使い手であるという事は聞いている。仮に、言葉通り殲滅できなくても、ハジメ達の態度から相当な数を削ることができるだろう。ならば、戦力を分散する危険を冒して商隊を先に逃がすよりは、堅実な作戦と考えられる。


「わかった。初撃はユエちゃんに任せよう。仮に殲滅できなくても数を相当数減らしてくれるなら問題ない。我々の魔法で更に減らし、最後は直接叩けばいい。みな、わかったな!」

「「「「了解!」」」」


 ガリティマの判断に他の冒険者達が気迫を込めた声で応えた。どうやら、ユエ一人で殲滅できるという話はあまり信じられていないらしい。ハジメは内心、そんな心配はいらないんだけどなぁ~と考えながら、百体以上の魔物を一撃で殲滅できるような魔法使いがそうそういないという常識からすれば、彼等の判断も仕方ないかと肩を竦めた。


 冒険者達が、商隊の前に陣取り隊列を組む。緊張感を漂わせながらも、覚悟を決めた良い顔つきだ。食事中などのふざけた雰囲気は微塵もない。道中、ベテラン冒険者としての様々な話を聞いたのだが、こういう姿を見ると、なるほど、ベテランというに相応しいと頷かされる。商隊の人々は、かなりの規模の魔物の群れと聞いて怯えた様子で、馬車の影から顔を覗かせている。


 ハジメ達は、商隊の馬車の屋根の上だ。


「ユエ、一応、詠唱しとけ。後々、面倒だしな」

「……詠唱……詠唱……?」

「……もしかして知らないとか?」

「……大丈夫、問題ない」

「いや、そのネタ……何でもない」

「接敵、十秒前ですよ~」


 周囲に追及されるのも面倒なので、ユエに詠唱をしておくよう告げるハジメだったが、ユエの方は、元々、詠唱が不要だったせいか頭に〝?〟を浮かべている。なければないで、小声で唱えていたとでもすればいいので、大した問題ではないのだが、返された言葉が何故か激しくハジメを不安にさせた。


 そうこうしている内に、シアから報告が入る。ユエは、右手をスっと森に向けて掲げると、透き通るような声で詠唱を始めた。


 「彼の者、常闇に紅き光をもたらさん、古の牢獄を打ち砕き、障碍の尽くを退けん、最強の片割れたるこの力、彼の者と共にありて、天すら呑み込む光となれ、〝雷龍〟」


 ユエの詠唱が終わり、魔法のトリガーが引かれた。その瞬間、詠唱の途中から立ち込めた暗雲より雷で出来た龍が現れた。その姿は、蛇を彷彿とさせる東洋の龍だ。


「な、なんだあれ……」


 それは誰が呟いた言葉だったのか。目の前に魔物の群れがいるにもかかわらず、誰もが暗示でも掛けられたように天を仰ぎ激しく放電する雷龍の異様を凝視している。護衛隊にいた魔法に精通しているはずの後衛組すら、見たことも聞いたこともない魔法に口をパクパクさせて呆けていた。


 そして、それは何も味方だけのことではない。森の中から獲物を喰らいつくそうと殺意にまみれてやって来た魔物達も、商隊と森の中間あたりの場所で立ち止まり、うねりながら天より自分達を睥睨する巨大な雷龍に、まるで蛇に睨まれたカエルの如く射竦められて硬直していた。


 そして、天よりもたらされる裁きの如く、ユエの細く綺麗な(タクト)に合わせて、天すら呑み込むと詠われた雷龍は魔物達へとその顎門を開き襲いかかった。


ゴォガァアアア!!!


「うわっ!?」

「どわぁあ!?」

「きゃぁあああ!!」


 雷龍が、凄まじい轟音を迸らせながら大口を開くと、何とその場にいた魔物の尽くが自らその顎門へと飛び込んでいく。そして、一瞬の抵抗も許されずに雷の顎門に滅却され消えていった。


 更には、ユエの指揮に従い、雷龍は魔物達の周囲をとぐろを巻いて包囲する。逃走中の魔物が突然眼前に現れた雷撃の壁に突っ込み塵となった。逃げ場を失くした魔物達の頭上で再び、落雷の轟音を響かせながら雷龍が顎門を開くと、魔物達は、やはり自ら死を選ぶように飛び込んでいき、苦痛を感じる暇もなく、荘厳さすら感じさせる龍の偉容を最後の光景に意識も肉体も一緒くたに塵へと還された。雷龍は、全ての魔物を呑み込むと最後にもう一度、落雷の如き雄叫びを上げて霧散した。


 隊列を組んでいた冒険者達や商隊の人々が、轟音と閃光、そして激震に思わず悲鳴を上げながら身を竦める。ようやく、その身を襲う畏怖にも似た感情と衝撃が過ぎ去り、薄ら目を開けて前方の様子を見ると……そこにはもう何もなかった。あえて言うならとぐろ状に焼け爛れて炭化した大地だけが、先の非現実的な光景が確かに起きた事実であると証明していた。


「……ん、やりすぎた」

「おいおい、あんな魔法、俺も知らないんだが……」

「ユエさんのオリジナルらしいですよ? ハジメさんから聞いた龍の話と例の魔法を組み合わせたものらしいです」

「俺がギルドに篭っている間、そんなことしてたのか……ていうかユエ、さっきの詠唱って……」

「ん……出会いと、未来を詠ってみた」


 無表情ながらドヤァ! という雰囲気でハジメを見るユエ。我ながらいい出来栄えだったという自負があるのだろう。ハジメは、苦笑いしながら優しい手付きでユエの髪をそっと撫でた。わざわざ詠唱させて、面倒事を避けようとしたことが全くの無意味だったが、自慢気なユエを見ていると注意する気も失せた。


 ユエのオリジナル魔法〝雷龍〟。これは〝雷槌〟という空に暗雲を創り極大の雷を降らせるという上級魔法と重力魔法の複合魔法である。本来落ちるだけの雷を重力魔法により纏めて、任意でコントロールする。わざわざハジメから聞いたことのある龍を形作っている点が何ともユエの魔法に対するセンスを感じさせる。この雷龍は、口の部分が重力場になっていて、顎門を開くことで対象を引き寄せることが出来る。魔物達が自ら飛び込んでいたように見えたのはそのせいだ。魔力量は上級程度にもかかわらず威力は最上級レベルであり、ユエの表情を見ても自慢の逸品のようだ。


 と、焼け爛れた大地を呆然と見ていた冒険者達が我に返り始めた。そして、猛烈な勢いで振り向きハジメ達を凝視すると一斉に騒ぎ始める。


「おいおいおいおいおい、何なのあれ? 何なんですか、あれっ!」

「へ、変な生き物が……空に、空に……あっ、夢か」

「へへ、俺、町についたら結婚するんだ」

「動揺してるのは分かったから落ち着け。お前には恋人どころか女友達すらいないだろうが」

「魔法だって生きてるんだ! 変な生き物になってもおかしくない! だから俺もおかしくない!」

「いや、魔法に生死は関係ないからな? 明らかに異常事態だからな?」

「なにぃ!? てめぇ、ユエちゃんが異常だとでもいうのか!? アァン!?」

「落ち着けお前等! いいか、ユエちゃんは女神、これで全ての説明がつく!」

「「「「なるほど!」」」」


 ユエの魔法が衝撃的過ぎて、冒険者達は少し壊れ気味のようだった。それも仕方がないだろう。何せ、既存の魔法に何らかの生き物を形取ったものなど存在しないのだ。まして、それを自在に操るなど国お抱えの魔法使いでも不可能だろう。雷を落とす〝雷槌〟を行使出来るだけでも超一流と言われるのだから。


 壊れて「ユエさま万歳!」とか言い出した冒険者達の中で唯一まともなリーダーガリティマは、そんな仲間達を見て盛大に溜息を吐くとハジメ達のもとへやって来た。


「はぁ、まずは礼を言う。ユエちゃんのおかげで被害ゼロで切り抜けることが出来た」

「今は、仕事仲間だろう。礼なんて不要だ。な?」

「……ん、仕事しただけ」

「はは、そうか……で、だ。さっきのは何だ?」


 ガリティマが困惑を隠せずに尋ねる。


「……オリジナル」

「オ、オリジナル? 自分で創った魔法ってことか? 上級魔法、いや、もしかしたら最上級を?」

「……創ってない。複合魔法」

「複合魔法? だが、一体、何と何を組み合わせればあんな……」

「……それは秘密」

「ッ……それは、まぁ、そうだろうな。切り札のタネを簡単に明かす冒険者などいないしな……」


 深い溜息と共に、追及を諦めたガリティマ。ベテラン冒険者なだけに暗黙のルールには敏感らしい。肩を竦めると、壊れた仲間を正気に戻しにかかった。このままでは〝ユエ教〟なんて新興宗教が生まれかねないので、ガリティマには是非とも頑張ってもらいたい、などと人ごとのように考えるハジメ。


 商隊の人々の畏怖と尊敬の混じった視線をチラチラと受けながら、一行は歩みを再開した。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ユエが、全ての商隊の人々と冒険者達の度肝を抜いた日以降、特に何事もなく、一行は遂に中立商業都市フューレンに到着した。


 フューレンの東門には六つの入場受付があり、そこで持ち込み品のチェックをするそうだ。ハジメ達も、その内の一つの列に並んでいた。順番が来るまでしばらくかかりそうである。


 馬車の屋根で、ユエに膝枕をされ、シアを侍らせながら寝転んでいたハジメのもとにモットーがやって来た。何やら話があるようだ。若干、呆れ気味にハジメを見上げるモットーに、ハジメは軽く頷いて屋根から飛び降りた。


「まったく豪胆ですな。周囲の目が気になりませんかな?」


 モットーの言う周囲の目とは、毎度お馴染みのハジメに対する嫉妬と羨望の目、そしてユエとシアに対する感嘆と嫌らしさを含んだ目だ。それに加えて、今は、シアに対する値踏みするような視線も増えている。流石大都市の玄関口。様々な人間が集まる場所では、ユエもシアも単純な好色の目だけでなく利益も絡んだ注目を受けているようだ。


「まぁ、煩わしいけどな、仕方がないだろう。気にするだけ無駄だ」


 そう言って肩を竦めるハジメにモットーは苦笑いだ。


「フューレンに入れば更に問題が増えそうですな。やはり、彼女を売る気は……」


 さりげなくシアの売買交渉を申し出るモットーだったが、その話は既に終わっただろ? というハジメの無言の主張に、両手を上げて降参のポーズをとる。


「そんな話をしに来たわけじゃないだろ? 用件は何だ?」

「いえ、似たようなものですよ。売買交渉です。貴方のもつアーティファクト。やはり譲ってはもらえませんか? 商会に来ていただければ、公証人立会の下、一生遊んで暮らせるだけの金額をお支払いしますよ。貴方のアーティファクト、特に〝宝物庫〟は、商人にとっては喉から手が出るほど手に入れたいものですからな」


 〝喉から手が出るほど〟そう言いながらもモットーの笑っていない眼をみれば〝殺してでも〟という表現の方がぴったりと当てはまりそうである。商人にとって常に頭の痛い懸案事項である商品の安全確実で低コストの大量輸送という問題が一気に解決するのだ。無理もないだろう。


 野営中に〝宝物庫〟から色々取り出している光景を見たときのモットーの表情と言ったら、砂漠を何十日も彷徨い続け死ぬ寸前でオアシスを見つけた遭難者のような表情だった。あまりにしつこい交渉に、ハジメが軽く殺気をぶつけるとようやく商人の勘がマズイ相手と警鐘を鳴らしたのか、すごすごと引き下がった。


 しかし、やはり諦めきれないのだろう。ドンナー・シュラーク共々、何とか引き取ろうと再度、交渉を持ちかけてきたようだ。


「何度言われようと、何一つ譲る気はない。諦めな」

「しかし、そのアーティファクトは一個人が持つにはあまりに有用過ぎる。その価値を知った者は理性を効かせられないかもしれませんぞ? そうなれば、かなり面倒なことになるでしょなぁ……例えば、彼女達の身にッ!?」


 モットーが、少々、狂的な眼差しでチラリと脅すように屋根の上にいるユエとシアに視線を向けた瞬間、ゴチッと額に冷たく固い何かが押し付けられた。壮絶な殺気と共に。周囲は誰も気がついていない。馬車の影ということもあるし、ハジメの殺気がピンポイントで叩きつけられているからだ。


「それは、宣戦布告と受け取っていいのか?」


 静かな声音。されど氷の如き冷たい声音で硬直するモットーの眼を覗き込むハジメの隻眼は、まるで深い闇のようだ。モットーは全身から冷や汗を流し必死に声を捻り出す。


「ち、違います。どうか……私は、ぐっ……あなたが……あまり隠そうとしておられない……ので、そういうこともある……と。ただ、それだけで……うっ」


 モットーの言う通り、ハジメはアーティファクトや実力をそこまで真剣に隠すつもりはなかった。ちょっとの配慮で面倒事を避けられるなら、ユエに詠唱させたようなこともするが、逆に言えば、〝ちょっと〟を越える配慮が必要なら隠すつもりはなかった。ハジメは、この世界に対し〝遠慮しない〟と決めているのだ。敵対するものは全てなぎ倒して進む。その覚悟がある。


「そうか、ならそういうことにしておこうか」


 そう言って、ドンナーをしまい殺気を解くハジメ。モットーはその場に崩れ落ちた。大量の汗を流し、肩で息をしている。


「別に、お前が何をしようとお前の勝手だ。あるいは誰かに言いふらして、そいつらがどんな行動を取っても構わない。ただ、敵意をもって俺の前に立ちはだかったなら……生き残れると思うな? 国だろうが世界だろうが関係ない。全て血の海に沈めてやる」

「……はぁはぁ、なるほど。割に合わない取引でしたな……」


 未だ青ざめた表情ではあるが、気丈に返すモットーは優秀な商人なのだろう。それに道中の商隊員とのやりとりから見ても、かなり慕われているようであった。本来は、ここまで強硬な姿勢を取ることはないのかもしれない。彼を狂わせるほどの魅力が、ハジメのアーティファクトにあったということだろう。


「ま、今回は見逃すさ。次がないといいな?」

「……全くですな。私も耄碌したものだ。欲に目がくらんで竜の尻を蹴り飛ばすとは……」


 〝竜の尻を蹴り飛ばす〟とは、この世界の諺で、竜とは竜人族を指す。彼等はその全身を覆うウロコで鉄壁の防御力を誇るが、目や口内を除けば唯一尻穴の付近にウロコがなく弱点となっている。防御力の高さ故に、眠りが深く、一度眠ると余程のことがない限り起きないのだが、弱点の尻を刺激されると一発で目を覚まし烈火の如く怒り狂うという。昔、何を思ったのか、それを実行して叩き潰された阿呆がいたとか。そこからちなんで、手を出さなければ無害な相手にわざわざ手を出して返り討ちに遭う愚か者という意味で伝わるようになったという。


 ちなみに、竜人族は、五百年以上前に滅びたとされている。理由は定かではないが、彼等が〝竜化〟という固有魔法を使えたことが魔物と人の境界線を曖昧にし、差別的排除を受けたとか、半端者として神により淘汰されたとか、色々な説がある。


「そう言えば、ユエ殿のあの魔法も竜を模したものでしたな。詫びと言ってはなんですが、あれが竜であるとは、あまり知られぬがいいでしょう。竜人族は、教会からはよく思われていませんからな。まぁ、竜というより蛇という方が近いので大丈夫でしょうが」


 何とか立ち上がれるまでに回復したモットーは、服の乱れを直しながらハジメに忠告をした。中々、豪胆な人物だ。たった今、場合によっては殺されていたかもしれないのに、その相手と普通に会話できるというのは並みの神経ではない。


「そうなのか?」

「ええ、人にも魔物にも成れる半端者。なのに恐ろしく強い。そして、どの神も信仰していなかった不信心者。これだけあれば、教会の権威主義者には面白くない存在というのも頷けるでしょう」

「なるほどな。つーか、随分ないい様だな。不信心者と思われるぞ?」

「私が信仰しているのは神であって、権威をかさに着る〝人〟ではありません。人は〝客〟ですな」

「……何となく、あんたの事がわかってきたわ。根っからの商人だな、あんた。そりゃ、これ見て暴走するのも頷けるわ」


 そう言って、手元の指輪をいじるハジメに、バツの悪そうな表情と誇らしげな表情が入り混じり、実に複雑な表情をするモットー。先ほどの狂的な態度は、もう見られない。ハジメの殺気に、今度こそ冷水を浴びせられた気持ちなのだろう。


「とんだ失態を晒しましたが、ご入り用の際は、我が商会を是非ご贔屓に。あなたは普通の冒険者とは違う。特異な人間とは繋がりを持っておきたいので、それなりに勉強させてもらいますよ」

「……ホント、商売魂が逞しいな」


 ハジメから呆れた視線を向けられながら、「では、失礼しました」と踵を返し前列へ戻っていくモットー。


 ユエとシアには、未だ、いや、むしろより強い視線が集まっている。モットーの背を追えば、さっそく何処ぞの商人風の男がユエ達を指差しながら何かを話しかけている。物見遊山的な気持ちで立ち寄ったフューレンだが、ハジメが思っていた以上に波乱が待っていそうだ。



いつも読んで下さり有難うございます

感想・意見・誤字脱字報告も有難うございます


雷龍はバオウザ○ルガ+ダイソンをイメージしてもらえれば……


あと、誰かとの再会は、あと二、三話後です。

焦らしているわけではないのですが、異世界での町や人のことも色々書いてみたくて……ご理解頂ければ幸いです


次回は、おそらく、金曜日の18時更新になると思います

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