練習場
ヘルベルトがグラハムの下へとやってきた一番の理由は、時空魔法についての教えを請うことだ。
より詳しく言えば時空魔法と似通った空間的な性質を持つ、界面魔法についての見識の深いグラハムから、色々と助言をもらおうという考えだ。
そのため彼はグラハムのスパルタな実技を受けるだけではなく、座学の方も受けるつもりだった。
だがそんなヘルベルトの請願を聞いても、グラハムはほへぇと間抜けな声を出しながら鼻をほじるだけだった。
「嫌だね! 俺は戦うのは好きだが、詳しい理論や理屈なんかはでぇ嫌いなんだよ!」
グラハムは自分の界面魔法のことについて、あまり詳しい内容を教えてくれない。
自分が持つ手札を教えないというのは戦士としては当然なのだが、その道理を曲げても情報を得たいヘルベルトからするとなんとかしたいところだった。
「けどまぁ、お前も頑張ってるみたいだしな……特別に俺が作った練習場を使うことを、許してやろう!」
グラハムは親指をグッと立てながら言うと、ボロ雑巾のようになったヘルベルトを放置して酒盛りを始めた。
こうなると梃子でも動かないので、ヘルベルトは大人しくズーグに案内を頼むことにした。
「苦労をかけるな」
「いえいえ、慣れてますので」
広場を抜け、ズーグの後をついていく。
周囲に広がっているのは、骨人族の集落だ。
その家は、土壁を使った木造建築である。
魔の森があるおかげで木材には事欠かないということなのだろう。
ヘルベルトがこうして歩いていても、集落の中心にある大通りに人の姿はほとんど見られない。
やってきてからというもの、ズーグ以外の骨人族の人間をほとんど見たことがないほどだ。 時折視線は感じるが、それは家の中の窓から。
意識してそちらを向くと、すぐに気配は消えてしまう。
「あはは……すみません」
申し訳なさそうな顔をするズーグに、問題ないと言って頷く。
ヘルベルト達は正直なところ、あまり歓迎はされていない。
骨人族は特に純粋な人族から強い排斥を受けたという。それだけ警戒されるのも、無理のないことだ。
集落の中に漂っている雰囲気は、全体的に暗い。
底抜けに明るいズーグがここで育ったのが、不思議に思えてくるほどに。
「ズーグは外の世界に興味があるんだよな?」
「――ええ、もちろんです!」
ズーグは何かあるとしきりに、ヘルベルトに外の話を聞かせてくれるようせがんでくる。 その度にヘルベルトは観劇や甘味のような、自分が王都で楽しんできたことの数々を教えてやるのだ。
色々と遊び回っていたおかげで、こういう時に耳目を引きつけるような面白い話に関しては、枚挙に暇がないほどだった。
そしてヘルベルトの話の数々に、ズーグは目をキラキラさせて(もちろん比喩だ)聞き入っていた。
「いつか僕は……外に出てみたいんです」
「外というのは……集落を出るということか?」
「いえ、それよりもっと外……魔の森を抜けて、人が暮らしているところで生活をしてみたいんです」
「……力量的には、問題ないだろうな」
含みのある言い方をしたが、ズーグの実力が高いのは本当だ。
ズーグの得物は大剣なのだが、彼は骨だけの身体のどこにこんな力があるのだというくらいの剛力で、大剣を軽々と振ってみせる。
骨人族は、その見た目に反して人外の膂力を持っている。
どうやら魔力が人間でいうところの筋肉のような働きをしているらしく、とにかく力が強いのだ。
グラハムに鍛えられて技術として昇華された大剣術はただ力任せに振るうわけではなく、そこには細かな突きやフェイント、足技や骨人族だからこそできる通常の人体では不可能な動きなども含まれている。
彼の白兵戦の実力は相当に高い。
得物の違いも大きいだろうが、ティナと十本勝負をしても毎回二三本ほどは勝っているほどだ。
だからたしかに、外へ出ても活動自体はできるだろう。
だが……。
(骨人族であることを知られてしまえば、積み上げてきたものが崩れかねない、か……なんとしてやれればいいのだが……)
ヘルベルトが父のマキシムに陳情してなんとかしてみるか……と考えていると、グラハムが作ったという練習場に辿り着いた。
「これは……括り付けられた、材木か?」
ヘルベルトの視界に入ってきたのは、ロープに括り付けられている大量の角材と、その中央に鎮座している大きな切り株だった――。