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後夜祭

「勝者――ヘルベルト・フォン・ウンルーッ!」


(勝った、か……)


 剣を杖のように使い、なんとか立っているのがやっとという様子のヘルベルト。

 マーロンに勝ち、『一騎打ち』で優勝した……それはヘルベルトにとって、いくつもの意味を持つ。


 未来の自分からの手紙を受け取って、付け焼き刃でなんとかしたかつての決闘とは違う。

 今回は相手の動きを事前に教えてもらえていたからこそなんとかできたあの時とは違い、最初から最後まで、お互い全力でぶつかり合った。

 剣技、魔法、そして隠しておいたとっておき……一切の出し惜しみはなかった。

 

 『一騎打ち』で優勝するということは、この『覇究祭』でC組が一位になったことを意味している。

 それは今まで疎まれ、遠ざけられていたヘルベルトが自身の手でもぎ取った、初めての集団での勝利だ。


 ヘルベルトはグッと拳を握り、それを高く掲げた。

 会場が沸き、皆の声援が染み渡っていくかのように、全身が全能感で満たされていく。


(あれ、なんだか、眠く……)


 けれどどうやら戦いの疲労が今になって襲ってきたらしい。

 脳内麻薬はすぐに底をついてしまったようで、ドッと身体に急激に重みが増していく。

 そしてヘルベルトは――そのまま目を瞑り、地面に倒れ込んだ。


「――ヘルベルトッ!」


 意識を失う寸前、誰かが自分の名を呼んだ気がした。

 けれど流石のヘルベルトも限界を超えて戦った疲労に抗うことはできず、その意識は暗闇に飲み込まれていく――。







「ん、ここは……?」


 意識を取り戻すと、そこには真っ白な天井があった。

 自分はベッドに横になっており、くるりと見渡せば白い布による仕切りが見える。


「病院……いや、保健室か」

「あら、ようやく目が覚めたの」


 ヘルベルトが覚醒したのを目敏く発見した保健室の先生が、仕切りをめくり中へと入ってくる。

 妙齢で出るところは出た保健室の先生――ルバイテン先生は、その見た目の大人っぽさとスタイルの良さ、目元にある泣きぼくろ、未亡人属性と年上女性が持てるあらゆる属性を兼ね備えているため、男子学生から最も人気の高い先生だったりする。


「俺が意識を失ったどれくらい経った」

「ふむ、意識の混濁や思考の乱れはないみたいね。安心して、三十分前後しか経ってないわ」

「となると、そろそろ後夜祭が始まる頃か……」


 『覇究祭』は全ての競技が終わり、クラスごとの点数からなる学年優勝、総合点からなる総合優勝の開示が終わった時点で終了する。

 三十分も経っていれば、どれだけ段取りが悪くとも結果発表は終わっているだろう。


「一応マーロン君に魔法を使ってもらったんだけど、体調はどう?」

「……ふむ」


 立ち上がり、拳を握ってから身体を軽く動かす。

 剣はなかったので無手のまま素振りをし、軽く風魔法を使って魔力行使にも問題がないことを確認した。


 どうやらマーロンは既に目を覚まし、保健室を出ているらしい。

 試合に勝って勝負に負けた感じがしなくもない。


「ちょっと、怪我人なんだから安静にしときなさい!」

「問題ない、怪我には慣れている」


 やいのやいの言うルバイテン先生は無視して、ヘルベルトは保健室を出る。

 保健室の先生の色香を前にしても、ヘルベルトはまったく動じることはなかった。




 『覇究祭』が終われば、小休止を挟んでから後夜祭が始まる。

 王国中の貴族が自領の特産品を提供したり、また見栄っ張りな貴族達が気前よく寄付をしたりするため、規模と出てくるもののグレードも高くなっている。


 おかげで生徒達からもかなり人気があり、今頃会場の内で外で楽しみ始めている時だろう。

 一通り食事に舌鼓を打てば、最後にはキャンプファイヤーの催しがある。

 異性同士が手を取り合って、たき火の頼りない灯りの下でダンスを踊るのである。

 未だ社交界に慣れていない未来の貴族達の拙い踊りも、揺れる炎と星空の輝きで照らされればそれなりのものに見える。


(一緒に踊った相手とは、今後も悪くない関係を築ける……だったか)


 リンドナーは王女や公爵家嫡男など、通う貴族の子弟達の立場もかなり高い。

 そのため魔法学院の中ではかなりお固めであり、他の学院とは違って、ダンス相手に告白をすれば成功するなどといった俗っぽいジンクスはなかった。


 既に火は沈んでおり、ところどころに点在する灯りの中で生徒達が思い思いに後夜祭を楽しんでいた。


 お目当ての人物を探すが……いない。

 探し歩きながら、道行く人達と軽く会話をする。


 クラスメイトも、そうでない人達も。

 上級生も同級生も、ヘルベルトのことを認めてくれていた。


 嬉しく思うのだが、恐らくプライドが邪魔をして素直に気持ちを表現することはできないだろう……と、自分では考えていたのだが。


「ありがとう。このヘルベルト・フォン・ウンルーは……今後とも皆の期待に添えるよう、精進していくつもりだ。引き続き、よろしく頼むぞ」


 そう口にして笑うヘルベルトの態度は、今まで見せたことがないほどに純朴で、そして眩しかった。

 ヘルベルトはすぐに歩き出し、その背中はどんどんと小さくなっていく

 その様子を見た呆気にとられていた生徒達は、ぽかんとした顔をして。


「……ヘルベルトって、あんな顔もできるんだな」

「イケメンの笑顔……プライスレス」


 そして落ち着いてから、再度ヘルベルト率いるC組の学年優勝を称えるのだった――。



 相変わらず探し人は見つからない。

 だがその代わりに、二番目に会いたいと思っていた男を見つけた。


「さっきぶりだな、マーロン」

「……ヘルベルト」

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