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足りない


 リャンル達が自分達の出るタイミングを確認すると、彼らの出番は『三騎駆け』の中でもかなり後半よりだった。


 全力が出せるよう競技のために身体をほぐして、準備体操と柔軟運動を進めていく。


 その間にも、『三騎駆け』自体は進んでいく。

 種目に参加するクラスメイト達は、三人一組の団子になりながら進んでいくのが、リャンル達の目に入った。


「結構距離、長そうだね……」

「そりゃあ大昔に軍事行軍の練習のために作られた競技って話だ。途中で脱落者が出ていないだけ、まだ良心的なんじゃないかな」


 『三騎駆け』という競技は、平たく言えば長距離障害物競走である。


 元は時速十キロを超えて走り続ける有事の際の最速進軍を進めても身体が壊れてしまわぬよう、思春期から肉体を鍛えるために作られた軍事行軍の予行演習だった。


 けれど戦乱の気配が世から去り、世界が平和になっていき、人々に余裕が生まれてくるにつれて『三騎駆け』は変わっていった。


 ただ走るだけの競技はあまりにも味気ないものだと思われるようになっていったため、ただの行軍が間に障害を挟むことで危機感を演出するようになった。


 そして直接的なものでなければ相手への妨害も許されるようになったことで、最終的には危害を与えなければなんでもありのエンタメ長距離障害物競走へと変わっていった。


 『三騎駆け』だけは闘技場外に設営された、特設会場によって行われるという気合いの入れっぷりからもそれは窺える。


 まったく、参加する側からすればたまったものではない。

 タイム重視ではなくなったが、トータルで見れば前よりも過酷になっていると評する者もいるほどにこの競技はハードなのだ。


「……」


 ゴレラーとアリラエが話している間、リャンルは黙ってスコアボードを見つめていた。

 スコアが更新されるのは、競技が終わってからだ。

 けれど一回一回の順位を計算していけば、点数におおよその見当はつけることができる。


(劣勢だな……)


 皆が競技を必死になって応援している間も、リャンルは一人ジッとスコアボードと競技の行く末に目を傾け、意識を集中させていた。

 そして出た結論が、これだ。


 A組と比べれば、C組は明らかに劣勢だった。

 三種目目の『早駆け』の時と比べても、点差は更に広がり始めている。


 競技がこのまま運んでいけば、もしかすると……ヘルベルトが『一騎打ち』で優勝を果たしたとしても、学年優勝はできなくなってしまうのではないか。

 そう考えてしまうほどに『三騎駆け』での成績が芳しくないのだ。


 C組の面々はたしかに皆、必死になって頑張っている。

 実際自分が出せる力の100%、いや120%を振り絞っているのだろう。

 競技をしている彼らの表情の真剣さを見ればそれはわかる。


 けれどリャンルからすれば、まだまだだった。


(足りない……)


 リャンルには、いったい何が足りていないのかをしっかりとわかるだけの頭があった。


 皆に足りていないもの。

 そして自分に足りていないもの。

 どちらもわかっているが故に、リャンルの表情は複雑だ。


『リャンル――』


 さっき聞こえた声が、脳内をリフレインする。

 それを努めて頭から追い出しながら、ぐっぐっと屈伸をして筋を伸ばす。

 そして彼は目の前で雑談をしている二人に向けて、こう切り出した。


「おい、ゴレラー、アリラエ……耳を貸せ」






 身体を動かしていくうちに雑念は消えていき、気付けばリャンル達が出場する試合が始まろうかというタイミングになっていた。


 一線で横並び、白線を超えればフライングでやり直しだ。

 二人三脚のように、足を紐で繋いだりはしない。

 ただ歩幅二歩分以上離れることは禁止されており、各場所に配置されているレフェリーに見咎められた場合は失格になってしまう。

 魔道具による監視網も存在するため、ズルをするのは実質的には不可能だ。


「それでは『三騎駆け』第五試合を行います――」


 アナウンスの声に従い、選手達がグッと前傾姿勢を取った。


「用意――始めっ!」


 そして一斉にスタート……したのだが。


「おおっとこれはぁっ!?」


 放たれたのは、泥水。

 噴水のように勢いよくバシャバシャと放たれたそれが、地面と選手達に襲いかかる。


 そしてあらかじめ行く道を確保していた選手達――魔法を放ったリャンル達だけが、悠々と駆け出し始めた。


 リャンル達が開始早々仕掛けたを放った第五試合が、波乱を含みながらも始まった――。


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