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アクセラレート・フラクション


 グラハムが行っていた、空間を生み出しそこを経由させることによる攻撃の加速。

 模擬戦を続けたことにより、ヘルベルトはその技術を盗み出すことに成功していた。

 といっても、彼流のアレンジを加えた形でだ。


 ヘルベルトは滲出魔力それぞれを干渉させる過程で、二つの滲出魔力が重なり合う空間が存在することに目をつけた。

 通常より魔力の密度が高くなるその空間に己の身体を入れ込むことにより、彼は二つのアクセラレートを重ねがけして用いることができるようになった。

 それこそが彼が新たに習得した魔法――部分加速、アクセラレート・フラクション。


 滲出魔力が重なり合うスペースはそれほど広くはないため、全体を高速化させることは難しいが、腕と足のどちらかをそこに入れてやることならば問題なくできる。


 滲出魔力では魔法効率が落ちるため効率が下がるため魔力の消費は大きいが、これによってヘルベルトは新たに攻撃のみを三倍の三倍……つまり九倍の速度で放つことができるようになった。


 動揺したグラハムは、ヘルベルトの接近を許してしまう。

 そして剣の間合いに入れば、今のヘルベルトを止めることは至難の技だ。


「あなたの境遇は聞いている! 親を殺されたこと、団員に裏切られたこと、妻と息子を殺されたこと……たしかにそのどれもが、心が壊れるほど辛かっただろう!」

「知ったような口……利いてんじゃねぇっ!!」


 怒りに任せ、グラハムはいつもとは違い手加減抜きの界面魔法を発動させる。

 彼が極めた界面魔法は、空間そのものを支配する。


 パリンパリンッ!


 ヘルベルトとグラハムの間の空間が割れ、気付けば二人の間の距離は数メートル。


 とんでもないことだが、グラハムは二人の間にある空間そのものを壊し、無理矢理新たな空間と繋げ空間のトンネルを生み出した。

 結果として空間新たな空間が二人の間に生まれたことで、物理的な距離が開いたのである。 そして距離が空いたところで、グラハムはヘルベルトの全身に距離を無視して放つことができる拳による攻撃を放つ。

 いくつもの空間をすり抜けて加速したグラハムの拳は、視認することすら困難な高速の連撃。


 その猛攻を前に……ヘルベルトは目を閉じた。

 そして……。


「はああああああっっ!!」


 その攻撃を、新たに習得した部分加速によって迎撃していく。


 グラハムが繋いだ空間、壊した空間、ヘルベルトが干渉した空間と生み出した亜空間。


 新たな空間が生まれては壊れ、繋がれていた。

 界面魔法が使われガラスが割れたような音が鳴り、その音を剣と魔力を纏った拳がぶつかり合う硬質な音が上書きしていく。


 互いの魔法が干渉し合っているためか、ヘルベルトの滲出魔力がグラハムが繋げた空間と空間の繋がる面に触れると、音を立てて割れていく。

 そして同様に、ヘルベルトの滲出魔力はグラハムの界面魔法に触れると消え去ってしまう。

 フォンと音を鳴らしヘルベルトの時空魔法が発動され、更に加速した剣閃の音がそれを掻き消した。

 それらをめまぐるしいスピードで二人の剣と拳が通り抜けていく。


 拳が上から来たかと思えば、続いて後方からやってくる。

 それらを捌きながら、前屈みになり次撃に備える。

 ヘルベルトの予想通り、それらの攻撃の全てがフェイント、本命は足への一撃だ。

 必死になって避けるが、避けきれずに足の骨が折れる。

 ヘルベルトは即座にリターンで足を治すが、その隙をグラハムが見逃すはずもなく渾身の右ストレートを放つ。

 まるで馬車が人をひき殺したような大きな音が鳴り、ヘルベルトは鼻から血を噴き出しながらボールのようにバウンドしていった。


 ヘルベルトは視覚に頼らずに、ただ己の滲出魔力とそこからの感知のみを頼りに全ての攻撃を捌いていく。


 本来とは想定外の場所から降りかかる攻撃も、全方位への警戒も、全て練習場での修行によって身に付けた技術だ。


「あなたの才能は――ここで腐らせて、埋もれさせていていいものじゃない!」

「うっせぇ、俺の力をどう使うかなんて、勝手だろうが!」

「戦うこともせず、過去から逃げ続ける……それでいいのか、グラハムッ!」


 ヘルベルトの全身に傷と打撲痕が増えていく。

 冷静さを取り戻しているグラハムは、ヘルベルトの加速攻撃にも対処ができるようになっていた。

 簡単な話だ。

 自分は距離を無視して攻撃ができるのだから、距離さえ取ってしまえばいい。そうなればヘルベルトは近付いて攻撃しに来ざるを得ない。

 近付くという無駄な動作が加わることによって生まれる隙。そこをちょんと突いてやるだけで、グラハムは一方的に攻撃を加えることができるようになっていた。

 けれどヘルベルトはどれだけグラハムの一撃を受けても、傷を癒やし、あるいは放置し立ち向かってくる。


(しっかし……なんつぅ化け物だよ。俺はただきっかけを与えたに過ぎないってのに)


 その様子を見て冷や汗を掻くのは、むしろグラハムの方だった。

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