<< 前へ次へ >>  更新
57/80

小手調べ


 皆が待ちに待った決勝戦がやってきた。

 既に三位決定戦も終わり、会場のボルテージは上がりきっている。


 ヘルベルトが壇上へ上がれば、そこにはマーロンの姿がある。

 向こうもこちらをジッと見つめていた。


 気付けば二人は、笑っていた。


 二人とも、お互い以外は眼中になかった。

 この結果に喜ぶというより、ああやっぱりこうなったかと腑に落ちる気持ちの方が強い。


 戦いが始まろうとしている。

 けれどその心は、いやに冷静だった。


(前とは……何もかもが違う)


 ヘルベルトは周囲を見回す。

 以前とは――ヘルベルトがマーロンに勝ったあの時とは、全てが百八十度変わっている。


「ヘルベルトー!!」


 自分を応援するクラスの皆がいる。

 口角泡を飛ばして、ヘルベルトの名を叫んでいる人が男女の別なく何十人もいる。


「「「ヘルベルト様ーっっ!!」」」


 見ればリャンル達の姿もそこにあった。


 自分の後ろについてきてくれた彼らの存在は、ヘルベルトにとってかけがえのないものだった。

 そのありがたみを失って初めて知ったヘルベルトは、再度得た彼らの気持ちを裏切らぬようにしようと心に決める。


(父上達は……さすがにこの場にはいないか)


 探してみても、父のマキシム達の姿は見えなかった。

 今の自分の姿を、ローゼアは見ているのだろうか。

 『覇究祭』が終わったのなら、一度会って話をしてみよう。

 そう思えるだけの余裕があった。


 A組を見る。

 そこにネルの姿はなかった。

 どうやら彼女も、会場外のビジョンから試合を見ているらしい。


 これが終われば、どのみち一度話をしなければならないのは間違いない。

 そしてそれが謝罪か、面と向かっての告白なのか。

 それはこの勝負の行方次第なのだ。


「――すうっ」


 大きく息を吸って、吐く。

 グーパー、グーパーと右手を動かして、木刀の握りの感触を確かめる。

 普段使っているものよりもグリップが弱く、常に力を込めていないとすぐにすっぽ抜けてしまいそうだった。


 目の前にはマーロンがいた。

 剣は構えてはおらず、ジッと目をつぶっていた。

 精神を高めている最中なのだろう。


 ヘルベルトは剣を両手で構え直す。


「それでは――『一騎打ち』決勝戦、ヘルベルト・フォン・ウンルー対マーロン――始めッ!!」


 そして試合が始まった。




 開始と同時、ヘルベルトは前傾姿勢のまま前に出る。

 彼の剣は、以前に習っていた王国流剣術を基礎に置いている。

 けれどロデオと戦う中で、彼の剣は既に王国流のそれとはかけ離れていきつつあった。


 ヘルベルトの突進は獰猛な四足獣のように腰が低く、その一撃に威力を乗せるために下げられた剣は、さながら肉食獣の牙のようだった。


 貴族の剣とは思えぬほどに洗練されていないその剣技は、実戦に裏打ちされて作り上げられ、ヘルベルトに最適化される形で昇華されている。


 ヘルベルトが果敢に接近しても、マーロンはそれとは対照的にしっかりと重心を下げ、中段に剣を構えていた。


 ヘルベルトの剣を動の剣とすれば、マーロンの剣は柔の剣だ。

 彼は相手の攻撃の中に活路を見出す。


「シッ!」


 ヘルベルトの振り下ろしを、マーロンは中段から横に動かした剣で受ける。


 攻撃と防御は、攻撃の方がやや優勢。

 ヘルベルトの攻撃がマーロンの防御を上回った……が、突き崩せない。


 ヘルベルトは一度下がり体勢を整えようとする。

 するとそこで、マーロンが攻め手に転じた。


 突き込まれる木剣を、ヘルベルトは頭を右に傾けることでひらりと躱した。

 そのまま手首のスナップだけで一撃、マーロンに軽くいなされる。


 二人とも下がり、距離を取る。

 会場がしん、と静まりかえっていた。


 ここまでは小手調べであり、ウォーミングアップ。

 そしてここからが……本気のぶつかり合いだ。


 ヘルベルトはこの『覇究祭』で全てを出すと決めている。


「――アクセラレート!」


 彼は惜しまずに、時空魔法アクセラレートを発動させる。

 先ほどの三倍速で叩き込まれる一撃は、先ほどまで微動だにしていなかったマーロンの腰を、たしかに浮き上がらせた――。



12/28に『かませ犬な第一王子に転生したので、ゲーム知識で無双する』の第一巻が発売いたします!


挿絵(By みてみん)



作品の今後にも関わってきますので、書店で見かけた際はぜひ一度手に取ってみてください!

<< 前へ次へ >>目次  更新