訣別
リャンルを見つめるヘルベルトの視線は冷ややかだった。
思い返してみればそれは、ヘルベルトが以前から見せていた表情の一つだった。
いつだって人のことを見下して、自分が一番優れていると信じていて。
そして絶対に口に出しこそしなかったものの……いつだって、そのギャップに苦しんでいた。
ゴレラーやアリラエに、そういった細かい配慮はできない。
だから問題ばかり起こすヘルベルトの尻拭いをしていたのは、いつだってリャンルだった。
(それほど時間が経ったわけでもないのに、なんだかずいぶんと昔のことのような気がする)
昔の記憶が思い起こされ、リャンルは少しだけ懐かしい気分になった。
「リャンル……お前達が練習にあまり身を入れていないことは知っている。腐ってばかりいて向上心が見られないと、不満が上がってきている」
「……」
「……」
「……」
三人とも、口を開かない。
ヘルベルトを睨んで、何も言わずに黙っている。
彼らは何も、ヘルベルトが指導者面をしていることが嫌なのではない。
むしろそうできるだけの能力がヘルベルトにはあるということを以前から知っていたから、それ自体は嬉しいことなのだ。
なんせヘルベルトの能力をしっかりと認めて後をついていっていたのは、少し前までは彼ら三人だけだったのだから。
ではいったい、リャンル達はどこに不満を覚えているのか。
その答えは、普段は恥ずかしがってあまり饒舌ではないゴレラーが口に出した。
「ヘルベルト様……どうして……どうして俺達を置いていって、どこかへ行っちゃうんですか」
――そう、彼らからすればヘルベルトの歩みが、あまりにも早すぎたのだ。
リャンル達だって、ヘルベルトに連れられて碌でもないことをしていたのは事実だ。
もちろん内心で眉をひそめながらもヘルベルトに付き合っていたこともある。
そして非行を心から楽しんでいたことだって一度や二度ではない。
以前のヘルベルトは必死に考えないようにしていたが、リャンル達だって無論気付いていた。
こんなことばかりをしていてはダメだ。
このままではきっと、まともな人間にはなれなくなってしまうと。
けれど彼らには、きっかけがなかったのだ。
――ヘルベルトが未来の自分からの手紙を授かったあの時のような、己の全てを根幹から変えてしまうだけの劇的な何かが、彼らにはやってこなかったのである。
そしてその何かを手に入れたヘルベルトは、自身で進んでしまった。
すぐそばにまで迫ってきていた、己の身の破滅。
その運命に立ち向かうため、ヘルベルトは後ろを振り返ることもなく、今の自分にできる全速力で前へと走り続けた。
――その結果として、リャンル達はヘルベルトの後ろについていくこともできず、おいてけぼりになってしまった。
ヘルベルトは変わったのに、彼らだけは以前と何も変わらぬまま。
非行こそしなくなったもののまともに何かに打ち込むこともなく、怠惰な学園生活を送っている。
――それがよくないことだということはわかってはいるが、何かを変えることのできぬままに。
「俺は……いや、そうだ。俺はお前達を置いていった。やらなければならないことがあったからだ」
ヘルベルトは何一つ嘘は言っていない。
彼は自身がヘルベルト・フォン・ウンルーとして生きていくために、必要なことをしていただけだ。
けれどそんな説明で、リャンル達が納得できるわけがない。
世の中を回しているのは人間達だ。
完璧な人間が存在しない以上、社会というものは正論だけでは回らない。
「すまなかった」
「「「――っ!?」」」
ヘルベルトがかつての取り巻き達に頭を下げる。
プライドが高かったかつての彼からすればありえない行動に、面食らうのは三人の方だった。
「非があるのは、お前達のことをあまりにも考えていなかった俺の方だ。今更許してくれと言うつもりはない。だが俺はできれば……お前達と一緒に、『覇究祭』で戦うことができればと思う」
「――ふざけるなっ!」
ヘルベルトの言葉に激昂したのは、リャンルだった。
彼はヘルベルトのことが大好きだった。
自分達と一緒にいてくれるヘルベルトにならどこまででもついていっていいと、本気で思っていたのだ。
だが、だからこそ――。
「行くぞ、ゴレラー、リャンル」
「え」
「でも……」
「いいから!」
三人は頭を下げるヘルベルトに手を差し伸べることも、許すこともなく、闘技場を後にする。
後には、頭を下げたまま動かないヘルベルトだけが残された。
そして一ヶ月にも満たない時は光の速さで流れていき……『覇究祭』開始を告げる火魔法が、爆発音と煙を上げる――。
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