剣
「なんだと……っ!?」
「ヘルベルト様、『一騎打ち』でのあなたの試合は確認させてもらいました」
ヘルベルトはアクセラレートを使った高速移動を行う。
そして移動しながら攻撃を放ち――また防がれた。
「それ故に私は指摘しましょう。あなたの魔法には――ある欠点があると」
骨を貫通しかねないほどの、人体に穴を穿つような鋭い突き。
当たれば打撲では済まないような斬撃。
三倍の速さで繰り出される攻撃を、ティナは見事なまでにいなしてみせる。
「それは攻撃速度を速めることや威力を上げることはできても、モーションそれ自体が変わらないことです」
それはたしかに、ヘルベルトの時空魔法であるアクセラレートの欠点、というか魔法的な特徴である。
アクセラレートはヘルベルトの動きを三倍に加速させる魔法だ。
だがその動き自体はあくまでもヘルベルトの動きである。
自分が想像しているよりも遙かに早く動くと仮定をし、目線の動きや相手の動きの機先から予想をすることさえできれば、致命傷は負わずに済む。
ヘルベルトが突きを放つのなら、その突きの軌道を自らの持つ木剣で曲げることはできる。
切り払い攻撃が避けられなくとも、木剣を置き威力を弱めてから受け、そこに受け身をすることで衝撃からすぐに立ち直ることができるようになる。
「そしてその魔法は、それほど連続して使えるわけではない」
ヘルベルトのアクセラレートの効果時間が過ぎ、彼の動きが明らかに遅くなる。
するとそのタイミングを狙いすました一撃が、ヘルベルトに襲いかかってきた。
避ける。
動作自体の速度はティナに勝るため、攻撃の回避は可能だ。
(だがこちら側からの攻撃が――通らんッ!)
剣を振れば、その一撃の攻撃軌道に剣を置かれ狙いを逸らされる。
攻撃を止め別側面から攻撃をしようとすれば、それも読み切られる。
フェイントを駆使しても意味がなかった。
「身体にかかる重心を見れば、どうしたいのかは丸わかりです。相手を騙すためには、まずは自分の身体を騙さなくては」
「忠言――痛み入るッ!」
先ほどよりも圧倒的に早いというのに、ヘルベルトの攻撃は通らない。
対しティナの攻撃は頻度こそ下がったものの、未だ強かにヘルベルトを打ち付けている。
結果模擬戦は――何もできぬうちに、ティナの圧倒的勝利で幕を閉じた。
「ぜえっ、ぜえっ……強くなったな、ティナ……」
「ふうううぅぅぅ……いや、ヘルベルト様こそ」
いい汗を掻いた、とティナはどこからか取り出したハンカチで汗を拭き取る。
ヘルベルトは側に控えていたケビンからタオルと水を受け取り、飲んだ。
「ティナ様、どうぞ」
「あ、どうも。ありがとうございます」
ティナも冷えた果実水を受け取り、一緒に水分補給をする。
「……(ぬりぬり)」
ヘルベルトは上着を脱ぎ、ケビンにポーションを塗ってもらう。
塗布の方が服用するより効果が高いからだ。
ちなみに既に怪我を負ってからかなりの時間が経過しているため、リターンは使えない。
「痩せましたね、ヘルベルト様。見事なシックスパックです」
「ギリギリまで鍛錬をしていたら、体重が大分減ったな」
ティナはロデオに稽古をつけてもらう際、騎士団と行動を共にすることも少なくない。
なので男の裸を見ることにそれほど抵抗はない。
ヘルベルトにデリカシーを求めるのが間違っているというものなので、別に何も言わなかった。
「……ふぅ」
アクセラレートを使いすぎたせいで、今のヘルベルトの魔力は空っぽだ。
虚脱感からひとまず脱すると今度は、ケビンから手渡された魔力ポーションをぐびぐびと飲み始める。
そんなヘルベルトの様子を、ティナはジッと見つめていた。
一流の剣豪は、相手と剣を数合も交わせばその内面を深いところまで読み取ることができるという。
未だその領域まで達せたとは言いがたいティナだが、彼女も相手の剣を見れば、その在り方や鍛錬の形跡を見つけるくらいのことはできる。
ヘルベルトの剣には――彼の魂が乗っていた。
(真っ直ぐで、自信家で、向こう見ずな……あの頃の剣)
一緒に切磋琢磨してきた時のヘルベルトが帰ってきたのだろうか。
自分が剣を捧げてもいいと思った、あの時のヘルベルトが――。
(まあ、答えを出すのは今じゃなくたっていい。だって……まだ夏休みは、始まったばかりだから)
ティナは何も言わなかった。
だから言うのは、自分のことを見直してほしいヘルベルトの方からだ。
彼は応急処置を終え、修行着から普段着に着替え直してから、ティナに手を差し出す。
「ティナ、とりあえずこの夏期休暇の間――よろしく頼む」
「……はい、こちらこそ、よろしくお願いします」
ティナはヘルベルトの手を取る。
こうしてティナは正式に、ヘルベルトの護衛の任を受けることを了承したのであった――。
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