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土の味


 前半終了時点でのリャンル達の順位は一位。

 二位以下を突き放しての圧倒的な一位だった。


 けれど彼らの表情に余裕はない。

 このまま独走できるほど、魔法学院は甘くはないからだ。


 走っているとまず最初にあった関門は、枯れ木の山だった。

 ほとんど唯一と言える順路を通せんぼするような形で置かれている。

 よく見ればその形状はアーチになっているため、匍匐前進をしながらゆっくりと進めば行けないことはないだろう。


 だがその場合、後ろとの差は詰まることになる。

 ゴレラーはもちろんのこと、リャンルやアリラエも運動神経はさほどよくはないからだ。


「ゴレラー、前!」

「ふっ、ふっ……アースバインド!」


 ゴレラーが放ったのは、前方にあった枯れ木を縛る土の蔦。

 蔦は絡まり、そして枯れ木を覆い被さるようにぐるりと囲んだ。

 傾斜をつけながら枯れ木を芯にした多量の土は、即席の坂へと変貌する。


 三人はそのまま作り出した即席の坂を上ってから、大きくジャンプ。

 じぃんとする足前に歩き出す。


「もいっちょ、アースバインド!」


 去り際、リャンルが土を更に動かして再度枯れ木を動かす。

 彼は底意地悪く、アーチ状に空いていた空間を更に狭くしてから先へ進んだ。





 そこからも障害物が現れては、それを魔法で乗り越えたり、小ずるい手を使って乗り越えたり、またある時は後続のことを考えて純粋にくぐり抜けながら先へ進んでいく。


 はぁはぁという動悸が聞こえてくる。

 ドクドクという脈動のリズムが、前に進めば進むほどに速くなっていく。


 走り続けているせいで、喉からは血の味がした。

 そして口からは、土の味がした。


「ぺっぺっ!」


 ジャリッとした砂の感触に眉を顰めながらもリャンルは走る。

 その少し後ろにアリラエとゴレラーが続く。


 額から流れる汗が口に入ってきた。

 土の苦さと汗のしょっぱさ、そして奥からやってくる鉄さびの味。

 口の中は混沌としていて、とても気持ちがいいものではない。


 額に汗して何かをすることなど、自分が一番嫌っているものだったはずだ。

 だとしたらなぜ今、自分はこうまでして頑張っているのか。


 その答えはわかっている。

 けれどそれを、明確な形としては脳裏に浮かべない。

 曖昧なままにして、駆けてゆく。


 残す障害の数も三は超えないだろう。

 既に徐々に、光が強くなっている。

 林を抜ければ、あとはゴールまで一直線だ。


 このままなら――そうホッとした顔ができたのも束の間。


「ウォーターウィップ!」

「――っ!? フレイムシールド!」


 迎撃に成功したのは、咄嗟の機転によるものだった。


 いつ何時襲撃されてもいいよう、リャンルは常に魔力消費を抑えながら進んでいた。

 奇襲のための備えとして用意していた魔法での防御に成功したのは、もし狙うなら一番弱っているゴレラーからだろうとあたりをつけていたからだ。


 けれど即座に発動できる魔法では、防御範囲はそこまで広くない。

 相手の水の鞭による一撃を完全に防いでくれたのは、偶然に拠る部分も大きかった。


「ジグザグに走りながら抜けるぞ! お前達は前だけを見ろ!」

「「おうっ!!」」


 とうとう追い上げ組がリャンル達のところまでやってきた。

 後ろを振り返ることなく、ただ前だけを見て駆ける。


 アリラエとゴレラーは、相手を妨害するための罠の設置や、障害物を切り抜けるための魔法の使用を繰り返している。

 リャンルの魔力を温存するためにほとんど二人でそれらをやりきったアリラエ達は、既に疲労困憊な様子だった。


 今も元気が残っているのは、リャンルだけだ。


 それはいったいなんのためか。

 そんなもの決まっている――今この瞬間のためだ。


 リャンルは勝負所をここと見定め、己の魔法を振るう。


「アースバインド!」


 魔力の消費が最も少ないのは土魔法だ。

 他の水・火・風は魔力を使い現象を起こすところから始めなければならないのに対し、土魔法の場合は今そこにある土に干渉することで土そのものを生み出す必要がなくなる。

 そのため、結果として魔力効率が四属性の中で最もよくなるのだ。


 今回の『三騎駆け』は、相手を倒して先に進む競技ではない。

 相手を妨害して、いかに抜け駆けをするかという競技だ。

 必要なのは威力の高い魔法ではない。


「フレイムランス!」

「ウォーターグレネード!」


 後ろをちらと見る。

 やってきているのは二組、片方はA組、もう片方はB組の生徒だ。

 放ってきているのはどちらも高威力の中級魔法。


「アースシールド!」


 対しリャンルは、それらを初級土魔法で防ぐ。

 ただしよく見ればその土の壁には傾斜がついていた。

 攻撃魔法はあらぬ方向へと飛んでいき、それを食らった土壁はボロボロと崩れていく。


 また少し、距離が詰まった。

 ここでリャンルは一計を案じる。


「ウォーターウィップ!」


 と大きく叫んだのだ。

 もちろん使いはしない。ただ大声で叫んだだけである。


 けれど相手は意識をリャンルに向け、攻撃のための防御魔法を使おうと魔力を放出させる。

 リャンルが狙うのはその意識の間隙だった。


「――なっ!?」

「きゃあっ!?」


 二人の意識が自分に向いた瞬間、土魔法を使い相手の足もとを操作する。

 相手は何が起こったのかもわからず、思い切り地面を転がった。

 そしてその向かう先は、クラスの違う敵の組である。


「ちいっ!」

「このっ!」


 相手を無視するわけにも行かず、戦闘が始まる。

 リャンル達はそのおかげで、また少しだけ距離が稼げた。


 ゴールまでは、あと少し。

 差は縮まったが、なんとか首位だけは死守できている。

 既にリャンルもグロッキーになり始めていた。

 三人は雑木林を抜ける。

 勝負は終盤戦へと差し掛かろうとしていた――。


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