工夫とアレンジ
とりあえず、まず最初は魔法の解禁からやっていこう。
「まずはディレイだ」
ヘルベルトはやってくる角材に対し、ディレイを使ってみることにした。
動きが遅くなるため、避けるのは簡単になる。
けれどこれでも、結局攻撃を避けるのは難しかった。
現状のヘルベルトの魔法の力量では、多くとも二つ三つのものにディレイをかけるので精一杯だ。
というかディレイを使ってしまったせいで、動きのゆっくりとした角材を避けるという余計な一手間が発生したので途中からは煩わしいことこの上なかった。
次にアクセラレートを使い、自分の身体を高速化することで攻撃を避けていく。
こちらには一定の効果が見られた。
ヘルベルトが普段からやっている、動きを見てからの回避軌道。
高速化すれば攻撃を避けることはそこまで難しくはない。
けれど今度は、切り株が回避の邪魔をした。
ダイナミックに動き回ることができれば全ての攻撃を回避することも難しくなさそうなのだが、切り株という狭い足場の上ではどうしても動きに制限ができてしまう。
これらを完全にやり過ごすためには、軌道を見切る必要がある。
当然ながらヘルベルトの視界は三百六十度ではないため、後方には死角もできる。
見てから動くだけではまだ足りず、見ずに動くための材料が必要というのがヘルベルトが出した結論だった。
それを視覚以外の手段――ヘルベルトの場合は、時空魔法でなんとかしなくてはならない。
何から手をつけていいのかわからなかったので、まず最初は自分がしてきたことの延長線から始めてみることにする。
ヘルベルトは自分の身体の左右に二つの魔力球を生み出した。
魔力球の扱いに慣れた今では、魔力球を操ることは造作もない。
そこに時空魔法を込めることなく、純粋な魔力の塊のまま置いてみる。
物は試しと、飛んでくる角材に魔力球を当ててみることにした。
「――ぐうっ、これは……?」
感じたのは強い違和感。まるで突然身体の中に異物が入ったような感覚があった。
ディレイで物の速度を下げる際には何も感じないのだが、どうやらただの魔力球に物を入れる際には違和感のようなものを感じるようだ。
気持ちが悪くなってしまい、一旦鍛練を中断。
リターンを使って治してから、次にロープにぶら下がっている角材それ自体に魔力球を被せてみることにした。
最初は慣れなかったが、何度も出し入れをするうちに少しずつその感覚にも慣れてくる。
(これは……自分が生み出した空間の中に異物が入ることによる拒否反応、のようなものか?)
感じる違和感は、自分が生み出した魔力の中に何かが侵入してくることに対して生じていた。
そこで発想の転換だ。
この違和感は、感知手段として使えるのではないか?
ヘルベルトの慧眼は見事に的中した。
魔力球を使えば、魔力球の中に入ってくる異物を感知することができることがわかったのだ。
それならば次に行うべきは感知の工夫だ。
自分が動かした魔力球で感知をするのでは、目視をするのとそこまで大差はない。
まず、一番最初に、自分の身体を魔力球ですっぽりと覆う形を試してみる。
けれどこれはやってみてすぐに無理であることが発覚した。
魔力球の中に入ったままだと、違和感がより強烈になりまともに感知をすることすら難しいほどに気持ちが悪くなってしまったのだ。
(俺が入った状態の魔力球で全方位を感知できれば話は楽だったんだが……そう上手くはいかないか)
どうやら空間認識をしようとする際に、自分の身体が入ってしまうことで知覚能力に異常が発生してしまうらしい。
それならばと、次は自分の身体の前後に固定する形を取ってみることにした。
魔力球を制御して自由に動かすことはできるが、自分の身体の周囲に固定させようと考えたことは一度もなかった。
できるかどうかぶっつけ本番で試してみると、これはさして壁にぶち当たることもなくクリアすることができた。
日頃の時空魔法の練習によって、自分の魔法技術も着実に成長しているのだとわかり、ヘルベルトから笑みがこぼれる。
少しだけ気持ちを浮つかせながら、次に魔力球を身体にくっつけたまま角材投げの訓練をやってみることにした。
「――見える、見えるぞ! ふははははっ!」
後ろの攻撃を感知することが今までは為す術がなかった後ろの死角からの攻撃も、ある程度察知ができるようになったのだ。
おかげでズーグの投擲に対処しながら、後ろから襲いかかる攻撃にも対処ができるようになった。
「痛っ……流石にそこまで甘くはないか」
だがそれだけではまだ片手落ちだった。
今のヘルベルトに対処できるのはズーグの攻撃と、反動で自分目掛けて飛んでくる跳躍する角材まで。
そこに吊された紐同士が絡まり合うと正確な軌道予測が不可能となり、対処することができなくなってしまったのだ。
となると気にしなくてはならないのは、ロープ同士の位置取りと距離感だ。
けれどこれも三つ、四つとロープが絡めば更に複雑になっていく。
目で見て、異物感を感じてから反応するだけでは、全てに対応することができない。
そこで次は、魔力球のアレンジを行うことにした。