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奈落の底の封印部屋


 ハジメの迷宮攻略は続く。


 タールザメの階層から更に五十階層は進んだ。ハジメに時間の感覚は既にないので、どれくらいの日数が過ぎたのかはわからない。それでも、驚異的な速度で進んできたのは間違いない。


 その間にも理不尽としか言いようがない強力な魔物と何度も死闘を演じてきた。


 例えば、迷宮全体が薄い毒霧で覆われた階層では、毒の(たん)を吐き出す二メートルのカエル(虹色だった)や、麻痺の鱗粉を撒き散らす()(見た目モ○ラだった)に襲われた。常に神水を服用してその恩恵に預からなければ、ただ探索しているだけで死んでいたはずだ。


 虹色ガエルの毒をくらったときは直接神経を侵され、一番最初に魔物の肉を喰った時に近い激痛をハジメにもたらした。奥歯に仕込んだ神水がなければ死んでいただろう。ちなみに、奥歯に仕込んだのは噛み砕ける程度に薄くした石で出来た小さな容器だ。緊急用に仕込んでおいたのが幸いした。


 当然、二体とも喰った。蛾を食べるのは流石に抵抗があったが、自身を強化するためだと割り切り意を決して喰った。カエルよりちょっと美味かったことに、なんとなく悔しい思いをするハジメであった。


 また、地下迷宮なのに密林のような階層に出たこともあった。物凄く蒸し暑く鬱蒼(うっそう)としていて今までで一番不快な場所だった。この階層の魔物は巨大なムカデと樹だ。


 密林を歩いていると、突然、巨大なムカデが木の上から降ってきたときは、流石のハジメも全身に鳥肌が立った。余りにも気持ち悪かったのである。


 しかも、このムカデ、体の節ごとに分離して襲ってきたのだ。一匹いれば三十匹はいると思えという黒い台所のGのような魔物だ。


 ハジメは、ドンナーを連射して撃退しようとしたが如何せん数が多かった。直ぐにリロードに手間取り、〝風爪〟で切り裂く方法に切り替えた。それでも間に合わず慣れない蹴りも使って文字通り必死に戦った。この時、ハジメは素早くリロードする技法と、蹴り技を磨くことを決意した。分裂ムカデの紫色の体液を全身に浴び憮然としながら。


 ちなみに、樹の魔物はRPGで言うところのトレントに酷似していた。木の根を地中に潜らせ突いてきたり、ツルを鞭のようにしならせて襲ってきたり。


 しかし、このトレントモドキの最大の特徴はそんな些細な攻撃ではない。この魔物、ピンチなると頭部をわっさわっさと振り赤い果物を投げつけてくるのだ。これには全く攻撃力はなく、ハジメは試しに食べてみたのだが、直後、数十分以上硬直した。毒の類ではない。めちゃくちゃ美味かったのだ。甘く瑞々しいその赤い果物は、例えるならスイカだった。リンゴではない。


 この階層が不快な環境であることなど頭から吹き飛んだ。むしろ迷宮攻略すら一時的に頭から吹き飛んだ。実に、何十日ぶりかの新鮮な肉以外の食い物である。ハジメの眼は完全に狩人のそれとなり、トレントモドキを狩り尽くす勢いで襲いかかった。ようやく満足して迷宮攻略を再開した時には、既にトレントモドキはほぼ全滅していた。


 そんな感じで階層を突き進み、気がつけば五十層。未だ終わりが見える気配はない。ちなみに、現在のハジメのステータスはこうである。


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南雲ハジメ 17歳 男 レベル:49

天職:錬成師

筋力:880

体力:970

耐性:860

敏捷:1040

魔力:760

魔耐:760

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成]・魔力操作・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地][+豪脚]・風爪・夜目・遠見・気配感知・魔力感知・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・言語理解

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 ハジメは、この五十層で作った拠点にて銃技や蹴り技、錬成の鍛錬を積みながら少し足踏みをしていた。というのも、階下への階段は既に発見しているのだが、この五十層には明らかに異質な場所があったのだ。


 それは、なんとも不気味な空間だった。


 脇道の突き当りにある空けた場所には高さ三メートルの装飾された荘厳な両開きの扉が有り、その扉の脇には二対の一つ目巨人の彫刻が半分壁に埋め込まれるように鎮座していたのだ。


 ハジメはその空間に足を踏み入れた瞬間全身に悪寒が走るのを感じ、これはヤバイと一旦引いたのである。もちろん装備を整えるためで避けるつもりは毛頭ない。ようやく現れた〝変化〟なのだ。調べないわけにはいかない。


 ハジメは期待と嫌な予感を両方同時に感じていた。あの扉を開けば確実になんらかの厄災と相対することになる。だが、しかし、同時に終わりの見えない迷宮攻略に新たな風が吹くような気もしていた。


「さながらパンドラの箱だな。……さて、どんな希望が入っているんだろうな?」


 自分の今持てる武技と武器、そして技能。それらを一つ一つ確認し、コンディションを万全に整えていく。全ての準備を整え、ハジメはゆっくりドンナーを抜いた。


 そして、そっと額に押し当て目を閉じる。覚悟ならとっくに決めている。しかし、重ねることは無駄ではないはずだ。ハジメは、己の内へと潜り願いを口に出して宣誓する。


「俺は、生き延びて故郷に帰る。日本に、家に……帰る。邪魔するものは敵。敵は……殺す!」


 目を開けたハジメの口元にはいつも通りニヤリと不敵な笑みが浮かんでいた。



 扉の部屋にやってきたハジメは油断なく歩みを進める。特に何事もなく扉の前にまでやって来た。近くで見れば益々、見事な装飾が施されているとわかる。そして、中央に二つの窪みのある魔法陣が描かれているのがわかった。


「? わかんねぇな。結構勉強したつもりだが……こんな式見たことねぇぞ」


 ハジメは無能と呼ばれていた頃、自らの能力の低さを補うために座学に力を入れていた。もちろん、全ての学習を終えたわけではないが、それでも、魔法陣の式を全く読み取れないというのは(いささ)かおかしい。


「相当、古いってことか?」


 ハジメは推測しながら扉を調べるが特に何かがわかるということもなかった。いかにも(いわ)くありげなので、トラップを警戒して調べてみたのだが、どうやら今のハジメ程度の知識では解読できるものではなさそうだ。


「仕方ない、いつも通り錬成で行くか」


 一応、扉に手をかけて押したり引いたりしたがビクともしない。なので、いつもの如く錬成で強制的に道を作る。ハジメは右手を扉に触れさせ錬成を開始した。


 しかし、その途端、


バチィイ!


「うわっ!?」


 扉から赤い放電が走りハジメの手を弾き飛ばした。ハジメの手からは煙が吹き上がっている。悪態を吐きながら神水を飲み回復するハジメ。直後に異変が起きた。


――オォォオオオオオオ!!


 突然、野太い雄叫びが部屋全体に響き渡ったのだ。


 ハジメはバックステップで扉から距離をとり、腰を落として手をホルスターのすぐ横に触れさせいつでも抜き撃ち出来るようにスタンバイする。


 雄叫びが響く中、遂に声の正体が動き出した。


「まぁ、ベタと言えばベタだな」


 苦笑いしながら呟くハジメの前で、扉の両側に彫られていた二体の一つ目巨人が周囲の壁をバラバラと砕きつつ現れた。いつの間にか壁と同化していた灰色の肌は暗緑色に変色している。


 一つ目巨人の容貌はまるっきりファンタジー常連のサイクロプスだ。手にはどこから出したのか四メートルはありそうな大剣を持っている。未だ埋まっている半身を強引に抜き出し無粋な侵入者を排除しようとハジメの方に視線を向けた。


 その瞬間、


ドパンッ!


 凄まじい発砲音と共に電磁加速されたタウル鉱石の弾丸が右のサイクロプスのたった一つの目に突き刺さり、そのまま脳をグチャグチャにかき混ぜた挙句、後頭部を爆ぜさせて貫通し、後ろの壁を粉砕した。


 左のサイクロプスがキョトンとした様子で隣のサイクロプスを見る。撃たれたサイクロプスはビクンビクンと痙攣したあと、前のめりに倒れ伏した。巨体が倒れた衝撃が部屋全体を揺るがし、(ほこり)がもうもうと舞う。


「悪いが、空気を読んで待っていてやれるほど出来た敵役じゃあないんだ」


 いろんな意味で酷い攻撃だった。ハジメの経験してきた修羅場を考えれば当然の行いなのだろうが、あまりに……あまりにサイクロプス(右)が哀れだった。


 おそらく、この扉を守るガーディアンとして封印か何かされていたのだろう。こんな奈落の底の更に底のような場所に訪れる者など皆無と言っていいはずだ。


 ようやく来た役目を果たすとき。もしかしたら彼(?)の胸中は歓喜で満たされていたのかもしれない。満を持しての登場だったのに相手を見るまでもなく大事な一つ目ごと頭を吹き飛ばされる。これを哀れと言わずしてなんと言うのか。


 サイクロプス(左)が戦慄の表情を浮かべハジメに視線を転じる。その目は「コイツなんてことしやがる!」と言っているような気がしないこともない。


 ハジメは、動かずサイクロプス(左)を睥睨する。ハジメの武器、銃というものを知らないサイクロプスは警戒したように腰を低くしいつでも動けるようにしてハジメを睨む。


 十秒、二十秒……


 いつまで経っても動かないハジメに業を煮やしたのかサイクロプス(左)が雄叫びを上げ踏み込んだ。


 直後、顔面から地面にダイブした。


 足を踏み出した瞬間、ガクッと力が抜け、勢いそのままに転倒したのだ。サイクロプス(左)は、わけがわからないといった様子で立ち上がろうと暴れるがモゾモゾと動くだけで一向に力が入らない。


 低く唸り声を上げもがくサイクロプス(左)に、ハジメがゆっくり近寄っていく。コツコツという足音が、まるでカウントダウンのようだ。ハジメは、サイクロプス(左)の眼前までやってくると倒れ伏す頭に銃口を押し付けた。そしてなんの躊躇いもなく引き金を引いた。


ドパンッ!


 銃声が部屋全体に木霊する。


 しかし、ここで予想外のことが起きた。サイクロプス(左)の体が一瞬発光したかと思うと、その直後、直撃した銃弾を皮膚が弾いたのだ。


「むっ?」


 ハジメは、おそらく固有魔法を使ったのだろうと推測する。どうやらサイクロプスの固有魔法は防御力を著しく上げるもののようだ。


 うつ伏せに倒れたままのサイクロプス(左)が、小馬鹿にしたように口元を歪めた。


 ハジメは特に思うところもなく銃口を離すと、サイクロプス(左)の頭部めがけて蹴りを叩き込んだ。


 〝豪脚〟により、ハジメの蹴りはかつての蹴りウサギを思わせる美しい軌跡を描いてサイクロプス(左)をカチ上げ仰向けにひっくり返す。そして、あらわになった目に再度銃口を押し付けた。


 なんとなくサイクロプス(左)が「ちょ、ちょっと待って?」と言っているような気がするが、ハジメは気にせず引き金を引いた。流石に、目まで強化することはできなかったのか、弾丸はあっさり貫通しサイクロプス(左)の頭部を粉砕した。


「ふむ、約二十秒か。ちょっと遅いな……巨体のせいか?」


 ハジメは実験結果を分析するようにサイクロプスを見る。


 なぜ、サイクロプス(左)はいきなり倒れ動けなくなったのか。


 それは、〝麻痺手榴弾〟のせいである。これは、モスラモドキから採取した鱗粉を手榴弾中に詰めて小規模な爆風で吹き散らし相手を麻痺させるというものだ。サイクロプス(左)が倒れるサイクロプス(右)に注目した瞬間に投げ込み鱗粉を撒いておいたのである。


「まぁ、いいか。肉は後で取るとして……」


 ハジメは、チラリと扉を見て少し思案する。


 そして、〝風爪〟でサイクロプスを切り裂き体内から魔石を取り出した。血濡れを気にするでもなく二つの拳大の魔石を扉まで持って行き、それを窪みに合わせてみる。


 ピッタリとはまり込んだ。直後、魔石から赤黒い魔力光が(ほとばし)り魔法陣に魔力が注ぎ込まれていく。そして、パキャンという何かが割れるような音が響き、光が収まった。同時に部屋全体に魔力が行き渡っているのか周囲の壁が発光し、久しく見なかった程の明かりに満たされる。


 ハジメは少し目を瞬かせ、警戒しながら、そっと扉を開いた。


 扉の奥は光一つなく真っ暗闇で、大きな空間が広がっているようだ。ハジメの〝夜目〟と手前の部屋の明りに照らされて少しずつ全容がわかってくる。


 中は、聖教教会の大神殿で見た大理石のように艶やかな石造りで出来ており、幾本もの太い柱が規則正しく奥へ向かって二列に並んでいた。そして部屋の中央付近に巨大な立方体の石が置かれており、部屋に差し込んだ光に反射して、つるりとした光沢を放っている。


 その立方体を注視していたハジメは、何か光るものが立方体の前面の中央辺りから生えているのに気がついた。


 近くで確認しようと扉を大きく開け固定しようとする。いざと言う時、ホラー映画のように、入った途端バタンと閉められたら困るからだ。


 しかし、ハジメが扉を開けっ放しで固定する前に、それは動いた。


「……だれ?」


 かすれた、弱々しい女の子の声だ。ビクリッとしてハジメは慌てて部屋の中央を凝視する。すると、先程の〝生えている何か〟がユラユラと動き出した。差し込んだ光がその正体を暴く。


「人……なのか?」


 〝生えていた何か〟は人だった。


 上半身から下と両手を立方体の中に埋めたまま顔だけが出ており、長い金髪が某ホラー映画の女幽霊のように垂れ下がっていた。そして、その髪の隙間から低高度の月を思わせる紅眼の瞳が(のぞ)いている。年の頃は十二、三歳くらいだろう。随分やつれているし垂れ下がった髪でわかりづらいが、それでも美しい容姿をしていることがよくわかる。


 流石に予想外だったハジメは硬直し、紅の瞳の女の子もハジメをジッと見つめていた。やがて、ハジメはゆっくり深呼吸し決然とした表情で告げた。


「すみません。間違えました」




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