成長
学院で終業式を無事に終えたティナは、放課後ロデオに呼び出されていた。
指定されたのは、王都にある練兵場のうちの一つである。
ロデオからの呼び出しも、それが練兵場であることについても、まったく疑問を持たず、ティナは指定の場所へと向かった。
ロデオに呼び出されるのは、彼女からすれば日常茶飯事。
要件を言われずに日時と場所だけを言われることも、少なくない。
ロデオというのは仕事に対しては真面目だが、私生活はかなり大雑把なところがある。
突然百人組み手をやらせたり、突然山奥でサバイバル訓練を突然始めたり……事前説明なしで過酷なことをさせられたのも一度や二度ではない。
「騎士にとって、忠誠を誓った人間の言葉は神の意志にも等しい。たとえどれだけ間違っていることを言われても従わなければならない場面も多い。故に理不尽耐性をつけなければならんのだ」
それは下手をすれば公爵批判なんじゃ……という言葉は飲み込み、ティナはロデオの言うことに基本的には従ってきた。
けれど彼女がただ一つ従えない命令があった。
それがヘルベルトに関することだ。
彼に対して騎士の誓いをしてしまったことを、ティナは生涯の汚点と考えていた。
故になるべく視界に入らないようにし、ロデオの言も全て無視していたのだが……。
「これは……どういうことでしょう、父上?」
「……見ればわかるだろう。若と話をする機会を設けたのだ」
「……」
今ティナの目の前には、ロデオとヘルベルトがいた。
ロデオは少しだけばつの悪そうな顔をしながらも、ヘルベルトの後ろに控えている。
どうやら騙しうちをしたことを、悪いとは思っていそうだ。
ヘルベルトは相変わらず不遜な表情を浮かべながら、腕を組んでふんぞり返っている。
その瞳は、ティナのことをジッと見つめていた。
「……父さんなんか、大嫌い(ぼそっ)」
「――なっ!?」
ティナの思わず出た本音に、見てわかるほどにがーんと落ち込むロデオ。
彼の哀愁漂う背中から視線を逸らし、ティナはヘルベルトの方を向く。
「……どうしたんです、ヘルベルト様」
「ティナ、お前に話があるのだ」
「私はありません、それでは」
踵を返して帰ろうとするティナ。
その腕をヘルベルトが掴む。
(――速い)
一瞬の早業。距離を詰めるまでがあまりにも早い。
恐らくはヘルベルトの使う魔法の効果だろう。
彼が四属性に加え系統外魔法を使えるということは、『覇究祭』以降は周知の事実になっている。
速度を速めたり遅めたりすることができることはわかっている。
けれどそれがどんな魔法なのかは未だはっきりとわかってはいなかった。
「待ってくれティナ、話をさせてほしい」
「……私には話したくありません」
「そうか」
「はい」
ヘルベルトが手を離す。
そして再度の高速移動をしてから、ティナの手に一本の木剣を握らせた。
そして彼は距離を取り、剣を構えた。
ヘルベルトの出す剣気に、思わずティナの方を剣を握る手を強めてしまう。
「ティナ」
いつの間にか気を取り直していたロデオが言う。
ティナはまっすぐ自分のことを見つめる父を見つめ返した。
「一度若と、剣を交わしてみてほしい。それが俺の……父としての頼みだ」
「……」
ロデオが頭を下げる。
それは反則だ。
目指すべき騎士としてではなく、一人の父として言われてしまっては……拒否できないではないか。
(いずれ、決着をつけなくちゃとは思っていたし、それに――)
自分の気持ちを整理して、ヘルベルトとの思い出にけりをつけるため、ティナは剣を構える。
「思ってたんです――ぎったんぎったんにしてやりたいって」
「ほう、そうか。それならば――かかってこい」
どこまでも不遜に、ヘルベルトがクイクイッと手を動かして挑発してくる。
ティナは己の中で暴れ回る情動を解放し……。
「――参りますっ!」
駆ける。
刹那の間に剣を振る。
動作は一瞬、ヘルベルトはギリギリで剣を立てて防御に成功。
強い腕力で放たれた一撃に、ヘルベルトは腕の痺れを感じた。
「――はあっ!」
ヘルベルトが応戦しようとした一撃を放つが、ティナの姿は既にそこにない。
襲いかかるティナの剣を、ヘルベルトはとにかく防ごうとした。
ティナの攻撃になんとか対応するだけで、精一杯だ。
しかも一撃一撃が重く、防戦一方になってしまう。
「――シッ!」
ロデオに扱かれ、騎士見習いとして騎士団の訓練にも混ざるようになった今の彼女の剣は、既に学生の域を脱しつつある。
ロデオの冒険者仕込みの剛の剣と、騎士団から習った主を守るための柔の剣。
そのどちらをも使いこなすティナの剣が、変幻自在にヘルベルトへと襲いかかっていく。
ヘルベルトを剣ごと断ち切らんとする、剛の剣。
剣を巻き取り、カウンターを放たんとする柔の剣。
二種類の剣を織り交ぜているにもかかわらず、技のつなぎ目は驚くほどにスムーズで、一切の無駄がない。
ヘルベルトの全身に傷が増えていく。
「――やはり純粋な剣技では、ティナには叶わないか」
ヘルベルトがパチリと指を鳴らす。
使うのは初級時空魔法、アクセラレート。
初撃で決める。
その意気込みで放たれた一撃は――。
「――なにっ!?」
ティナに見事なまでに防がれた。
平常でもトップクラスの身体能力を、アクセラレートで三倍に跳ね上げて放った一撃だというのに……初見で反応されるようなものではないはずだ。
愕然とするヘルベルトに、ティナが笑う。
「強くなっているのは、あなただけではないのですよ……ヘルベルト様」
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