シア、一世一代の大勝負
ズガンッ! ドギャッ! バキッバキッバキッ! ドグシャッ!
樹海の中、凄まじい破壊音が響く。野太い樹が幾本も半ばから折られ、地面には隕石でも落下したかのようなクレーターがあちこちに出来上がっており、更には、燃えて炭化した樹や氷漬けになっている樹まであった。
この多大な自然破壊はたった二人の女の子によってもたらされた。そして、その破壊活動は現在進行形で続いている。
「でぇやぁああ!!」
裂帛の気合とともに撃ち出されたのは直径一メートル程の樹だ。半ばから折られたそれは豪速を以て目標へと飛翔する。確かな質量と速度が、唯の樹に凶悪な破壊力を与え、道中の障害を尽く破壊しながら目標を撃破せんと突き進む。
「……〝緋槍〟」
それを正面から迎え撃つのは全てを灰塵に帰す豪炎の槍。巨大な質量を物ともせず触れた端から焼滅させていく。砲弾と化した丸太は相殺され灰となって宙を舞った。
「まだです!」
〝緋槍〟と投擲された丸太の衝突がもたらした衝撃波で払われた霧の向こう側に影が走ったかと思えば、直後、隕石のごとく天より丸太が落下し、轟音を響かせながら大地に突き刺さった。バックステップで衝撃波の範囲からも脱出していた目標は再度、火炎の槍を放とうとする。
しかし、そこへ高速で霧から飛び出してきた影が、大地に突き刺さったままの丸太に強烈な飛び蹴りをかました。一体どれほどの威力が込められていたのか、蹴りを受けた丸太は爆発したように砕け散り、その破片を散弾に変えて目標を襲った。
「ッ! 〝城炎〟」
飛来した即席の散弾は、突如発生した城壁の名を冠した炎の壁に阻まれ、唯の一発とて目標に届く事は叶わなかった。
しかし……
「もらいましたぁ!」
「ッ!」
その時には既に影が背後に回り込んでいた。即席の散弾を放った後、見事な気配断ちにより再び霧に紛れ奇襲を仕掛けたのだ。大きく振りかぶられたその手には超重量級の大槌が握られており、刹那、豪風を伴って振り下ろされた。
「〝風壁〟」
大槌により激烈な衝撃が大地を襲い爆ぜさせる。砕かれた石が衝撃で散弾となり四方八方に飛び散った。だが、目標は、そんな凄まじい攻撃の直撃を躱すと、余波を風の障壁により吹き散らし、同時に風に乗って安全圏まで一気に後退した。更に、技後硬直により死に体となっている相手に対して容赦なく魔法を放つ。
「〝凍柩〟」
「ふぇ! ちょっ、まっ!」
相手の魔法に気がついて必死に制止の声をかけるが、聞いてもらえる訳もなく問答無用に発動。襲撃者は、大槌を手放して離脱しようとするも、一瞬で発動した氷系魔法が足元から一気に駆け上がり……頭だけ残して全身を氷漬けにされた。
「づ、づめたいぃ~、早く解いてくださいよぉ~、ユエさ~ん」
「……私の勝ち」
そう、問答無用で自然破壊を繰り返していたこの二人はユエとシアである。二人は、訓練を始めて十日目の今日、最終試験として模擬戦をしていたのだ。内容は、シアがほんの僅かでもユエを傷つけられたら勝利・合格というものだ。その結果は……
「うぅ~、そんな~、って、それ! ユエさんの頬っぺ! キズです! キズ! 私の攻撃当たってますよ! あはは~、やりましたぁ! 私の勝ちですぅ!」
ユエの頬には確かに小さな傷が付いていた。おそらく最後の石の礫が一つ、ユエの防御を突破したのだろう。本当に僅かな傷ではあるが、一本は一本だ。シアの勝利である。それを指摘して、顔から上だけの状態で大喜びするシア。体が冷えて若干鼻水が出ているが満面の笑みだ。ウサミミが嬉しさでピコピコしている。無理もないだろう。何せ、この戦いには訓練卒業以上にユエとした大切な約束事がかかっていたのだ。
そして、その約束事はユエにとってあまり面白いものではない。故に、
「……傷なんてない」
〝自動再生〟により傷が直ぐに消えたのをいい事にしらばっくれた。拗ねたようにプイっとそっぽを向く。
「んなっ!? 卑怯ですよ! 確かに傷が……いや、今はないですけどぉ! 確かにあったでしょう! 誤魔化すなんて酷いですよぉ! ていうか、いい加減魔法解いて下さいよぉ~。さっきから寒くて寒くて……あれっ、何か眠くなってきたような……」
先ほどより鼻水を垂らしながら、うつらうつらとし始めるシア。寝たら死ぬぞ!の状態になりつつある。その様子をチラッチラッと見て、深々と溜息を吐くとユエは心底気が進まないと言う様に魔法を解いた。
「ぴくちっ! ぴくちぃ! あうぅ、寒かったですぅ。危うく帰らぬウサギになるところでした」
可愛らしいくしゃみをし、近くの葉っぱでチーン! と鼻をかむと、シアは、その瞳に真剣さを宿してユエを見つめた。ユエは、その視線を受けて物凄く嫌そうな表情をする。無表情が崩れるほど嫌そうな表情だ。
「ユエさん。私、勝ちました」
「………………ん」
「約束しましたよね?」
「……………………ん」
「もし、十日以内に一度でも勝てたら……ハジメさんとユエさんの旅に連れて行ってくれるって。そうですよね?」
「…………………………ん」
「少なくとも、ハジメさんに頼むとき味方してくれるんですよね?」
「……………………………今日のごはん何だっけ?」
「ちょっとぉ! 何いきなり誤魔化してるんですかぁ! しかも、誤魔化し方が微妙ですよ! ユエさん、ハジメさんの血さえあればいいじゃないですか! 何、ごはん気にしているんですか! ちゃんと味方して下さいよぉ! ユエさんが味方なら、九割方OK貰えるんですからぁ!」
ぎゃーぎゃーと騒ぐシアに、ユエは心底鬱陶しそうな表情を見せる。
シアの言う通り、ユエは、彼女と一つの約束をした。それは、シアがユエに対して、十日以内に模擬戦にてほんの僅かでも構わないから一撃を加えること。それが出来た場合、シアがハジメとユエの旅に同行することをユエが認めること。そして、ハジメに同行を願い出た場合に、ユエはシアの味方をして彼女の同行を一緒に説得することである。
シアは、本気でハジメとユエの旅に同行したいと願っている。それは、これ以上家族に負担を掛けたくないという想いが半分、もう半分は単純にハジメとユエの傍にいたい、もっと二人と仲良くなりたいという想いから出たものだ。
しかし、そのまま同行を願い出てもすげなく断られるのが目に見えている。今までのハジメやユエの態度からそれは明らかだ。そこで、シアが考えたのが、先の約束という名の賭けである。
シアとしては、ハジメは何だかんだでユエに甘いということを見抜いていたので、外堀から埋めてしまおうという思惑があった。何より、シアとて女だ。ユエのハジメに対する感情は理解している。自分も同じ感情を持っているのだから当然だ。ならば、逆も然り。ユエもシアの感情を理解し同行を快く思わないはずである。だからこそ、まず何としてもユエに対してシア・ハウリアという存在を認めてもらう必要があった。
シアは、何もユエからハジメの隣を奪いたいわけではない。そんなことは微塵も思っていない。ハジメへの想いとは別に、ユエに対しても近しい存在になりたいと本気で思っているのだ。それは、この世界でも極僅かな〝同類〟であることが多分に影響しているのだろう。つまり、簡単に言えば〝友達〟になりたいのだ。想い人が傍にいて、同じ人を想う友も傍にいる。今のシアにとって夢見る未来は、そういう未来なのだ。
一方、ユエは何故、シアとそのような約束を交わしたのか。ユエ自身には何のメリットもない約束である。その理由の二割は、やはりシンパシーを感じたことだろう。ライセン大峡谷で初めてシアの話を聞いた時、自分とは異なり比較的に恵まれた環境にあることに複雑な感情を覚えつつも、心のどこかで〝同類〟という感情が湧き上がったことは否定できない。僅かなりとも仲間意識を抱いたことが、シアに対する〝甘さ〟をもたらした。
そして、八割の理由は……女の意地だ。シアとの約束をユエはこう捉えていた。すなわち「私が邪魔なら実力で排除してみて下さい。出来なかったら私がハジメさんの傍にいることを認めて下さい」と。惚れた男をかけて勝負を挑まれたのだ。これがその辺の女ならどうとも思わなかっただろう。だが、シアは曲がりなりにも〝同類〟と思ってしまった相手であり、また、凄まじい集中力と鬼気迫る意気込みで鍛錬に励む姿に、その想いの深さを突きつけられ黙ってはいられなくなったのだ。
そして、約束をかけた勝負の結果がシアの勝利だったのである。
「……はぁ。わかった。約束は守る……」
「ホントですか!? やっぱり、や~めたぁとかなしですよぉ! ちゃんと援護して下さいよ!」
「………………………ん」
「何だか、その異様に長い間が気になりますが……ホント、お願いしますよ?」
「……しつこい」
渋々、ほんと~に渋々といった感じでユエがシアの勝ちを認める。シアは、ユエの返事に多少の不安は残しつつも、ハジメ同様に約束を反故にすることはないだろうと安心と喜びの表情を浮かべた。
そろそろ、ハジメのハウリア族への訓練も終わる頃だ。不機嫌そうなユエと上機嫌なシアは二人並んでハジメ達がいるであろう場所へ向かうのだった。
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ユエとシアがハジメのもとへ到着したとき、ハジメは腕を組んで近くの樹にもたれたまま瞑目しているところだった。
二人の気配に気が付いたのか、ハジメはゆっくり目を開けると二人の姿を視界に収める。全く正反対の雰囲気を纏わせているユエとシアに訝しそうにしつつ、ハジメは片手を上げて声をかけた。
「よっ、二人共。勝負とやらは終わったのか?」
ハジメも、二人が何かを賭けて勝負していることは聞き及んでいる。シアのために超重量の大槌を用意したのは他ならぬハジメだ。シアが、真剣な表情で、ユエに勝ちたい、武器が欲しいと頼み込んできたのは記憶に新しい。ユエ自身も特に反対しなかったことから、何を賭けているのかまでは知らなかったし、聞いても教えてもらえなかったが、ユエの不利になることもないだろうと作ってやったのだ。
実際、ハジメは、ユエとシアが戦っても十中八九、ユエが勝つと考えていた。奈落の底でユエの実力は十二分に把握している。いくら魔力の直接操作が出来るといっても今まで平和に浸かってきたシアとは地力が違うのだ。
だがしかし、帰ってきた二人の表情を見るに、どうも自分の予想は外れたようだと内心驚愕するハジメ。そんなハジメにシアが上機嫌で話しかけた。
「ハジメさん! ハジメさん! 聞いて下さい! 私、遂にユエさんに勝ちましたよ! 大勝利ですよ! いや~、ハジメさんにもお見せしたかったですよぉ~、私の華麗な戦いぶりを! 負けたと知った時のユエさんたらもへぶっ!?」
身振り手振り大はしゃぎという様相で戦いの顛末を語るシア。調子に乗りすぎて、ユエのジャンピングビンタを食らい錐揉みしながら吹き飛びドシャと音を立てて地面に倒れ込んだ。よほど強烈だったのかピクピクとして起き上がる気配がない。
フンッと鼻を鳴らし更に不機嫌そうにそっぽを向くユエに、ハジメが苦笑いしながら尋ねる。
「で? どうだった?」
勝負の結果というより、その内容について質問するハジメ。正直、どんな方法であれユエに勝ったという事実は信じ難い。ユエから見たシアはどれほどのものなのか、気にならないといえば嘘になる。
ユエは話したくないという雰囲気を隠しもせず醸し出しながら、渋々といった感じでハジメの質問に答えた。
「……魔法の適性はハジメと変わらない」
「ありゃま、宝の持ち腐れだな……で? それだけじゃないんだろ? あのレベルの大槌をせがまれたとなると……」
「……ん、身体強化に特化してる。正直、化物レベル」
「……へぇ。俺達と比べると?」
ユエの評価に目を細めるハジメ。正直、想像以上の高評価だ。珍しく無表情を崩し苦虫を噛み潰したようなユエの表情が何より雄弁に、その凄まじさを物語る。ユエは、ハジメの質問に少し考える素振りを見せるとハジメに視線を合わせて答えた。
「……強化してないハジメの……六割くらい」
「マジか……最大値だよな?」
「ん……でも、鍛錬次第でまだ上がるかも」
「おぉう。そいつは確かに化物レベルだ」
ハジメは、ユエから示されたシアの化物ぶりに内心唖然としながら、シアに何とも言えない眼差しを向けた。強化していないハジメの六割と言えば、本気で身体強化したシアはほとんどステータスが6000を超えるということだ。これは、本気で強化した勇者の二倍の力を持っているということでもある。まさに〝化物レベル〟というに相応しい力だ。曲がりになりもユエに土をつけることが出来たわけである。泣きべそをかきながら頬をさすっている姿からは、とても想像できない。
シアは、ハジメが呆れ半分驚愕半分の面持ちで眺めている事に気がつくと。いそいそと立ち上がり、急く気持ちを必死に抑えながら真剣な表情でハジメのもとへ歩み寄った。背筋を伸ばし、青みがかった白髪をなびかせ、ウサミミをピンッと立てる。これから一世一代の頼み事をするのだ。いや……むしろ告白と言っていいだろう。緊張に体が震え、表情が強ばるが、不退転の意志を瞳に宿し、一歩一歩、前に進む。そして、訝しむハジメの眼前にやって来るとしっかり視線を合わせて想いを告げた。
「ハジメさん。私をあなたの旅に連れて行って下さい。お願いします!」
「断る」
「即答!?」
まさか今の雰囲気で、悩む素振りも見せず即行で断られるとは思っていなかったシアは、驚愕の面持ちで目を見開いた。その瞳には、「いきなり何言ってんだ、こいつ?」という残念な人を見る目でシアを見つめるハジメの姿が映っている。
シアは憤慨した。もうちょっと真剣に取り合ってくれてもいいでしょ! と。
「ひ、酷いですよ、ハジメさん。こんなに真剣に頼み込んでいるのに、それをあっさり……」
「いや、こんなにって言われても知らんがな。大体、カム達どうすんだよ? まさか、全員連れて行くって意味じゃないだろうな?」
「ち、違いますよ! 今のは私だけの話です! 父様達には修行が始まる前に話をしました。一族の迷惑になるからってだけじゃ認めないけど……その……」
「その? なんだ?」
何やら急にモジモジし始めるシア。指先をツンツンしながら頬を染めて上目遣いでハジメをチラチラと見る。あざとい。実にあざとい仕草だ。ハジメが不審者を見る目でシアを見る。傍らのユエがイラッとした表情で横目にシアを睨んでいる。
「その……私自身が、付いて行きたいと本気で思っているなら構わないって……」
「はぁ? 何で付いて来たいんだ? 今なら一族の迷惑にもならないだろ?それだけの実力があれば大抵の敵はどうとでもなるだろうし」
「で、ですからぁ、それは、そのぉ……」
「……」
モジモジしたまま中々答えないシアにいい加減我慢の限界だと、ハジメはドンナーを抜きかける。それを察したのかどうかは分からないが、シアが女は度胸! と言わんばかりに声を張り上げた。思いの丈を乗せて。
「ハジメさんの傍に居たいからですぅ! しゅきなのでぇ!」
「……は?」
言っちゃった、そして噛んじゃった! と、あわあわしているシアを前に、ハジメは鳩が豆鉄砲でも食ったようにポカンとしている。まさに、何を言われたのか分からないという様子だ。しかし、しばらくしてようやく意味が脳に伝わったのか思わずといった様子でツッコミを入れる。
「いやいやいや、おかしいだろ? 一体、どこでフラグなんて立ったんだよ? 自分で言うのも何だが、お前に対してはかなり雑な扱いだったと思うんだが……まさか、そういうのに興奮する口か?」
自分の推測にまさかと思いつつ、シアを見てドン引きしたように一歩後退るハジメ。シアが猛然と抗議する。
「誰が変態ですか! そんな趣味ありません! っていうか雑だと自覚があったのならもう少し優しくしてくれてもいいじゃないですか……」
「いや、何でお前に優しくする必要があるんだよ……そもそも本当に好きなのか? 状況に釣られてやしないか?」
ハジメは、未だシアの好意が信じられないのか、いわゆる吊り橋効果を疑った。今までのハジメのシアに対する態度は誰がどう見ても雑だったので無理もないかもしれない。だが、自分の気持ちを疑われてシアはすこぶる不機嫌だ。
「状況が全く関係ないとは言いません。窮地を何度も救われて、同じ体質で……長老方に啖呵切って私との約束を守ってくれたときは本当に嬉しかったですし……ただ、状況が関係あろうとなかろうと、もうそういう気持ちを持ってしまったんだから仕方ないじゃないですか。私だって時々思いますよ。どうしてこの人なんだろうって。ハジメさん、未だに私のこと名前で呼んでくれないし、何かあると直ぐ撃ってくるし、鬼だし、返事はおざなりだし、魔物の群れに放り投げるし、容赦ないし、鬼だし、優しくしてくれないし、ユエさんばかり贔屓するし、鬼だし……あれ? ホントに何で好きなんだろ? あれぇ~?」
話している間に、自分で自分の気持ちを疑いだしたシア。首を傾げるシアに、青筋を浮かべつつも言っていることは間違いがないので思わずドンナーを抜きかけるも辛うじて堪えるハジメ。
「と、とにかくだ。お前がどう思っていようと連れて行くつもりはない」
「そんな! さっきのは冗談ですよ? ちゃんと好きですから連れて行って下さい!」
「あのなぁ、お前の気持ちは……まぁ、本当だとして、俺にはユエがいるって分かっているだろう? というか、よく本人目の前にして堂々と告白なんざ出来るよな……前から思っていたが、お前の一番の恐ろしさは身体強化云々より、その図太さなんじゃないか? お前の心臓って絶対アザンチウム製だと思うんだ」
「誰が、世界最高硬度の心臓の持ち主ですか! うぅ~、やっぱりこうなりましたか……ええ、わかってましたよ。ハジメさんのことです。一筋縄ではいかないと思ってました」
突然、フフフと怪しげに笑い出すシアに胡乱な眼差しを向けるハジメ。
「こんなこともあろうかと! 命懸けで外堀を埋めておいたのです! ささっ、ユエ先生! お願いします!」
「は? ユエ?」
完全に予想外の名前が呼ばれたことに目を瞬かせるハジメ。してやったり! というシアの表情にイラッとしつつ、傍らのユエに視線を転じる。
ユエは、やはり苦虫を百匹くらい噛み潰したような表情で、心底不本意そうにハジメに告げた。
「……………………………………ハジメ、連れて行こう」
「いやいやいや、なにその間。明らかに嫌そう……もしかして勝負の賭けって……」
「……無念」
ガックリと肩を落とすユエに大体の事情を察したハジメは、もはや呆れやら怒りを通り越して感心した。きっと、シアは、直接ハジメに頼んだところで望みを聞いてもらえるとは思えず、自分の力だけでは本気は伝わらないと考えたのだろう。また、ハジメが納得してもユエの一言が優先されることを危惧したということも考えたはずだ。それ故に、ユエを味方につけるという方法をとった。〝命懸け〟というのもあながち誇張した表現ではないはずだ。生半可な気持ちでユエを納得させることなど不可能なのだから。この十日間、ほとんど見かけなかったが文字通り死に物狂いでユエを攻略しにかかったに違いない。つまり、それだけシアの想いは本物ということだ。
ハジメは、ガリガリと頭を掻いた。別に、ユエが渋々とはいえ認めたからといって、シアを連れて行かなければならない理由はない。結局のところ、ハジメの気持ち次第なのだから。
ユエは、不本意そうではあるが仕方ないという様に肩を竦めている。この十日間のシアの頑張りを誰よりも近くで見ていたからこそ、そして、その上で自分が課した障碍を打ち破ったからこそ、旅の同行は認めるつもりのようだ。元々、シアに対しては、ハジメの事を抜きにすれば、其処まで嫌いというわけではないという事もあるのだろう。
一方、シアの方は、ユエに頼んだときの得意顔が一転し不安そうでありながら覚悟を決めたという表情だ。シアとしては、まさに人事を尽くして天命を待つ状態なのだろう。
ハジメは、一度深々と息を吐くとシアとしっかり目を合わせて、一言一言確かめるように言葉を紡ぐ。シアも静かに、言葉に力を込めて返した。
「付いて来たって応えてはやれないぞ?」
「知らないんですか? 未来は絶対じゃあないんですよ?」
それは、未来を垣間見れるシアだからこその言葉。未来は覚悟と行動で変えられると信じている。
「危険だらけの旅だ」
「化物でよかったです。御蔭で貴方について行けます」
長老方にも言われた蔑称。しかし、今はむしろ誇りだ。化物でなければ為すことのできない事があると知ったから。
「俺の望みは故郷に帰ることだ。もう家族とは会えないかもしれないぞ?」
「話し合いました。〝それでも〟です。父様達もわかってくれました」
今まで、ずっと守ってくれた家族。感謝の念しかない。何処までも一緒に生きてくれた家族に、気持ちを打ち明けて微笑まれたときの感情はきっと一生言葉にできないだろう。
「俺の故郷は、お前には住み難いところだ」
「何度でも言いましょう。〝それでも〟です」
シアの想いは既に示した。そんな〝言葉〟では止まらない。止められない。これはそういう類の気持ちなのだ。
「……」
「ふふ、終わりですか? なら、私の勝ちですね?」
「勝ちってなんだ……」
「私の気持ちが勝ったという事です。……ハジメさん」
「……何だ」
もう一度、はっきりと。シア・ハウリアの望みを。
「……私も連れて行って下さい」
見つめ合うハジメとシア。ハジメは真意を確認するように蒼穹の瞳を覗き込む。
そして……
「………………はぁ~、勝手にしろ。物好きめ」
その瞳に何かを見たのか、やがてハジメは溜息をつきながら事実上の敗北宣言をした。
樹海の中に一つの歓声と、不機嫌そうな鼻を鳴らす音が響く。その様子に、ハジメは、いろんな意味でこの先も大変そうだと苦笑いするのだった。
いつも読んで下さり有難うございます
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次回は、日曜日の12時更新予定です