腕章
「はあああああああっっ!!」
全面が石でできた床で靴裏が滑らぬよう、踏み固めるかのような力強い一歩を踏み出す。
そのまま軸足とは逆の足を跳ねるように動かし、身体の勢いを乗せた振り下ろしを放つ。
稽古用の木剣とはいえ、当たり所が悪ければ打撲どころでは済まない一撃だ。
勢いに腕力、そこに更に身体のひねりと重心の移動によって威力を底上げした一撃を放つのは、銀髪の少年だ。
貴族らしい少しゆったりとした、仕立ての良い練習着を着用している彼の名は、ヘルベルト・フォン・ウンルー。
彼は王の右腕とも称されるウンルー公爵マキシムの長男であり、ウンルー公爵家の跡取りとなるべく教育を受けてきた。
「しっ!」
ヘルベルトが放った一撃は、木剣を横に構えた赤髪の少年――によって受け止められる。
衝撃で剣が飛ばぬよう両手で押さえているおかげで、無事一撃をしのぐことができた。
マーロンが着用しているのは、少しだけサイズの大きい気のする練習着だった。
まるで今目の前にいるヘルベルトにぴたりと合うようなサイズ感のせいで腕のあたりには少し余裕があり、足の長さを調整するために裾が縫い付けられている。
絹で作られた手触りの良さそうな練習着は、何度も使われたからか、洗濯をしたあとも若干の土色が混じっている。
「せいっ!」
そのままぬるりと攻防が入れ替わる。
マーロンはあまり強烈な一撃を放つことをしない。
彼の戦い方は持久戦に特化している。
大きなミスをすることなく耐え続け、相手のミスを逃さない。
攻撃は大ぶりではなく、しっかりと脇をしめて隙をとにかく減らす。
そして相手を剣の動きではなくその視線や筋肉の動きまで見て、総合的に判断をしていく。 どっしりと構え大技を出すことがないからこそ、相手の動きを観察することに注力することができる。
そんなマーロンの地味だが玄人受けする戦法を、対するヘルベルトは強引な力業で解決してみせた。
「アクセラレート!」
突如として、ヘルベルトの動きが速くなる。
その速度は、実に通常時の三倍。
あらゆるものを加速させることのできる初級時空魔法、アクセラレート。
その使い手は必ず名を残すと言われる系統外魔法が一つである時空魔法。
数多の伝説を残した賢者マリリンと同じ系統外魔法の素質をヘルベルトは持っている。
初級魔法でさえこれだけの効果を持つ魔法を、ヘルベルトはいくつも習得しているのだ。
ただしそんな彼と打ち合うことのできているマーロンもまた、並大抵の男ではない。
「――フィジカルブースト!」
マーロンの身体が、白色の光に包まれる。
彼は触れるものを許さぬような穢れなき白を身に纏ってみせた。
マーロンもまた、目の前にいるヘルベルトと同じ系統外魔法の使い手の一人。
彼が使うことのできる魔法は、光魔法。
攻撃・防御・補助・回復と一人でほぼ全ての役割を兼ねることのできる万能の能力である。
かつて『光の救世主』と呼ばれていた、戦局をたった一人で変えることができるほどの人間が使っていた魔法である。
彼が使ったのは、初級光魔法であるフィジカルブースト。
その名の通り、己の身体をより速く、より固く強化させる魔法である。
そして上がるのは攻撃力や防御力だけではなく反射神経や視力まで強化される。
マーロンは魔法の効果を遺憾なく発揮させ、三倍速で放たれたヘルベルトの一撃を、しっかりと受け止めてみせる。
けれど完全に威力を殺しきることはできる、剣を持つ手が痺れ、ブルブルと震えた。
全体的に効果を発揮する分、フィジカルブーストのそれぞれにかかる補正の効果は限定的なものとなる。
故に純粋な攻撃の応酬だけでは、ヘルベルトを相手にすると分が悪くなっていく。
「ハイヒール!」
しかしマーロンの強みは、あらゆることに対し応用の利く万能性だ。
彼が中級光魔法であるハイヒールを使ってみせると、それだけで腕のしびれは取れ、ヘルベルトにつけられた打撲跡が治っていく。
持ち前の粘り強さとタフネスが光魔法と組み合わさることで、マーロンは何人も貫くことのできぬ、絶対の盾となる。
ヘルベルトには及ばぬものの、その動きは明らかに速くなっている。
マーロンが放った鋭い突きを、ヘルベルトはしかし見てから避けてみせた。
アクセラレートによって三倍の速度を手にしているヘルベルトからすると、マーロンの動きはスローモーションにしか見えぬため、かわすことは容易い。
けれどヘルベルトはそこで敢えてアクセラレートを切った。
アクセラレートは任意にオンオフが可能であるため、攻撃の際やどうしても攻撃が避けきれない際に限定して使用していく。
アクセラレートは近接戦闘なら無類の強さを発揮することができるが、その代わりに使い続けるだけでかなりの魔力を消費してしまう。
二人の身体能力は、ほぼ同等である。
故に一撃の威力は、三倍の加速を持って放たれるヘルベルトの方が高い。
けれどアクセラレートを使用していない状態では、フィジカルブーストで各種能力を底上げしているマーロンの方が優勢だ。
二人は幾度となく剣を打ち合い、めまぐるしくその立ち位置を、攻守を変えながら戦い続け……バキッッ!!
結果として二人の勝負に決着がつくよりも、木剣が音をあげる方が早かった。
飛んでくる剣先を刀身の半ばから折れている剣で叩き落とすと、ヘルベルトはふぅとため息を吐く。
得物が壊れた以上、ここから先は魔法戦になる。
ただ本気で魔法を打ち合えば、この闘技場自体を壊してしまいかねない。
かつて『覇究祭』が行われた時も、他の魔法使い達による防御魔法がなければ周囲に被害が出ていたという話だ。
あの時よりも実力が上がっている今の二人であれば、それこそこの闘技場自体をダメにしてしまいかねない。
それに最近ではヘルベルト達は良くも悪くも有名人だ。
あまり人目をつくド派手な魔法をバカスカ撃つわけにもいかない。
なので勝負は一旦切り上げ。とりあえず引き分けということで、模擬戦を切り上げることにした。
「もうちょっといい模造刀を使うか……」
「これも一応トレントの素材を使ってるし、これ以上となると……エルダートレントとかになるよな? 俺も賛成だけど、出せるかどうか不安だ……」
「出世払いで構わない。後で戦働きででも返してくればいいさ」
模擬戦で使う度に武器が壊れてしまうのが、最近の二人の悩みだ。
ヘルベルト達が真剣に戦い合うと、粘りが強く壊れにくいはずの木刀を使っても、あっという間にダメになってしまうのだ。
鋳つぶした模造刀を使っても良いのだが、それだとヘルベルトとマーロンがガチでやり合った時の被害がしゃれにならない。
練習着は基本血まみれになるし、ちょっとミスをしただけで骨折や脱臼程度なら平気でする。
流石に昼休みにそこまで身を削った鍛錬はしたくないということで、とりあえず二人の意見は一致を見ていた。
「出世払いか……ちなみにだけど、ウンルー公爵家の給金って高いのか?」
「いや、知らん。が、少なくともロデオが金に困ってるのは見たことがないぞ」
「そりゃ筆頭武官なら給料高いに決まってるだろ……」
ヘルベルトはいつものようにケビンに着替えさせて貰いながら、そしてマーロンは自身で練習着を脱ぎ、制服へと袖を通しながら相変わらず色々と世情に疎いヘルベルトに辟易とした様子で話を続ける。
もはやこの光景も当たり前になりつつあるため、ヘルベルトもマーロンも完全にケビンのことを意識していない。ケビンの方も気配を消しながら、完全に裏方に徹しきっていた。
「とりあえず、見回りにでも行くか」
「だね、当直じゃないけど、ヘレネ達が心配だし」
「過保護だな」
時計を確認すると、まだ授業開始までには幾分か余裕がある。
このまま駄弁っているのもあれなので、二人は闘技場を後にして学院の見回りをすることにした。
「ヘルベルト様、これを」
「おお、完全に忘れていた。ありがとう、ケビン」
「いえいえ」
ケビンに差し出されたのは、赤い腕章だ。
制服のシャツに通し、ついているピンを使って腕に止める。
その腕章には達筆な筆文字でこう記されていた。
――『リンドナー王立魔法学院生徒会』と。
二学期はあっという間に過ぎていき……気付けば年が明け、冬が終わって春がやってきた。
三年は卒業し、入れ替わるように新入生達が入ってきて……ヘルベルト達は無事、二年生へと進級していた。
もちろん変わったものも多かったが、それは悪いことではない。
そもそもの話、世界に変わらないものなど存在しないのだから。
周囲を取り巻く環境は変化していたものの、彼ら自身の芯はブレることもなく。
ヘルベルト達は以前と変わらずに、学院生活を楽しんでいるのだった――。
【しんこからのお願い】
お待たせしました、本日より第三部を開始致します!
他の方に連載が再開したことを伝えるためにも、この小説を読んで
「面白い!」
「続きが気になる!」
「第三部待ってた!」
と少しでも思ったら、↓の★★★★★を押して応援してくれると嬉しいです!
あなたの応援が、作者の更新の原動力になります!
よろしくお願いします!