夏休み、スタート
夏休みの過ごし方は人それぞれ。
だが魔法学院に通う多くの生徒達にとって、夏休みがそのまま純粋な休みとして使えるものではない。
まず始めに出される課題が多い。
魔法学に関する課題や、リンドナーの歴史や薬草学等、科目自体が多いのに、更にそれぞれに課題がある。
あらかじめ計画的を練っておかなければ、夏休みが終わった後に後悔することは必至。
後の休みを満喫するためにも、学院生はなんとしてでも計画的に宿題を終わらせなければならないのだ――。
ヘルベルトの暮らすウンルー公爵家の屋敷は、現在非常ににぎやかであった。
そして実はそんな感じの日々が、既に三日目に突入している。
「これは……古ブラドの戦いだからベラ将軍だろう、そしてこっちは……」
「こうしてこうなるから……x=3」
「うーん、これは絵じゃなくて子供の落書きじゃないのか……?」
今日は屋敷に、リャンル達がやってきているからだ。
リャンル、ゴレラー、アリラエの三名は横長の大きなテーブルの上にめいめいの課題を広げ、ぶつくさと文句を言いながらも取り組んでいる。
「……」
リャンル達がおしゃべりをしながら課題をやっている間も、ヘルベルトは少し離れた場所に陣取り、一人黙々と課題をやり続けていた。
宿題のやり方には、その人の人間性が出るという。
もちろんそれはここにいる四人の学生にも出る。
ヘルベルトは何事も完璧を好む。
彼は夏休みに課題などという頭痛の種を残さぬよう、最初の数日のうちに全ての課題を終わらせるタイプの人間だった。
要領よく、夏休みが終わる直前に全ての課題を終わらせるタイプのリャンルは、夏休みに遊びましょうとヘルベルトを誘った。
けれどヘルベルトのスケジュールは、実はかなりカツカツだ。
鍛錬と魔法の訓練だけではなく、クラスメイトとのキャンプやネルとのデート。
イザベラに招かれての王宮での茶会、父であるマキシムと共に行う領地の視察に、手紙によって示唆されたとある人物を救い出すための遠征。
一ヶ月と少しの間に、これでもかというくらいに予定が詰まっている。
正直なところ、課題にかまけている時間などほとんどないのだ。
それ故にヘルベルトは、猛烈な勢いで宿題を機械的に処理し続けていた。
ちなみにゴレラーとアリラエは自分が得意な科目だけをやってからは、明らかに宿題をする効率が落ちていた。
そのツケをそう遠くないうちに払わされることは、わかっている。
そう、頭ではわかってはいるのだが……身体はなかなか、思い通りに動いてはくれないのである。
「ヘルベルト様、そろそろご休憩をなされたらいかがでしょうか」
「む……もう少ししたら解けそうなんだが……」
「先ほどもそう言っておりましたよ。一度頭を休めることも必要かと」
「――よし、それなら小休止を取るか」
ヘルベルトよりもヘルベルトの調子を理解しているケビンのアドバイスはいつでも正しい。 なので疑うことなく休憩を取ることにした。
気付けばヘルベルトの机の上の教科書類は脇に置かれ、真ん中に菓子類が並んでいる。
「リャンル様達も、もしよろしければどうぞ」
「おおっ、ありがとうございます、ケビンさん!」
というわけでおやつタイムに入る。
ヘルベルトは太っている頃と変わらぬ吸引力で、ものすごい勢いでお菓子を食べ始める。
減っていくスピードは尋常ではないというのに、その所作が下品に見えないあたりは、さすがに公爵家嫡男といったところだろうか。
「相変わらずすごい食べっぷりですね……」
「稽古で尋常じゃなく身体と頭を動かすおかげで、どれだけ食べても太らんからな」
「羨ましい……」
「それならゴレラーも参加するか?」
「ご冗談を……謹んで辞退させていただきます」
現在、ヘルベルトは最初に立てていたリャンル達との勉強合宿の真っ最中だった。
朝も勉強、昼も勉強、休憩に身体を動かしてから夜も勉強。
幸いウンルー家の屋敷は、ヘルベルトの悪評のせいで規模の割に使用人の数も少なく、空き部屋が多い。
いくらでも空きがあるため、リャンル達は気兼ねなく連泊することになっていた。
「で、宿題の進捗は――」
「へ、ヘルベルト様の方はどうですかっ!?」
自分の進捗状況を知られれば怒られることがわかっているゴレラーが、露骨に話題をそらす。
「恐らく明日までには終わるだろう。大体予定通りだな」
「はー、すごいですねぇ……」
「終わったら、ネル様とデートでしたっけ?」
「それはもう少し後だな。まずはマーロンとティナと一緒に、騎士団の合宿に参加させてもらうことになっている」
「騎士団の合宿ですか……」
リャンル達は、言わばヘルベルトが誰からも見離されてから一緒につるむようになった、良くも悪くもヘルベルトの負の側面を見て、共に過ごしてきた者達だ。
どちらかと言えば友達も多くはない陰キャ寄りの彼らは、ヘルベルトのあまりにリア充な予定っぷりに言葉をなくす三人。
なんだかヘルベルトが、手が届かないほど遠くに行ってしまったようだった。
少しだけ悲しそうな顔をする三人を見て、ヘルベルトは笑う。
マーロンは友達でもあるが、あくまでも好敵手。
辛い時に側にいてくれたリャンル達とはまた違う。
三人と過ごす時間は、ヘルベルトにとっても大切なものなのだ。
「うちの屋敷は、基本的に空いている。もしよければ、定期的に来てもらっても構わないぞ」
「……いいんですか?」
「ああ、何せうちの屋敷はあまりにも広い。誰かが使わんと、傷んでしまうからな!」
正直に一緒に遊ぼうと言えないヘルベルト。
彼の言葉にリャンル達が笑う。
「……だがとりあえずゴレラー、お前の宿題の進捗状態は逐一見せてもらうからな」
「うっ、誤魔化せたと思ってたのに!?」
ハハハッと笑うヘルベルトに釣られて、ケビン達も笑う。
こうして夏休みの序盤戦は、宿題の処置とリャンル達との勉強合宿に費やされたのだった。
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