背中
「しいっ!」
ヘルベルトによる斬撃が白い線を引く。
アクセラレートにより加速した剣の閃きは流れ星のように輝き、瞬く間に相手へと飛んでいく。
「ふうむ……」
彼が放った全力の斬撃を、目の前の男――グラハムは容易く受け止めてみせる。
両者の剣が激しくぶつかり合った結果、軍配が上がったのはグラハムの方だった。
ヘルベルトは剣を握る手が痺れるほど強烈な衝撃を食らいながら、なんとかして後ろに飛ぶ。
なんとかのけぞらずには済んだが、どうしても体勢は崩れてしまう。
グラハムは握る剣で追撃に移る。
ヘルベルトの方が速度では分があるにもかかわらず、押し切ることができない。
グラハムはヘルベルトの攻撃のことごとくを捌いてみせる。
彼を相手にすると速度では勝っていても、後手を踏んでしまう。
今回も今までと同様、徐々に形勢が防戦一方へと変わっていく。
「お前のその時空魔法は、簡単に言えば肉体を高速化させる魔法だ。たしかにそのありえない速度と、速度との乗算によって生み出されるパワーは劇的に違ぇねぇ」
剣閃は風を裂き、一閃ごとに大きな音が鳴る。
振り、薙ぎ、突き出される攻撃は、必殺の威力を秘めている。
けれどもグラハムは何事もないように、その攻撃を防ぐ。
まるで答えを知っている問いを解いているかのように、迷わず出される一手一手が、ヘルベルトの持つ選択肢を狭めていく。
ヘルベルトの攻撃は先ほどより一回り小ぶりなものになり、攻撃の際に生まれる隙はわずかに広がり、その積み重ねが徐々に大きなズレとして現れていく。
「だが現状、時空魔法は物理的に不可能な動きはできねぇ。つまりお前が攻撃をしてくる場所さえわかっていれば、防御は容易い。普通より速くて、威力が高い攻撃。良くも悪くもそれだけだ」
ヘルベルトはそれならばと、フェイントを加えて翻弄する手を取ろうとする。
左右に身体を振り、剣先をズラし、己の狙いを悟らせない。
けれどそうして放った連撃も、グラハムには通じない。
「お前のフェイントが通じるのは、いいところ三流までだ。俺様くらいになるとお前の筋肉の動きや視線から、おおよそ攻撃する場所がわかる。自分自身を騙せるくらいにならなくちゃ、実戦じゃクソの役にも立たねぇんだわ」
剣に意識を割いていたところで、腹部にとてつもない衝撃が走る。
破裂音のような音がなりグラハムの蹴りが突き刺さっていた。
ごぽりと、口からせり上がってきた血の塊が吹き出てくる。
「――リターンッ!」
ヘルベルトは即座にリターンを使い、傷を癒やす。
「回復の隙がデカいのもマイナスだな。俺ならその間に、もっと強い一撃を入れられる」
傷が癒えていく。
けれどその間に、彼我の距離はみるみるうちに近付いていく。
グラハムの言葉は、何一つとして嘘ではない。
「おら――吹っ飛べや!」
パリンと音がなった次の瞬間、ヘルベルトは己を襲う激しい痛みに、意識を手放すのだった――。
「ん……」
目が覚めると、ヘルベルトは地面に転がっていた。
腹部に感じる痛みはそれほどのものではない、どうやらマーロンが処置を施してくれていたようだ。
「はあああああっっ!!」
「――シッ」
「ぜああっ!」
ヘルベルトが起き上がると、マーロンとパリス、ティナが三人がかりでグラハムに挑みかかっていた。
恐ろしいことに、グラハムは左右からの同時攻撃や死角からの一撃もすべてかわしながら、三人にカウンターさえ放っていた。
空間に対する認識力が高いのだろう。
恐らくどこに何があり、誰がどんな行動を取ろうとしているのかを、しっかりと把握しているのだ。
そうでなければできない、迷いのない動きをしている。
ヘルベルトの高速の一撃や速度や方向を変えて襲いかかる魔法を残さずかわしてみせるのも、その空間把握能力の賜物なのだろう。
昨日骨人族の集落にやって来てから、ヘルベルトは一日に数度グラハムに意識を失うまで叩きのめされるという修行を繰り返していた。
これは修行なのだろうかと、思わないこともない。
グラハムは、決して何かを教えてくれるようなことはないからだ。
けれど彼はヘルベルトと戦った後、休みなくマーロン達と戦ってみせる。
そしてその中には、兄弟子であるズーグの姿もあった。
ヘルベルトには多くを語らぬグラハムの背中が、『己の背中を見て学べ』と言っているように思えていた。
もしかすると全てがヘルベルトの勘違いで、ただグラハムは自分がしたいように暴れているだけなのかもしれない。
(だがそれならそれで構わない。盗んでやろうじゃないか……帝国を震撼させたというその戦闘技術と魔法の全てを)
なぜグラハムが、自分達と戦ってくれているのかはわからない。
貴族を毛嫌いしている様子の彼がヘルベルトを追い出していない理由も不明だ。
けれど今が何よりも大切な学びの時であるのは間違いない。
ヘルベルトはグラハムの一挙手一投足を見逃さぬよう、目を凝らして戦いを観察するのだった――。