終生の
「ふむ……」
ヘルベルトが見つめる先にあるのは、色ごと、クラスごとに点数の張り出されている掲示板だ。
最後までドキドキを保たせるためか、既に点数はしまわれてしまっている。
だがヘルベルトが計算したところによれば、今の学年トップは間違いなくA組だ。
リャンル達が奮闘してくれたおかげで、さほど点差は開いていない。
『一騎打ち』で優勝をもぎとることさえできれば、学年優勝は間違いないだろう。
(色で見ると、赤組が優勢か……まあ、どうでもいいことではあるが)
『覇究祭』において、色ごとの結束というものを重視しているのは二年生と三年生だ。
一年生は全体で見れば配点が少ないため、どちらかといえば一年生同士で戦うことに主眼を置くものが多い。
当然ヘルベルトもその一人だ。
「ヘルベルト様……」
「どうした、リャンル」
くるりと後ろを振り返る。
そこには『三騎駆け』で泥だらけになりながらも一位をもぎ取ったリャンル達の姿があった。
『一騎打ち』をするための会場の設営に時間がかかっているため、少し長めの休憩時間が取られている。
おかげで意識を失ったリャンルもしっかりと目を覚ましているのだ。
少しだけ格好がつかなかったことにバツが悪そうにしながら、リャンルはヘルベルトの方を見る。
今までとは違い、まっすぐに、真剣に。
「一位を取って、しっかりとネル様に思いを伝えてください」
「もちろんだ」
色々と思うところもある。わだかまりも完全になくなったわけではない。
けれどこの『覇究祭』の雰囲気がそうさせるのか、リャンルの態度はずいぶんとやわらかくなっていた。
(ネル……)
ヘルベルトはあの宣言のあとから、ネルの姿を一度も見ていなかった。
彼自身忙しかったというのもあるが、間違いなくネルがヘルベルトから離れていたというのも大きいだろう。
ビジョン越しに映る姿しか、ヘルベルトは見れてはいなかった。
白昼堂々と告白宣言をした自分に呆れ、姿を隠しているのだろうか。
それとも何か、ヘルベルトでは想像もつかないようなことを考えて、怒っていたり悲しんでいたりするのだろうか。
できれば悲しんでいなければいいな、と思った。
怒りであれば、自分が受け止めればなんとかできるという自信があるからだ。
「ん……」
休憩終了二十分前の連絡が鳴る。
ヘルベルトの試合まではまだ時間があるが、そろそろ時間もなくなってきた。
「練習に行ってくる」
「はいっ」
「頑張って下さい!」
「言われずとも」
サッと手を振り、ヘルベルトは魔法の試し打ちのできる広い練習場へと向かう。
まばらな人の中には、自分と同じく『一騎打ち』に出てくる者の姿もある。
だがヘルベルトの視線は、一人の人物に固定されていた。
その人物も彼と同じく、ただヘルベルトだけをジッと見つめている。
それは誰であろうマーロンだった。
ヘルベルトのマーロンへの感情を一言で言い表すのは難しい。
彼は本来であればヘルベルトを退学させ、廃嫡させ、その人生を終わらせてしまった男だ。
けれどその未来はヘルベルト自身によって変えられ、今は新たに切り開いた未来の真っ最中。
内にある情念は、憎しみというほどにはドロドロはしていない。
未だ完全とは言えないが、過去の清算も着々と終えている。
両親やロデオとの関係も修復できた。
弟のローゼアやロデオの娘であり幼なじみでもあるティナについても考えられるだけの余裕も出てきた。
その理由はと言われれば、ヘルベルトが頑張ったからだ。
けれどヘルベルトが折れそうになった時、危険な場所へと出張る時、いつもその隣にはマーロンの姿があったのも大きい。
今のマーロンは切磋琢磨できるライバルであり、そして――。
「我が終生のライバルでもある」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
マーロンがグッと握りこぶしを作る。
ヘルベルトも彼に合わせて手を握り、拳を互いにコツンとぶつけ合う。
男同士の一幕に、長台詞は不要だった。
「この戦い、僕が勝つ。ネルに思いを告げるのはまたの機会にしてくれ」
「こちらの台詞だ――勝つのは俺だよ、マーロン」
マーロンはそのまま練習場を去っていく。
第一試合で出るというのもあるのだろうが、恐らくはヘルベルトに手の内を見せるのを嫌がったからだろう。
ヘルベルト同様、マーロンも何か隠し玉を用意していると見える。
(フッ……そうでなければ、やりがいもないというもの)
けれどヘルベルトは笑った。
そして彼も遠くない自分の出番に合わせて最終調整を開始する。
『覇究祭』最後の種目である『一騎打ち』。
未来の賢者は、己の運命を切り開くために再度、未来の勇者と向かい合う。
その結果や、いかに。
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