小手調べ
皆が待ちに待った決勝戦がやってきた。
既に三位決定戦も終わり、会場のボルテージは上がりきっている。
ヘルベルトが壇上へ上がれば、そこにはマーロンの姿がある。
向こうもこちらをジッと見つめていた。
気付けば二人は、笑っていた。
二人とも、お互い以外は眼中になかった。
この結果に喜ぶというより、ああやっぱりこうなったかと腑に落ちる気持ちの方が強い。
戦いが始まろうとしている。
けれどその心は、いやに冷静だった。
(前とは……何もかもが違う)
ヘルベルトは周囲を見回す。
以前とは――ヘルベルトがマーロンに勝ったあの時とは、全てが百八十度変わっている。
「ヘルベルトー!!」
自分を応援するクラスの皆がいる。
口角泡を飛ばして、ヘルベルトの名を叫んでいる人が男女の別なく何十人もいる。
「「「ヘルベルト様ーっっ!!」」」
見ればリャンル達の姿もそこにあった。
自分の後ろについてきてくれた彼らの存在は、ヘルベルトにとってかけがえのないものだった。
そのありがたみを失って初めて知ったヘルベルトは、再度得た彼らの気持ちを裏切らぬようにしようと心に決める。
(父上達は……さすがにこの場にはいないか)
探してみても、父のマキシム達の姿は見えなかった。
今の自分の姿を、ローゼアは見ているのだろうか。
『覇究祭』が終わったのなら、一度会って話をしてみよう。
そう思えるだけの余裕があった。
A組を見る。
そこにネルの姿はなかった。
どうやら彼女も、会場外のビジョンから試合を見ているらしい。
これが終われば、どのみち一度話をしなければならないのは間違いない。
そしてそれが謝罪か、面と向かっての告白なのか。
それはこの勝負の行方次第なのだ。
「――すうっ」
大きく息を吸って、吐く。
グーパー、グーパーと右手を動かして、木刀の握りの感触を確かめる。
普段使っているものよりもグリップが弱く、常に力を込めていないとすぐにすっぽ抜けてしまいそうだった。
目の前にはマーロンがいた。
剣は構えてはおらず、ジッと目をつぶっていた。
精神を高めている最中なのだろう。
ヘルベルトは剣を両手で構え直す。
「それでは――『一騎打ち』決勝戦、ヘルベルト・フォン・ウンルー対マーロン――始めッ!!」
そして試合が始まった。
開始と同時、ヘルベルトは前傾姿勢のまま前に出る。
彼の剣は、以前に習っていた王国流剣術を基礎に置いている。
けれどロデオと戦う中で、彼の剣は既に王国流のそれとはかけ離れていきつつあった。
ヘルベルトの突進は獰猛な四足獣のように腰が低く、その一撃に威力を乗せるために下げられた剣は、さながら肉食獣の牙のようだった。
貴族の剣とは思えぬほどに洗練されていないその剣技は、実戦に裏打ちされて作り上げられ、ヘルベルトに最適化される形で昇華されている。
ヘルベルトが果敢に接近しても、マーロンはそれとは対照的にしっかりと重心を下げ、中段に剣を構えていた。
ヘルベルトの剣を動の剣とすれば、マーロンの剣は柔の剣だ。
彼は相手の攻撃の中に活路を見出す。
「シッ!」
ヘルベルトの振り下ろしを、マーロンは中段から横に動かした剣で受ける。
攻撃と防御は、攻撃の方がやや優勢。
ヘルベルトの攻撃がマーロンの防御を上回った……が、突き崩せない。
ヘルベルトは一度下がり体勢を整えようとする。
するとそこで、マーロンが攻め手に転じた。
突き込まれる木剣を、ヘルベルトは頭を右に傾けることでひらりと躱した。
そのまま手首のスナップだけで一撃、マーロンに軽くいなされる。
二人とも下がり、距離を取る。
会場がしん、と静まりかえっていた。
ここまでは小手調べであり、ウォーミングアップ。
そしてここからが……本気のぶつかり合いだ。
ヘルベルトはこの『覇究祭』で全てを出すと決めている。
「――アクセラレート!」
彼は惜しまずに、時空魔法アクセラレートを発動させる。
先ほどの三倍速で叩き込まれる一撃は、先ほどまで微動だにしていなかったマーロンの腰を、たしかに浮き上がらせた――。