三人と一人
ヘルベルトに対する皆の態度は、あの日彼が大立ち回りを演じてからがらりと変わった。
今までも人伝に色々と話を聞いてはいたが、それまでの悪行のせいでどうにも信じ切れてはいなかったC組のクラスメイト達。
彼らはヘルベルトの言葉を聞いたことで、改心が心からのものだと知った。
そしてどこか諦めムードが漂っていたクラスの中の雰囲気は払拭され、皆が『覇究祭』のために休み時間や放課後の時間を利用して、自主的に魔法の練習に励むようにもなったのだ。
しかしそうやってやる気がみなぎっているクラスの中にも、どこかそのムードに溶け込めないような者達もいる。
C組における腐ったミカンは、リャンルにゴレラーにアリラエ。
つまるところ、かつてのヘルベルトの取り巻き達だった――。
「けっ、何が学年優勝だよ。皆してあんなに必死になって、バカみてぇだ」
ガッという叩きつけるような音は、石を蹴り上げるキックで出たものだった。
そこそこ高い上背を猫背で曲げている少年――リャンルが蹴った石がドッと音を立てて壁にぶつかる。
石をはじき返したのは、闘技場の側壁だ。
中からは、元気に声を出すクラスメイト達の声が聞こえている。
そのキャッキャッという明るい声にリャンルは目を細め、再度石を蹴り飛ばした。
二回目は壁に当たらず、無様に地面を転がるだけだった。
それがまた、リャンルの神経をささくれ立たせる。
「どうせ頑張ったって、A組には勝てないよ」
「そもそも勝ったからなんだっていうんだ。いくら『覇究祭』に他国のお偉いさんが来るからと言って、別にここで結果を残したから明るい未来が約束されるわけでもない」
ゴレラーは元々の気弱さから戦う前から全てを諦めてしまっており。
アリラエはやっても意味がないと『覇究祭』に向けた皆の努力の根本を否定する。
三人が三人、それぞれに思うところがあった。
故にわざわざ居残り練習をしたり、貴重な休み時間を削ってまで体力をつけようとはしていない。
現在闘技場は、昼休みという時間に限り、C組に解放されている。
ヘルベルトが上と掛け合い、それを認めさせたのだ。
それを不満に思うものはいても、声をあげてまで抗議するものはいなかった。
ウンルー公爵家の名は、それほどまでに大きいのだ。
――ちなみにそんな通常ではありえないようなことが許されたのはヘルベルトとマーロンが秘密裏に闘技場を使っていたことありきのことだったりするのだが、それを知る者の数は非常に少ない。
「どうして皆、あんなに必死になって、自分の時間を削ってまで何かをやろうとするのさ」
「そりゃあ、お前……ヘルベルト様のあれのせいだろ」
三人の脳裏に浮かぶのは、ヘルベルトがぶった演説のことだ。
皆の頭の中で、以前とは何もかもが変わっているヘルベルトが拳を握る姿が再生される。
『俺はこのクラスであればA組に勝つことも不可能ではないと本気で考えている! 豚貴族だった俺が短期間でここまで変わったのだ! それと比べれば『覇究祭』で学年優勝することの一つや二つ、難しいものではない!』
ヘルベルトは、変わった。
以前のような傲慢さは貴族としての矜持として昇華され。
醜かった体型は引き締まって立派な体躯になり。
肉の付いていた顔がシュッとして、親譲りの甘いマスクを持つイケメンになった。
その変化をよく思うものがほとんどだ。
だが物事には、例外というものが存在する。
今回の場合、それは彼ら――かつて、まだ豚貴族だった頃のヘルベルトの周りにいた取り巻き達だ。
かつて三人が我が物顔で魔法学院を歩くことができていたのは、ヘルベルトという後ろ盾あってのことだった。
けれど今のヘルベルトは、リャンル達とつるんでいた頃とは変わった、変わってしまった。
そのせいで今のリャンル達は肩身の狭い思いを味わっている。
今のヘルベルトはプライドこそ高いものの誰とでも親しげに話し、時に笑わせ、クラスの中心人物になっている。
そして周囲にたくさんの人がいる彼は、もう出来損ないのリャンル達と一緒にいてはくれない。
未だ年若い三人は、行き場のない感情の吐き出し方を知らなかった。
だが下手に喚き散らしたりすることも、プライドが邪魔をしてできない。
そのため練習をサボるという、消極的な方法でしか自分を示すことができずにいた。
彼らは周囲から、完全に見離されていた。
けれどもそんな三人を、それでも見離さない人間が、たった一人だけいる。
「おいお前達、こんなところで何をしている」
「――ヘルベルト、様……」
影に隠れていたリャンル達の前に現れたのは――腕を組んで三人のことを見つめる、ヘルベルトだった。
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