ハジメの失敗
レギン・バントンは熊人族最大の一族であるバントン族の次期族長との噂も高い実力者だ。現長老の一人であるジン・バントンの右腕的な存在でもあり、ジンに心酔にも近い感情を抱いていた。
もっとも、それは、レギンに限ったことではなくバントン族全体に言えることで、特に若者衆の間でジンは絶大な人気を誇っていた。その理由としては、ジンの豪放磊落な性格と深い愛国心、そして亜人族の中でも最高クラスの実力を持っていることが大きいだろう。
だからこそ、その知らせを聞いたとき熊人族はタチの悪い冗談だと思った。自分達の心酔する長老が、一人の人間に為すすべもなく再起不能にされたなど有り得ないと。しかし、現実は容赦なく事実を突きつける。医療施設で力なく横たわるジンの姿が何より雄弁に真実を示していた。
レギンは、変わり果てたジンの姿に呆然とし、次いで煮えたぎるような怒りと憎しみを覚えた。腹の底から湧き上がるそれを堪える事もなく、現場にいた長老達に詰め寄り一切の事情を聞く。そして、全てを知ったレギンは、長老衆の忠告を無視して熊人族の全てに事実を伝え、報復へと乗り出した。
長老衆や他の一族の説得もあり、全ての熊人族を駆り立てることはできなかったが、バントン族の若者を中心にジンを特に慕っていた者達が集まり、憎き人間を討とうと息巻いた。その数は五十人以上。仇の人間の目的が大樹であることを知ったレギン達は、もっとも効果的な報復として大樹へと至る寸前で襲撃する事にした。目的を眼前に果てるがいい! と。
相手は所詮、人間と兎人族のみ。例えジンを倒したのだとしても、どうせ不意を打つなど卑怯な手段を使ったに違いないと勝手に解釈した。樹海の深い霧の中なら感覚の狂う人間や、まして脆弱な兎人族など恐るるに足らずと。レギンは優秀な男だ。普段であるならば、そのようなご都合解釈はしなかっただろう。深い怒りが目を曇らせていたとしか言い様がない。
だが、だとしても、己の目が曇っていたのだとしても……
「これはないだろう!?」
レギンは堪らず絶叫を上げた。なぜなら、彼の目には亜人族の中でも底辺という評価を受けている兎人族が、最強種の一角に数えられる程戦闘に長けた自分達熊人族を蹂躙しているという有り得ない光景が広がっていたからだ。
「ほらほらほら! 気合入れろや! 刻んじまうぞぉ!」
「アハハハハハ、豚のように悲鳴を上げなさい!」
「汚物は消毒だぁ! ヒャハハハハッハ!」
ハウリア族の哄笑が響き渡り、致命の斬撃が無数に振るわれる。そこには温和で平和的、争いが何より苦手な兎人族の面影は皆無だった。必死に応戦する熊人族達は動揺もあらわに叫び返した。
「ちくしょう! 何なんだよ! 誰だよ、お前等!!」
「こんなの兎人族じゃないだろっ!」
「うわぁああ! 来るなっ! 来るなぁあ!」
奇襲しようとしていた相手に逆に奇襲されたこと、亜人族の中でも格下のはずの兎人族の有り得ない強さ、どこからともなく飛来する正確無比な弓や石、認識を狂わせる巧みな気配の断ち方、高度な連携、そして何より嬉々として刃を振るう狂的な表情と哄笑! その全てが激しい動揺を生み、スペックで上回っているはずの熊人族に窮地を与えていた。
実際、単純に一対一で戦ったのなら兎人族が熊人族に敵うことはまずないだろう。だが、この十日間、ハウリア族は、地獄というのも生ぬるい特訓のおかげでその先天的な差を埋めることに成功していた。
元々、兎人族は他の亜人族に比べて低スペックだ。しかし、争いを避けつつ生き残るために磨かれた危機察知能力と隠密能力は群を抜いている。何せ、それだけで生き延びてきたのだから。
そして、敵の存在をいち早く察知し、気づかれないよう奇襲できるという点で、彼等は実に暗殺者向きの能力をもった種族であると言えるのだ。ただ、生来の性分が、これらの利点を全て潰していた。
ハジメが施した訓練は彼等の闘争本能を呼び起こすものと言っていい。ひたすら罵り追い詰めて、武器を振るうことや相手を傷つけることに忌避感を感じる暇も与えない。ハート○ン先任軍曹様のセリフを思い出しながら、十日間ぶっ通しで過酷な訓練を施した結果、彼等の心は完全に戦闘者のそれになった。若干、やりすぎた感は否めないが……
躊躇いのない攻撃性を身に付けた彼等は、中々の戦闘力を発揮した。一族全体を家族と称する絆の強い一族というだけあって連携は最初からかなり高いレベルだった。また、気配の強弱の調整が上手く、連携と合わせることで絶大な効果を発揮した。
さらに、非力な彼らの攻撃力を引き上げるハジメ製の武器の数々もハウリア族の戦闘力が飛躍的に向上した理由の一つだ。
全員が常備している小太刀二刀は、精密錬成の練習過程から生まれたもので、極薄の刃は軽く触れるだけで皮膚を裂く。タウル鉱石を使っているので衝撃にも強い。同様の投擲用ナイフも配備されている。
他にも、奈落の底の蜘蛛型の魔物から採取した伸縮性・強度共に抜群の糸を利用したスリングショットやクロスボウも非常に強力だ。特に、ハウリア族の中でも未だ小さい子達に近接戦は厳しい。子供でも先天的に備わっている索敵能力を使った霧の向こう側からの狙撃は、思わずハジメでさえも瞠目したほどだ。
パル……必滅のバルトフェルド君など、すっかりクロスボウによる狙撃に惚れ込み、一端のスナイパー気取りである。
「一撃必倒! ド頭吹き飛ばしてやりまさぁ。〝必滅〟の名にかけて」
パル……必滅のバルトフェルド君の最近の口癖である。ちなみに、〝必滅〟は彼の自称だ。あと、最初は「狙い撃つぜ!」が口癖だったがハジメが止めさせた。すごく不満そうだった。
そんなわけで、パニック状態に陥っている熊人族では今のハウリア族に抗することなど出来る訳もなく、瞬く間にその数を減らし、既に当初の半分近くまで討ち取られていた。
「レギン殿! このままではっ!」
「一度撤退を!」
「
「トントォ!?」
一時撤退を進言してくる部下に、ジンを再起不能にされたばかりか部下まで殺られて腸が煮えくり返っていることから逡巡するレギン。その判断の遅さをハウリアのスナイパーは逃さない。殿を申し出て再度撤退を進言しようとしたトントと呼ばれた部下のこめかみを正確無比の矢が貫いた。
それに動揺して陣形が乱れるレギン達。それを好機と見てカム達が一斉に襲いかかった。
霧の中から矢が飛来し、足首という実にいやらしい場所を驚くほど正確に狙い撃ってくる。それに気を取られると、首を刈り取る鋭い斬撃が振るわれ、その斬撃を放った者の後ろから絶妙なタイミングで刺突が走る。
だが、それも本命ではなかったのか、突然、背後から気配が現れ致命の一撃を放たれる。ハウリア達は、そのように連携と気配の強弱を利用してレギン達を翻弄した。レギン達は戦慄する。これが本当に、あのヘタレで惰弱な兎人族なのか!? と。
しばらく抗戦は続けたものの、混乱から立ち直る前にレギン達は満身創痍となり武器を支えに何とか立っている状態だ。連携と絶妙な援護射撃を利用した波状攻撃に休む間もなく、全員が肩で息をしている。一箇所に固まり大木を背後にして追い込まれたレギン達をカム達が取り囲む。
「どうした〝ピッー〟野郎共! この程度か! この根性なしが!」
「最強種が聞いて呆れるぞ! この〝ピッー〟共が! それでも〝ピッー〟付いてるのか!」
「さっさと武器を構えろ! 貴様ら足腰の弱った〝ピッー〟か!」
兎人族と思えない、というか他の種族でも言わないような罵声が浴びせられる。ホントにこいつらに何があったんだ!? と戦慄の表情を浮かべる熊人族達。中には既に心が折られたのか頭を抱えてプルプルと震えている者もいる。大柄で毛むくじゃらの男が「もうイジメないで?」と涙目で訴える姿は……物凄くシュールだ。
「クックックッ、何か言い残すことはあるかね? 最強種殿?」
カムが実にあくどい表情で皮肉げな言葉を投げかける。闘争本能に目覚めた今、見下されがちな境遇に思うところが出てきたらしい。前のカムからは考えられないセリフだ。
「ぬぐぅ……」
レギンは、カムの物言いに悔しげに表情を歪める。何とか混乱から立ち直ったようでその瞳には本来の理性が戻ってきていた。ハウリア族の強襲に冷や水を浴びせかけられたというのもあるだろうが、ジンを再起不能にされた怒りの炎は未だ燃え盛らせつつも、今は少しでも生き残った部下を存命させる事に集中しなければならないという責任感から正気に戻ったようだ。同族達を駆り立て、この窮地に陥らせたのは自分であるという自覚があるのだろう。
「……俺はどうなってもいい。煮るなり焼くなり好きにしろ。だが、部下は俺が無理やり連れてきたのだ。見逃して欲しい」
「なっ、レギン殿!?」
「レギン殿! それはっ……」
レギンの言葉に部下達が途端にざわつき始めた。レギンは自分の命と引き換えに部下達の存命を図ろうというのだろう。動揺する部下達にレギンが一喝した。
「だまれっ! ……頭に血が登り目を曇らせた私の責任だ。兎人……いや、ハウリア族の長殿。勝手は重々承知。だが、どうか、この者達の命だけは助けて欲しい! この通りだ」
武器を手放し跪いて頭を下げるレギン。部下達は、レギンの武に対する誇り高さを知っているため敵に頭を下げることがどれだけ覚悟のいることか嫌でもわかってしまう。だからこそ言葉を詰まらせ立ち尽くすことしかできなかった。
頭を下げ続けるレギンに対するカム達ハウリア族の返答は……
「だが断る」
という言葉と投擲されたナイフだった。
「うぉ!?」
咄嗟に身をひねり躱すレギン。しかし、カムの投擲を皮切りに、レギン達の間合いの外から一斉に矢やら石などが高速で撃ち放たれた。大斧を盾にして必死に耐え凌ぐレギン達に、ハウリア達は哄笑を上げながら心底楽しそうに攻撃を加える。
「なぜだ!?」
呻くように声を搾り出し、問答無用の攻撃の理由を問うレギン。
「なぜ? 貴様らは敵であろう? 殺すことにそれ以上の理由が必要か?」
カムの答えは実にシンプルだった。
「ぐっ、だが!」
「それに何より……貴様らの傲慢を打ち砕き、嬲るのは楽しいのでなぁ! ハッハッハッ!」
「んなっ!? おのれぇ! こんな奴等に!」
カムの言葉通り、ハウリア達は実に楽しそうだった。スリングショットやクロスボウ、弓を安全圏から嬲るように放っている。その姿は、力に溺れた者典型の狂気じみた高揚に包まれたものだった。どうやら、初めての人族、それも同胞たる亜人族を殺したことに心のタガが外れてしまったようである。要は、完全に暴走状態だ。
攻撃は苛烈さを増し、レギン達は身を寄せ合い陣を組んで必死に耐えるが……既に限界。致命傷こそ避けているものの、みな満身創痍。次の掃射には耐えられないだろう。
カムが口元を歪めながらスっと腕を掲げる。ハウリア達も狂的な眼で矢を、石をつがえた。レギンは、ここが死に場所かと無念を感じながら体の力を抜く。そして、心の中で、扇動してしまった部下達に謝罪をする。
カムの腕が、レギン達の命を狩り取る死神の鎌の如く振り下ろされた。一斉に放たれる矢と石。スローモーションで迫ってくるそれらを、レギンは、せめて目を逸らしてなるものかと見つめ続け、そして……
「いい加減にしなさぁ~い!!!」
ズドォオオン!!
白き鉄槌が全てを吹き飛ばす光景を目の当たりにした。
「は?」
思わず間抜けな声を出してしまうレギン。だが、無理もないだろう。何せ、死を覚悟した直後、青白い髪を靡かせたウサミミ少女が、巨大な鉄槌と共に天より降ってきた挙句、地面に槌を叩きつけ、その際に発生した衝撃波で飛んでくる矢や石をまとめて吹き飛ばしたのだから。目が点になるとはこのことだ。周りの熊人族もポカンとしている。
怒り心頭! といった感じで登場したのは、もちろんシアである。圧縮錬成の練習過程で作成された大槌は、途轍もない重量を持っているのだが、まるで重さなど感じさせずブオンッと突風を発生させながら振り回し、ビシッとカムに向かって突きつけた。
「もうっ! ホントにもうっですよ! 父様も皆も、いい加減正気に戻って下さい!」
そんなシアに、最初は驚愕で硬直していたカム達だが、ハッと我を取り戻すと責めるような眼差しを向けた。
「シア、何のつもりか知らんが、そこを退きなさい。後ろの奴等を殺せないだろう?」
「いいえ、退きません。これ以上はダメです!」
シアの言葉に、カム達の目が細められる。
「ダメ? まさかシア、我らの敵に与するつもりか? 返答によっては……」
「いえ、この人達は別に死んでも構わないです」
「「「「いいのかよっ!?」」」」
てっきり同族の虐殺を止めに来てくれたのかと考えていた熊人族達は、シアの言葉に思わずツッコミを入れる。
「当たり前です。殺意を向けて来る相手に手心を加えるなんて心構えでは、ユエさんの特訓には耐えられません。私だって、もう甘い考えは持っていませんよ」
「ふむ、では何故止めたのだ?」
カムが尋ねる。ハウリア族達も怪訝な表情だ。
「そんなの決まってます! 父様達が、壊れてしまうからです! 堕ちてしまうからです!」
「壊れる? 堕ちる?」
訳がわからないという表情のカムにシアは言葉を重ねる。
「そうです! 思い出して下さい。ハジメさんは敵に容赦しませんし、問答無用だし、無慈悲ではありますが、魔物でも人でも殺しを
「い、いや、我らは楽しんでなど……」
「今、父様達がどんな顔しているかわかりますか?」
「顔? いや、どんなと言われても……」
シアの言葉に、周囲の仲間と顔を見合わせるハウリア族。シアは、ひと呼吸置くと静かな、しかし、よく通る声ではっきりと告げた。
「……まるで、私達を襲ってきた帝国兵みたいです」
「ッ!?」
衝撃だった。宿った狂気が吹き飛ぶほど。冷水を浴びせられた気分だ。自分達家族の大半を嘲笑と愉悦交じりに奪った輩と同じ表情……実際に目の当たりにして来たからこそその醜さが分かる。家族を奪った彼等と同じ……耐え難い事実だ。
「シ、シア……私は……」
「ふぅ~、少しは落ち着いたみたいですね。よかったです。最悪、全員ぶっ飛ばさなきゃいけないかもと思っていたので」
シアが大槌をフリフリと動かす。シアの指摘と、ついでに大槌の威容に動揺しているハウリア達に、シアが少し頬を緩める。
「まぁ、初めての対人戦ですし、今、気がつけたのなら、もう大丈夫ですよ! 大体、ハジメさんも悪いんです! 戦える精神にするというのはわかりますが、あんなのやり過ぎですよ! 戦士どころかバーサーカーの育成じゃないですかっ!」
今度は、ハジメに対してぷりぷりと怒り出すシア。小声で「何であんな人好きになっちゃったんだろ?」とかブツブツと呟いている。
と、その時、突如として銃声が響いた。
シアの背後で「ぐわっ!?」という呻き声と崩れ落ちる音がする。そう言えば、すっかり存在を忘れていたとシアとカム達が慌てて背後を確認すると、額を抑えてのたうつレギンの姿があった。
「なにドサクサに紛れて逃げ出そうとしてんだ? 話が終わるまで正座でもしとけ」
霧の奥からハジメがユエを伴って現れる。どうやら、シア達が話し合っているうちに、こっそり逃げ出そうとしたレギン達に銃撃したようである。但し、何故か非致死性のゴム弾だったが。
ハジメの言葉を受けても尚、逃げ出そうと油断なく周囲の様子を確認している熊人族に、ハジメは〝威圧〟を仕掛けて黙らせた。ガクブルしている彼等を尻目に、シア達の方へ歩み寄るハジメとユエ。
ハジメはカム達を見ると、若干、気まずそうに視線を彷徨わせ、しかし直ぐに観念したようにカム達に向き合うと謝罪の言葉を口にした。
「あ~、まぁ、何だ、悪かったな。自分が平気だったもんで、すっかり殺人の衝撃ってのを失念してた。俺のミスだ。うん、ホントすまん」
ポカンと口を開けて目を点にするシアとカム達。まさか素直に謝罪の言葉を口にするとは予想外にも程があった。
「ボ、ボス!? 正気ですか!? 頭打ったんじゃ!?」
「メディーック! メディーーク! 重傷者一名!」
「ボス! しっかりして下さい!」
故にこういう反応になる。青筋を浮かべ、口元をヒクヒクさせるハジメ。
今回のことは、ハジメ自身、本心から自分のミスだと思っていた。自分が殺人に特になんの感慨も抱かなかったことから、その精神的衝撃というものに意識が及ばなかったのだ。いくらハジメが強くなったとはいえ、教導の経験などあるはずもなく、その結果、危うくハウリア族達の精神を壊してしまうところだった。流石に、まずかったと思い、だからこそ謝罪の言葉を口にしたというのに……帰ってきた反応は正気を疑われるというものだった。ハジメとしては、キレるべきか、日頃の態度を振り返るべきか若干迷うところである。
ハジメは、取り敢えずこの件は脇に置いておいて、レギンのもとへ歩み寄ると、その額にドンナーの銃口をゴリッと押し当てた。
「さて、潔く死ぬのと、生き恥晒しても生き残るのとどっちがいい?」
ハジメの言葉に、熊人族よりもむしろハウリア族が驚きの目を向ける。今のセリフでは、場合によっては熊人族を見逃してもいいと聞こえるからだ。敵対者に遠慮も容赦もしないハジメにあるまじき提案だ。カム達は「やはり頭を……」と悲痛そうな目でハジメを見ている。ハジメの額に青筋が増えるが、話が進まないので取り敢えずスルーする。
レギンも意外そうな表情でハジメを見返した。ハウリア族をここまで豹変させたのは間違いなく眼前の男だと確信していたので、その男が情けをかけるとは思えなかったのだ。
「……どういう意味だ。我らを生かして帰すというのか?」
「ああ、望むなら帰っていいぞ? 但し、条件があるがな」
「条件?」
あっさり帰っていいと言われ、レギンのみならず周囲の者達が一斉にざわめく。後ろで「頭を殴れば未だ間に合うのでは……」とシアが割かしマジな表情で自分の大槌とハジメの頭部を交互に見やり、カム達が賛同している声が聞こえる。
そろそろ、マジでキツイ仕置が必要かもしれないと更に青筋を増やすハジメ。しかし、頑張ってスルーする。
「ああ、条件だ。フェアベルゲンに帰ったら長老衆にこう言え」
「……伝言か?」
条件と言われて何を言われるのかと戦々恐々としていたのに、ただのメッセンジャーだったことに拍子抜けするレギン。しかし、言伝の内容に凍りついた。
「〝貸一つ〟」
「……ッ!? それはっ!」
「で? どうする? 引き受けるか?」
言伝の意味を察して、思わず怒鳴りそうになるレギン。ハジメはどこ吹く風でレギンの選択を待っている。〝貸一つ〟それは、襲撃者達の命を救うことの見返りに何時か借りを返せということだ。
長老会議が長老の一人を失い、会議の決定を実質的に覆すという苦渋の選択をしてまで不干渉を結んだというのに、伝言すれば長老衆は無条件でハジメの要請に応えなければならなくなる。
客観的に見れば、ジンの場合も、レギンの場合も一方的に仕掛けておいて返り討ちにあっただけであり、その上、命は見逃してもらったということになるので、長老会議の威信にかけて無下にはできないだろう。無視してしまえば唯の無法者だ。それに、今度こそハジメが牙を向くかもしれない。
つまり、レギン達が生き残るということは、自国に不利な要素を持ち帰るということでもあるのだ。長老会議の決定を無視した挙句、負債を背負わせる、しかも最強種と豪語しておきながら半数以上を討ち取られての帰還……ハジメの言う通りまさに生き恥だ。
表情を歪めるレギンにハジメが追い討ちをかける。
「それと、あんたの部下の死の責任はあんた自身にあることもしっかり周知しておけ。ハウリアに惨敗した事実と一緒にな」
「ぐっう」
ハジメが、このような条件を出して敵を見逃すのには理由がある。もちろん、慈悲などではない。フェアベルゲンとは絶縁したわけだが、七大迷宮の詳細が未だわからない以上、もしかしたら彼の国に用事ができるかもしれない。何せ、口伝で創設者の言葉が残っているぐらいなのだから。成り行きで出てきてしまったので、ちょっと失敗したかなぁと思っていたハジメ。渡りに船であるし、万一に備えて保険を掛けておこうと思ったのだ。
悩むレギンに、ハジメが更にゴリッと銃口を押し付ける。
「五秒で決めろ。オーバーする毎に一人ずつ殺していく。〝判断は迅速に〟。基本だぞ?」
そう言ってイーチ、ニーと数え始めるハジメにレギンは慌てて、しかし意を決して返答する。
「わ、わかった。我らは帰還を望む!」
「そうかい。じゃあ、さっさと帰れ。伝言はしっかりな。もし、取立てに行ったとき惚けでもしたら……」
ハジメの全身から、強烈な殺意が溢れ出す。もはや物理的な圧力すら伴っていそうだ。ゴクッと生唾を飲む音がやけに鮮明に響く。
「その日がフェアベルゲンの最後だと思え」
どこからどう見ても、タチの悪い借金取り、いやテロリストの類にしか見えなかった。後ろから、「あぁ~よかった。何時ものハジメさんですぅ」とか「ボスが正気に戻られたぞ!」とか妙に安堵の混じった声が聞こえるが、取り敢えずスルーだ。せっかく作った雰囲気がぶち壊しになってしまう。もっとも、キツイお仕置きは確定だが。
ハウリア族により心を折られ、レギンの決死の命乞いも聞いていた部下の熊人族も反抗する気力もないようで悄然と項垂れて帰路についた。若者が中心だったことも素直に敗北を受け入れた原因だろう。レギンも、もうフェアベルゲンで幅を利かせることはできないだろう。一生日陰者扱いの可能性が高い。だが、理不尽に命を狙ったのだから、むしろ軽い罰である。
霧の向こうへ熊人族達が消えていった。それを見届け、ハジメはくるりとシアやカム達の方を向く。もっとも、俯いていて表情は見えない。なんだか異様な雰囲気だ。カム達は、狂気に堕ちてしまった未熟を恥じてハジメに色々話しかけるのに夢中で、その雰囲気に気がついていない。シアだけが、「あれ? ヤバクないですか?」と冷や汗を流している。
ハジメがユラリと揺れながら顔を上げた。その表情は満面の笑みだ。だが、細められた眼の奥は全く笑っていなかった。ようやく、何だかハジメの様子がおかしいと感じたカムが恐る恐る声をかける
「ボ、ボス?」
「うん、ホントにな? 今回は俺の失敗だと思っているんだ。短期間である程度仕上げるためとは言え、歯止めは考えておくべきだった」
「い、いえ、そのような……我々が未熟で……」
「いやいや、いいんだよ? 俺自身が認めているんだから。だから、だからさ、素直に謝ったというのに……随分な反応だな? いや、わかってる。日頃の態度がそうさせたのだと……しかし、しかしだ……このやり場のない気持ち、発散せずにはいれないんだ……わかるだろ?」
「い、いえ。我らにはちょっと……」
カムも「あっ、これヤバイ。キレていらっしゃる」と冷や汗を滝のように流しながら、ジリジリと後退る。ハウリアの何人かが訓練を思い出したのか、既にガクブルしながら泣きべそを掻いていた。
とその時、「今ですぅ!」と、シアが一瞬の隙をついて踵を返し逃亡を図った。傍にいた男のハウリアを盾にすることも忘れない。
しかし……
ドパンッ!!
一発の銃弾が男の股下を通り、地面にせり出していた樹の根に跳弾してシアのお尻に突き刺さった。
「はきゅん!」
ハジメの銃技の一つ〝多角撃ち〟である。それで、シアのケツを狙い撃ったのだ。無駄に洗練された無駄のない無駄な銃技だった。銃撃の衝撃に悲鳴を上げながらピョンと跳ねて地面に倒れるシア。お尻を突き出した格好だ。シュウーとお尻から煙が上がっている。シアは痛みにビクンビクンしている。
痙攣するシアの様子とハジメの銃技に戦慄の表情を浮かべるカム達。股通しをされた男が股間を両手で抑えて涙目になっている。銃弾の発する衝撃波が、股間をこう、ふわっと撫でたのだ。
何事もなかったようにドンナーをホルスターにしまったハジメは、笑顔を般若に変えた。そして、怒声と共に飛び出した。
「取り敢えず、全員一発殴らせろ!」
わぁああああーー!!
ハウリア達が蜘蛛の子を散らすように一斉に逃げ出す。一人も逃がさんと後を追うハジメ。しばらくの間、樹海の中に悲鳴と怒号が響き渡った。
後に残ったのは、ケツから煙を出しているシアと、
「……何時になったら大樹に行くの?」
すっかり蚊帳の外だったユエの呟きだけだった。
いつも読んで下さり有難うございます
感想・意見・誤字脱字報告も有難うございます
いよいよ今年も終わりですね
ガキ使スペシャルが楽しみでならない
皆さん、よいお年を!
来年も、宜しくお願いします
次回は、木曜日の18時更新予定です