前へ次へ   更新
 79/139

後半へ


 楽しい時間は、あっという間に過ぎる。

 リャンル達との勉強合宿も終わり、ローゼアと仲直りも済み、ティナとも話ができる間柄にはなり、ネルとのデートは定期的に行うようになった。

 振り返ってみると夏休みの序盤はやることも多かったが、それ以上に実りも多い期間であったように思う。


 ローゼアとの仲直りという一番やりたかったは無事果たすことができたし、ティナとも前ほどとは言えないまでも、一緒に剣を交わすことのできるくらいの間柄にはなった。

 ネルとも、その……普通に一緒にデートできるようにもなった。


 全てで一歩前進したのだから、合計すれば何歩も進んでいると言えるだろう。


(よし、これでひとまず……後ろを向くのは、終わりにしよう)


 ヘルベルトは一つ、決意をしていた。


 ――この夏で、自身の過去の清算をひとまず終える。


 彼は強い意志を持って、過去との訣別を行うことにした。


 過去と向き合うことをやめるのではない。

 ただ後ろを向いているだけでは、できないことも多い。


 なぜならヘルベルトも、ヘルベルトが償いをしなければならない人も、今を生きていて、その今は未来へと続いているからだ。


 だからこの夏休み前半戦を以て、太っていた頃の傲慢な自分とはさよならだ。

 これから先は過去してきたことを償うのではなく、未来を素晴らしいものへ変えていくことで埋め合わせにする……いや、していくのだ。


(だが、まだまだ気は抜けない。――むしろ、ここからが本番だ)


 前半に予定を詰めたおかげで、後半には大分余裕がある。

 今回はマキシムの許可も取り領地への帰省も最低限で終わらせている。

 そうまでしてヘルベルトが急いでいるのは、既に後半にやらなければいけない予定が決まっているからだ。


 これからやるのは――夏休みの残りの全てをかけて行う、とある地域の探検。

 その地域とは――以前向かったことのある、大樹海。

 その奥地に住んでいるとある人物の下へ出向くことが、彼のしなければならないことであった。





 王国は西部にある大樹海は、人の侵入を拒む天然の要害である。

 大樹海を挟んで点在しているとされる亜人達とは没交渉が続いており、リンドナーとしては良き隣人という態度を貫くことで、不干渉を続けている。


 けれど一応、大樹海のうちの東部はリンドナー王国の領土になっている。

 大樹海はほとんどが人の手の入らぬ土地ではあるのだが、人の往来も完全にゼロというわけではない。


 人間というのは強かなもので、どこにだって可能性を見出す生き物だ。


 大樹海とは、手つかずの大自然がほとんどそのまま残っている土地だ。

 魔物が多いため瘴気も満ちており、人間にとっては不利な戦場。

 好き好んで入るような人間は誰も居ない。


 けれどこの場所は見方によっては、まだ誰も手をつけていない宝の山とも言える。

 それに目をつけたのが、金になる素材には目がない冒険者達だ。

 彼らは魔物の討伐請負いからマダムの犬の散歩まで、実に多様な雑務をこなす何でも屋。


 大樹海にしかいない魔物は稀少であり、討伐することができればかなりの報酬になる。

 また野生の稀少な薬草類も残っているため、群生地を見つけることができれば一財産を築くこともできる。


 けれどその分、大樹海は未だ開拓ができぬほどに人を拒絶する地である。

 一度深くまで潜ってしまえば、二度とは戻って来ることができないというのは有名な話で、その凶悪さは近くの地域に住んでいる家族の母親が『言うこと聞かないなら大樹海に置いてくるよ!』と言って子供を脅すほど。


 そのため樹海の最東部――冒険者達などが出入りする浅いところまでは、リンドナー王国領、具体的に言えばネルの実家であるフェルディナント侯爵領になっている。

 故にヘルベルトはネルにだけは、自分の目的を伝えることにしていた。






「本当に、行くんですか? 大樹海の奥へ?」

「……ああ。俺が求めているものは、その先にしかないからな」


 ヘルベルトは実家への挨拶も兼ねて、フェルディナント侯爵領の領都であるフェルゼンへとやって来ていた。

 ここから西へ向かえば、大樹海までは二日もかからずに着くことができる。


 嘘を吐いてそのまま向かうこともできたのだが、ネルにだけは正直でいたかった。


(誰かと秘密を共有したいと思うとは……俺は弱くなったのかもしれないな)


 ヘルベルトは自嘲しながら、遠くを見つめている。

 視界に移っているのは外壁だが、ネルには彼が見ているものがその先にある、大樹海であることがわかった。


 その横顔を見つめるネルの瞳は、どこか不安げに揺れている。

 けれど彼女は心の内側にある心配を押しとどめ、告げた。


「それなら帰ってきたら、もう一度フェルゼンに寄っていってください。帰ってこなかったら……叩きます」

「ああ……わかったよ。ネルのビンタは、痛いからな」


 ヘルベルトはキュッと、ネルの手を握る。

 その顔があまりにも優しくて、ネルは慌ててそっぽを向く。

 けれどその耳は真っ赤に染まっていた。


 そんなネルを見て少しだけ気持ちのほぐれたヘルベルトは、同行者を引き連れて大樹海の奥地へ向かう――。

【しんこからのお願い】

この小説を読んで

「面白い!」

「続きが気になる!」

「応援してるよ!」

と少しでも思ったら、↓の★★★★★を押して応援してくれると嬉しいです!


あなたの応援が、しんこの更新の原動力になります!

よろしくお願いします!

 前へ次へ 目次  更新