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久方ぶりの


「待ったか?」

「いえ、今来たところです」


 二人が待ち合わせ場所に選んだのは、待ち合わせスポットとしては比較的メジャーな噴水広場だった。

 どういう原理なのか勢いよく噴き出している水を見て、あれも魔道具なんだろうかと思いかけ、その考えを断ち切る。


 今日のネルの服は、白いワンピースだった。

 遠目から見ると長袖に見えたが、近付くと着ているのは半袖の服であることがわかる。

 服が二の腕のあたりで一度千切れており、同じ色の布きれが肘先から指の辺りに装着されている。


「見たことのない服だが……似合っているな」

「ありがとうございます。メイドに教えてもらったんですが、最近の王都の流行りらしいですよ」


 なぜ服を途中で切ってしまっているのだろうかと疑問に思ったが、口には出さなかった。


「これがおしゃれなんですよ! もうっ!」


 だが態度には出ていたようで、ネルに目敏く気付かれてしまう。

 ぷんすこと頬を膨らませているネルを見て、すまないと素直に謝っておく。

 もちろん本気で怒っているわけではないので、機嫌はすぐに直った。


「行きましょうか」

「ああ」


 二人は広場を抜け、歩き出す。

 いつものように距離を取り歩こうとするネルに、ヘルベルトがずいっと腕を出す。

 ネルはそんなヘルベルトの顔を見て、腕を見て、そしてまた再度顔を見た。


「嫌か?」

「……いえ」


 ネルは差し出された手を、そっと握った。

 けれどその手は少しだけ湿っていて。

 ヘルベルトの方もどうやら緊張しているということがわかり。


「ふふっ」


 と軽く笑う。

 その整った笑みを見て、まだまだ完全に打ち解けるには時間がかかりそうだなと思いながらも、ヘルベルトはネルの手を取る。

 久方ぶりのデートは楽しいものになりそうだと、二人は上機嫌で歩きだすのだった。


 今日のデート内容は観劇だ。

 ネルの趣味に合わせ、恋愛ものを見ることになった。

 ちなみにヘルベルトがよく見るのは、歴史ものかとにかくアクションが派手な作品だ。

 恋愛ものは今まで触れてこなかったので、新鮮な気持ちで見ることができた。


「バトレー、あなたは変わってしまったわ……私は出会った頃の貴方が好きだった」

「シトリ……人は変わらずにはいられない。変化するからこそ、僕らはこうして一緒に過ごせているんじゃないのかい?」


 売れない商人だったバトレーと、それを支える妻であるシトリ。

 貧しいながらも楽しい生活を送っていた二人の生活は、金鉱山の発見によって一変する。


 今まで売れなかった発掘用具がドンドンと売れるようになり、みるみるうちに利益が増えていき、バトレーは大金持ちになった。

 けれどその分忙しくなり、夫婦の時間は減っていく。

 二人がすれ違う最中、新たな男と女が出現し、二人の関係は引き裂かれてしまうのか……という話だった。


 ちなみに結末はと言うと、二人は浮気をすることもなく、バトレーは持っていた商会を完全に捨ててしまった。

 そして貧乏だった頃と同じ生活を送るようになり、二人は幸せに暮らしていく……という形のハッピーエンドだった。



 VIP席で観劇をしていたら、幕が下りた後には座長と舞台の役者達との挨拶があった。

 高めの料金を払った甲斐があったと、二人は満足して劇場を後にする。


 ベンチを見つけて腰掛けると、余ってしまった焼き菓子を食べながら感想を言い合う。

 誰かと何かを見る理由の半分は、この時間のためにあると言っていい。


「ヘルベルトはあのラスト、どう思いました?」

「わざわざ商会を捨てなくとも、売ってしっかりと金に換えてから悠々自適の生活を送った方が、二人の幸福度は高いと思ったな」

「でもそれだと、二人ともすることがないまま死んだように生きるだけです。それよりはまだ、死に物狂いで生きた方が素敵だと思いませんか?」

「死んだように生きるか、死に物狂いで生きるか、か……なんだか極端だな」


 ネルは終わり方に納得しているようだ。

 だが何も全部を捨てる必要はないのではというのがヘルベルトの考え方だ。


 これはどちらが正しいとかいう話ではない。

 正解はそれぞれの心の中にある。


 好きだったシーンの話などを一通りして落ち着いてから、ヘルベルトは今がいいかと手に持っていたバスケットを渡す。


「ネル、受け取ってくれ」

「てっきり、自分用のものを入れてるんだとばかり思ってました」


 手渡されたネルが、かけられている布をぺらりとめくる。

 そこにあったのは……真っ白なうさぎのお人形だった。


「わあっ、かわいい!」

(……母さんの読みが当たったか)


 プレゼントはかわいいぬいぐるみにしなさいというヨハンナのアドバイスを聞いたのだが……どうやら間違ってはいなかったようだ。


 ネルはギュッとぬいぐるみを抱きしめながら、目をつぶっている。


 彼女がかわいいものが好きだとは知らなかった。

 まだまだ知らないことだらけだ、そう思いながら、ヘルベルトはネルのことをジッと見つめる。


「ヘルベルト……ありがとうっ!」


 目を開けたネルは、そう言って笑った。

 その笑みは不細工で、ヘルベルトはやっとそれが見れたと喜び、二人はルンルン気分で帰路につくのだった。


 もちろん帰り際に、ローゼアの話を聞くことも忘れていない。

 ヘルベルトはアドバイスを聞き、早速次の日にローゼアと一緒に出掛けることにするのだった――。

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