重界卿
「系統外魔法の」
「使い手……?」
系統外魔法とは火・水・土・風の四つの属性に当てはまらない魔法のことを指す。
マーロンの光魔法や、ヘルベルトの時空魔法などがそうだ。
二つの異質さを見ればわかるように、一口に系統外魔法と言ってもその内容は非常に多岐に渡っている。
系統外魔法の使い手の逸話というのは王国でも数多く伝えられている。
けれどその使い手の数は非常に少ない。
リンドナー王国は一千万人を超える人口を抱える巨大な国家だが、王国で存在が確認されている系統外魔法の使い手は四人しかいない。
マーロンとヘルベルトが頭角を現す前までは、たったの二人しかいなかったのだ。
だが実は系統外魔法の使い手は、以前はもう一人いた。
「まさか――グラハム卿が!?」
「界面魔法のグラハム……ヘルベルト、本当に彼が?」
「ああ、グラハムはこの大樹海のとある集落の近辺に界面を作り、そこで生活している」
グラハム・フォン・シュテーツ。
それはかつて対帝国戦役を戦い抜き、帝国に痛打を与え続けた男の名だ。
彼が帝国に与えたダメージはあまりにも多く、現在『重界卿』グラハムの首は帝国において金貨二万枚の値がついている。
戦争を終えたグラハムは、その活躍を認められ貴族へと列された。
だが彼はほどなくして姿を消し、現在は完全に行方不明となっている。
「界面魔法……それは一体、どんな魔法なんだい?」
想像ができなかったのか、不思議そうに首を傾げるパリス。
だがそれも当然のこと。何せ勧誘に来たヘルベルト自身、その魔法の詳細を完璧に理解しているわけではない。
「恐らく結界を生み出し、破壊する魔法だと考えられる」
「結界魔法の話は聞いたことがあるけど、それとは違うのかい?」
「ああ、界面魔法の特徴はなんと言ってもその意味のわからなさだ。結界の中に相手を閉じ込めたり、結界の中にある結界を膨張させ相手を押しつぶしたり、結界と結界を繋ぐことで擬似的な瞬間移動を行えるようになったりするらしい」
「それは……ずいぶんとめちゃくちゃだな……」
「ああ、だが何かに似ているとは思わないか?」
ヘルベルトの問いに、俯いて思考するマーロン。
視線が微妙に左右に揺れるのは、彼が本気で何かを考えている時の癖だった。
「似ている……時空魔法に」
「ああ、それが俺がここまでやってきた理由だ」
「僕を引き入れたのも、そのグラハムという人物をスカウトするため、ということでしょうか?」
「それだけが全ての理由ではない。だがまあ、理由のうちの一つかと問われれば是だな」
ヘルベルトが己の身を賭してまで大樹海にやって来たのは、『重界卿』グラハムをスカウトするためだ。
グラハムを再び貴族として王国に返り咲かせるのか、それとも秘密裏に教えを請う支障的なポジションにするのか。そこら辺は臨機応変に対応するつもりだった。
ヘルベルトには、グラハムを助け出す必要がある。
界面魔法は、空間と非常に関連性のある魔法だ。
時間・空間という時空魔法を構成する二つのうちの一つと密接な関わりを持つ界面魔法。
これを学ぶことができれば、今現在非常に苦労しながら空間についての理解を深めているヘルベルトの助けになるのは間違いない。
助け出す、という言い方からわかるように、グラハムはこのままではマズいことになる。
ヘルベルトは手紙に記されていた内容を思い出す。
『俺はグラハムに教えを請うことができなかった。王国がその所在に気付いた時には、既にグラハムはこの世にいなかったからだ』
『重界卿』グラハム。
帝国に親の仇のように恨まれているこの人物は、帝国戦役の後に隠遁生活を送ることになる。
だがその生活は長くは続かず、後に帝国に捕捉されてしまい、帝国が誇る黄金騎士団によって殺されてしまった。
彼を失うことはヘルベルトにとって大きな損失だ。
王国にとっても非常に大きな影響を与えるのは間違いないが、そちらはあくまでも二の次。
どこまでも貪欲に自分を貫くヘルベルトは決めていた。
「なんとしてでもグラハムを味方につける。その先にきっと……時空魔法の極致へと、手を伸ばすことができるはずだ」
彼の瞳に滾る熱意。
それを見た三人は、仕方ないという顔でその後についていく。
ヘルベルトがなぜ、王国や帝国すらも見つけられていないグラハムの居場所を知っているのか。
一体ヘルベルトには、何が見えているのか。彼は何を、見据えているのか。
ついていった先に、果たしてどんな世界が広がっているのか。
マーロンもティナも、そしてパリスも。三人全員がそれを知りたいと思った。
ヘルベルトは三人を引き連れて先へと進んでいく。
その先にあるものがなんなのか。
未来からの情報のあるヘルベルトにだってそれを完璧に予測することはできない。
だが彼は前を見て、進み続ける。
前進したその先にこそ、未来は開けているのだと信じて――。
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