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最奥のガーディアン


 エセアルラウネを問答無用に撃ち殺し、ユエが機嫌を損ねた日から随分経った。あの後、気絶するまで血を吸われたハジメ。その甲斐あってか何とかユエの機嫌を直すことに成功し、再び迷宮攻略に勤しんでいた。


 そして遂に、次の階層でハジメが最初にいた階層から百階目になるところまで来た。その一歩手前の階層でハジメは装備の確認と補充にあたっていた。相変わらずユエは飽きもせずにハジメの作業を見つめている。というよりも、どちらかというと作業をするハジメを見るのが好きなようだ。今も、ハジメのすぐ隣で手元とハジメを交互に見ながらまったりとしている。その表情は迷宮には似つかわしくない緩んだものだ。


 ユエと出会ってからどれくらい日数が経ったのか時間感覚がないためわからないが、最近、ユエはよくこういうまったり顔というか安らぎ顔を見せる。露骨に甘えてくるようにもなった。


 特に拠点で休んでいる時には必ず密着している。横になれば添い寝の如く腕に抱きつくし、座っていれば背中から抱きつく。吸血させるときは正面から抱き合う形になるのだが、終わった後も中々離れようとしない。ハジメの胸元に顔をグリグリと擦りつけ満足げな表情でくつろぐのだ。


 ハジメも男である。ユエの外見が十二、三歳なので微笑ましさが先行し簡単に欲情したりはしないが、実際は遥に年上。その片鱗を時々見せると随分と妖艶になるのは困ったものである。未だ迷宮内である以上、常に緊張感をもっていることから耐えてはいるが、地上に出て気が抜けた後、ユエの大人モードで迫られたら理性がもつ自信はあまりなかった。もたせる意味もないかもしれないが……


「ハジメ……いつもより慎重……」

「うん? ああ、次で百階だからな。もしかしたら何かあるかもしれないと思ってな。一般に認識されている上の迷宮も百階だと言われていたから……まぁ念のためだ」


 ハジメが最初にいた階層から八十階を超えた時点で、ここが地上で認識されている通常の【オルクス大迷宮】である可能性は消えた。奈落に落ちた時の感覚と、各階層を踏破してきた感覚からいえば、通常の迷宮の遥かに地下であるのは確実だ。


 銃技、体術、固有魔法、兵器、そして錬成。いずれも相当磨きをかけたという自負がハジメにはあった。そうそう、簡単にやられはしないだろう。しかし、そのような実力とは関係なくあっさり致命傷を与えてくるのが迷宮の怖いところである。


 故に、出来る時に出来る限りの準備をしておく。ちなみに今のハジメのステータスはこうだ。


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南雲ハジメ 17歳 男 レベル:76

天職:錬成師

筋力:1980

体力:2090

耐性:2070

敏捷:2450

魔力:1780

魔耐:1780

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地][+豪脚]・風爪・夜目・遠見・気配感知・魔力感知・熱源感知・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・金剛・威圧・念話・言語理解

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 ステータスは、初めての魔物を喰えば上昇し続けているが、固有魔法はそれほど増えなくなった。主級の魔物なら取得することもあるが、その階層の通常の魔物ではもう増えないようだ。魔物同士が喰い合っても相手の固有魔法を簒奪しないのと同様に、ステータスが上がって肉体の変質が進むごとに習得し難くなっているのかもしれない。


 しばらくして、全ての準備を終えたハジメとユエは、階下へと続く階段へと向かった。


 その階層は、無数の強大な柱に支えられた広大な空間だった。柱の一本一本が直径五メートルはあり、一つ一つに螺旋模様と木の蔓が巻きついたような彫刻が彫られている。柱の並びは規則正しく一定間隔で並んでいる。天井までは三十メートルはありそうだ。地面も荒れたところはなく平らで綺麗なものである。どこか荘厳さを感じさせる空間だった。


 ハジメ達が、しばしその光景に見惚れつつ足を踏み入れる。すると、全ての柱が淡く輝き始めた。ハッと我を取り戻し警戒するハジメとユエ。柱はハジメ達を起点に奥の方へ順次輝いていく。


 ハジメ達はしばらく警戒していたが特に何も起こらないので先へ進むことにした。感知系の技能をフル活用しながら歩みを進める。二百メートルも進んだ頃、前方に行き止まりを見つけた。いや、行き止まりではなく、それは巨大な扉だ。全長十メートルはある巨大な両開きの扉が有り、これまた美しい彫刻が彫られている。特に、七角形の頂点に描かれた何らかの文様が印象的だ。


「……これはまた凄いな。もしかして……」

「……反逆者の住処?」


 いかにもラスボスの部屋といった感じだ。実際、感知系技能には反応がなくともハジメの本能が警鐘を鳴らしていた。この先はマズイと。それは、ユエも感じているのか、うっすらと額に汗をかいている。


「ハッ、だったら最高じゃねぇか。ようやくゴールにたどり着いたってことだろ?」


 ハジメは本能を無視して不敵な笑みを浮かべる。たとえ何が待ち受けていようとやるしかないのだ。


「……んっ!」


 ユエも覚悟を決めた表情で扉を睨みつける。


 そして、二人揃って扉の前に行こうと最後の柱の間を越えた。


 その瞬間、扉とハジメ達の間三十メートル程の空間に巨大な魔法陣が現れた。赤黒い光を放ち、脈打つようにドクンドクンと音を響かせる。


 ハジメは、その魔法陣に見覚えがあった。忘れようもない、あの日、ハジメが奈落へと落ちた日に見た自分達を窮地(きゅうち)に追い込んだトラップと同じものだ。だが、ベヒモスの魔法陣が直径十メートル位だったのに対して、眼前の魔法陣は三倍の大きさがある上に構築された式もより複雑で精密なものとなっている。


「おいおい、なんだこの大きさは? マジでラスボスかよ」

「……大丈夫……私達、負けない……」


 ハジメが流石に引きつった笑みを浮かべるが、ユエは決然とした表情を崩さずハジメの腕をギュッと掴んだ。


 ユエの言葉に「そうだな」と頷き、苦笑いを浮かべながらハジメも魔法陣を睨みつける。どうやらこの魔法陣から出てくる化物を倒さないと先へは進めないらしい。


 魔法陣はより一層輝くと遂に弾けるように光を放った。咄嗟に腕をかざし目を潰されないようにするハジメとユエ。光が収まった時、そこに現れたのは……


 体長三十メートル、六つの頭と長い首、鋭い牙と赤黒い眼の化け物。例えるなら、神話の怪物ヒュドラだった。


「「「「「「クルゥァァアアン!!」」」」」」


 不思議な音色の絶叫をあげながら六対の眼光がハジメ達を射貫く。身の程知らずな侵入者に裁きを与えようというのか、常人ならそれだけで心臓を止めてしまうかもしれない壮絶な殺気がハジメ達に叩きつけられた。


 同時に赤い紋様が刻まれた頭がガパッと口を開き火炎放射を放った。それはもう炎の壁というに相応しい規模である。


 ハジメとユエは同時にその場を左右に飛び退き反撃を開始する。ハジメのドンナーが火を吹き電磁加速された弾丸が超速で赤頭を狙い撃つ。弾丸は狙い違わず赤頭を吹き飛ばした。


 まずは一つとハジメが内心ガッツポーズを決めた時、白い文様の入った頭が「クルゥアン!」と叫び、吹き飛んだ赤頭を白い光が包み込んだ。すると、まるで逆再生でもしているかのように赤頭が元に戻った。白頭は回復魔法を使えるらしい。


 ハジメに少し遅れてユエの氷弾が緑の文様がある頭を吹き飛ばしたが、同じように白頭の叫びと共に回復してしまった。


 ハジメは舌打ちをしつつ〝念話〟でユエに伝える。


〝ユエ! あの白頭を狙うぞ! キリがない!〟

〝んっ!〟


 青い文様の頭が口から散弾のように氷の礫を吐き出し、それを回避しながらハジメとユエが白頭を狙う。


ドパンッ!


「〝緋槍〟!」


 閃光と燃え盛る槍が白頭に迫る。しかし、直撃かと思われた瞬間、黄色の文様の頭がサッと射線に入りその頭を一瞬で肥大化させた。そして淡く黄色に輝きハジメのレールガンもユエの〝緋槍〟も受け止めてしまった。衝撃と爆炎の後には無傷の黄頭が平然とそこにいてハジメ達を睥睨している。


「ちっ! 盾役か。攻撃に盾に回復にと実にバランスのいいことだな!」


 ハジメは頭上に向かって〝焼夷手榴弾〟を投げる。同時にドンナーの最大出力で白頭に連射した。ユエも合わせて〝緋槍〟を連発する。ユエの〝蒼天〟なら黄頭を抜いて白頭に届くかもしれないが、最上級を使うと一発でユエは行動不能になる。吸血させれば直ぐに回復するが、その隙を他の頭が許してくれるとは思えなかった。せめて半数は減らさないと最上級は使えない。


 黄頭は、ハジメとユエの攻撃を尽く受け止める。だが、流石に今度は無傷とはいかなかったのかあちこち傷ついていた。


「クルゥアン!」


 すかさず白頭が黄頭を回復させる。全くもって優秀な回復役である。しかし、その直後、白頭の頭上で〝焼夷手榴弾〟が破裂した。摂氏三千度の燃え盛るタールが撒き散らされる。白頭にも降り注ぎ、その苦痛に悲鳴を上げながら悶えている。


 このチャンス逃すか! とハジメが〝念話〟で合図をユエに送り、同時攻撃を仕掛けようとする。が、その前に絶叫が響いた。ユエの声で。


「いやぁああああ!!!」

「!? ユエ!」


 咄嗟(とっさ)にユエに駆け寄ろうとするが、それを邪魔するように赤頭と緑頭が炎弾と風刃を無数に放ってくる。未だ絶叫を上げるユエに、歯噛みしながら一体何がと考えるハジメ。そして、そういえば黒い文様の頭が未だ何もしていないことを思い出す。


(違う、もし既に何かしているとしたら!)


 ハジメは〝縮地〟と〝空力〟で必死に攻撃をかわしながら黒頭に向かってドンナーを発砲した。射撃音と共に、ユエをジッと見ていた黒頭が吹き飛ぶ。同時に、ユエがくたりと倒れ込んだ。その顔は遠目に青ざめているのがわかる。そのユエを喰らおうというのか青頭が大口を開けながら長い首を伸ばしユエに迫っていく。


「させるかぁああ!!」


 ハジメはダメージ覚悟で炎弾と風刃の嵐を〝縮地〟で突っ込んで行く。致命傷になりそうな攻撃だけドンナーの銃身と〝風爪〟で切り裂き、ギリギリのタイミングでユエと青頭の間に入ることに成功した。しかし、迎撃の暇はなく、ハジメは咄嗟に〝金剛〟を発動する。〝金剛〟は移動しながらは使えない。そのため、どっしりとユエの前に立ち塞がる。魔力がハジメの体表を覆うのと青頭が噛み付くのは同時だった。


「クルルルッ!」

「ぐぅう!」


 低い唸り声を上げながら、青頭がハジメを丸呑みにせんと、その顎門を閉じようとするが、ハジメは前かがみになりながら背中と足で踏ん張り閉じさせない。そして、ドンナーの銃口を青頭の上顎に押し当て引き金を引いた。


 射撃音と共に噴火でもした様に青頭の頭部が真上に弾け飛ぶ。力を失った青頭をハジメは〝豪脚〟で蹴り飛ばす。次いでに、〝閃光手榴弾〟と〝音響手榴弾〟をヒュドラに向かって投げつけた。


 〝音響手榴弾〟は八十層で見つけた超音波を発する魔物から採取したものだ。体内に特殊な器官を持っており音で攻撃してくる。この魔物を倒しても固有魔法は増えなかったが、代わりにその特殊な器官が鉱物だったので音響爆弾に加工したのだ。


 二つの手榴弾が強烈な閃光と音波でヒュドラを怯ませる。その隙にハジメはユエを抱き上げ柱の陰に隠れた。


「おい! ユエ! しっかりしろ!」

「……」


 ハジメの呼びかけにも反応せず、青ざめた表情でガタガタと震えるユエ。黒頭のヤツ一体何しやがった! と悪態を付きながら、ペシペシとユエの頬を叩く。〝念話〟でも激しく呼びかけ、神水も飲ませる。しばらくすると虚ろだったユエの瞳に光が宿り始めた。


「ユエ!」

「……ハジメ?」

「おう、ハジメさんだ。大丈夫か? 一体何された?」


 パチパチと瞬きしながらユエはハジメの存在を確認するように、その小さな手を伸ばしハジメの顔に触れる。それでようやくハジメがそこにいると実感したのか安堵の吐息を漏らし目の端に涙を溜め始めた。


「……よかった……見捨てられたと……また暗闇に一人で……」

「ああ? そりゃ一体何の話だ?」


 ユエの様子に困惑するハジメ。ユエ曰く、突然、強烈な不安感に襲われ気がつけばハジメに見捨てられて再び封印される光景が頭いっぱいに広がっていたという。そして、何も考えられなくなり恐怖に縛られて動けなくなったと。


「ちっ! バッドステータス系の魔法か? 黒頭は相手を恐慌状態にでも出来るってことか。ホントにバランスのいい化物だよ、くそったれ!」

「……ハジメ」


 敵の厄介さに悪態をつくハジメに、ユエは不安そうな瞳を向ける。よほど恐ろしい光景だったのだろう。ハジメに見捨てられるというのは。何せ自分を三百年の封印から命懸けで解き放ってくれた人物であり、吸血鬼と知っても変わらず接してくれるどころか、日々の吸血までさせてくれるのだ。心許すのも仕方ないだろう。


 そして、ユエにとってはハジメの隣が唯一の居場所だ。一緒にハジメの故郷に行くという約束がどれほど嬉しかったか。再び一人になるなんて想像もしたくない。そのため、植えつけられた悪夢はこびりついて離れず、ユエを(むしば)む。ヒュドラが混乱から回復した気配にハジメは立ち上がるが、ユエは、そんなハジメの服の(すそ)を思わず掴んで引き止めてしまった。


「……私……」


 泣きそうな不安そうな表情で震えるユエ。ハジメは何となくユエの見た悪夢から、今ユエが何を思っているのか感じ取った。そして、普段からの態度でユエの気持ちも察している。どちらにしろ、日本に連れて行くとまで約束してしまったのだ。今更、知らないフリをしても意味がないだろう。


 慰めの言葉でも掛けるべきなのだろうが、今は時間がない。それに生半可な言葉では、再度黒頭の餌食だろう。ハジメがやられる可能性もあるのだから、その時はユエにフォローしてもらわねばならない。そんなことを一瞬のうちに、まるで言い訳のように考えると、ハジメは、ガリガリと頭を掻きながらユエの前にしゃがみ目線を合わせる。


 そして……


「? ……!?」


 首を傾げるユエにキスをした。


 ほんの少し触れさせるだけのものだが、ユエの反応は劇的だった。マジマジとハジメを見つめる。


 ハジメは若干恥ずかしそうに目線を逸らしユエの手を引いて立ち上がらせた。


「ヤツを殺して生き残る。そして、地上に出て故郷に帰るんだ。……一緒にな」


 ユエは未だ呆然とハジメを見つめていたが、いつかのように無表情を崩しふんわりと綺麗な笑みを浮かべた。


「んっ!」


 ハジメは咳払いをして気を取り直しつつ、ユエに作戦を告げる。


「ユエ、シュラーゲンを使う。連発できないから援護頼む」

「……任せて!」


 いつもより断然やる気に溢れているユエ。静かな呟くような口調が崩れ覇気に溢れた応答だ。先程までの不安が根こそぎ吹き飛んだようである。


 どうやら色々吹っ切れてしまったようだ。普段からのハジメに対する甘えっぷりを思い出し、今後のことを思うと、ちょっと早まったかもしれないと頬が引き攣るハジメ。だが、ヒュドラはリア充爆発しろ! と言わんばかりに咆哮を上げ、ハジメ達のいる場所に炎弾やら風刃やら氷弾やらを撃ち込んできた。


 二人は一気に柱の陰を飛び出し、今度こそ反撃に出る。


「〝緋槍〟! 〝砲皇〟! 〝凍雨〟!」


 矢継ぎ早に引かれた魔法のトリガー。有り得ない速度で魔法が構築され、炎の槍と螺旋に渦巻く真空刃を伴った竜巻と鋭い針のような氷の雨が一斉にヒュドラを襲う。攻撃直後の隙を狙われ死に体の赤頭、青頭、緑頭の前に黄頭が出ようとするが、白頭の方をハジメが狙っていると気がついたのかその場を動かず、代わりに咆哮を上げる。


「クルゥアン!」


 すると近くの柱が波打ち、変形して即席の盾となった。どうやらこの黄頭はサソリモドキと同様の技が使えるらしい。もっとも規模は幾分小さいようだが。


 ユエの魔法はその石壁に当たると先陣が壁を爆砕し、後続の魔法が三つの頭に直撃した。


「「「グルゥウウウウ!!!」」」


 悲鳴を上げのたうつ三つの頭。黒頭が、魔法を使った直後のユエを再びその眼に捉え、恐慌の魔法を行使する。


 ユエの中に再び不安が湧き上がってくる。しかし、ユエはその不安に押しつぶされる前に、先ほどのハジメからのキスを思い出す。すると、体に熱が入ったように気持ちが高揚し、不安を押し流していった。


「……もう効かない!」


 ユエは、ハジメを援護すべく、更に威力よりも手数を重視した魔法を次々と構築し弾幕のごとく撃ち放つ。


 回復を受けた赤頭、青頭、緑頭がそれぞれ攻撃を再開するが、ユエはたった一人でそれと渡り合った。尽く相殺し隙あらば魔法を打ち込む。


 一方、ハジメは三つの首がユエに掛かり切りになっている間に、一気に接近する。万一外して対策を取られては困るので文字通り一撃必殺でいかなければならない。黒頭がユエに恐慌の魔法が効かないと悟ったのか、今度はハジメにその眼を向ける。ハジメの胸中に不安が湧き上がり、奈落に来たばかりの頃の苦痛と飢餓感(きがかん)が蘇ってくる。だが……


「それがどうした!」


 そう、それはとっくに耐え切った過去だ。今更あの日々を味わったところでどうということはない。ハジメはドンナーで黒頭を吹き飛ばす。


 白頭がすかさず回復させようとするが、その前にハジメが〝空力〟と〝縮地〟で飛び上がり背中に背負っていた対物ライフル:シュラーゲンを取り出し空中で脇に挟んで照準する。


 黄頭が白頭を守るように立ち塞がるが、そんな事は想定済みだ。


「まとめて砕く!」


 ハジメが〝纏雷〟を使いシュラーゲンが紅いスパークを起こす。弾丸はタウル鉱石をサソリモドキの外殻であるシュタル鉱石でコーティングした地球で言うところのフルメタルジャケットだ。シュタル鉱石は魔力との親和性が高く〝纏雷〟にもよく馴染む。通常弾の数倍の量を圧縮して詰められた燃焼粉が撃鉄の起こす火花に引火して大爆発を起こした。


ドガンッ!!


 大砲でも撃ったかのような凄まじい炸裂音と共にフルメタルジャケットの赤い弾丸が、更に約一・五メートルのバレルにより電磁加速を加えられる。その威力はドンナーの最大威力の更に十倍。単純計算で通常の対物ライフルの百倍の破壊力である。異世界の特殊な鉱石と固有魔法がなければ到底実現し得なかった怪物兵器だ。


 発射の光景は正しく極太のレーザー兵器のよう。かつて、勇者の光輝がベヒモスに放った切り札が、まるで児戯に思える。射出された弾丸は真っ直ぐ周囲の空気を焼きながら黄頭に直撃した。


 黄頭もしっかり〝金剛〟らしき防御をしていたのだが……まるで何もなかったように弾丸は背後の白頭に到達し、そのままやはり何もなかったように貫通して背後の壁を爆砕した。階層全体が地震でも起こしたかのように激しく震動する。


 後に残ったのは、頭部が綺麗さっぱり消滅しドロッと融解したように白熱化する断面が見える二つの頭と、周囲を四散させ、どこまで続いているかわからない深い穴の空いた壁だけだった。


 一度に半数の頭を消滅させられた残り三つの頭が思わず、ユエの相手を忘れて呆然とハジメの方を見る。ハジメはスタッと地面に着地し、煙を上げているシュラーゲンから排莢した。チンッと薬莢が地面に落ちる音で我に返る三つの頭。ハジメに憎悪を込めた眼光を向けるが、彼等が相対している敵は眼を離していい相手ではなかった。


「〝天灼〟」


 かつての吸血姫。その天性の才能に同族までもが恐れをなし奈落に封印した存在。その力が、己と敵対した事への天罰だとでも言うかのように降り注ぐ。


 三つの頭の周囲に六つの放電する雷球が取り囲む様に空中を漂ったかと思うと、次の瞬間、それぞれの球体が結びつくように放電を互いに伸ばしてつながり、その中央に巨大な雷球を作り出した。


ズガガガガガガガガガッ!!


 中央の雷球は弾けると六つの雷球で囲まれた範囲内に絶大な威力の雷撃を撒き散らした。三つの頭が逃げ出そうとするが、まるで壁でもあるかのように雷球で囲まれた範囲を抜け出せない。天より降り注ぐ神の怒りの如く、轟音と閃光が広大な空間を満たす。


 そして、十秒以上続いた最上級魔法に為すすべもなく、三つの頭は断末魔の悲鳴を上げながら遂に消し炭となった。


 いつもの如くユエがペタリと座り込む。魔力枯渇で荒い息を吐きながら、無表情ではあるが満足気な光を瞳に宿し、ハジメに向けてサムズアップした。ハジメも頬を緩めながらサムズアップで返す。シュラーゲンを担ぎ直しヒュドラの僅かに残った胴体部分の残骸に背を向けユエの下へ行こうと歩みだした。


 その直後、


「ハジメ!」


 ユエの切羽詰まった声が響き渡る。何事かと見開かれたユエの視線を辿ると、音もなく七つ目の頭が胴体部分からせり上がり、ハジメを睥睨(へいげい)していた。思わず硬直するハジメ。


 だが、七つ目の銀色に輝く頭は、ハジメからスっと視線を逸らすとユエをその鋭い眼光で射抜き予備動作もなく極光を放った。先ほどのハジメのシュラーゲンもかくやという極光は瞬く間にユエに迫る。ユエは魔力枯渇で動けない。


 ハジメは銀頭が視線をユエに逸した瞬間、全身を悪寒に襲われ同時に飛び出していた。


 青頭の時の再現か、極光がユエを丸ごと消し飛ばす前に、再び立ち塞がることに成功したハジメ。だが、その結果は全く違ったものだった。極光がハジメを飲み込む。後ろのユエも直撃は受けなかったものの余波により体を強かに打ちぬかれ吹き飛ばされた。


 極光が収まり、ユエが全身に走る痛みに呻き声を上げながら体を起こす。極光に飲まれる前にハジメが割って入った光景に焦りを浮かべながらその姿を探す。


 ハジメは最初に立ち塞がった場所から動いていなかった。仁王立ちしたまま全身から煙を吹き上げている。地面には融解したシュラーゲンの残骸が転がっていた。


「ハ、ハジメ?」

「……」


 ハジメは答えない。そして、そのままグラリと揺れると前のめりに倒れこんだ。


「ハジメ!」


 ユエが焦燥に駆られるまま痛む体を無視して駆け寄ろうとする。しかし、魔力枯渇で力が入らず転倒してしまった。もどかしい気持ちを押し殺して神水を取り出すと一気に飲み干す。少し活力が戻り、立ち上がってハジメの下へ今度こそ駆け寄った。


 うつ伏せに倒れこむハジメの下からジワッと血が流れ出してくる。ハジメの〝金剛〟を突き抜けダメージを与えたのだろう。もし、ユエの〝蒼天〟にもある程度は耐えたサソリモドキの外殻で作ったシュラーゲンを咄嗟に盾にしなければ即死していたかもしれない。


 仰向けにしたハジメの容態は酷いものだった。指、肩、脇腹が焼け(ただ)れ一部骨が露出している。顔も右半分が焼けており右目から血を流していた。角度的に足への影響が少なかったのは不幸中の幸いだろう。


 ユエは急いで神水を飲ませようとするが、そんな時間をヒュドラが待つはずもない。今度は直径十センチ程の光弾を無数に撃ちだしてきた。まるでガトリングの掃射のような激しさだ。


 ユエはハジメを抱えると、力を振り絞ってその場を離脱し柱の影に隠れる。柱を削るように光弾が次々と撃ち込まれていく。一分も持たないだろう。光弾の一つ一つに恐ろしい程のエネルギーが込められている。


 ユエは急いで神水をハジメの傷口に降り掛け、もう一本も飲ませようとする。しかし、飲み込む力も残っていないのか、ハジメはむせて吐き出してしまう。ユエは自分の口に神水を含むと、そのままハジメに口付けをし、むせるハジメを押さえつけて無理やり飲ませた。


 しかし、神水は止血の効果はあったものの、中々傷を修復してくれない。いつもなら直ぐに修復が始まるのに、何かに阻害されているかの様に遅々としている。


「どうして!?」


 ユエは半ばパニックになりながら、手持ちの神水をありったけ取り出した。


 実は、ヒュドラのあの極光には肉体を溶かしていく一種の毒の効果も含まれていたのだ。普通は為す術もなく溶かされて終わりである。しかし、神水の回復力が凄まじく、溶解速度を上回って修復しており、速度は遅いものの、ハジメの魔物の血肉を取り込んだ強靭な肉体とも相まって時間をかければ治りそうである。もっとも、右目に関しては極光の光で蒸発してしまい、神水では欠損は再生できない以上治らないのだが。


 柱はもうほとんど砕かれ、ハジメが動けるようになるまではとても持ちそうにない。ユエは決然とした表情で、ハジメを見つめるとそっと口付けをする。そして、ハジメのドンナーを手に取ると立ち上がった。


「……今度は私が助ける……」


 そう決意の言葉を残し、ユエは柱を飛び出していった。魔力は僅か、神水は既に使い切り、頼れるのは身体強化を施した吸血鬼の肉体と、心もとない〝自動再生〟の固有魔法、そしてハジメのドンナーだけだ。


 柱から飛び出たユエをヒュドラの銀頭は睥睨し光弾を連射する。ユエは、現在魔力が少ないため魔法で相殺するわけにも行かず、ハジメの様にドンナーで撃ち落とすこともできないので、ひたすら走ってかわしていく。だが、元来、体術を始めとした近接戦は不得意なユエ。直ぐに追い詰められていく。


 そして、遂に光弾の一発がユエの肩に直撃した。


「あぐっ!?」


 痛みに呻き声を上げながら、吹き飛ぶ勢いそのままに立ち上がり再び駆ける。痛みで動きが止まった瞬間、たたみ込まれるとわかっているのだ。ユエの〝自動再生〟が始まるが、いつもより遅い。極光の付加効果は〝自動再生〟にも有効のようだ。魔力が更に削られる。このままでは身体強化に使う魔力も直になくなるだろう。


 ユエは何とか接近しようとするが弾幕の密度が高すぎて中々近づけない。近づかなければドンナーの射撃を当てることができるとはユエには思えなかった。そのため、どうにか隙を探って接近する必要がある。しかし、光弾は容赦なくユエを襲い、いよいよ追い詰められる。


 ユエは少しでも状況を打開しようと、苦し紛れではあるがドンナーの引き金を引いた。〝纏雷〟は使えないが雷系の魔法は使えるため何とか電磁加速させることができた。そして、ビギナーズラックというべきか、弾丸は弾幕の隙間を縫うように銀頭のこめかみ辺りに着弾した。


 しかし、


「えっ」


 思わずユエが声を漏らす。確かに電磁加速させた不十分とは言えそれなりの威力を持った一撃だったはずなのに、銀頭は浅く傷ついただけで大したダメージを受けた様子がなかったのだ。ユエの表情に絶望の影が差す。しかし、自分の敗北はすなわちハジメの死を意味するのだ。ユエは歯を食いしばって再び回避に徹する。


 だが、そんなワンパターンがいつまでも続くはずがなかった。銀頭の眼がギラリと光ると二度目の極光が空間を軋ませながら撃ち放たれた。光弾の影響で回避ルートが限られていたユエは、自ら光弾に飛び込み吹き飛ばされることで、どうにか極光のもたらす破滅から身を守る。


 しかし、その代償に腹部に光弾をまともに喰らって地面に叩きつけられた。


「うぅ……うぅ……」


 体が動かない。直ぐさま動かなければ光弾に蹂躙(じゅうりん)される。わかっていて必死にもがくユエだが、体は言うことを聞いてくれない。〝自動再生〟が遅いのだ。ユエはいつしか涙を流していた。悔しくて悔しくて仕方ないのだ。自分ではハジメを守れないのかと。


 銀頭が、倒れ伏すユエに勝利を確信したように一度「クルゥアアン!」と叫ぶと光弾を撃ち放った。


 光弾がユエに迫る。ユエは眼を閉じなかった。せめて心は負けるものかとキッと銀頭を睨みつけた。光弾が迫り視界が閃光に満たされる。直撃する。死ぬ。守れなかったこと、先に逝く事を、ユエはハジメに対し心の中で謝罪しようとした。


 刹那……一陣の風が吹いた。


「えっ?」


 気がつけば、ユエは、自分が抱き上げられ光弾が脇を通り過ぎていくのを見ていた。そして、自分を支える人物を信じられない思いで見上げる。それは、紛れもなくハジメだった。満身創痍のまま荒い息を吐き、片目をきつく閉じてユエを抱きしめている。


「泣くんじゃねぇよ、ユエ。お前の勝ちだ。」

「ハジメ!」


 ユエは感極まったようにハジメに抱きつく。怪我はほとんど治っていない。実際、ハジメは気力だけで立っているようなものだった。


 ハジメは銀頭を見やる。周囲に光弾を浮かべながら余裕の表情で睥睨(へいげい)し、今更死にぞこないが何だと問答無用で光弾を放った。


「遅ぇな」


 ハジメはギリギリまで動かず、光弾が直撃する寸前でふらりと倒れるように動き回避する。


 銀頭の眼が細められ、無数の光弾が一気に襲ってきた。


「ハジメ、逃げて!」


 ユエが必死の表情でハジメに言うが、ハジメはどこ吹く風だ。ユエを抱いたままダンスでも踊るようにくるりくるりと回り、あるいはフラフラと倒れるように動いて光弾をやり過ごしてしまう。まるで光弾の方がハジメを避けていると勘違いしそうだ。


 ユエが目を丸くする。


「ユエ、血を吸え」


 静かな目、静かな声でユエに促す。ユエはただでさえ血を失っているのにと躊躇(ためら)う。ひらりひらりと光弾を交わしながら、ハジメはユエをきつく抱きしめ首元に持ち上げる。


「最後はお前の魔法が頼みの綱だ。……やるぞ、ユエ。俺達が勝つ!」

「……んっ!」


 ハジメの強烈な意志の宿った言葉に、ユエもまた力強く頷いた。ハジメを信じて首元に顔を埋め牙を立てる。ハジメの力が直接流れ込むかのようにユエの体を急速に癒していく。二人は光弾の嵐の中を抱き合いながらダンスを踊るようにくるくると動く。


 ハジメの目には今、世界が色あせて見えていた。モノクロームの世界で、全てのモノがゆっくり動く。その中で、ハジメだけは普段通り動けるのだ。


 ハジメは見ていた。揺らぐ意識を必死に繋ぎ留めながらユエが一人戦っている光景を。ハジメの銃を片手に必死に戦い、(なぶ)られるように追い詰められていく姿を。そして、極光が放たれ地面に倒れ伏し止めを刺されそうな瞬間を。


 ハジメの胸中に激烈な怒りが満ちた。自分は何をしている? いつまで寝ていれば気が済む? こんな所でパートナーを奪われる理不尽を許容するのか? あんな化物如きに屈するのか?


 否! 断じて否だ! 自分の、自分達の生存を脅かすものは敵だ! 敵は、


「殺す!」


 その瞬間、頭のなかにスパークが走ったような気がし、ハジメは一つの技能に目覚めた。〝天歩〟の最終派生技能[+瞬光]。知覚機能を拡大し、合わせて〝天歩〟の各技能を格段に上昇させる。ハジメはまた一つ、〝壁を超えた〟のだ。


 この技能でハジメは一瞬でユエの元にたどり着き、緩やかに飛んでくる光弾をギリギリでかわしているのである。


 やがて、ユエが吸血を終え完全に力を取り戻した。


「ユエ、合図をしたら〝蒼天〟を頼む。それまで、回避に徹しろ」

「ん……ハジメは?」

「俺は、下準備」


 ハジメはそう言うとユエを柱の陰に降ろし、銀頭の方へ駆けていった。


 迫り来る光弾の弾幕を紙一重でかわしていくハジメは、〝縮地〟で場所を移動しながらドンナーを発砲する。銀頭は先ほどのユエの銃撃で全くの無傷と行かなかったのが気に食わないのか、頭を振って回避した。銃弾は外れ明後日の方向へ飛んでいき天井に穴を開けるに終わる。


 ハジメは気にした様子もなく次々と場所を変え銃撃するが、やはり弾丸は外れて虚しく天井に穴を開けるだけだった。銀頭の目に嘲りの色が宿る。ユエも普段ならありえないハジメの射撃に一瞬不安になるがハジメを信じて待つ。


 ハジメはドンナーを撃ち尽くすと〝空力〟で宙へ跳躍する。今までの比でないくらい細やかなステップが可能になっており、天井付近の空中を泳ぐように跳躍し光弾をかわす。


 いい加減苛立ったのか銀頭が闇雲に極光を放った。当然あっさりかわしたハジメはニヤリと笑う。ハジメは看破していた。銀頭が極光を放っている間は硬直していることを。そして、リロードしたドンナーを再び六箇所に向かって狙い撃った。


 すると、突然天井に強烈な爆発と衝撃が発生し、一瞬の静寂の後、一気に崩壊を始めた。その範囲は直径十メートル、重さ数十トン。大質量が崩落し直下の銀頭を押し潰した。


 ハジメは天井にドンナーで穴を開け、空中で光弾をかわしながら手榴弾を仕込みつつ、錬成で天井の各部位を脆くしておいたのである。そして、六箇所をほぼ同時に撃ち抜き爆破した。


 ハジメは攻撃の手を緩めない。ただの質量で倒せたら苦労しないのだ。〝縮地〟で押しつぶされ身動きが取れない銀頭に接近し、錬成で崩落した岩盤の上を駆け回りそのまま拘束具に変える。同時に、銀頭の周囲を囲み即席の溶鉱炉を作り出した。その場を離脱しながら焼夷手榴弾などが入ったポーチごと溶鉱炉の中に放り込み、叫ぶ。


「ユエ!」

「んっ! 〝蒼天〟!」


 青白い太陽が即席の溶鉱炉の中に出現し、身動きの取れない銀頭を融解させていく。中に放り込まれた爆薬の類も連鎖して爆発し、防御力を突破して銀頭に少なくないダメージを与えていった。


「グゥルアアアア!!!」


 銀頭が断末魔の絶叫を上げる。何とか逃げ出そうと暴れ、光弾を乱れ撃ちにする。壁が撃ち崩されるが、ハジメが錬成で片っ端から修復していくので逃げ出せない。極光も撃ったばかりなので直ぐには撃てず銀頭は為す術なく高熱に融かされていった。


 感知系技能からヒュドラの反応が消える。今度こそヒュドラの死を確信したハジメは、そのまま後ろにぶっ倒れた。


「ハジメ!」


 ユエが慌ててハジメのもとへ行こうと力の入らない体に鞭打って這いずる。


「流石に……もうムリ……」


 何とかハジメのもとへたどり着いたユエが抱きついてくる感触を感じながら、ハジメはゆっくり意識を手放した。


何時も読んで下さり有難うございます。

中々、感想返信の時間が取れず申し訳ないです。

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