ミレディ・ライセンェ 中編
とある通路の出入り口。そこは何故か壁になっていた。普通に考えれば唯の行き止まりと見るべきだろう。だが、その壁の部分、実はほんの数分前まで普通に奥の部屋へと続いていたのだ。
静寂が漂う中、突如、その行き止まりらしき壁が紅いスパークを放ち始めたかと思うと、人が中腰で通れる程度の穴が空いた。そこから這い出してきたのは……
「ぜはっーぜはっー、ちょ、ちょっと焦ったぜ」
「……ん、潰されるのは困る」
「いやいや、困るとかそんなレベルの話じゃないですからね? 普通に死ぬところでしたからね?」
ハジメ、ユエ、シアの三人である。ハジメ達は、サソリ部屋の横穴からしばらく迷宮を彷徨よった。そして、たどり着いた部屋で天井がまるごと落ちてくるという悪辣で定番なトラップが発動し潰されかけたのである。
逃げ場はなく、奥の通路までは距離がありすぎて間に合いそうにない。咄嗟に、ハジメとシアが膂力で天井を支え、その隙にハジメが天井を錬成し穴を開けたのだ。もっとも、強力な魔法分解作用のせいで錬成がやりにくい事この上なく、錬成速度は普段の四分の一、範囲は一メートル強で、数十倍の魔力をごっそりと持っていかれることになった。そうやって、なんとか小さな空間で三人密着しながらハジメの錬成で穴を掘りつつ、出口に向かったのである。
「くそ、〝高速魔力回復〟も役に立たねぇな。回復が全然進まねぇ」
「……取り敢えず回復薬…いっとく?」
「ささっ、一杯どうぞぉ~」
「お前等、何だかんだで余裕だな……」
ハジメが少し疲れた様子で壁にもたれて座ると、ユエが手でおチョコを使って飲むジェスチャーを、シアがポーチから魔力回復薬を取り出す。魔晶石から蓄えた分の魔力を補給してもいいのだが、意思一つで魔力を取り出せる便利な魔晶石は温存し、服用の必要がある回復薬の方が確かにこの場合は妥当だ。
ハジメは、どこぞのサラリーマンみたいな小芝居をするユエとシアに「つっこまないからな」と言いながら回復薬を受け取り一気に飲み干した。味は、まさしくリ○ビタンDである。魔晶石から魔力を取り出すのに比べれば回復速度も回復量も微々たるものだが随分活力が戻ったような気がするハジメ。「うし!」と気合を入れ直し立ち上がった。
そして再び、というか何時ものウザイ文を発見した。
〝ぷぷー、焦ってやんの~、ダサ~い〟
どうやらこのウザイ文は、全てのトラップの場所に設置されているらしい。ミレディ・ライセン……嫌がらせに努力を惜しまないヤツである。
「あ、焦ってませんよ! 断じて焦ってなどいません! ださくないですぅ!」
ハジメの視線を辿り、ウザイ文を見つけたシアが「ガルルゥ!」という唸り声が聞こえそうな様子で文字に向かって反論する。シアのミレディに対する敵愾心は天元突破しているらしい。ウザイ文が見つかる度にいちいち反応している。もし、ミレディが生きていたら「いいカモが来た!」とほくそ笑んでいることだろう。
「いいから、行くぞ。いちいち気にするな」
「……思うツボ」
「うぅ、はいですぅ」
その後も、進む通路、たどり着く部屋の尽くで罠が待ち受けていた。突如、全方位から飛来する毒矢、硫酸らしき、物を溶かす液体がたっぷり入った落とし穴、アリジゴクのように床が砂状化し、その中央にワーム型の魔物が待ち受ける部屋、そしてウザイ文。ハジメ達のストレスはマッハだった。
それでも全てのトラップを突破し、この迷宮に入って一番大きな通路に出た。幅は六、七メートルといったところだろう。結構急なスロープ状の通路で緩やかに右に曲がっている。おそらく螺旋状に下っていく通路なのだろう。
ハジメ達は警戒する。こんな如何にもな通路で何のトラップも作動しないなど有り得ない。
そして、その考えは正しかった。もう嫌というほど聞いてきた「ガコンッ!」という何かが作動する音が響く。既に、スイッチを押そうが押すまいが関係なく発動している気がする。なら、スイッチなんか作ってんじゃねぇよ! と盛大にツッコミたいハジメだったが、きっとそんな思いもミレディ・ライセンを喜ばせるだけに違いないとグッと堪える。
今度はどんなトラップだ? と周囲を警戒するハジメ達の耳にそれは聞こえてきた。
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ
明らかに何か重たいものが転がってくる音である。
「「「……」」」
三人が無言で顔を見合わせ、同時に頭上を見上げた。スロープの上方はカーブになっているため見えない。異音は次第に大きくなり、そして……カーブの奥から通路と同じ大きさの巨大な大岩が転がって来た。岩で出来た大玉である。全くもって定番のトラップだ。きっと、必死に逃げた先には、またあのウザイ文があるに違いない。
ユエとシアが踵を返し脱兎のごとく逃げ出そうとする。しかし、少し進んで直ぐに立ち止まった。ハジメが付いて来ないからだ。
「……ん、ハジメ?」
「ハジメさん!? 早くしないと潰されますよ!」
二人の呼びかけに、しかしハジメは答えず、それどころかその場で腰を深く落として右手を真っ直ぐに前方に伸ばした。掌は大玉を照準するように掲げられている。そして、左腕はググッと限界まで引き絞られた状態で「キィイイイ!!」という機械音を響かせている。
ハジメは、轟音を響かせながら迫ってくる大玉を真っ直ぐに見つめ、獰猛な笑みを口元に浮かべた。
「いつもいつも、やられっぱなしじゃあなぁ! 性に合わねぇんだよぉ!」
義手から発せられる「キィイイイイ!!」という機械音が、ハジメの言葉と共に一層激しさを増す。
そして……
ゴガァアアン!!!
凄まじい破壊音を響かせながら大玉とハジメの義手による一撃が激突した。ハジメは、大玉の圧力によって足が地面を滑り少し後退させられたがスパイクを錬成して踏ん張る、そして、ハジメの一撃は衝突点を中心に大玉を破砕していき、全体に亀裂を生じさせた。大玉の勢いが目に見えて減衰する。
「ラァアアア!!」
ハジメが裂帛の気合と共に左の拳を一気に振り抜いた。辛うじて拮抗していた大玉の耐久力とハジメの拳の威力は、この瞬間崩れさり、ハジメの拳に軍配が上がった。そして、大玉は轟音を響かせながら木っ端微塵に砕け散った。
ハジメは、拳を振り抜いた状態で残心し、やがてフッと気を抜くと体勢を立て直した。義手からは、もう、あの独特の機械音は聞こえない。ハジメは、義手を握ったり開いたりして異常がないことを確かめるとユエとシアの方へ振り返った。
その顔は実に清々しいものだった。「やってやったぜ!」という気持ちが如実に表情に表れている。ハジメ自身も相当、感知できない上に作動させなくても作動するトラップとその後のウザイ文にストレスが溜まっていたようだ。
ハジメが、今回使ったのは、かつて、フェアベルゲンの長老の一人ジンを一撃のもとに粉砕した弾丸による爆発力と〝豪腕〟、それに加えて、魔力を振動させることで義手自体を振動させ対象を破砕する、いわゆる振動破砕というやつである。義手への負担が大きいので一回使うごとにメンテが必要であり、本来なら切り札の一つなのだが……我慢出来なかったようだ。
満足気な表情で戻って来たハジメをユエとシアがはしゃいだ様子で迎えた。
「ハジメさ~ん! 流石ですぅ! カッコイイですぅ! すっごくスッキリしましたぁ!」
「……ん、すっきり」
「ははは、そうだろう、そうだろう。これでゆっくりこの道……」
二人の称賛に気分よく答えるハジメ。しかし、その言葉は途中で遮られた。
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ
という聞き覚えのある音によって。笑顔のまま固まるハジメ。同じく笑顔で固まるシアと無表情ながら頬が引き攣っているユエ。ギギギと油を差し忘れた機械のようにぎこちなく背後を振り向いたハジメの目に映ったのは……
――――黒光りする金属製の大玉だった。
「うそん」
ハジメが思わず笑顔を引き攣らせながら呟く。
「あ、あのハジメさん。気のせいでなければ、あれ、何か変な液体撒き散らしながら転がってくるような……」
「……溶けてる」
そう、こともあろうに金属製の大玉は表面に空いた無数の小さな穴から液体を撒き散らしながら迫ってきており、その液体が付着した場所がシュワーという実にヤバイ音を響かせながら溶けているようなのである。
ハジメは、それを確認し一度「ふぅ~」と息を吐くと、笑顔のまま再度ユエ達の方に顔を向けた。そして笑顔がスっと消えたかと思うと、「逃げるぞぉ!ちくしょう!」と叫び、いきなりスプリンターも真っ青な見事な踏切でスロープを駆け下りていった。
ユエとシアも、一瞬顔を見合わせるとクルリと踵を返しハジメを追って一気に駆け出した。
背後からは、溶解液を撒き散らす金属球が凄まじい音を響かせながら徐々に速度を上げて迫る。
「いやぁあああ!! 轢かれた上に溶けるなんて絶対に嫌ですぅ~!」
「……ん、とにかく走って」
通路内をシアの泣き言が木霊する。
「っていうかハジメさ~ん! 先に逃げるなんてヒドイですよぉ! 薄情ものぉ! 鬼ぃ!」
先を走るハジメに向かってシアが抗議の声を上げる。
「やかましいわ! 誤差だ誤差! 黙って走れ!」
「置いていったくせに何ですかその言い草! 私の事なんてどうでもいいんですね!? うわぁ~ん、死んだら化けて出てやるぅ!」
「……シア、意外に余裕?」
必死に逃げながらも、しっかり文句は言っているシアに、ユエが呆れたような目線を向ける。
そうこうしている内に通路の終わりが見えた。〝遠見〟で確認すると、どうやら相当大きな空間が広がっているようだ。だが見える範囲が少しおかしい。部屋の床がずっと遠くの部分しか見えないのだ。おそらく、部屋の天井付近にハジメ達が走る通路の出口があるのだろう。
「真下に降りるぞ!」
「んっ」
「はいっ!」
ハジメ達は、スライディングするように通路の先の部屋に飛び込み、出口の真下へと落下した。
そして、
「げっ!?」
「んっ!?」
「ひんっ!?」
三者三様の呻き声を上げた。出口の真下が明らかにヤバそうな液体で満たされてプールになっていたからだ。
「んのやろうぉ!」
ハジメは、咄嗟に義手からナイフを射出、同時に壁にアンカーを撃ち込み右手でユエを捕まえ落下を防いだ。
直後、頭上を溶解液を撒き散らしながら金属球が飛び出していき、眼下のプールへと落下した。そのままズブズブと煙を吹き上げながら沈んでいく。
「〝風壁〟」
ユエの魔法で飛び散った溶解液が吹き散らさられる。しばらく、周囲を警戒したが特に何も起こらないので、ハジメはようやく肩から力を抜いた。
「ぐすっ、ひっく、どうせ私なんて……私なんて……うぅ、ぐすっ」
何やらすぐ横から泣き声が聞こえるので振り向いてみればシアが数本のナイフに衣服を縫い止められた状態で壁に磔になっていた。
「? なにいきなり泣いてんだ?」
「……情緒不安定?」
「この状態を見ればわかるでしょう。何でユエさんは優しく抱っこされてて、私は磔なんですか。ハジメさ~ん、いい加減、少しくらい私にデレてくれてもいいんですよ?」
「いや、ちゃんと助けたろ?」
「違うんですぅ。もっとこう女の子らしい助け方をされたいというか……わかりますでしょ!? 私もユエさんみたいに抱っこされて助けられたいですぅ!」
「……シア」
「ぐすっ、何ですかユエさん?」
「……現実を見て」
「どう言う意味ですか!?」
「あのなぁ、シア。お前のことは仲間として認めてるし、そういう意味ではそれなりの扱いをするつもりだが……俺が惚れてるのはユエなんだから、咄嗟に体が動くのは仕方ないだろ?」
「うぅ~」
もっともと言えばもっともな言い分に、プラ~ンと磔にされながら、シアは目の端に涙を浮かべて唸る。ユエはというと、「惚れている」という言葉に頬を染めて、より一層抱っこしているハジメの胸元に頬を寄せスリスリした。
「ぜぇ~たい、抱っこで助けたくなるくらい惚れさせてみせますからねっ!」
「めげないヤツだなぁ~」
「……根性はある……うかうかしてられない」
下は溶解液のプール、自分達はぶら下がり状態、にもかかわらずラブコメするハジメ達。やはり結構余裕である。
ハジメ達は、アンカーを利用して振り子の要領で移動し、溶解液のプールを飛び越えて今度こそ部屋の地面に着地した。
その部屋は長方形型の奥行きがある大きな部屋だった。壁の両サイドには無数の窪みがあり騎士甲冑を纏い大剣と盾を装備した身長二メートルほどの像が並び立っている。部屋の一番奥には大きな階段があり、その先には祭壇のような場所と奥の壁に荘厳な扉があった。祭壇の上には菱形の黄色い水晶のようなものが設置されている。
ハジメは周囲を見渡しながら微妙に顔をしかめた。
「いかにもな扉だな。ミレディの住処に到着か? それなら万々歳なんだが……この周りの騎士甲冑に嫌な予感がするのは俺だけか?」
「……大丈夫、お約束は守られる」
「それって襲われるってことですよね? 全然大丈夫じゃないですよ?」
そんなことを話しながらハジメ達が部屋の中央まで進んだとき、確かにお約束は守られた。
毎度お馴染みのあの音である。
ガコン!
ピタリと立ち止まるハジメ達。内心「やっぱりなぁ~」と思いつつ周囲を見ると、騎士達の兜の隙間から見えている眼の部分がギンッと光り輝いた。そして、ガシャガシャと金属の擦れ合う音を立てながら窪みから騎士達が抜け出てきた。その数、総勢五十体。
騎士達は、スっと腰を落とすと盾を前面に掲げつつ大剣を突きの型で構えた。窪みの位置的に現れた時点で既に包囲が完成している。
「ははっ、ホントにお約束だな。動く前に壊しておけばよかったか。まぁ、今更の話か……ユエ、シア、やるぞ?」
「んっ」
「か、数多くないですか? いや、やりますけども……」
ハジメはドンナーとシュラークを抜く。数には機関砲のメツェライが有効だが、この部屋にどれだけのトラップが仕掛けられているかわからない。無差別にバラまいた弾丸がそれらを尽く作動させてしまっては目も当てられない。従って、今回は二丁のレールガンを選択する。
ユエは、ハジメの言葉に気合に満ちた返事を返した。この迷宮内では、自分が一番火力不足であることを理解している。だが足でまといになるつもりは毛頭ない。ハジメのパートナーたるもの、この程度の悪環境如きで後れを取るわけにはいかないのだ。まして、今はもしかしたら、あるいは、万に一つの可能性で恋敵になるやもしれない相手もいるのだから余計無様は見せられない。
一方でシアは、少々腰が引け気味だ。このメンバーで一番影響なく力を発揮できるとは言え、実質的な戦闘経験はかなり不足している。まともな魔物戦は谷底の魔物だけで、僅か五日程度のことだ。ユエとの模擬戦を合わせても二週間ちょっとの戦闘経験しかない。もともとハウリア族という温厚な部族出身だったことからも、戦闘に対して及び腰になるのも無理はない。むしろ、気丈にドリュッケンを構えて立ち向かおうと踏ん張っている時点でかなり根性があると言えるだろう。
「シア」
「は、はいぃ! な、何でしょう、ハジメさん」
緊張に声が裏返っているシアに、ハジメは声をかける。それは、どことなく普段より柔らかい声音だった……シアの気のせいかもしれないが。
「お前は強い。俺達が保証してやる。こんなゴーレム如きに負けはしないさ。だから、下手なこと考えず好きに暴れな。ヤバイ時は必ず助けてやる」
「……ん、弟子の面倒は見る」
シアは、ハジメとユエの言葉に思わず涙目になった。単純に嬉しかったのだ。色々と扱いが雑だったので、ひょっとして付いて来た事も迷惑に思っているんじゃと、ちょっぴり不安になったりもしたのだが……杞憂だったようだ。ならば、未熟者は未熟者なりに出来ることを精一杯やらねばならない。シアは、全身に身体強化を施し、力強く地面を踏みしめた。
「ふふ、ハジメさんが少しデレてくれました。やる気が湧いてきましたよ! ユエさん、下克上する日も近いかもしれません」
「「……調子に乗るな」」
ハジメとユエの両方に呆れた眼差しを向けられるも、テンションの上がってきたシアは聞いていない。真っ直ぐ前に顔を向けて騎士達を睨みつける。
「かかってこいやぁ! ですぅ!」
「いや、だから、何でそのネタ知ってんだよ……あっ、つっこんじまった」
「……だぁ~」
「……つっこまないぞ。絶対つっこまないからな」
五十体のゴーレム騎士を前に、戦う前から何処か疲れた表情をするハジメ。そんなハジメの状態を知ってか知らずか……ゴーレム騎士達は一斉に侵入者達を切り裂かんと襲いかかった。
いつも読んで下さり有難うございます
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